メインストリートから外れた資材置き場に、ベージュの作業服を着た二人組の男の姿があった。

「腐っても哲学士か。上手くやったみたいだな」

 そんな男の言葉に仲間の男もニヤリと笑みを浮かべると、その場に帽子を脱ぎ捨てた。
 そして近くにあったコンテナの一部を取り外すと、そこから鈍い光を放つ小銃を取りだし仲間へと手渡す。
 彼等こそ、太老たちが行方を追っている海賊たちだった。
 観客に紛れ、スタッフに扮し、或いは警備の手薄な場所を狙い――彼等は様々な方法で、ここ実験都市へと集まってきていた。
 勿論、正体がバレて捕まった仲間もいる。だが、その程度のリスクは承知の上での行動だ。

「しかし面倒だな。もっと派手に、それこそ街ごと焼き払えれば楽なのに」
「バカを言うな。そんなことしたら樹雷だって黙っちゃいねえ。GPだって本腰を入れて捜査に乗り出すぞ」

 まだ自分たちが無事なのは、樹雷やGPが本気になっていないからだと男は理解していた。
 その理由は、この星が初期文明の惑星であるということ、そして地球≠セからだと彼は察していたからだ。
 自分たちを取り締まるはずのルールが、逆に今の自分たちを守っている。
 そのことに気付いているからこそ、これまで大人しく身を潜めていたのだ。
 こちらもルールを守っている間は、相手もルールを遵守する。これは、そういうゲーム≠セ。

「それに跡形もなく消してしまったら、目的のものも手に入らなくなる」

 実験都市を狙っている国や企業は多い。
 名誉、金、技術――ありとあらゆるものが、この街には集まっている。
 だが彼等が求めているものは、そんなものではなかった。

「本当にあるのか?」
「あるさ。シャンクギルド≠フ遺産は、確実にこの街に隠されている」

 シャンクギルド。その残虐な手口から、船乗りであれば知らぬ者はいないとまで恐れられた海賊ギルド。
 だが、その同業者にも恐れられた冷酷無比なギルドは既に存在しない。
 山田西南の活躍によって、当時ギルドを力と恐怖で支配していた宇宙海賊――タラント・シャンクが捕まったからだ。
 いまもシャンクギルドの名は残っているが、中身はまったく別物と言っていい組織へと変貌していた。

 現在、シャンクギルドを率いているのはダードと呼ばれる二十代の女性だ。
 ギルドの構成員であり犠牲者でもあった彼女たちは、現在では正木商会の傘下で輸送業を営み、真っ当な生活を送っている。
 だが、だからと言ってシャンクギルドの犯した罪が消えるわけではない。
 タラント・シャンク。そして彼の一族が犯した残虐極まる行為は、いまも変わらず人々の心に恐怖を刻み込んでままだ。
 だからこそ、船乗りにとって『シャンクギルド』の名が持つ意味は重く、力を求める海賊には魅惑的に聞こえる。
 樹雷には敗れたとはいえ、数多ある海賊ギルドのなかでも圧倒的な力を有していたギルドだ。
 シャンクギルドが秘する技術。その遺産を求める者は、現在も後を絶たない。男もそのなかの一人と言う訳だ。

 彼等が求めているのは、海賊ギルドによる連合国家などという耳障りの良い言葉ではない。
 連合国など、所詮は樹雷の属国。海賊から自由を奪い、牙をもぎ取るための方便に過ぎない。
 ダ・ルマーギルドが権勢を誇っていた時代のように、海賊が海賊であるための力と自由を手にすることこそ、彼等が求めている理想だった。
 一度は上手く行こうとしていたのだ。だが、それを西南と太老。そして駆駒将によって阻まれ、実行犯の多くが捕らえられてしまった。

 海賊にとって天敵とも呼べる存在。それが、西南と太老だ。

 あの二人の所為で、いまの自分たちの置かれている状況がある。
 恨みを抱くには十分な理由で、だからと言って正面から争ったのでは勝ち目がない。
 だから、クレーの誘いに乗ったのだ。それに――

「奴にひと泡吹かせることが出来れば――」

 少なくとも、この行動は無駄ではない。
 そう口にした直後、何者かの気配に気付き、男たちは振り返る。
 目を瞠る二人の男。その視線の先には、トレンチコートを着た短い髪の女性が立っていた。

(俺たちが、この距離に近付かれるまで気付かなかっただと!?)

