『ファイブ・スター・ギフトです!』

 いつものように執務室で決済書類の片付けをしていると、元気一杯に挨拶する少女たちの声がラジオから聞こえて来る。
 346に所属するアイドル、櫻井桃華、龍崎薫、佐々木千枝の三人に――
 891からイヴ・サンタクロース、望月聖の二人を加えた〈プロジェクト・ディーバ〉のコラボユニットだ。
 ユニット名は『五ツ星の贈り物(ファイブスターギフト)』――通称『5SG』
 前評判は上々で、三日後に開催が予定されている秋の定期ライブにも出演を予定していて、かなりの注目を集めていた。
 いま彼女たちが出演しているのは、高森藍子がパーソナリティを務める『ゆるふわタイム』というラジオ番組だ。

「太老様。少し休憩なさいませんか?」

 そう言って湯飲みを差し出してくれる彼女の名は、立木林檎。
 神木瀬戸樹雷の部下にして『鬼姫の金庫番』の名で有名な経理部の責任者だ。
 いまは後進の育成を名目に鬼姫の下を離れ、商会の仕事を手伝ってくれていた。

「うん、やっぱ林檎さんの淹れてくれた茶は美味いな」
「ありがとうございます。船穂様から良い茶葉を送って頂いたので……よろしかったら、こちらもどうぞ」

 俺も御茶くらい淹れられなくはないが、林檎の淹れてくれたものに比べると差は歴然だ。
 お茶請けにとだしてくれた焼き菓子も絶品だった。口の中に広がる程よい甘さが、お茶の苦みによく合う。
 林檎は皇家のなかでも特に情が深く、家族の絆を大切にすること知られる『竜木』の縁者だ。彼女の実家も兄弟姉妹が大勢いるらしく、昔から子供たちの面倒をよく見ていたそうで、料理の腕だけでなく家事全般に長けている。あの完璧超人に思える水穂でさえ、仕事以外のことでは林檎に敵わないと降参の手を上げるほどだった。
 とはいえ、仕事が出来ないと言う訳ではない。金が絡む話では、あの鬼姫ですら頭が上がらないほどだ。
 俺も商会の経営に関しては、ほとんど彼女に頼り切っている。いや、口を挟む余地がないと言った方が正しい。
 素人に毛が生えた程度の知識と経験しかない俺と、数百年に渡って樹雷の中枢に関わり、経済を裏から支えてきた彼女とでは、どちらが優秀かなど考えるまでもないことだ。
 プライドはないのかって? 出来ることは出来る人間に任せた方が良い。見栄を張ったところで得をすることは何一つないしな。
 与えられた役目は全うする。責任は果たす。見栄を張って無理をせずとも、それで十分だと俺は考えていた。

「評判、良いみたいですね」
「ああ、上手くいってるみたいでよかったよ。そのことでルレッタさんが感謝してた。例のキャンペーン、手を回してくれたんだろ?」
「いえ、私は頼まれた仕事をこなしただけで……ルレッタさんの企画ですから」

 確かにルレッタが企画の責任者ではあるが、彼女一人で仕事が回っているわけではない。
 プロデューサーは担当アイドルだけを見ていれば良いが、林檎は違う。経営にも深く関わっているため、全体に目を配る必要があり、やるべきことは多い。
 目立たない細々とした仕事を彼女たちがやってくれているから、円滑に企画を進めることが出来る。
 今回のことも、恐らくは幼い娘を抱えるルレッタの負担を少しでも減らそうと、密かに気を遣ってくれたのだろう。
 キャンペーンの件でルレッタが関係各所へ挨拶に赴く前に、事前交渉が終わっていたと驚いていた。
 なんだかんだと、メリッサが母親の次に懐いているのは林檎だって話だしな。子供は大人をよく見ていると言うが、まさにその通りだ。

「良い母親になりそうだな」
「え……あの……」
「気配りに長けて、家庭的で料理上手だし」
「そ、そんな……ことは……」
「子供たちのことも安心して任せられるよ」
「こ、子供ですか? まだ早いと言うか……でも、太老様がお望みなら……」

