「ボンジュール♪ 今週もやってきました〜。フレデリカことフレちゃんと〜」
「今日も元気一杯! 赤城みりあの〜」
『なぜなに講座!』

 表通りに面したガラス張りのスタジオに楽しげな声が響く。
 ガラスを挟んだ道路側には、公開収録を一目見ようと集まった人々で溢れ返っていた。

「この放送では、346と891のコラボ企画『プロジェクト・ディーバ』に関する解説と」
「お得な情報をお届けしちゃいまーす!」

 パチパチパチ、と拍手の音がこだます。
 コラボ企画の宣伝を目的に先月から放送が開始されたインターネット番組で、今日は三回目の収録となる。
 毎週コラボ企画に関係したアイドルをゲストに招き、彼女たちの知名度を上げる目的があった。

「そして本日のゲストは〜」
「346プロからやってきた刺客! エスパーアイドルこと堀裕子ちゃんをお招きして進めさせて頂きます!」
「ムムム……サイキックパワー充填完了! ご紹介に与りました。堀裕子です……て、刺客ってなんですか? 聞いてませんよ!?」
「では、早速最初のコーナーに行きたいと思います。フレちゃん? 最初のコーナーは?」
「んっと、視聴者の疑問にお答えする解説のコーナーだねー。えっと本日のお題は……」
「スルーですか!?」

 フレデリカ、みりあ、裕子の漫才のようなやり取りに、笑いが広がる。
 堀裕子はエスパーを自称する346所属のアイドルだ。
 特技は超能力と言う話だが、彼女の超能力が成功したところを見たことがあるものは少ない。
 そんな彼女だが、先日346で開かれた社内オーディションに合格し、コラボユニットの第二弾に参加することが決まっていた。
 その発表を前に顔を売っておこうと、今日はフレデリカとみりあが司会を務める番組のゲストに招かれたと言う訳だ。

「それじゃあ、今日は『オベリスク』について解説をしたいと思いますー」
「んー? おべりすくってなんですか?」
「オベリスクと言うのは、正木商会が開発したAR装置の総称だよー。主に法人向けに販売されているものだから、耳に馴染みがないかもしれないけどねー」
「あ、それならみりあ知ってる! かくちょうげんじつシステムとか言うんだよね」
「おお、みりあちゃん博識だねー。んっと、なになに……ARとは現実世界に情報を付加する革新的な技術……」

 フレデリカとみりあは、息の合ったトークで会場を賑わす。
 しかし詳しい解説に入ろうと手元の資料に目を通したところで、フレデリカは難しい顔で眉間にしわを寄せる。
 じーっと半目で資料を見詰めていたかと思えば、パタンと資料の挟まれたファイルを閉じ、

「フレちゃんもよくわからないし、難しい説明はなしの方向でいいよね?」
「え? これって解説するコーナーですよね?」
「習うより慣れろって言うし、まずは体験してもらおうと思いまーす!」
「また、スルーですか!?」

 清々しいほど、あっさりと解説を放棄したフレデリカに、思わずツッコミを入れる裕子。
 型に嵌まらない自由なところは、番組の司会進行役なっても変わらないらしい。いや、むしろ自由奔放さに磨きが掛かっていた。
 しかし、これはこれで受けているのだから、番組としてはOKと言うことなのだろう。
 そしてフレデリカが合図を送ると、スタジオのなかが紅葉の景色に変わる。
 そう、正木商会が開発したオベリスク。そのARの効果だった。

「おおおお! サイキックパワーですか!?」
「違うよ。えーあーるだよ。かくちょうげんじつシステム」
「まあ、魔法みたいなものって言えば、似たようなものじゃないかな?」

