【Side:太老】

 衝撃の告白から一夜明け、俺は統一国家の首都ムーンパレスにある皇城に招かれていた。
 表向きはコロシアムの騒ぎを鎮め、マリア皇女を救った功績を称えるため女皇が城に招いたということになっている。
 多少の反発はあったそうだが、その辺りは心配ないと女皇も言っていたので、俺がとやかく言うことでもないのだろう。
 謁見を終えた俺は報奨の一つとして書庫の閲覧許可を貰い、昨晩の話の裏付けを取るべく資料を漁っていた。

「超空間通信の時点で予想はしてたが、さすがは先史文明」

 書庫と言っても紙媒体を並べたものではなく、端末を利用して目的の資料を検索するデータベースになっていた。
 亜法記憶体が用いられているそうで、これも銀河帝国時代は極普通に使われていた技術だそうだ。
 守蛇怪の設備と比べると骨董品も良いところの旧式だが、贅沢も言ってはいられない。
 地球の物と比べれば、こちらの方が性能はずっと上だしな。まあ、初期段階の文明と比べること自体、間違いなわけだけど。
 ただ、超空間通信が使えるなら、もう少し高性能な設備があっても良いと思うんだが、この辺りが過去の遺産に頼っている限界なのだろう。

「該当するデータが多すぎる。これじゃあ、いつ終わるかわかったもんじゃないな……。零式、サポートを頼めるか?」
『はい、お父様』

 そう俺が声を掛けると、頭の中に零式の声が響く。
 最初の内は複数の端末を同時に操作して頑張っていたが、俺の作業速度に端末の処理速度が追いつかないというのは悪い意味で予想外だった。
 分かり易く例えるなら旧式のパソコンに最新のOSをぶち込んでいるようなものだ。読み込みに時間が掛かりすぎて作業にならない。
 仕方なく船のメインコンピューターにリンクを繋ぎ、情報処理の方は零式にバックアップを任せることにした。
 そうして一時間余り、作業を続けていると少しずつわかってきたことがある。

(……反亜法ね)

 亜法を根源とする力のすべてを無効化する力――反亜法。
 それは剣や槍などを使った物理的な攻撃であっても、亜法を動力とする兵器であれば例外はないらしい。
 そして反亜法を身に宿し、特異点となる存在が『反作用体』と呼ばれるそうだ。

 女皇から俺がその反作用体だと言われて最初は戸惑ったが、これまでのことを振り返ると納得の行く点も多々あった。
 まず思い当たるのは、黄金の聖機人の特殊能力――ありとあらゆる攻撃を弾く、ヤタノカガミの存在だ。
 黄金の聖機人に亜法の類は通用しない。そしてヤタノカガミを解析して造ったカリバーンの装甲にも亜法を弾く効果がある。
 それが反亜法の力――反作用体の特性が発露した能力だと言われれば、否定する言葉が見つからなかった。
 しかし、

(反作用体ってあれだよな。未来の美砂樹がなるとかいう……)

 美砂樹と言うのは瀬戸と内海の娘にして阿重霞と砂沙美の生みの親、樹雷第二皇妃のことだ。
 世代を重ねた生体強化の末に誕生した彼女は、生来ズバ抜けた身体能力を有していたという話だが、実はこの話には裏がある。
 三命の頂神による次元干渉の反動で生まれた反作用体。それが美砂樹が持つ能力の秘密だったからだ。
 謂わば、世界の歪みに対して生まれた修正力≠ニでも呼べる存在。
 俺の原作知識によると、反作用体として覚醒した美砂樹には頂神の力が通用しなかったはずだ。
 まあ、この辺り、結構うろ覚えなんだが……。

(女皇の言っていた反作用体が同じようなものだとするなら……)

 異世界特有の技術だと考え、これまで深く考えることはなかったが反作用体を生み出すような力となると話は別だ。
 星の再生や異世界人の召喚が世界に歪みを生み、特異点を誕生させたと女皇は言っていたが、俺にはそれだけが原因とは思えない。
 別に亜法を用いずとも、俺たちの世界の技術を用いれば、どちらも十分に可能なことだからだ。

 人の力で実現可能なことに、世界の修正力が果たして本当に働くのだろうか?
 なら世界を歪ませ、特異点を生み出すほどの力とは一体なんなのか?

