【Side:太老】

「どういうことだ……?」

 自分の生まれ育った村だ。何年も目にしていなからと言って、見間違えるはずもない。
 でも、一体どうして――

「帰ってきたということか? いや、でも……」

 異世界に飛ばされたのも突然だったことを考えれば、ありえない話ではない。
 しかし、あの一瞬でそんなことが可能なのだろうか?
 異世界への転移が難しいという話ではない。条件が整えば、あの世界と地球を行き来することは十分に可能だ。
 零式と合流できた今なら、元の時代に戻ることさえ出来れば、地球へ帰還することは可能だ。しかし、それには超空間ワープと同様に事前の準備と大掛かりな仕掛けが必要になる。
 次元転移ともなれば、転移の際に使用された次元ホールの時間と位置を特定する必要があるだろう。
 でなければ、まったく違う時代、まったく異なる世界へ転移しかねない。
 これが元の時代に戻らないと、地球へ帰ることが出来ない最大の理由だ。
 それだけのことを、こちらに一切の予兆を感じさせることなく実行するなんて不可能だ。
 少なくとも人間業じゃない。俺が鷲羽から受け継いだ知識≠フなかにも、そんな方法は存在しない。
 まだ、夢や幻を見せられていると考える方が自然なくらいだ。しかし、ここにいる俺は少なくとも、この世界を現実≠セと認識している。

「考えられるとすれば……」

 最後にキーネは『資格を得るに相応しい人物か、試させてもらう』と言った。
 恐らくは銀河結界炉のことを指して、あのようなことを口にしたのだと想像が付く。
 あの世界には、俺たちの世界にはない技術や知識が数多く存在する。
 だとするなら俺が知らないだけで、一瞬にして対象を次元転移させる方法がないとは言い切れない。
 他の世界から人間を召喚するための儀式が存在するくらいだ。ましてや、銀河結界炉は亜法の根幹を司るシステムだという話だった。

「なんにせよ、現状を把握するのが先か……」

 ここが地球なら天地の家に行けば、皆がいるはずだ。
 正直、鷲羽に頼るのは最後の手段にしたいが、工房の設備を使えば俺がこちらの世界へ転送された際に使用した次元ホールの特定も出来る。
 そうすれば、あの世界、あの時代、あの場所へ戻ることも可能だろう。
 いや、待てよ? 零式も、こちらの状況はモニターしていたはずだ。
 だとするなら時間は掛かるかもしれないが、こちらへ来ることもそう難しい話ではない。
 大人しく待っていれば、救助がやって来る可能性はあるわけか……いや、でもな。

鷲羽(マッド)か、零式か……」

 悩ましい。出来ることなら、どちらも借りを作りたくない相手だ。
 ここ一ヶ月ほど人化した零式と接してみて、大体の性格は掴んできたからな。
 元からああ言う性格だったのかはわからないが、どことなく鷲羽やアイリを彷彿とさせるところが零式にはある。
 そう言えば鬼姫のもとにいた頃、初めて守蛇怪・零式を渡された時から、おかしな船だとは思っていたんだよな。

 金ピカの部屋とか、金ピカの部屋とか、金ピカの部屋とか……。

 あの頃の零式は今のように人の姿を取ることが出来なかったが、性格はたいして変わっていないように思える。
 となると、やっぱりあの性格は生来のものと考えるのが自然だろう。
 鷲羽の娘みたいなものだしな。それにアイリの工房で造られたという話だし……そのことを考えると合点が行く。

「……やっぱり自力でどうにかしよう」

 余り零式をあてにすべきではないと判断する。鷲羽に頼るかどうかも、取り敢えずは保留だ。
 やはりまずは、天地の家を目指すべきだろう。あそこにいけば、少しは状況も変わるはずだしな。
 考えをまとめ、行動に移ろうとした、その時だった。

「え……」

 踵を返すと、後ろに一人の女が立っていた。
 透き通るような白い肌に、銀色の髪。薄紫色の着物を纏い、手には桜色の日傘を持っている。
 そして射貫くような鋭い双眸で、じっとこちらを見詰めていた。
 その顔、その姿――忘れるはずがない。

「天女……?」





異世界の伝道師 第295話『清音』
作者 193






 思わず呼び捨てにしてしまったことを後悔しながら身構える。
 天女とは、俺が幼少期から厄介になっていた家の主――天地の姉にあたる人物だ。
 アイリの工房で働いていて、普段は哲学士の助手。技術者見習いのようなことをやっているとの話だ。
 言ってみれば、鷲羽のもとでモルモットもとい哲学士の勉強をしていた俺の……先達に当たる人物と言ってもいいだろう。
 だが、俺は彼女のことを苦手としていた。それは仲が悪いとか、そういう話ではない。
 関係性で言うなら、天女との仲は良好だ。小さい頃の天地に似ていて可愛いと、昔からよく彼女には可愛がられていたくらいなのだから――
 しかしその可愛がり方というか、愛情表現が彼女の場合、少々度が過ぎているところに問題があった。
 単なるスキンシップだとは理解しているのだが、本気で食べられるのではないかと身の危険を感じたことは一度や二度ではない。