 興奮する裕子に、みりあは的確なツッコミを入れる。
 しかしフレデリカの言うように『魔法』みたいという表現は、満更間違いと言う訳でもなかった。
 実際891のステージは『魔法のステージ』と呼ばれ、世間の注目を集めている。
 それにテレビで見るのと体験するのは違う。公開収録を見ていた人々からも、驚きの声が上がっていた。
 これも、このイベントの狙いの一つなのだろう。
 891のステージを通して以前に比べて認知度は上がったと言っても、まだまだ家庭用が普及しているVRと違い、ARは一般の人々には馴染みが薄い。
 そこで346とのコラボ企画を通して、多くの人々にARの魅力と〈オベリスク〉の力を知ってもらうこと、それが正木商会の思惑にはあった。

「ところで、先程から気になっていたのですが、その頭の上のは一体? それもARですか?」

 オベリスクの機能の紹介が終わったところで、裕子がフレデリカの頭の上に乗っているものについて尋ねる。
 周りの人たちも気になっていた様子で、フレデリカの頭の上に乗った丸い物体に注目していた。

「この子はフレちゃんの友達のマシュマロちゃん。通称『マロちゃん』です!」
「マロちゃんさんですか。よろしくお願いします。マロちゃんさん」

 頭の上の丸い物体――〈皇家の樹〉の端末を手に持つと、フレデリカは皆に見えるように『マロ』を紹介する。
 裕子が挨拶をすると「よろしく」とでも言っているのか? 身体を震わせるマロを見て、黄色い歓声が上がった。
 可愛いという声が、女性客を中心に湧き上がる。誰も違和感を覚えないのは、タチコマという前例を知っているからだろう。
 それに正木商会が主催するイベントだ。
 良い意味でも悪い意味でも「あの会社なら……」と言うのが世間の認識だった。

「では友情の証に、私のサイキックパワーをご覧に入れましょう! ムムム……」

 両目を瞑り、胸の前で拳を握り締め、気合いを入れる裕子。その時だった。
 道路の方から悲鳴が上がる。何事かと確認に向かうスタッフ。そこで目にしたのは、暴走するトラックの姿だった。
 真っ直ぐにスタジオへ向かって突っ込んでくる大型トラック。
 慌てるスタッフ。突然のことに身動き一つ取れない観客たち。

「サイキック念動力!」

 だが、裕子が両手を掲げて、そう叫んだ瞬間――
 光のようなものが広がって、スタジオに迫るトラックを宙に浮かせた。
 余りに現実離れした光景に先程までの恐怖も忘れ、ポカンと呆気に取られる人々。

「……え?」

 だが、これに一番驚いたのは裕子だった。
 こんなの打ち合わせにありましたっけ? と言った表情でオロオロと狼狽える。
 そんな裕子に、目をキラキラと輝かせ、みりあが声を上げる。

「ゆっこちゃんすごーい!」
「わ、私のサイキックパワーに掛かれば、このくらい当然ですよ!」

 胸を張る裕子に集まる視線。そして割れんばかりの拍手と歓声が会場を賑わす。
 まさか今更ちがいますなどと言えるはずもなく、裕子は名実共に『エスパーアイドル』として名を上げるのだった。


  ◆


 フレデリカたちが公開収録を行っていたスタジオにトラックが突っ込んだと聞いて、俺は目を瞠る。
 しかし幸いなことに怪我人は一人もでなかったと聞いて、ほっと胸をなで下ろした。
 なんでも〈皇家の樹〉が障壁を張って、トラックを寸前のところで停止させたらしい。
 いないと思ったら、まさかフレデリカについて行っていたとは……。

「怪我人がでなかったことは幸いでした。しかし、さすがは太老様ですね」

 え? なんのことだ?
 林檎だけでなく、後ろの三人も感心した様子で頷いている。

「そうならそうと言ってよね。〈皇家の樹〉がいなくなったと聞いて、驚いたんだから」
「まあ、普通は〈皇家の樹〉を護衛に付けるなんて思いも付かないから……」
「太老くんらしいと言うか……さすがは瀬戸様に見込まれただけのことはあるわね」

 水子、音歌、風香の三人はそれぞれ思い思いのことを口にする。
 皇家の樹を護衛? そんなこと頼んだ記憶は……あっ!