 視認できる距離にまで、戦闘用の生体強化を受けた自分たちが近付かれたことに男たちは驚く。

「あの〜。ここがどこだか教えて頂けませんか?」

 そう言って近付いてくる女性を見て、何かの罠かと男たちは警戒を募らせる。
 最初はライブを見に来た観光客かとも思ったが、そもそもこんな場所に一般客が来るのはおかしい。
 ライブ会場へと通じる道はゲートからほぼ一本道で、大通りから遠く離れた資材置き場に偶然迷い込むとは考えられなかったからだ。

「貴様、何者だ?」
「ああ、ごめんなさい。私ったら、自己紹介がまだでしたね。三浦あずさと言います」

 名前を尋ねられ、微笑みを浮かべながら答える女性。
 その独特の雰囲気に呑まれ、男たちは自分たちのペースを掴めないまま、混乱を加速させていく。
 ただの迷子なのか? 本当は自分たちの正体を知っていて、油断させる作戦なんじゃ――
 どうすべきかと男たちが、あずさと名乗る女性への対応に窮していた、その時だった。

「ワン!」

 鳴き声がしたかと思った、次の瞬間――男の一人が大きな犬に襲われ、背中を押さえつけられた。
 すぐに男は犬を振り払おうとするが、ビクともしないことに気付き、驚愕する。

「こいつ、ただの犬じゃない!」
「バイオボーグか!?」

 見た目は極普通のセントバーナードだが、生体強化された力で振り払えないことから男は犬をバイオボーグと判断し、仲間に助けを求める。
 すぐに仲間を助けるために犬へ銃口を向けるもう一人の男。だが――

「なっ!?」

 引き金に指をかけようとした、その時。空から飛来した何かに銃を奪われる。
 それは、モモンガだった。
 どうして、こんな街中にモモンガと、男が状況についていけず唖然とする中、次の悲劇は起きた。

「ぬあっ!」

 背中に強い衝撃を受け、そのまま転がるようにコンテナに突っ込む男。
 男にぶつかったのは、豚だ。
 小さな見た目からは想像もつかないパワーで男を弾き飛ばすと、「どうだ見たか」と自慢気に鼻息を慣らす。
 そして追い打ちとばかりに、コンテナに叩き付けられた男をどこからともなく忍び寄った大蛇が締め上げる。

「くっ、こうなったら……」

 仲間がやられたことで、もう一人の男は犬に襲われ時に地面に落とした小銃に手を伸ばす。
 もう少しで銃に指が届く――と思った直後に、男の動きが止まった。
 何かの気配を感じて恐る恐る首を横に曲げると、顔のすぐ傍に大きな口を開けたワニ≠ェいたからだ。
 ガブリ、と男の頭に噛みつくワニ。これには海賊行為でならした男も、たまらず悲鳴を上げる。

「あらあら、みんな捜しに来てくれたの? でも、この子たちがこんなに懐くなんて……」

 そんな異常な光景を、のんびりとした物腰で眺める女性の胸もとには一匹のハムスターが収まっていた。
 空にはオウムが居場所を報せるように飛び交い、足下には猫とうさぎが仲良く並んでいる。
 なんでこんなにも動物が……と考えるような余裕は、既に男たちにはなかった。
 どうにかして、この状況から脱出しようと隙を窺う男たちだったが、

「やっぱり良い人たちだったんですね」

 その悪意のない一言に、ポキリと心が折れる音が聞こえるのだった。


  ◆


「響ちゃん、迎えにきてくれたのね」
「ああ、うん。それは別に構わないんだぞ。見つけたのは、いぬ美たちだし……」

 メイド服を着た人たちに縛られ、連れて行かれる男たちを見て、少女は首を傾げる。
 少女の名は、我那覇響。ここにいる動物たちは、少女の家族だった。
 セントバーナードのいぬ美があずさのにおいを辿り、その後を追ってここまできたのだが――
 到着した時には、この有様だったので響は状況をよく掴めないでいた。動物たちの証言と、あずさの話が食い違っていたからだ。
 動物たちからすれば男たちの悪意を感じ取ってあずさを助けたという認識なのだが、あずさは男たちを動物好きの親切な人たちと誤解していた。
 しかも、その男たちはどう言う訳か魂が抜け落ちたかのように呆然と空を見上げ、響が到着した時には抵抗する力を完全に失っていたのだ。

「ご協力感謝します。765プロの方ですね」
「はい。あの……あなたは?」
「ルレッタ・バルタと申します」

 名前を尋ねられたルレッタは名刺を手渡す。
 そこに書かれた891プロの文字に、あずさは納得の表情を見せる。

「891プロの方だったんですね。ルレッタさん……どこかで聞いたような」
「自分、知ってるぞ。カルティア・ゾケルのプロデューサーをしてる人だ!」

 首を傾げるあずさに対し、「前に貴音が話してたのを覚えてるぞ」と自慢気に胸を張る響。
 直接の面識はないが、ルレッタもあずさと響のことは知り合い≠ゥら話を聞いて知っていた。
 それに響とこうして顔を合わせるのは初めてだが、動物たちのことは以前から知っていたのだ。

(なるほど、この子たちなら海賊が手も足もでなかったのは納得ね)

