「あの……この集まりは一体?」

 静々と手を上げながら、遠慮気味に尋ねる眼鏡を掛けた黒髪の女性。
 彼女の名は柾木玲亜。剣士の母親にして信幸の妻。
 現在でこそ、信幸と結婚して『柾木』の姓を名乗ってはいるが、嘗てはレイア・セカンドの名で呼ばれていたこともある異世界人だ。
 そして、ここに集まっている人物は全員がそんな玲亜の素性を知る人物ばかりだった。

 しかし顔見知りが多いとはいえ、玲亜が気後れするのも無理はない。
 テーブルを囲むのは、何れも名の知られた人物ばかりだからだ。

 樹雷の第一皇妃・船穂と第二皇妃の美砂樹を始め、銀河アカデミーの理事長・柾木アイリや、校長の九羅密美守に続き――
 GPの英雄・山田西南の妻の一人である雨音・カウナックや、同じく西南の妻・玉蓮の姿も確認できる。
 そこに加え、現樹雷皇・阿主沙の母で元柾木家皇族の四加阿麻芽や、桜花の母にして平田兼光の妻である夕咲まで同席しているのだ。
 何より、そんななかで一際強い存在感を放っている人物が二人。
 この集まりの主催者である白眉鷲羽と、神木瀬戸樹雷の姿が特に異彩を放っていた。

(前にも、こんなことがあったような……)

 ふと、十年以上も前の記憶が玲亜の頭を過ぎる。
 そう、あれは剣士が五歳の頃の話だ。玲亜の素性を知る女性たちが集まって、とある話し合いが開かれたことがあった。
 集まりの主な議題とされたのは、玲亜の使命≠ノついてだ。
 この世界の住人との間に生まれた子供を、彼女が生まれ育った世界に送り返す。すべてはガイアを倒すために考えられた計画。そのために、玲亜はこの世界へとやってきた。
 例え、切っ掛けが事故であろうと偶然であろうと、彼女たち――人造人間に与えられた命令がなかったことになるわけではない。
 しかしだからと言って、幼子を何の準備もなしに異世界へ送るなんて真似が出来るはずもない。そのことから剣士ではなく、ガイアを倒せる兵器と部隊を異世界に送る案も検討されたが、あちらは恒星間移動技術を持たない初期文明の世界だと鷲羽から聞かされ、その案は却下された。
 この集まりに出席しているのは、何れも国や組織の中心に立つ人物ばかりだ。本来は規範となるべき立場にあるだけに、率先してルールを破るようなことは出来ない。
 それでも本当にどうしようもなければ、そうした方法も取らざるを得なかったであろうが、異世界では最強の兵器でもこの世界の基準からすれば戦艦一隻に満たない力だ。一度とはいえ封印に成功しているのだから、あちらの世界の戦力で討伐が不可能だとは言い難い。そうなると幼子の命が懸かっているとはいえ、介入する根拠としては弱い。
 ならば、本来はあちらの世界の問題だ。
 犠牲がでようとも、当事者だけで解決できる可能性が僅かでもあるのなら――
 剣士を異世界へ送る必要はないのではないか? という声が上がるのは当然の流れだった。

 だが、ここで問題となったのが玲亜だ。
 見た目は普通の人間だが、玲亜は異世界の技術で生み出された人造人間だ。
 彼女には与えられた命令に逆らうことが出来ない服従キーが仕込まれていた。
 最悪、命令に逆らうような行動を取れば、命に関わるほどの絶対的な強制力。
 人造人間に関してはサンプルが少なく、鷲羽の技術を持ってしても玲亜に仕込まれた服従キーを取り除くことは出来ない。
 母親の命か、それとも子供を差し出すか、二者択一の決断を迫られる――はずだった。

 そんな状況を好転させたのが、玲亜が持っていた守り袋≠セった。
 守り袋に入っていた一枚のデータチップ。
 そこには聖機神の設計図からブレインクリスタルの製法の他、人造人間の技術情報が事細かく記されていたのだ。
 それは太老が過去の世界でラシャラ女皇の許可を得て、アーカイブより発掘したデータをまとめたものだった。
 結果その資料をもとに鷲羽は、玲亜に与えられた命令を上書き≠キることに成功する。
 玲亜を生み出した研究者たちから自身へとマスター権限を書き換えることで、玲亜に植え付けられた命令をなかったことにしたのだ。

