番外編/After『そして』


「特務ね……やっぱり食えない姫さんだぜ」
「でも、指名手配をされるよりはマシでしょ?」
「まあ、そりゃそうなんだが……」

 ヴィータの言っていることはもっともだった。
 現在、蒼の騎神は帝国の管理下に置かれ、クロウもまた軍の保護観察を受けている身だ。
 なのに〈蒼の騎神〉と共に姿を消し、勝手な行動を取っている。本来であれば、指名手配をされても不思議ではない状況に身を置いていることはクロウも自覚していた。
 そうなっていないのは、帝国がクロウの行動を黙認しているからに他ならない。
 アルフィンの命を救った功績が認められ、クロウには略式ではあるが皇帝より騎士(シュバリエ)の称号が授与されていた。
 そのため、クロウの行動はすべて皇帝の勅命と言うことになっている。指名手配されずに済んでいるのは、そのためだ。
 裏で手を回したのは考えるまでもない。アルフィンだ。そこにリィンが絡んでいることもクロウは察していた。
 だから素直に喜ぶことが出来ない。

「本当は〈結社〉に誘うつもりだったのだけど……帰る場所があるなら、その方がいいわ」
「いいのかよ。それで……」
「逆に尋ねるわ。本当に良いの? 未練が無いと言い切れる?」

 なんのことを言われているか察して、クロウは追及の言葉を失う。
 帝国に残してきたもの……唯一の心残り、トワのことを言われていると察したからだ。
 これで帝国に指名手配されたら、またトワを泣かせてしまう。そんなことはヴィータに言われるまでもなくわかっていた。
 それに現在のトワは帝国軍に所属し、クレアの副官として、その手腕を遺憾なく発揮している。
 再び犯罪者となれば、今度はトワに追われる身となりかねない。いや、彼女のことだ。どんな手を使ってでもクロウを捕らえて更生させようとするだろう。
 クロウにとっては、最悪とも言える未来だ。
 そんな未来を想像してか、複雑な表情を浮かべるクロウを見て、ヴィータはクスリと笑う。

「な、なに笑ってやがる!?」
「クロウはそのままで良いってことよ。あなた、悪人に向いてないもの」

 執行者に選ばれる者は例外なく、全員が心に大きな闇を抱えている。使徒に選ばれる者も同様に、どこかに欠陥を抱えた者ばかりだ。結社でやっていくには、クロウは優しすぎる。
 嘗ての仲間が相手であろうと戦場で出会ったなら平然と殺し合うことが出来る、猟兵のような非情さがクロウには足りない。
 帝国解放戦線にいた頃、ヴァルカンやギデオンが汚れ仕事を引き受けていたのも、そうしたクロウの甘さを見抜いていたからだろう。
 しかし、それが悪いことだとは思わない。むしろ、正常な人間の反応だとヴィータは考えていた。

「子供扱いしやがって……歳食って説教臭くなったんじゃないか? そんなのだから妹に先を越さ――」
「なにか言ったかしら?」
「ぐっ……」

 物を言わせぬヴィータの迫力に気圧され、クロウはぐっと押し黙る。
 トワがこの場にいたら「そういうデリカシーのない言葉が女の子を傷つけるんだよ」と説教の一つでもあるところだ。

「ハハッ、女の扱いがなっちゃいないな」

 クロウが声の方を振り返ると、そこには黒いスーツに身を包んだ赤髪の優男が立っていた。
 レクター・アランドール。元帝国軍情報局の人間で、鉄血宰相の片腕と目されていた男だ。
 クロウと同様、あの事件以降、ずっと行方知れずになっていた彼だが――

「人のことが言える立場かよ。テメエだって女に頭が上がらないで、こうしてパシリさせられてるんだろ?」
「パシリ言うな! ちょっと弱味を握られてるだけだ!?」
「……自分で言ってて情けなくないか?」

 現在はここ、レミフェリア公国に身を寄せていた。
 女と言うのは、レクターと同じジェニス王立学園に通い、生徒会の副会長をしていたルーシー・セイランドのことだ。
 いまレクターは彼女の下で働いて――いや、ちょっとした弱味を握られて強制的に協力をさせられていた。
 だが、レクターにとってもレミフェリア公国に身を寄せることは、そう悪い話ではなかった。

