【Side:太老】

 現在、俺は非常に困った状況に直面していた。
 上下の感覚がない。落ちているのか、浮いているのかすらわからない真っ暗な空間。
 そんな場所で俺は流れに身を任せ、漂っているという状況だ。
 一応、仮説ではあるが、ここがどう言う場所かの検討は付いている。

 ――次元の狭間。

 世界と世界を隔てる境界線。超空間を更に越えた先にある亜空間。
 俺たちが過去の世界へと跳ばされる時にも通った次元ホールだ。
 幸いなことに零式とのリンクが生きているためか、球体上のフィールドのようなもので守られ、俺は無事だ。
 しかし心配なのはマリアだった。
 しっかりと繋いだはずの手の先にはマリアの姿はなく、気が付けば俺は一人でこの空間を漂っていたからだ。

「無事だといいんだが……」

 絶対に助けてやると言って置きながら、この体たらく。我ながら情けない。
 恐らくマリアの身体を包み込んだ光は、転送の光。『異世界転送の光』だと、俺は察しを付ける。
 それも状況から考えて、恐らくは装置の補助を切ったランダム転送。
 となれば、マリアはどこか別の世界、異なる時代に転送された可能性が高い。
 巻き込まれた俺は弾き出され、こうして次元の狭間を漂っていると考えれば、一連の流れに説明が付く。

「あのエセ貴族……絶対に許さん」

 パパチャに復讐を誓いつつ、これからのことを考える。
 心配ではあるが、別の世界に跳ばされただけなら、まだ望みはある。
 少なくとも次元の狭間を漂っているのがマリアではなく俺でよかった。
 その点を考えれば、不幸中の幸いという結果だろう。

(とはいえ、どうする?)

 零式とのリンクが生きているのは確かだが、呼び掛けても返事がない。
 恐らくここが通常の亜空間ではなく、次元の狭間と呼ばれる場所だからだろう。
 連絡を取る手段がない以上、助けが来るのをじっと待つしかない。

 ――見つけた。

 突然、頭に声が響く。それは女性――いや、若い少女の声だった。
 空間が軋めくような圧迫感。この感覚は覚えがある。
 そう、訪希深が真の姿を現した時に感じる――あの気配とよく似ていた。
 まさか、訪希深が? という考えが頭を過ぎり、俺は気配の正体を探るべく頭上を見上げる。
 すると――

「……桜花ちゃん?」

 そこには黄金≠フ光を纏った小さな女の子。平田桜花の姿があった。

【Side out】





異世界の伝道師 第303話『女神との絆』
作者 193






 その頃、ドールたちの方にも動きがあった。
 結界が完全に消失したことで、遺跡を制圧すべく統一国家の軍が遂に動きを見せたのだ。

「皆さん、どうしてそんなに落ち着いていらっしゃるのですか?」

 現在、ドールたちはキーネを一人遺跡に残し、守蛇怪・零式に退避していた。
 軍の包囲は完成し、遺跡を守る結界は既に存在しない。
 敵の狙いは明らかだ。このままでは銀河結界炉が、敵の手に落ちるのは時間の問題だろう。
 だというのにまったく焦った様子も無く、ゆったりとティータイムを楽しむドールたちを見て、ラシャラ女皇は溜め息交じりに尋ねる。

「でも、動かせないのだから、どうしようもないでしょ?」

 そう言って、肩をすくめるメザイア。
 敵の狙いが銀河結界炉にあるということは理解している。
 しかし、あの場所から銀河結界炉を動かすことは出来ない。
 そう断言したのは、キーネ自身だった。

「どうにもならないのですか?」
「少なくとも、私たちにはどうすることも出来ないわね。太老がいれば話は別だけど……キーネも言っていたでしょ?」

 太老はマリアと共に姿を消したままだ。
 現状では打つ手がないと、ドールは降参の手を上げる。
 どこからどこまで計算して動いていたのかはわからない。とはいえ、はっきりとしていることは一つある。
 遺跡の結界を解く以外に、太老を封じるのがパパチャの狙いだったと想像が付く。
 しかし、

「……心配ではないのですか?」

 銀河結界炉のこともそうだが、太老やマリアの行方がわからなくなっているのだ。
 少なくともドールが太老に特別な感情を抱いていることは、まだ付き合いの浅い女皇にも察することが出来る。
 キーネの課した試練で昏睡状態に陥った太老を心配して、ずっと傍に付き添っていたのはドールだ。
 その彼女がここまで落ち着いていられるのは、何か理由があるのではないかと考える。