 この時点で、剣士を異世界へ送る必要はなくなったのだが、問題はそう単純に終わらなかった。
 そもそも、この守り袋を玲亜に渡した人物が誰なのか?
 玲亜が覚えていないこともあり、奇妙な謎が残されてしまったのだ。
 柾木家の倉から次元ホールに関する資料や転送装置が発見されたことで、清音が玲亜のために用意したのだと当初は考えられたが、そうすると転送装置はともかく異世界の技術や人造人間の資料をどうやって入手したのか? そこに疑問が残る。
 とはいえ、玲亜が覚えていないだけで、なんらかのカタチで彼女が地球にデータを持ち込んでいた可能性がないとは言えない。
 そもそも異世界への転送装置を開発するほどの研究者たちが、子供を作れと命令しておきながら帰る方法を用意していなかったとは考えられないからだ。
 そのことに気付いた清音が、データを守り袋に入れて玲亜に持たせたと考えるのが自然だった。
 そうしたことから、一先ずはガイアの復活に備えて剣士の教育は予定通りに行うことが決められ、異世界行きの件は保留されたまま今日へと至ったのだ。
 しかし――

 結果だけを言えば、剣士は結局のところ異世界へ送られた。
 だが、そうなるまでもギリギリまで様々な話し合いが行われ、紆余曲折があったのだ。
 最終的には母親の――玲亜の意志に委ねられることになったのだが、やはり決め手となったのは太老の存在だった。

 ――本当にいいんだね?

 鷲羽にそう尋ねられた時、玲亜の気持ちが揺らいだのは確かだ。
 腹を痛めて産んだ子だ。理性で言うなら、我が子を危険な場所へ送りだしたいとは思わない。それでも玲亜は決断した。
 本来であれば、剣士が乗り越えるべき宿命。玲亜が追うべき罪。そのすべてを太老に背負わせることを望んではいなかったからだ。
 だが、何が起きたとしても、その罪と責任は自分が背負うと玲亜は決めていた。
 そして剣士を異世界へと送り出して半年余り。突如、鷲羽から呼び出され、玲亜はこの集まりに出席していた。

「安心おし。太老と剣士の身に何かあったわけじゃない。そのこととまったく無関係と言う訳じゃないけどね」

 玲亜が何を危惧しているかを察して、鷲羽は先手を打つ。
 二人の無事を聞いて、ほっと安堵の息を吐く玲亜。
 しかしニヤリと口元を歪ませる鷲羽の顔を見れば、話がそれだけで終わるとは思えない。
 一体どんな話が飛び出すのか?
 誰もが緊張した面持ちで見守る中、鷲羽はニヤリと笑みを浮かべると――

「じゃあ、そろそろ皆に集まってもらった理由を話そうかね」

 そう話を切り出すのだった。





異世界の伝道師 幕間『過去から未来へ』
作者 193






 鷲羽の口から語られた内容。それは当事者の玲亜だけでなく、誰もが唖然とする話だった。

「え? 清音さんが残した転送装置やデータを、本当は太老が用意した? いやいや、時期が合わないだろ!? 太老が生まれた時には清音さんはもう――」

 困惑を隠せない様子で話す雨音の疑問は当然のものだ。
 清音が死んだのは天地が幼い頃の話。太老が生まれるよりも、ずっと昔の話だ。
 清音が玲亜のために残したとされていた転送装置やデータを、生まれてもいない太老が用意するのは無理がある。
 誰もが抱く当然の疑問。しかし過去に同様の事例≠ェないわけではない。そのことに最初に気付いたのは船穂≠セった。

「なるほど……事故か故意かはわかりませんが、過去へ飛んだのですね?」
「さすがは船穂殿。理解が早いね」

 過去に飛ばされた天地が赤ん坊に退行させられる前のノイケ――
 女性体の神我人と出会い、知り合っていたという話は、船穂も報告書で目にしていたからだ。
 そして、ここにいるのは大半がノイケの過去を知る者ばかりだ。タイムトラベルについても既にアカデミーで研究されており、理論上は不可能でないことがわかっていた。
 もっとも可能かもしれないと言うだけで、実践できた者も、実験を試みた者もほとんどいない。物理的な距離を縮める単純なワープと違い、時間軸を移動するにはワープで使用される通常の超空間よりも更に高位の次元へ到達する必要がある。これには惑星規模の宇宙船に搭載されている最高クラスのエンジンを用いても、必要とするエネルギーに達することは出来ないとされていた。
 だが、太老ならば或いは――と、この場にいる誰もが考える。
 一般的に不可能とされているだけで、魎皇鬼や〈皇家の樹〉がその空間を使用できることは一部の関係者のみが知る事実だ。
 当然この場にいる人間は全員がそのことを知っている。そして太老が引き起こした数々の事件の詳細も――

