「二人で何してるの?」

 気配もなく声を掛けられたメザイアとネイザイの二人が、少し警戒した様子で後ろを振り返ると――
 そこには、両手一杯にたい焼きの袋を抱えたドールの姿があった。恐らく食堂から、また勝手にくすねてきたのだろう。
 ボタンを押せば出て来る合成食品とは言っても、食材の多くは亜空間に固定された人工プラントで自給自足が可能となっているため、天然物と比べても味に遜色はない。
 むしろ食材の味に関して言えば、農薬を使って大量生産をしている地球のものより味は優れているくらいだ。
 その食材を使った料理のデータが、守蛇怪・零式には豊富に取り揃えられている。
 零式がお父様≠フために揃えたデータだ。その傾向が地球の料理、太老の好みに偏っているのも当然と言えば当然だった。
 とはいえ――

「……あげないわよ?」

 二人の視線がたい焼きに集中しているのに気付き、ドールは手で隠すように袋を守る。
 そんなドールの行動を見て、なんとも言えない溜め息が溢れるメザイアとネイザイ。

 ――どうしてこうなったのか?

 メザイアからすればドールは魂を分けた存在。血の繋がりよりも濃い、もう一人の自分とも言える存在なのだ。
 ネイザイにしても、ドールはガイアを倒すために三体作られた人造人間の末の娘、妹ととも言える存在だ。
 すっかり腹ペコキャラが定着したドールの姿に、二人が複雑な心境を抱くのも無理のない話だった。

「まったく。レイアといい、あなたといい、どうしてそう――」
「レイア? ああ、そっか、そういうことね」

 二人が何をしていたのかを察し、ドールは一人納得した様子を見せる。
 そんなドールの反応に虚を突かれたネイザイは、疲れきった表情で肩を落とすのだった。
 そして、

「そうよ。何か手掛かりがないかと思ってね。地球の情報を見せてもらっていたのよ」
「で? 何か見つかったの?」

 少し不機嫌そうな顔でそう話すネイザイに、ドールは何もなかったかのように質問する。
 もう何を言っても無駄と悟ったのだろう。何も答えず端末を操作すると、ネイザイは一枚の写真を空間モニターに表示した。
 それは結婚式の集合写真のようだった。
 樹雷のものと思しき紋付袴と白無垢に身を包んだ男女を、同じく正装に身を包んだ人々が囲んでいる。

「彼女がレイア……あなたのお姉さん≠諱v

 白無垢の女性を指さしながら、そうドールに説明するネイザイ。
 ドールはレイアのことを知識として知ってはいるが、直接の面識はない。レイアが転送装置を使って異世界に姿を消した頃、まだドールは生まれたばかりでカプセルのなかで過ごしていたからだ。
 本来でれば、異世界に行く役目はネイザイが担うはずだった。
 生まれたばかりのドールは勿論のこと、レイアも当時はまだ十歳ほどで子供を産めるような年齢には達していなかったためだ。
 しかし好奇心旺盛なレイアが誤って装置を起動してしまい、単身で異世界へと飛ばされてしまった。とはいえ、もう一度異世界に人を転送するだけのエネルギーは装置に残されてなく、元々は本命の計画が上手く行かなかった時のことを考えて用意された片道切符とも言えるプランだったため、レイアを連れ戻すことも出来なくなってしまったのだ。
 そこでネイザイは本来レイアが役目を負うはずだった作戦をドールと共に決行し、自らを犠牲にすることでガイアを封印することに成功した。
 それが、この時代から数百年未来の話――現代からは数千年も昔に起きた人類とガイアの戦いの結末だった。

 だからと言ってネイザイは、そのことでレイアを恨んでいるわけではなかった。
 本心で言えば、犠牲になったのがレイアやドールでなく自分でよかったとさえ、ネイザイは思っていたからだ。
 むしろ恨みを抱くと言うよりは、幼くして単身で異世界に飛ばされたレイアのことを彼女なりに心配していたのだ。
 だと言うのに――

(幸せそうな顔をしちゃって……)

 剣士を見た時、もしかしたらという予感はあった。
 しかしこうした確証を得たところで、数千年もの間、悩み続けた複雑な想いが消えるわけでもない。

「そういうこと。こっちは大変な思いをして戦っていたって言うのに、あっちは結婚して子供も作って、幸せな家庭を築いていることが納得いかないってわけね」
「別にそう言う訳じゃ……」
「じゃあ、妹に先を越されたのが気に入らない?」
「ドール!?」