(もしかして、あの時か?)

 水穂やカルティアとの会話を聞かれていたのかもしれない。
 直接そんなことを頼んだ記憶はないが、他に思い当たる節もなかった。
 それに勝手に船を抜け出した〈皇家の樹〉は、フレデリカによく懐いていた奴だ。
 ここにいる第四世代は、まだ意思が覚醒したばかりの若い樹が多く、精神的には人間の子供と変わりがないしな。

「――太老様」
「あ、うん。なんだ?」
「あの〈皇家の樹〉はどうなさいますか? このまま彼女のもとに?」
「そうだな……しばらく様子をみたい。フレデリカに懐いてるみたいだし、無理に引き離すのもな」

 経緯はどうあれ〈皇家の樹〉が自主的にフレデリカを守っているのなら、彼女の安全は約束されたようなものだ。
 第一、護衛対象はフレデリカだけではない。海賊たちへの警戒も必要とあって、人手が足りていない状況だ。
 皇家の樹がその気になっているのであれば、無理に引き離す必要もないと俺は考えた。
 猫の手も借りたい状況だしな。それに気になる点もある。

「事故の原因はわかっているのか?」
「はい。突然ブレーキとハンドルがきかなくなったと、運転手は証言しているようで……」

 林檎から事故の経緯を聞き、俺は違和感を覚えた。
 運転手の操作ミス。もしくは車の整備不良による事故と考えることも出来るが、収容所を脱獄した海賊たちが地球に潜伏している可能性があると聞かされたばかりだ。偶然にしては、タイミングが良すぎる気がしてならない。
 フレデリカたちを狙った犯行という確証はないが、林檎もそこのところを疑っているのだろう。
 事故で片付けようとする警察の捜査に、納得していないという様子が表情に滲み出ていた。


  ◆


「さすが正木の麒麟児≠謔ヒ」

 感心した様子で、そう話す水子。音歌と風香も含め、彼女たち三人は正木の村の出身だ。
 水穂と共に村へ帰省したことが何度かあり、幼少期の太老とも何度か顔を合わせたことがあった。
 あの当時から、只者ではないと思っていたのだ。
 白眉鷲羽の目に留まり、弟子として育てられたばかりか、あの柾木家で世話になり、武術の手解きまで受けているのだ。
 文武に優れた鬼才。『正木の麒麟児』の名は太老が宇宙に上がる頃には、『正木の村』出身の者であれば誰もが耳にしたことがあるほど有名なものとなっていた。
 今回のことも驚きはしたが、太老ならと納得してしまったのも、それが理由だ。

「そうね。でも〈皇家の樹〉の件、本当によかったのかしら?」

 そう疑問を挟む風香。〈皇家の樹〉は樹雷の人々にとって、代わりのきかない重要な存在だ。
 樹雷が銀河最強の軍事国家として覇を唱えられることが出来るのも、〈皇家の樹〉の存在があってこそ。
 故に第四世代であっても扱いは厳重に管理され、樹雷皇家に縁のある人間以外に貸与されることなど滅多にある話ではなかった。
 しかも太老のもとに集められた〈皇家の樹〉は、本来であれば第四世代では芽生えることのない意思を覚醒させ、準第三世代とも呼べる力を持つに至った特別な樹だ。
 樹雷でもトップ・シークレットとされ、裁量は太老に委ねられてるとは言っても、気軽に人の目に触れさせて良い存在ではないというのが風香の認識だった。
 常識的に考えれば、風香の考えは間違っていない。しかし――