 アイドルは事務所の顔。大切な商品と言っても、ほとんどが思春期真っ盛りの少女たちだ。
 企業利益を優先して企画を推し進めようとすれば、昨年346で起きた騒動のようになりかねない。その点、林檎はよくやってくれている。
 一人一人のことを考え、大きな負担にならないようにと仕事の内容を細かく調整していることは、報告書を見ればわかるからだ。
 俺からすれば美嘉たちも含め、891に所属するアイドルたちは子供のようなものだ。
 だから俺に出来ることで夢を応援してやりたい。そんな彼女たちを林檎になら安心して任せられると考えていた。

「ああ、もう焦れったいわね。そこでガッと押し倒せば!」
「林檎ちゃんにそれは無理な相談でしょ……」
「積極性に欠けるからね。それで西南くんの時も進展がなかったんだけど……」

 誰かの気配がすると思って入り口の方に視線を向けると、物陰から様子を窺う三人娘の姿があった。
 正木水子、音歌、風香の三人だ。水穂に科された罰は継続中のようで、メイド服に身を包んでいる。
 あいつら、あんなところで何やってるんだ?

「あなたたち……」

 林檎も三人に気付いたようだ。
 眉間にしわを寄せる林檎の背中から、何やら黒いオーラのようなものが溢れだす。
 そして「まずい! 見つかった!」と言って逃げる三人。
 だが――林檎の方が上手だった。

「あなた方には書庫の掃除を言い付けてあったはずですが?」
「林檎ちゃんの鬼! あんなの一日で終わるはずないじゃない!?」
「ちょっ!? 転送ゲートが動かないんだけど!」
「貸しなさい! え、ロックされてる!? 林檎ちゃんの仕業!」

 転送ゲートが動かないと泣き叫ぶ水子、音歌、風香の三人に、ゆったりとした足取りで近づく林檎。
 徐々に迫る恐怖に震え、肩を抱く三人を眺めながら、

「……平和だな」

 俺が茶を啜っていた、その時だった。

「お父様。少しよろしいですか?」
「……どうした?」

 零式が突然、転移の光と共に目の前に現れる。
 普通は転送ゲートを使わなければ船内を行き来することは出来ないが、零式の場合は話が別だ。
 目の前の少女の姿は、仮初めの姿。替えの利く端末に過ぎず、彼女の本体はこの船そのものだ。
 その気になれば、どこにだって出現することが出来る。実際それでよく俺のベッドに潜り込んできていた。
 しかし、なにやら嫌な予感がする。零式がこんな風に前触れもなく現れる時は、面倒事が多いと相場が決まっているからだ。
 林檎も足を止めると「何かあったのですか?」と尋ねてくる。そして――

「〈皇家の樹〉の反応が一つ、船から離れて地球にあるんですけど、何か知りません?」

 予想の斜め上を行く話をされて唖然とする林檎。あ、正木の三人娘も口を開けて固まってる。
 うん。取り敢えず、仕事の続きに戻っていいですか?


  ◆


「周子、頼まれてた奴なんだけど……」
「あっ、貰ってきてくれたんだ。ありがと……ね!?」

 美嘉から栄養ドリンクの入ったバッグを受け取った周子は、余りの重さにバッグを落としそうになる。
 奏の分と合わせて一ヶ月分、六十本もの瓶が入っているのだから当然と言えば当然だった。
 しかし驚いたのは美嘉も同じだ。
 目にも留まらない速さで床に滑り込むと、間一髪のところでバッグをキャッチする。

(あ、危なかった!?)

 志希から大凡ではあるが原材料の価格を聞いているだけに、心の中で悲鳴を上げる美嘉。
 割れてないよね? と恐る恐るバッグの中身を確認する美嘉を見て、ようやく放心状態の解けた周子は声を掛ける。

「ナ、ナイスキャッチ?」
「もっと大事に扱って! 割れたりしたら大変なことになるから! いい!?」
「え? あ、うん。ごめんなさい」

 美嘉の剣幕に押され、素直に謝る周子。
 理由はよくわからないが、こんな美嘉を見るのは彼女も初めてのことだった。
 それに――

「美嘉ちゃんって結構力持ちだよね……」

 美嘉が軽々と片手で渡してくるから、てっきり軽いものと思って油断をしていたのだ。
 それが持ってみると、女性の力では両手でも抱えるのが困難なほどの重量があった。
 しかも、バッグをキャッチした時の動き。周子には美嘉が消えたようにしか見えなかったのだから驚くのも無理はない。