 ずっと感じていた違和感。この世界の文明はどこか歪だ。
 それは異世界人が伝えた知識や、過去の文明の技術力に頼っているからだと最初は思っていた。
 だが、先史文明と呼ばれるこの時代でも、失われた文明の技術に依存しているという状況は現代と変わりがない。
 女皇の話していた銀河帝国の話にしても、遺跡に眠っていたマジンに滅ぼされたことを考えると、更に太古の文明があったことは明らかだ。
 過去から現代へ。すべてに共通して言えることは一つしかない。

「亜法……そして、エナの存在か」

 もし亜法が世界に影響を与え、特異点を生み出すほどの力を秘めているとすれば、それは――
 聖地で祀られていた名も無き女神。そして〈皇家の樹〉と同質≠フ力を持ったエナの存在。
 俺の推測が正しければ、この件にはあの駄女神≠ェ関わっている可能性が高い。
 確証はない。しかし状況証拠は揃っていた。





異世界の伝道師 第283話『千年の想い』
作者 193






 作業を終え、侍従の案内で女皇のもとを尋ねると、そこにはドールの姿があった。
 姿が見えないと思ったら、お茶菓子をご馳走になっていたみたいだ。
 なんというか、相変わらずブレない奴だ。

「太老、終わったの?」
「ああ、めぼしい情報は粗方目を通してきた。念のため、船の方へバックアップも取ってあるから気になるなら、あとで確認するといい」
「え!? あの情報量を、この短時間ですべて目を通されたのですか!?」

 ドールの問いに答えると、何故か女皇が驚きの声を上げた。
 そんなに驚くようなことか?
 いやまあ、ここの演算装置の処理速度では、確かにこの短時間で終わらせるのは難しいか。

「太老に常識は通用しないから」

 失礼な。このくらい出来る人間は、俺の周りには結構いるぞ。
 天女とか、水穂とか、アイリとか。
 それに、なんだかんだと零式はマッド手製の船だしな。
 情報処理速度だけなら〈皇家の船〉にも匹敵するという話だし、俺が特別凄いわけじゃない。

「未来の世界では、それほど技術が進歩しているのですか?」
「いや、文明が滅亡した所為で、むしろ衰退してるというか……」
「滅亡? 衰退? え、あの……それはどういう……」

 俺たちが未来からきたという話は軽くしてあるが、そう言えばガイアのことは言ってなかったな。
 こちらばかり情報を貰うのは不公平な気がしたので、俺たちのいた世界がどうなっているか掻い摘まんで説明する。
 この時代から見れば三千年は先の話だ。いまの段階では、ドールたちは勿論のことガイアも生まれてはいないだろう。

(……ねえ、太老。そんなこと教えちゃっていいの?)

 耳打ちで、そんなことを聞いてくるドール。恐らく未来が変わることを心配しているのだろう。
 だが、余り心配は要らないのではないかと俺は思っている。この世界が本当に俺たちの知る未来の過去とは限らないからだ。
 この時代に存在しないはずの俺たちが今この場にいることが、何よりの証明だ。
 もし連続した時間の流れの先にあの未来があるのだとすれば、こうして俺たちがここにいること自体、予定調和だと考えられる。
 少なくとも、この先ドールやネイザイの誕生を脅かすような状況にはならないと確信していた。
 既に確定した未来を変えるというのは、それほどに難しい。空間や時間を操れる頂神でさえ、自由にはならないのだから尚更だ。

「まさか未来が、そんなことになっているなんて……」
「三千年も先の話だしな。別に責任を感じることはないと思うけど」
「ですが……いえ、それこそ傲慢な考えなのやもしれませんね。だからこそ、この世界は未だに……」

 何かを言いそうになって、女皇は口を噤む。
 千年もの間、この国を導いてきたのだ。何やら思うところがあるのだろう。

「いまの話は聞かなかったことにしようと思います」
「……いいのか?」

 意外だった。
 彼女がこの国やそこで暮らす人々の幸せを真剣に願っているのは、短い付き合いではあるが俺にも理解できる。
 そんな彼女が未来の話を聞いて、何もせずに黙っていられるとは考えていなかったからだ。

「未来がどうあれ、その時代に生きる者たちが対処すべき問題です。なのに、私は必要以上に……この星の人たちに手を差し伸べ過ぎた」

 この国の置かれている現状を、女皇は憂いを帯びた表情で語る。
 それもそうか。俺が違和感を覚えるくらいなのだから、この国を造った女皇が気付いていないはずがない。
 話を聞いている限り、種の存亡の危機だったという話だし、最初は救命的な処置だったのだろう。
 しかしあれこれと力を貸している内に、この星の人々は段々と彼女に、失われた文明の技術に依存していった。
 謂わば、現代の教会のような役割をこの国が――女皇である彼女が担っていると言うことだ。
 緑溢れる星となり、人口が増え、暮らしは豊かになったかもしれないが、それだけではこの国にどのみち未来はない。
 自ら考え、知恵を絞り、技術を磨くことが国の礎を築き、文明を発展させることへと繋がる。
 いまのままでは何れ、この世界の文明は停滞を迎えるだろう。それは緩やかな死を意味することだった。