「普通ならそうね。でも天樹≠フ一件を覚えているでしょう?」

 音歌の話に、そういえばそんなこともあったなと遠い目で過去のことを思い浮かべる水子と風香。
 忘れてはならないのが、彼等――皇家の樹は道具ではなく意思を持つ存在と言うことだ。
 皇家の樹を兵器としてしか見ることが出来ない者には、決して彼等が心を許すことはない。それに〈皇家の樹〉にも個性があり、相性が合わなければ契約を結ぶことは出来ない。普通は契約者でもない人間が〈皇家の樹〉と心を通わせ、力を借りることなど出来ないというのが〈皇家の樹〉を知る者の常識だ。
 しかし太老は違う。契約を結んでいるわけでもないのに数多の〈皇家の樹〉と心を通わせ、樹に導かれし者しか入ることは出来ないとされている天樹の中枢へ自由に出入りすることが許されている特異な存在だった。
 そんな彼を〈皇家の樹〉から引き離した結果、起きたのが――
 天樹事変と呼ばれる樹雷の経済と軍事を麻痺寸前にまで追い込んだ〈皇家の樹〉のストライキ事件だった。

「あの時、水鏡の機嫌を取るのに瀬戸様が苦労してたのを、あなたたちも見てるでしょ?」

 音歌にそう言われると、二人も納得するしかない。いや、忘れられるはずがなかった。
 あの時は水子たちも終わりの見えない大量の仕事を押しつけられ、悲鳴を上げたくらいなのだから――
 思えば、ほとぼりが冷めるまで太老を異世界に留め置くつもりが、僅か二年ほどで呼び戻すことになったのも、それが主な理由と言ってよかった。
 ましてや、太老のもとにいる〈皇家の樹〉は意思を覚醒させたばかりだ。
 太老の言うことは良く聞くが、その実は好奇心旺盛で遊びたい盛りの人間の子供と大差はない。
 機嫌を損ねれば〈天樹事変〉ほどとは言わずとも、面倒なことになるのは想像に難しくなかった。
 そう考えれば、太老がしばらく様子を見ると決めたのも、林檎がそのことで何も言わなかったのもわからなくはない。

「なるようにしかならないってことか」
「そういうこと。水穂様が帰ってくる前に仕事を片付けるわよ」

 水子の言葉に頷きながら、さっさと仕事に戻るようにと音歌は二人の尻を叩く。
 水穂の留守中に任された仕事が終わっていないとなったら、反省の色無しと判断される恐れが高い。
 これ以上、水子の尻拭いをさせられるのは、音歌としても勘弁して欲しいという本音があった。
 そもそも今回の罰はギャラクシーポリスの連絡員に水子が独自の判断で、結界の解除キーを渡してしまったことにある。
 知らなかったこととはいえ、水穂や林檎に一言連絡を入れて判断を仰いでいれば、最悪の事態は避けられたかもしれない。
 この程度の処罰で済んだのは不幸中の幸いだった。その点で言うと、水子は悪運が強いと言えるだろう。
 巻き込まれた他の二人は堪ったものではないだろうが……。

「そう言えば、水穂様。いま頃はアカデミーでアイリ様と面会をされている頃かしら?」
「久し振りの親子水入らず?」
「あの二人に限って、そんな流れにはならないでしょ……」

 風香と水子の話に、それはないと断言する音歌。
 アイリと言うのは水穂の母親に当たる人物だ。そして銀河アカデミーの理事長を務めていた。
 脱獄した海賊の件で調査と確認のために、水穂は現在アカデミーに出張中と言う訳だ。

「話はここまで。ほら、仕事に戻るわよ」
「音歌ちゃんは真面目だよね。どうせ水穂様はしばらく帰ってこないんだし、少しくらいゆっくりしたっていいじゃない」
「こうなってるのもアンタの所為でしょうが! 真面目にやりなさい!」
「い、いひゃい、ほほをひっぴゃりゃにゃいで……」

 遂に我慢の限界と言った様子で、水子の頬を引っ張る音歌。
 そんなお馴染みの光景を横に、風香はモップで廊下を磨きながら溜め息を漏らすのだった。



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