 ドールの身も蓋もない言葉に、声を荒げて反応するネイザイ。
 そうした感情がまったくないかと言えば、嘘になる。しかし、レイアの気持ちもわかるのだ。
 この世界のことを忘れて、家族で幸せに暮らすという道もあったはずだ。
 なのに剣士がこうして送られてきたと言うことは、レイアも負い目を感じていたと言うことなのだから――
 忘れていたわけじゃない。彼女もまた異世界で、自身に課された運命と闘っていた。それがわかるだけに、ネイザイには複雑な想いがあった。

「そんな風に怒るってことは嫌いじゃないんでしょ? なら、いいじゃない。素直に祝福してあげたら?」
「フフッ、あなたの負けね。ネイザイ」

 ドールに言いくるめられ、何も言い返せずにいるネイザイを見て、メザイアはそう口にして笑う。
 二人に心を見透かされ、少し拗ねたように唇を尖らせ、横を向くネイザイ。

(それでも文句の一つくらいは言ってやらないと気が済まないわよ……)

 勝手な真似をして、これだけ心配を掛けたのだ。
 少しくらいレイアに厳しくあたったって良いだろうとネイザイは考える。
 太老が地球へ帰る時には一緒に連れて行って貰うのもいいかもしれないと、そんなことをネイザイが考えていた、その時だった。

「そう言えば、太老は? 昨日から見かけないんだけど」

 ドールに尋ねられ、『何か知ってる?』とばかりにネイザイを見るメザイア。
 端末の使用許可を貰いに行ったのはネイザイだ。
 零式がユライトを連れて何処かへ行ってしまったため、メザイアは便乗しただけに過ぎない。
 顔を見合わせ、首を傾げる二人に、

「彼なら地下の工房にいるはずよ? 決闘に向けて、機体を万全な状態にするとか言ってたわね」

 ネイザイはそう答えるのだった。





異世界の伝道師 第285話『失われた技術』
作者 193






【Side:太老】

 何千年も放置されていたとあって、聖地から持ってきた聖機神の状態は余り良くなかった。
 いや、技術者の端くれとして看過できないほど、状態が悪かった。
 組織の劣化が進み、足なんて一本もげてたしな。
 とはいえ、聖機人に関しても教会が秘匿している技術は多い。
 俺の持つ知識で完全な状態に修復するのは難しいかと思っていたのだが、

「書庫の閲覧許可を貰えて助かったな。さすがは先史文明。教会や結界工房が秘匿してる技術なんて目じゃないわ」

 根こそぎ吸い上げたデータのなかには、聖機神の設計図やオリジナルリングの作り方と言った技術データも含まれていた。
 聖機人の動力に使われている亜法結界炉のような模倣品ではない。ちゃんとしたオリジナルの設計図だ。
 さすがに決闘まで時間がないので一から造ることは難しいが、これだけデータが揃っているれば元通りに修復することは難しくない。
 とはいえ、単に修理だけでは芸がない。威圧感はあるが、この悪役染みた外見も余り好みじゃないしな。
 そこで――

「龍皇を改造した時のデータがこんな風に役に立つとはな」

 表面を覆っていた体組織を落とし、人間でいう骨だけの状態になった聖機神の隣には銀色の液体が浮かぶ培養槽があった。
 魎皇鬼の身体を構成している物質、万素を原材料として精製した生体金属だ。
 聖機神を覆う体組織は扱いが簡単で使い勝手はいいが、劣化が早く、脆い性質がある。
 激しい戦闘を行う度に、劣化した組織を修復・交換しないといけないというのは正直言って面倒だ。
 そこで亜法動力の出力を限界まで引き出しても劣化しない、高い耐久力を持った素材が何かないかと俺は考えた。
 その答えが万素(これ)≠ニ言う訳だ。

「これなら全力≠だしても十分に耐えられるだろう。動力炉の出力不足の問題で、零式ほどのパワーはでないけど……」

 不満があるとすれば、その点だけだ。正直、聖機神の亜法結界炉でも出力不足は否めない。
 まあ、娯楽用と考えれば十分なんだろうけど、皇家の船は疎か、量産型の守蛇怪にも及ばない程度のスペックしかないしな。
 やはり普通に考えれば、ロボットなんて非効率的な兵器でしかないと言うことか。
 男のロマンではあるんだけどな。

「待てよ?」

 ロボットと言えば、西南の神武が頭を過ぎる。
 龍皇の改造には、鷲羽のところにあった神武のデータを参考にさせてもらったのだ。
 あの人型兵器、動力に幼生固定された第一世代の皇家の樹を使ってるんだよな。
 なら、亜法結界炉に拘らず、動力に別のモノを用いれば――