「力持ちって……このくらい普通でしょ?」

 本気でわかっていない様子でそう話す美嘉を見て、「ええ……」と怪訝な表情を浮かべる周子。
 そんな周子に対し「それ企業秘密らしいから他の人には話さないでね」と釘を刺すと、番組の収録へと出掛けていった。

「企業秘密?」

 ひとり事務所に取り残された周子は「発売前の商品だからかな?」と首を傾げる。
 だが、その疑問に答えてくれる者は、この場にいなかった。


  ◆


「会長さんには、何か御礼をしないといけないわね」
「あたしの実家の和菓子でも贈っとく?」
「舌が肥えてるでしょうし、安物のお菓子で大丈夫かしら?」
「あの……奏? もしかして……まだ、この前のこと根に持ってる?」

 プロデューサーが好きなことをバラそうとした件を、まだ根に持っているのかと尋ねる周子。
 そして「なんのことかしら?」と惚ける奏を見て、『口は災いの元』という諺が周子の頭を過ぎった。

「あ、それ落とすと大変なことになるらしいから気を付けてね」

 瓶の蓋を開け、早速一本を口にしようしたところで周子にそんなことを言われ、奏は目を丸くする。

「え? どういうこと?」
「よくわからないけど、あたしがバックを落としそうになったら、美嘉ちゃんが凄く焦ってたんだよねー。どう思う?」
「どうって……」

 周子の説明に、益々意味がわからないと言った様子で顔をしかめる奏。
 しかしそんな風に言われると、なんとなく不安が込み上げてくる。

「……大丈夫なのよね?」
「志希ちゃんやフレちゃんも飲んでるらしいから、身体に害はないと思うけど……」

 身体に害がないことは、ユニットの他のメンバーも飲んでいることから明らかだ。
 味に関しても文句はない。それどころか、思わず飲み過ぎないように気を付けないといけないくらい癖になる味だった。
 その上、効能も高いとなれば商品化すればヒットすること間違いなしだ。そう……問題はないはずなのだ。
 しかし――

「でも、正木会長って志希ちゃんの先生≠ネのよね?」
「ああ……そう言われると、そこはかとなく不安が……」

 一ノ瀬志希。彼女も非常識な存在であることを、奏と周子は嫌と言うほどよく知っていた。
 以前、何を思ったのか惚れ薬を調合し、他の部署を巻き込んだ騒動を引き起こした前科が彼女にはあるからだ。
 そんな自称マッドサイエンティストが、先生と崇める人物が作った謎のドリンク。

「美嘉ちゃんに言って返品してもらうとか?」
「今更そんなこと出来ないわよ……」

 無理を言って譲ってもらったのだ。今更、要らないと言えるはずもない。
 大量のドリンクを前に、二人は「どうしよう……」と声を揃えるのだった。


  ◆


「フンフフンフフーン〜」

 スキップでも始めそうな様子で、鼻歌を口ずさみながら楽屋に入るフレデリカ。
 昨晩は志希の研究室に泊まり、太老のところで露天風呂に浸かってきたとあって、お肌も艶々。調子も絶好調だった。

「おっはよーございまーす!」
「あ、おはようございます!」
「みりあちゃんは、今日も元気一杯だねー」
「えへへ、そうかな? フレちゃんも凄く楽しそう。何か良いことあったの?」

 フレデリカに朝から大きなお風呂に入ってきたと聞いて、「銭湯に行ったの? みりあも行きたい!」と、みりあは目を輝かせる。
 そんな彼女の後ろには、彼女用にデザインされた黄色の『タチコマくん』がちょこちょこと動いている姿が確認できる。
 今日はコラボ企画の宣伝を目的としたインターネット番組の公開収録に参加するため、二人は原宿に出向いていた。
 正木商会がスポンサーとなって、先月から始まったばかりの放送の司会を二人が務めているためだ。

「あれ? フレちゃん、なんか頭の上に乗ってるよ。新しいタチコマくん……?」
「……頭の上?」

 みりあに頭の上に何か乗ってると言われ、フレデリカが顔を上げると、ポヨンと音を立てながら何かがフレデリカの胸の上で跳ねた。
 そして、今度はみりあの頭の上に跳び乗る丸い物体。それは――

「マシュマロちゃん?」

 皇家の樹の生体端末だった。



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