「……ですが、それなら誰かが覚えているのではないですか?」

 そのことから仮に過去の世界に太老がいたとして、誰も覚えていないのは不自然だと疑問を口にする玉蓮。
 清音が死んでから、それなりに歳月が経つとは言っても、ほんの数十年前のことだ。
 千年、二千年と長い寿命を持つ彼女たちにとって、そう昔の話でもない。
 そのことを考えれば、誰一人として太老のことを覚えていないというのは考え難かった。
 赤ん坊の頃には気付かずとも、成長するに連れて疑惑を抱く者も現れて不思議ではない。
 当然そうした質問がでることは鷲羽も想定済みで、あらかじめ用意してあった説明を口にする。

「過去に現れた太老は私たちの知っている太老ではなく、質量を持ったアストラルコピーだったみたいでね。役目を終えて消滅した際に修正力が働き、関係者の記憶からも消えたみたいだ。このことは訪希深に確認を取ってあるから間違いないよ」

 全員の記憶から太老の存在が消えたのは、歴史の歪みに対する修正力が原因の一つだろうと鷲羽は考えていた。
 もう一つ理由があるとすれば、それは訪希深から聞いた銀河結界炉≠フ影響だ。

 ――胡蝶の夢という言葉がある。

 それと同じように過去の世界に現れた太老は、銀河結界炉が見せる夢のような存在だったのではないかと仮説が立つ。
 誰もが太老と過した日々を夢の出来事だと錯覚し、その存在を深く認識できなくなっていると言うことだ。

「でも、鷲羽様も最初は清音がデータを残したと仰っていましたよね?」

 まさか、私たちを騙したのかと言った訝しげな目で、鷲羽を睨み付けるアイリ。
 その説明に納得したわけではなかったが、鷲羽がそう言うのだからとアイリは退いたことがあった。
 信用して追求を止めたというのに、もし知っていて黙っていたのなら、ここにいる全員への裏切り行為だ。
 きっちり納得の行く説明が欲しいと、アイリが主張するのは当然のことだった。

「嘘じゃないさ。清音殿が関わっていたことは確かだ。私もこの件に訪希深が関わっていると確信を持てたのは、最近のことだしね」

 ――それに母親に敢えて協力求めなかった清音殿の気持ちを考えるとね。
 などと言われれば、アイリも黙るしかなかった。
 哲学士というのは、自分の欲望に忠実な者が多い。

 アイリが玲亜のことを知っていれば、どうなっていたか?
 ましてや太老が過去の世界にいた事実を知れば、どういう行動にでていたか?

 それを想像するのは容易いことだ。
 確信を持てない段階で、話せる内容ではない。
 鷲羽がこの件を今まで打ち明けなかった理由を全員が察し、納得した様子で頷く。

「で、改めて玲亜殿の持っていたデータと清音殿が残した転送装置を調べてみたら、面白いことがわかったんだよ」

 そうして鷲羽は宙に展開したモニターに、転送装置の設計図と思しき資料を表示する。

「当時から違和感はあった。でも、確信が持てなかった。アイリ殿なら、これがどういうことかわかるだろ?」

 そう言われて、わからないアイリではなかった。
 どんなものにでも作り手の癖というものはでる。それは図面一つを見てもそうだ。
 彼女も哲学士だ。構造を目にすれば、誰がどのような意図で設計したものか、大凡を察することが出来る。
 そしてモニターに表示された図面は、鷲羽が書いたものを持ってきたと言われても疑問を持たないくらい設計の癖がよく似ていた。
 これを鷲羽が書いたのでないとすれば、直弟子――幼い頃から、鷲羽の手解きを直接受けた者でなければ書けない図面だ。
 となれば、心当たりのある人物は一人しかない。ある意味で、これ以上ないほどの物的証拠と言えた。