「……いや、それじゃあ、意味がないか」

 皇家の樹なんて簡単に手に入るものではないし、零式のエンジンもアイリの工房で作ったものに鷲羽が手を加えたものだ。
 ほとんどブラックボックス化していて、簡単に複製できるようなものではない。
 それに亜法で動かないのであれば、もうそれは聖機神とは言えないだろう。別の兵器だ。

「となると、フェンリルか?」

 ワウと共に開発した蒸気動力とのハイブリットエンジン『フェンリル』が頭を過ぎる。
 しかし、あれは亜法結界炉が低出力でも動作が安定するように蒸気動力で補うことで、組織の劣化を防ぐというものだ。
 フルパワーをだしても組織の劣化が起こらないのであれば、ハイブリットエンジンに拘る必要はない。
 それに船に使われているエンジンの方が出力は上だし、亜法結界炉は補助動力に向かないシステムだしな。
 結局は振り出しか。

「ううん……せめて、もっと高出力な亜法結界炉があればな」

 聖機神の亜法結界炉でも出力が足りないと言うのであれば、それ以上に高出力な亜法結界炉を用意するしかない。
 しかし書庫で取得したデータには、そうしたものが見当たらなかった。
 実際この世界では聖機神が最強の兵器とされているのだから、ないものねだりと言うことか。
 あれ? でも……。

「ラシャラの船……あれって銀河帝国時代の遺産だとか言ってたよな?」

 恒星間移動が可能な船ともなれば、明らかに聖機神より高出力なエンジンが使われているはずだ。
 だが、あの船には疑問がある。亜法が動力なのは間違いないはずなのに、エナの喫水外で動いていることだ。
 エナがなければ、亜法は使えない。それが、この世界の常識のはずなのに――

「……そもそも銀河帝国の人たちは、どうやって宇宙で生活をしてたんだ?」

 亜法以外の動力を使っていた?
 いや、違うな。それはラシャラ女皇の話からも明らかだ。嘘を吐く理由もない。
 だとするなら、エナの喫水外でも亜法を使える方法があると考えるのが自然だろう。
 もしかしたら、それがヒントになるかもしれない。なら、これからやることは――


  ◆


「……私の船をですか?」
「ああ、出来たら解析させて欲しいんだけど……ダメか?」
「いえ、別に構いませんが……」

 城に足を運び、ラシャラ女皇に船を見せて欲しいと頼んだら、そんな答えが返ってきた。
 無理だと言われれば、素直に諦めるつもりでいただけに驚きを隠せない。
 船のことを隠しているのは、てっきり国家機密とか皇族の責務だとか、そういうのが関係していると思っていたからだ。

「えっと……頼んだ俺が言うのもなんだけど、本当にいいのか?」
「はい。銀河帝国時代の船とは言っても、戦艦などではなく極普通の船ですから」
「でも、恒星間移動が可能なんだろ? 超空間通信を使ってたし、エナの喫水外でも動いていたし……」
「それはブレインクリスタル≠フお陰ですね」
「ブレインクリスタル?」

 聞き慣れない単語を耳にして、俺は質問を返す。城の書庫から取得したデータにはなかった情報だ。

「亜法の力を凝縮したエネルギー結晶体です。昔は船の動力以外にも、生活に必要なエネルギーとして様々なものに用いられていたのですが……」

 なるほど、そんなものがあったのか。
 話を聞く限り、エナの力を結晶化して、結界炉を動かすタンクとして用いていたのだろう。
 だからエナの喫水外でも亜法が使えていたわけか。なかなか、便利な技術みたいだが――

「現在はクリスタルを精製する技術が失われていて、あの船に残されているもので最後なのです」

 そういうことか。だから、ブレインクリスタルに関する情報がなかったんだな。

「ですから、もしブレインクリスタルを精製できるのであれば、こちらとしても助かります」

 女皇のその言葉から、あっさりと船を調査する許可をくれた理由を察する。
 あの船も、そのうち動かなくなる可能性が高いと言うことだ。
 もしかしたら、既に星を渡るだけのエネルギーは残っていないのかもしれない。

(しかし、エナを結晶化か……)

 可能か不可能かで言えば、恐らく可能だ。実際、俺の持つ知識のなかにも、それに近い技術はある。
 魎呼の宝玉なんかが、分かり易い例えだろう。あれも桁は違うが、高密度のエネルギーを圧縮して作ったものだ。

「わかった。何か判明したら必ず報せる。だから取り敢えず、こっちで船を預からせてもらっていいか?」

 どちらにせよ、まずは調査してみないことには何もわからない。
 俺は女皇に、そう提案するのだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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