 太老が響から相談を受け、動物たちのために作った特製ペットフード。それを食べた動物たちが引き起こした騒動は、いまも記憶に新しい。
 太老と貴音の関係が週刊誌で記事にされた時のことだ。その記事を見て、太老と765プロの関係を知った某国が関係者を人質に取ろうと事務所に襲撃を仕掛け、返り討ちに遭うという事件が過去にあった。その時、襲撃者たちを密かに撃退したのが、この動物たちだ。
 人の言葉を理解する知能を有し、人間にはない鋭敏な感覚を合わせ持つ動物たち。
 その事件以降、水穂の指示で密かにガードをつけてはいるが、765プロの平和をこれまで守ってきたのは彼等だといっても過言ではない。
 だから海賊を捕らえたのが響の動物たちだと聞いて、ルレッタは納得したのだ。

「バウ!」

 手伝いはいるか? と、いぬ美に尋ねられているように感じ、ルレッタは「大丈夫よ」と首を左右に振る。

「いぬ美たちの言葉がわかるのか!?」
「い、いえ、なんとなく意思が分かるだけで、さすがに言葉までは……」
「それでも凄いのだ! 自分以外だと、動物たちの言葉がわかるのは太老にぃくらいだと思ってたから驚いたぞ!」

 目を輝かせて、ルレッタに迫る響。
 厳密には太老も動物の言葉が分かるわけではないのだが、響は動物たちが一目を置く太老のことを『兄』と呼び、尊敬していた。
 太老と同じように尊敬の眼差しを向けられ、困った表情を浮かべるルレッタ。
 そこで話題を変えようと、二人に尋ねる。

「それより、車で送っていきましょうか?」
「なんのことだ?」
「あら? 全員に連絡は行ってるって聞いていたのだけど……」

 ルレッタにそう言われて、響は慌ててポケットから携帯電話を取り出す。
 そして携帯の画面を覗き込むあずさの隣で、ダラダラと額に汗を滲ませながら、

「伊織から一杯、着信とメールが入ってるぞ……」
「あらあら」

 真っ青な顔で呟くのだった。


  ◆


「まったく遅いわよ。でも、よかった……」

 あずさを見つけたとの響からのメールを受け、不満を漏らしながらも安堵の表情を浮かべる伊織。
 この街で何が起きているのか? いや、何が起きようとしているのか?
 詳しい話を太老から聞いたわけではないが、伊織は大体のところを察していた。
 密かに太老が765プロに危害が及ばないように、いろいろと手を回していたことを知っていたからだ。
 だから今回のことも、正木商会を――太老のことを快く思わない勢力が関係しているのだろうと考え、協力を持ち掛けたのだ。
 とはいえ、出来ることはそう多くない。それは伊織自身が誰よりもよく理解していることだ。

「響ちゃんから?」
「ええ、あずさは無事に見つかったそうよ」
「そっか。よかった……」

 あずさの無事を知ってほっと息を吐く春香を見て、伊織は先程の自分を思い出して苦笑する。

「それで、そっちはなんて?」
「良い宣伝になるから、やるからには思いっきりやりなさいって」
「律子らしいわね」

 現在の765プロは春香たちの活躍もあって順調に業績を伸ばしているが、懐事情は余り良いとは言えなかった。
 いまはどうにかなっているが、劇場を建てるのに受けた融資のこともある。
 失敗すれば借金だけが残り、765プロは倒産。事務所に所属するアイドルたちは、全員バラバラに他所の事務所へ移籍という事態になりかねない。
 そのことを考えれば、律子が何を望んでいるかは想像に難しくなかった。
 ここで765プロの名前を喧伝することが出来れば、劇場の大きな宣伝になる。太老に貸しも作れて一石二鳥と考えたのだろう。
 実に律子らしい打算的な考えだと思う。しかし、それは伊織にとって都合の良い展開でもあった。

「他の皆は?」
「もう、それぞれのステージで待機済みだって。準備はバッチリだよ」
「じゃあ、こっちも気合い入れていかないとね」

 頑張るよ、と気合いを入れる春香だったが一歩目で転倒する姿を見て、伊織は溜め息を漏らす。
 早速、不安になるが――

「まあ、その方が私たちらしいわよね」

 ――プロの意地に掛けて、しっかり繋いでやるわ。だから、アンタは自分に出来ることをなさい。
 太老と別れるときに、伊織が口にした言葉だ。
 太老には太老にしか出来ないことがあるように、彼女たちにも彼女たちにしか出来ないことがある。

「応援にきてくれたゲストを紹介するよ!」

 ステージから司会進行役の城ヶ崎美嘉の声が聞こえてくる。既にメインステージの会場には、多くの観客が詰め寄せていた。
 煌びやかな衣装はない。機材も準備中。打ち合わせもなしでのぶっつけ本番だ。
 だが、不安はなかった。これまでだってピンチは幾つもあった。
 そのすべてを乗り越え、チャンスに変えてきた。だから――

「いくわよ、春香!」
「うん!」

 二人は手を繋ぎ、照りつけるライトの光に向かって走り出す。
 その輝きの向こう側に未来(きぼう)≠ェあると信じて――



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