「フォトンさんには、すべてわかっていたのかもしれませんね」
「フォトン……建国神話に登場する英雄だったな」
「はい。銀河皇帝の企みを阻止し、この世界を救った英雄。そして……私が愛した人です」

 本当に愛していたのだろう。強い信頼を寄せていたことが、その言葉からも伝わってくる。
 だからこそ、彼が生まれ育った星を守りたい。嘗てのように緑豊かな星へと再生したいと願ったのかもしれない。
 しかし、そのことを彼女は今、少し後悔しているように感じた。だから俺は――

「構わないんじゃないか?」
「……え?」
「この星の人たちが、いまこうして平和に暮らせているのは女皇陛下、アンタのお陰だ。その英雄だって責めたりはしないさ」

 確かに客観的に見れば彼女はやり過ぎた。失敗したのかもしれない。
 でも、それがすべて間違いだったと俺は思わない。
 滅びを待つしかなかったこの星の運命を救ったのは彼女だ。
 出来ることがあるのに見て見ぬフリをするよりは、ずっと良い。

「それでも文句を言う奴がいたら相談しろ。何が出来るかはやってみないとわからないが、俺に出来る範囲で守ってやる≠ゥら」
「あ……」

 十分に頑張った人が責められ、報われない未来なんてものを俺は認めるつもりはなかった。
 立場上、誰かに弱音を見せることも出来なかったのだろう。
 他に頼る相手がいないと言うのなら、俺だけでも味方になってやるつもりで話す。
 しかし、

「あ、悪い。つい……」
「いえ……その……ありがとうございます」

 勢いで口にしたまではよかったが、無意識に頭を撫でていたことに気付き、俺は慌てて手を放す。
 マリアやラシャラに接するようにしてしまったが、相手は一国の女皇なんだよな。
 考えてみると、かなり生意気なことを言った気がする。

「えっと女皇陛下。さっきのは……」
「ラシャラと呼んでください。その代わり、私も名前で呼ばせて頂いて構いませんか?」
「まあ、それは好きに呼んでもらえれば……」
「では、タロウさん。改めて、よろしくお願いします」

 怒ってはいないようで安心する。
 それに少し、距離が縮まったような気がするのだった。

【Side out】





【Side:ラシャラ女皇】

 ――守ってやる。

 彼にそう言われた時、胸が激しく脈打つのを感じた。
 フォトンさんがよく口にしていた言葉だ。きっと私は誰かに認めて欲しかったのだろう。
 いや、他の誰でもない。私は彼≠ノ認められたかったのだ。
 それが、今日ようやくわかった。

「やはり、あの方は……」

 未来からきたと言う話には驚かされたが、彼がフォトンさんと同じ特異点体であることは間違いない。
 そして恐らく彼は――

「……アウンさん。あなたには、どこまで未来が見えていたのですか?」

 私の手の中にある一冊の本は、フォトンさんの恋人の一人、アウンさんが残した手記だ。
 建国神話の元にもなった話が、ここには記されている。そして未来≠フことも――
 アウンさんには一つだけ特殊な能力があった。それが時間を操る力だ。
 本来は一定の空間内の時間を僅かに止めることしか出来ない能力だったが、ある日を境に不思議な夢を見るようになったと彼女が話してくれたことがある。
 恐らく薄らとではあるが、その夢が未来の出来事を示唆していることに彼女は気付いていたのだろう。
 だから彼女は夢で見たことを手記に書き残していた。
 死の間際――この手記を私に託したのは、そうした未来を案じてのことだと私は考えている。
 僅か千年で、これほどの国を造ることが出来たのは、失われた文明の技術以外にもアウンさんが残してくれた手記があったからだ。
 彼女の残してくれた助言に救われたことは一度や二度ではない。そして最後のページには――

「金色に輝く巨神と共に……待ち人、現る」

 手記は、そこで終わっていた。アウンさんには、すべてわかっていたのだろう。
 彼にはああ言ったけど、本当はフォトンさんを延命させる手段はあった。それを拒んだのはフォトンさんの意思だ。
 きっとフォトンさんも知っていたに違いない。アウンさんの夢を、あの人は信じたのだ。
 なら、私に出来ることは――

「信じてみようと思います。私を守ると言ってくれた、あの方を……」

 それが千年の旅路の果てに、私――ラシャラ・ムーンがようやくだした結論(こたえ)だった。

【Side out】



 ……TO BE CONTINUED



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