「で、訪希深を問い詰めてみたら案の定ってわけさ」

 確かに筋は通っている。しかし、まだ何かを隠している。そのことに最初に疑問を持ったのは美守だった。
 二十代半ばから後半と言った女性の色香漂う瑞々しい姿をしてはいるが、このなかでは上から数えた方が早い年長者だ。
 人生経験も豊富でGPアカデミーの校長という立場から、鷲羽や瀬戸に一番近い視点と考え方を彼女は持っている。
 だからこそ、気付けたのだろう。

「それだけではありませんよね? 水子さんはともかく、水穂さんや天女さんをこの集まりに加えなかった理由。最初から予想はされていたのではないですか?」

 そんな美守の問いに、何も答えずに笑みを浮かべる鷲羽。
 それを肯定と受け取った美守は、やれやれと言った様子で肩をすくめる。

「それじゃあ、まさか――」

 そして気付く雨音。
 全員が一斉に目を向けたのは、先程から一言も発せずに大人しく様子を見守っていた瀬戸だった。
 当然、鷲羽が知っていたということは、最大の理解者にして協力者である瀬戸が知らなかったはずもないと考えたからだ。

「あら? 私もこのこと≠知ったのは最近のことよ」

 そんな風にとぼける瀬戸に、胡散臭そうな目を向ける面々。嘘は言っていないだろうが、それに近いことなら把握していた可能性が高いと考えてのことだった。
 そもそも異世界へ太老を送る案は、鷲羽と瀬戸の二人が決めて始めたことだ。
 柾木家・皇眷属の筆頭とも言える立場にある水子が、この集まりから除外された理由は彼女の性格を考えれば察することが出来るが、水穂や天女は別だ。
 立場・家柄・能力。何より剣士との関係性を考えれば、本来この集まりに呼ばれないはずがないのだ。
 しかし太老に近い――特別な感情≠向ける女性を敢えて、この件から遠ざけていたのだとすれば、一つの疑惑が浮かび上がる。

「まさか、最初から太老を剣士のスケープゴートに考えてたってのか!?」

 驚き半分、怒り半分と言った様子で声を荒げる雨音。
 西南の嫁たちのなかで、この集まりに雨音と玉蓮だけが呼ばれたのは、二人が最も剣士との繋がりが浅い、中立的な立場にいるからだ。
 だが、雨音がこの集まりに協力すると決めたのは、鷲羽や瀬戸に頼まれたからではない。
 結果的に剣士の育成に力を貸すことが、西南の悩みを解消することに繋がると思ってのことだった。

 しかし、剣士の代わりに太老を差し出したと言われれば、話は別だ。
 雨音は太老と深い面識があるわけではない。顔を合わせたのも樹雷での一度だけ。麒麟児の噂は知っていても、それほど親しいと言う訳ではなかった。
 だが西南が太老のことを剣士と同じか、それ以上に気に掛けていることを雨音は知っている。
 初めて体質のことを気にしなくとも接することが出来る同性の友達が出来たということも理由にあるが、過去の自分と太老が置かれている境遇を重ね合わせているのだろうと雨音は考えていた。
 だからこそ、この二年ほど――雨音もそれとなく太老のことを気に掛けていたのだ。
 太老が異世界へ送られたと聞いた時は驚いたが、それでもクレーとの間に起きた諍いと、その事件の顛末を聞かされて「それじゃあ、仕方がない」と納得していたのだ。
 しかし、それが最初から予定されていたことだったとしたら?
 止む得ない事情で太老を異世界に送るのと、最初から計画していたのでは大きく前提が異なる。
 西南の気持ちを知る雨音が怒るのは当然だった。

「否定はしない。以前、同じようなことを玲亜殿にも言われたからね。だけど、必要だったのさ」

 ――あの子自身のためにも、あの世界にも必要なことだった、と神妙な声で話す鷲羽に、雨音は納得は行っていないものの一先ず矛を収める。
 面白半分や冗談で、そんな真似をしたのではないと察したからだ。
 そして、

「まあ、取り敢えず、これを見ておくれ」

 と言われて、テーブルの上に配れた資料には――

「正木太老ハイパー育成計画?」

 との文字が書かれていた。
 複雑な表情で、そのファイルを睨み付ける雨音。怒りを静めた直後にこれ≠セ。
 本当に鷲羽が巫山戯ていないのかどうか、判断に迷う。

「剣士の育成計画の裏で、密かに私が進めていた計画さ。剣士の件が上手く進んでくれたお陰で、これまで計画の全容を隠すことが出来た」
「あれ? それって……」

 ようやくどういうことか、察する雨音。他の皆も「ああ、そういう……」と呆れた表情を見せる。
 ここにいるメンバー全員が、そして当事者の剣士さえも本命≠隠すために利用されたと言うことだ。
 そんな話を聞かされれば、果たして生け贄の羊≠ヘどちらだったのか?
 雨音でなくとも察することが出来る。