 ギリアスと結託して甘い汁を吸っていた帝国貴族や議員は少なくない。そうした者たちにとってレクターは危険な存在だ。それは他の国とて同じことで、帝国と仲の悪い共和国でさえ、ギリアスと通じていた有力者は少なくない。そのような国に亡命すれば、口封じに殺される可能性はゼロとは言えず、そうなれば事件の真相は闇の中だ。
 だが、少なくとも公国の庇護下にいる間は、そうした者たちも迂闊な行動にでることは出来ない。医療先進国として栄え、中立的な立場から国際社会の仲裁役を担うことも多い公国の声を、完全に無視できる国は少ないからだ。それは帝国や共和国も例外ではなく、グノーシスの特効薬の開発に成功した件も、公国の影響力を高める大きな要因となっていた。
 ギルドや教会にしてもレクターの身柄を帝国に確保されるよりは、中立的な立場にあるレミフェリア公国の監視下に置いた方が安全と考えたのだろう。

 しかしそれは、あくまで表向きの理由。ルーシーはセイランド社を通じて、政府に裏取引を持ち掛けていた。
 イリーナ・ラインフォルトの思惑に乗り、グノーシスの特効薬を開発したのも、すべてはレクターの身柄を確保するのに必要なことだったからだ。
 最初はルーシーの誘いに乗るつもりはなかったが、既にリベールのアリシア女王の協力を得て、各国への根回しも済んでいると手紙に書かれているのを見た時は、レクターも諦めざるを得なかった。
 レクターが行方を眩ませたところで、ここまで話が進んでいては公国との関係を疑われることは間違いないからだ。
 レクターがジェニス王立学園に通っていたことは、少し調べれば分かることだ。当然そこからレクターとルーシーの関係も公のものとなるだろう。
 そんな状況のなかでレクターが姿を消せば、真っ先にルーシーが疑われることになる。
 ルーシーは自身がレクターの弱味≠ノなると理解していて、彼を繋ぎ止めることに成功したのだった。

「女の執念を甘く見ない方がいい。俺みたいになりたくなかったらな」
「余り共感はしたくないが、含蓄のある言葉だな……」

 俺のようにはなるなと話すレクターに、クロウは複雑な心境を吐露する。

「安心していいわ。〈結社〉もいまのところ≠ヘ、あなたに手をだすつもりはないみたいだから」
「いまのところ……ね」

 場合によっては、敵に回ることもありえると言うことだ。
 忠告とも取れる嬉しくない話に、レクターはうんざりとした表情で応える。
 だが、自分の撒いた種。自業自得であることは理解しているので、とやかく言うつもりはなかった。
 それに〈結社〉を敵に回すより、ルーシーを怒らせる方が厄介だというのがレクターの本音でもあったからだ。

「これが、次のターゲットの資料だ」

 これ以上この話題を続けるのは不利と悟って、レクターはテーブルの上に一冊のファイルを放り投げる。
 黒の工房が関与していると思しき違法研究所の多くはクロウが潰して回ったが、まだ捕まっていない研究者も少なくない。
 レクターの放り投げたファイルには、そうした研究者たちの背後関係を事細かに調査した資料が挟まっていた。

「こいつも、いつもの情報提供者から?」
「そちらはいつも通りだ。だが、今回はギルドも絡んでる。遊撃士を二人派遣するから作戦に参加させて欲しいって話だ」

 そう言って資料の中から写真付きのプロフィールを抜き出し、レクターはクロウに見せる。
 そこには先月B級に昇格したばかりの二人の遊撃士の情報が記されていた。

「ナハト・ヴァイスにクロエ・バーネット。ギルドの有望株らしい……っと、噂をすれば」

 レクターの視線を追うようにクロウが東の空を見上げると、一隻の飛行船が空港へ飛び去っていく姿が目に入る。
 リベールのアルセイユ号や、暁の旅団のカレイジャスに近い型の船だ。

「エインセル号、次の作戦に参加する船だ。まあ、仲良くやってくれ」

 そんなレクターの投げ遣りな言葉に、クロウは微妙な顔を見せるのだった。


  ◆


「エルフェンテック社ね」

 投資や株で荒稼ぎをしたり、そうした資本力を背景に強引な企業買収を行ったりと余り評判のよくない企業だ。
 ここ最近はクロスベルの復興バブルに目を付け、インフラ事業にも積極的な投資を行っているとの話だった。
 そんな話をアルフィンから聞かされたリィンは、何か心当たりのある反応を見せる。

「ご存じなのですか?」
「昔の仲間からの手紙に、ちょっと書いてあってな」
「ああ、〈西風〉の……ゼノさんでしたか?」

 西風が今、レミフェリア公国に身を寄せていることは、アルフィンもラインフォルトを通じて耳にしていた。
 エルフェンテック社はクロスベルに本社を構えてはいるが、レミフェリアを資本とする導力ネット関連企業だ。
 確かにそれなら知っていても不思議ではないかと、アルフィンは納得する。