「……天女?」

 自分の名を口にしながら、首を傾げる天女。
 思っていたのと違う反応が返ってきて、俺は訝しげな表情を浮かべながら警戒度を上げる。
 どういうつもりだ? 俺の知る彼女なら敬称をつけずに呼び捨てにすれば、目を輝かせて抱きついてくるはずだ。
 前に一度うっかり『さん』付けを忘れた時は、興奮した様子で鼻息を鳴らして迫ってこられた苦い記憶があるからな……。
 思えば、俺が目上の女性を総じて敬称をつけて呼ぶようになったのは、アイリや天女の影響が強いように思える。

「天女ちゃんのお知り合い?」
「はい?」

 どういうことだ? 
 予想外の言葉に、俺は困惑する。
 まさか、天女じゃない? いや、でもどこからどう見ても天女にしか見えない。
 似た人間は世界に三人いると言うが、それにしたってここまで瓜二つの人物が都合良く同じ村にいるなんてこと――

(……あ)

 ありえない考えが頭を過ぎる。
 天女とそっくりな人物。その人に俺は心当たりがあったからだ。
 直接の面識はない。しかし、天女とよく似た人物を俺は知っている。
 いや、正確には天女が彼女≠ノ似ていると言った方が正しいのだろう。
 でも、まさか、そんなことが――

「失礼ですけど、お名前は?」

 ただの考えすぎと思いつつも、俺は天女(?)と思しき目の前の女性に名前を尋ねる。
 もし俺の推測が当たっていた場合、ただの次元転移ではなく、この世界は――

「清音よ。柾木清音。名乗ったのだから、あなたの名前を聞かせてくれるかしら?」

 そう、ここは俺が生まれるよりも昔――過去の地球だった。


  ◆


「そう、太老くんって言うのね」

 あれから俺は清音に案内されて、彼女の家でお茶をご馳走になっていた。
 まさかの展開だ。清音と言えば、天地と天女の生みの親。
 俺が生まれるずっと前に亡くなったはずの人物だ。
 となれば、ここは地球は地球でも、過去の世界と言うことになる。

「それで天女ちゃんのことを知っているみたいだったけど、あの子とはどう言う関係なの? やっぱりアカデミーで知り合ったとか?」

 興味津々と言った様子で尋ねてくる清音に、俺はどう答えるべきかと頭を悩ませる。
 まあ、そうなるよな。清音が生きていると言うことは、少なくとも三十年以上は昔のはずだ。
 それでも天女の年齢は七十歳近いはず。地球人の感覚で言えば、『おばあちゃん』と呼ばれる年齢だ。
 そして俺は、どう見ても十代の若造にしか見えない。これで若い頃の天女を知る友人や知人という線は消える。
 なのに清音を見て、天女と見間違えたとなると、自分で『宇宙』のことを知る関係者だと公言しているようなものだ。

(どうしたもんかな……)

 歴史に影響を与えるような発言は避けるべきだ。
 この世界の未来が、俺の知る世界に繋がっているとは限らないが、万が一と言うこともある。

「実は――」

 敢えて本当のことは話さず、若干の嘘を交えながら清音の質問に答える。
 とはいえ、すべて嘘と言う訳ではない。
 太老と言う名前は本当だし、哲学士見習いというのも本当のことだ。
 天女とはアカデミーで知り合ったと相手が勝手に勘違いしてくれるのなら、嘘にはならないしな。

「そう、哲学士を目指しているのね」

 完璧に誤魔化せたとは言い難いが、取り敢えずは納得してくれたみたいだ。
 しかし、この先どうしたものか。ここが過去の世界なら、天地の家も存在しないと思っていい。
 となると、鷲羽もこの時代にはまだ地球にはいない。双蛇に封印されているはずだ。
 まいった……。工房がなければ、哲学士などただの人≠セ。
 鷲羽ならどうにかするのかもしれないが、俺には必要な設備を一から揃えるような真似は出来ないしな。
 そもそも行く当てがない。泊まるところの問題もあるが、お金もないしな。
 あっ、あっちの金なら少しはあるか。金貨や銀貨だけど……そもそも、これって換金できるのか?
 金としての価値はあると思うが、そもそも身分証がないしな。当然この時代に俺の戸籍があるはずもない。
 最悪、森で食材を調達して、野宿で済ませるという方法もあるが――

「よし、決めた!」

 どうしたものかと途方に暮れていると、突然席を立ち、声を上げる清音。
 そして――

「ここを自分の家だと思って、ゆっくりしていきなさい」

 渡りに船と言った提案を清音の方からされ、俺は困惑する。
 ここで清音の厄介になれば、未来に思わぬ影響がでる恐れがある。
 こうして会話をしている時点で既に手遅れなような気がしなくもないのだが、影響は最小限に留めるべきだろう。
 だとするなら、このまま立ち去るのが最善ではないかと考えていたからだ。
 それに船とのリンクは生きているようだし、待っていれば救助がくる可能性は高い。
 敢えてリスクを冒す必要は――

「その様子だと、まだ泊まるところは決めてないんでしょ?」
「いや、それは……」
「当然、地球(こっち)のお金も持ってないわよね?」
「うっ……」

 畳み掛けるように言葉を投げ、逃げ道を塞いでくる清音。
 そして顔を近付けると、じーっと俺の顔を覗き込んでくる。
 言い逃れも、嘘も許さないと言った顔だ。こういうところ……天女の母親なのだと実感させられるな。
 こうなっては何を言っても、彼女は納得しないだろう。
 既に彼女の中では、俺がこの家に厄介になることは決定事項なのだと悟る。

「泊まっていくでしょ?」
「……厄介になります」

 俺は肩を落とし、観念するのだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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