「第一、あの子が素直に救世主をやれると思うかい? どっちかというと、私はあっちの世界にガイア以上の面倒を押しつけたと思ってるよ」

 鷲羽の言葉には、これまでにないほどの大きな説得力があった。
 実際、太老が関わった事件の顛末を考えれば、その言葉の意味が理解できないではなかったからだ。

「でもまあ、お互い様だしね。最初に面倒を押しつけてきたのは、あっちの世界なんだ。面倒ごとを送り返したって文句を言われる筋合いはないからね」

 そう言って、大口を開けて笑う鷲羽を見て、雨音はなんとも言えない虚脱感に襲われる。
 怒りはもうない。代わりにあちらの世界の住人に対し、同情めいた感情が湧いてくるほどだった。
 そして、改めて思い知る。これが白眉鷲羽。そして瀬戸の手口だった、と――
 実際その所為で西南たちも苦労させられ、結果的に助けられることも多かったのだ。
 逆に言えば、その体験が何よりの信用の証となる。

「そういうことですか……」

 すべて二人の思惑の内だったのだと玲亜は悟り、少し思うところはあるが納得して事情を呑み込む。
 どちらにせよ、その話を聞いていても、剣士をあちらの世界にやる決断は変わらなかっただろう。
 それに鷲羽を責める資格は自分にはないと、考えてのことだった。
 それよりも――

「どうして、今頃になってそれを……」

 何故そのことを明らかにする必要があったのか?
 黙っていればわからないことを、敢えて自分たちに教えた理由の方が気になって玲亜は尋ねる。

「逆に尋ねるけど、剣士をどうしてあちらの世界へ送ることを了承したんだい?」
「それは私や剣士が負うべき問題を、彼一人に押しつけるのは――」
「ああ、確かにそれも理由の一つだろうさ。でも、心の何処かで確信があったからじゃないかい? 太老になら剣士を任せられる。大丈夫だって」

 鷲羽に問われ、核心を突かれた様子で胸を押さえる玲亜。
 柾木家で家族同然に育てられ、剣士自身も本当の兄のように慕っていた太老のことは、玲亜も息子同然に可愛がっていた。
 しかし時折それ以上の――太老との間に強い繋がりのようなものを感じることが玲亜にはあった。
 何かの確証があるわけでもない。でも不思議と太老なら、剣士のこともガイアのことも、そしてずっと気掛かりだった姉妹のことも、なんとかしてくれるのではないか?
 そんな根拠も無い考えが、玲亜のなかにはあったのだ。
 しかし、そのことと剣士の代わりに太老が異世界に送られることは別の問題だ。
 太老一人にすべてを委ねることは、やはり玲亜には出来なかった。
 剣士にも悪いことをしたと思ってはいる。
 でも、太老が一緒なら――それが最後の一押しとなったことは確かだった。

「お兄さん……」

 自分でも意識せずに漏れた呟き。
 覚えているはずがない。でも、確かに玲亜は太老に確かな繋がりを感じていた。

「忘れたと言っても、紡がれた縁まで消えるわけじゃない」

 太老が玲亜に託した守り袋。
 それを玲亜が鷲羽に手渡しのは、太老の言葉を心の何処かで記憶していたからだ。
 脳が記憶を司るというのは誰もが知ることだが、実のところアストラルにも人が持つ記憶――情報は記録されている。
 頭では覚えていなくとも、魂が太老との繋がりを記憶しているのだ。
 鷲羽がこのことを皆に話すと決めた理由の一つが、そこにあった。

「愛ね! 愛の為せるわざということね!」
「まあ、間違っちゃいないけど……」

 何かが琴線に触れた様子で一人盛り上がる美砂樹に、鷲羽は若干戸惑いながら頷く。
 満更、間違いとは言えないからだ。
 勿論、親愛の方の愛≠ナはあるが、玲亜と太老の間には血を分けた家族のように濃い繋がりがあった。
 それほどに幼い頃の玲亜は、太老に信頼を寄せていたのだろう。
 恐らくは、恩人の清音に対する感謝の気持ちと同じくらい強い想いを――