「捜査の公正さを保つために、大公がギルドに依頼をだしたようね。クロスベルとしても立場上、先の事件に関わる調査をギルドだけに任せるわけにはいかない。そこで便宜を図る代わりに、エルフェンテック社に捜査協力を要請したってところかしら? あの船はクロスベル警察との共同実績もあるから、丁度よかったんでしょ?」
「まあ、否定はしませ……って、なんでレンさんがいるんですか!?」

 ちゃっかりとリィンの隣の席に座り、優雅に午後のティータイムを嗜むレンの姿があった。
 しかし納得の行かないアルフィンは、レンに食って掛かる。
 ようやく取れた休み。今日は以前からずっと楽しみにしていたリィンとのデートの日なのだ。
 お邪魔虫(レン)がいたのでは、この日のために立てた計画が台無しだ。
 しかし、

「あら? エリゼに頼まれたのよ。『姫様が暴走して兄様に迷惑をかけないように監視をお願いします』って」
「エリゼ!?」

 そんなアルフィンの考えを、エリゼが把握していないはずもなかった。
 あっさりと送りだしたのも、レンという保険を用意していからだと気付き、アルフィンは悲鳴を上げる。

「お兄さん≠ヘレンを追い返したりしないわよね?」

 先手を打ってリィンに上目遣いで迫るレンを見て、アルフィンは「ぐぬぬ……」と唸り声を漏らす。
 そんなアルフィンの反応を見て、クスリと笑うレン。
 一方でリィンはと言うと、

(こういうところは、ほんと兄妹そっくりだな……)

 疲れきった表情で、今日何度目か分からない溜め息を漏らすのだった。


  ◆


「――痛っ!」

 頭に予期せぬ衝撃を受けたリィンは、騎神の操縦席で目を覚ます。
 そして不思議と懐かしい気持ちに駆られながら周囲を見渡すと、シャーリィの足が頭に乗っているのにリィンは気付く。

「寝相悪すぎだろ……」

 ほぼ逆立ちのような状態で爆睡しているシャーリィに、リィンは呆れながら足をどかす。
 よく見ると膝の上にはフィーが、そして座席の後ろにはベルが猫のように丸まって寝息を立てていた。
 ヴァリマールの視界には、虹色に輝く空間が広がっている。

「あれから二日か。そろそろついても良い頃なんだが……」

 空の女神の足跡を追う旅にでたのが二日前のこと。リィンたちは次元の狭間を漂っていた。
 ツァイトの協力を得て、エマとベルの二人が術式を組み込んだ導力器がヴァリマールの操縦席には取り付けられている。
 これには戦術リンクの応用で、聖獣と女神の間にある契約の流れを逆探知する機能が備わっていた。
 装置は正常に動作している。となれば、予定通りに行けば、そろそろ到着するはずだ。

「とはいえ、景色がまったく変わらないんじゃな。ヴァリマール、何か感じるか?」
『強イ、チカラノ波動ヲ感ジル。モウ、スグソコマデ――』

 その直後、視界が白く染まり、一瞬にして景色が変わる。
 操縦席に差し込む太陽の光に驚き、思わず手で額を覆い隠すリィン。
 そして、

「ん……眩しい」
「……もう着いたの?」
「目がチカチカしますわ……」

 フィー、シャーリィ、ベルの三人も目を覚ます。
 だが、悠長に到着を喜んでいる余裕はなかった。
 何かの攻撃を背中に受け、コクピットが激しく揺さぶられたからだ。

「くッ――なんだ!?」

 空中で体勢を立て直し、ヴァリマールはアロンダイトを抜いて迎撃の構えを取る。
 その視線の先には――

「よ、翼竜!?」

 ドラゴン――いや、どちらかと言うと鳥に近い形態の翼竜が空を飛んでいた。
 獲物と認識したのか? 突進してくる翼竜の攻撃をヴァリマールは避けながら反撃にでる。

「悪く思うなよ」

 突撃を側面にかわしながら刃を滑らせると、片翼を失った翼竜はバランスを崩して地上へと落下していく。
 その様を見下ろしながら一息吐くと、リィンは油断なく周囲の状況を確認する。
 すると、そこには――

「なんだ。この島は……」

 巨大な岩山を中心に広がる密林地帯。
 地上を徘徊する恐竜の群れ。

 現代では見ることの出来ない古代の景色が広がっていた。




あとがき

 続くかわかりませんが、これにて一先ず終了です。
 お気づきの方も多いと思いますが、リィンが最初に辿り着いた場所はイース8の舞台にもなったあの島≠ナす。
 プロットは組み上がっているのですが、いまのところ公開は未定と言うことで……。
 Vita版は既にプレイ済みなのですが、五月末に発売予定のPS4版も今から楽しみです。



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