「ですが、そういうことなら、どうして私たちまで?」

 当然の疑問を最初に口にしたのは夕咲だった。
 玲亜が呼ばれたのはわかる。しかし剣士の件に関わっているとはいえ、全員が深く太老の件にまで関わっているわけではない。
 勿論、呼ばれなかったら呼ばれなかったらで不快な思いはしたかもしれないが、そのことで鷲羽や瀬戸を責めることは出来ない。
 玲亜や剣士の問題以上に、太老に関することは樹雷でも最高機密に指定されている難事だ。
 最悪の場合、銀河の情勢をも左右するシビアな問題に直結すると認識しているからだ。

「ここにいるメンバーに対して、玲亜殿に隠しごとが出来るとは思えないからね。それに――」

 アイリに視線を向けながら話す鷲羽を見て、全員が「ああ……」と納得した表情を浮かべる。
 この期に及んで除け者にすれば、アイリが暴走する可能性が高いと判断したからだ。
 最悪、太老を追って異世界へ行くと言いだしかねない。アイリの抑え役である天女も、この件に関しては役に立たない。
 むしろ、一緒になって騒ぎ始めるだろう。
 そうなったら止める手立てはない。問題の更なる悪化を招くことは容易に想像が出来た。

「本当は美兎跳殿にも出席して欲しかったんだけどね」

 九羅密美兎跳は、この会議のメンバーの一人だ。しかし数週間前から行方知れずになっていた。
 それ自体はよくあることなので気に留めるほどのことではないが、どうにも嫌な予感を覚える鷲羽。
 出来ることなら美兎跳にも集まりに出席して欲しかったというのは、本心からの言葉だった。

「では、本題に入りましょうか」

 と瀬戸が手を叩くと、「え?」と誰かの口から声が上がる。
 まさか、これまでの話が本題ではなかったと、誰も想像してはいなかったからだ。
 とっくに解散のムードになっていただけに、これ以上どんな濃い話が飛び出すのかと全員が身構える。

「と、その前に――」

 天を仰ぎ、クスリと笑う瀬戸。
 その直後、部屋の空間が切り取られ、宙に幼い少女が姿を見せる。
 それは――

「ご面倒をお掛けします。訪希深様」
「よい。太老に関わることなら、我にとっても無関係ではないからな」


  ◆


「ぐぬぬぬッ! 何故だ。何故、映らん!?」

 その頃、柾木神社の社務所では、樹雷皇こと阿主沙が何も映らなくなったモニターに向かって怒声を発していた。

(これは訪希深さんかな……)
(ですね。太老くんも大変だな……)

 誰の仕業かを察して、しみじみと語り合う天地と西南。
 その場にいる他の面々、信幸や勝仁。
 そして阿麻芽の夫である四加一樹も、取り乱す阿主沙の姿を見て、溜め息を吐く。

「少しは落ち着きなさい」
「しかし、父上!?」

 一樹に諫められるも、納得の行かない阿主沙は怒気を強める。とはいえ、理解はしているのだ。
 第一世代の〈皇家の樹〉の力を使い、瀬戸に黙って〈水鏡〉より情報を収集し、盗み見していたのは自分たちだ。対策をされたからと言って、文句を言える立場にはない。
 むしろ、ここまで放置されていたのは、鷲羽や瀬戸が阿主沙たちに伝えても構わないと判断した情報だからだろうと推察できる。
 となれば、これ以上の深入りは危険だと言うことだ。特にあちらには鷲羽と訪希深もいる。
 津名魅も太老が関係しているとなると、どこまで協力してくれるかはわからない。
 この時点で詰んでいるも同然。しかし頭では理解はしていても感情は別だ。

「くッ!」

 悔しげな表情で、切り分けられたキャロットケーキを口一杯に放り込む阿主沙。
 そんな息子の姿を見て、一樹は苦笑を漏らす。
 それは阿主沙がここまで気に掛ける少年たちに、興味を覚えてのことだった。

(剣士くんに太老くんか)

 幼い頃に何度か遠目に姿を確認したことがある。しかし直接言葉を交わす機会はなかった。
 正木の村の掟を理由に、接触を止められていたからだ。
 それに太老が瀬戸の下で働いていた頃は、GPの任務で樹雷を離れていたため、結局会うことは叶わなかった。
 だが――

(機会があれば、ゆっくりと話をしてみたいものだね)

 と一樹は一切口にださずに、茶を啜るのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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