「別に私は太老のことを心配なんて……」

 明らかに動揺した様子で、顔を背けるドール。
 そんなドールを見て、ネイザイは赤ん坊を寝かしつけながら、

「心配だけど、信頼もしてるのよね。彼なら絶対≠ノ大丈夫だって」
「ネイザイ!?」

 隠している本心をネイザイに見抜かれ、顔を真っ赤にして反論するドール。
 しかしドールが大声を上げたことで、折角寝かしつけた赤ん坊が目を覚まし、鳴き声を上げる。
 慌ててベビーベッドに駆け寄り、ネイザイと共に赤ん坊をあやすドール。
 そんな二人の様子を横で眺めていたメザイアは、誰もいない明後日の方向に視線を向け、

「で? その辺りのことはどうなの?」

 そう尋ねた。
 メザイアが尋ねる視線の先には、青い髪の少女――この船の生体コンピューターである零式の姿があった。

「お父様とのリンクは現在も生きています。少々、面倒なことになっているみたいですが」

 いつの間にか、音も気配もなく姿を現した零式に驚きつつも、ラシャラ女皇は説明を求める。

「面倒なことと言うのは?」
「転送の途中で弾き出され、次元の狭間を漂っておられるみたいです。現在、捜索のため、座標の探知を行っていますが――」

 時空間に大きな乱れが発生していて、捜索が難航していると零式は話す。
 しかし難航していると言っている割りには、零式は落ち着いていた。
 ドールとメザイアが慌てていない最大の理由は、そこにあると言ってもいい。
 むしろ心配なのは――

「ですが、そこまで仰るのなら地上の虫どもを一掃しましょうか? お父様に無礼を働いた害虫もいるみたいですし……」

 敬愛するお父様≠フ偉大さを理解できない人間を消し去ることに、零式は一切の躊躇いはない。
 しかし太老のモノ≠ニなった以上、それを勝手に傷つけたり、破壊することは出来ない。
 銀河結界炉を遺跡から動かすことが出来ていれば、迷いなく零式は地上の人間たちを一掃していただろう。
 なら、先に――空を飛び回る目障りな虫だけでも消しますか? と、零式はパパチャの乗った宇宙船を見据える。
 さすがにまずいと思ったのか?
 剣呑な空気を察した女皇は止めようとするが、先に零式を諫めたのはドールだった。

「ダメよ。帰ってきた時に獲物≠横取りしたとバレたら、太老に怒られるわよ」
「確かに……お父様の楽しみを奪うのは、娘として控えるべきですね」
「それにどうせ消すなら、後悔と絶望を刻み込んだ後でないと」
「仰るとおりです! あなた、なかなか見所がありますね」

 一先ず危機は去ったようだが、物騒なことを口走りながら意気投合するドールと零式の姿に、ラシャラ女皇は頬を引き攣る。
 それにドールたちが焦っていないのには、太老のこと以外にも、もう一つ理由があった。

「取り敢えず、銀河結界炉のことは置いておいて大丈夫でしょ? すぐにどうこう出来る話ではないようだし」

 メザイアの言うように、例え遺跡を占拠したとしても銀河結界炉を手に入れることは出来ない。
 既にキーネの課した試練に合格し、マスター権限は太老に委譲された後だからだ。
 実のところ銀河結界炉を遺跡から動かすことが出来ない理由も、そこにあった。
 マスターの許可なく銀河結界炉に触れることは勿論、近付くことすら出来ないからだ。
 それはシステム管理者のキーネにも同様のことが言える。
 彼女はあくまでマスターの代わりに銀河結界炉のシステムを管理する立場に過ぎず、その役割は補助的なものに限定される。
 少なくとも太老が生きている限りは、マスター権限の再登録は出来ない。それはキーネが保証したことだった。

「今頃は既にマスター登録が済んだ後だと知って、地団駄を踏んでるんじゃない?」
「フンッ、いい気味よ」

 メザイアの話に少し気をよくした様子で、鼻を鳴らすドール。
 実際、平静を装ってはいるが、ドールもパパチャに対して静かな怒りを覚えていた。
 太老の優しさにつけ込んだこともそうだが、内心ではマリアのことも妹のように可愛がっていたからだ。

「私たちは私たちに出来ることをしましょう。そのためにも――」
「……天地ですね?」

 そう言ってメザイアが向ける視線の先には、天を突くかのような巨大な岩山が空間投影されたモニターに映し出されていた。
 ――天地。キーネの言っていた名も無き女神と交信できると伝えられている聖域だ。
 その存在はラシャラ女皇も耳にしていたが、実際に訪れるのは初めてのことだった。
 というのも――

(アウンさん……)

 代々その聖域は、英雄フォトンの妻の一人として知られるアウン・フレイアの一族が守っているからだ。
 フォトンについてもそうだが、女皇は彼の妻と呼称される女性達にも負い目を感じていた。
 銀河皇帝の犯した罪。その結果、フォトンたちに降りかかった不運と試練。
 それだけではない。銀河皇帝と共に多くの人々がマジンの餌食となり、この世を去ってしまった。

 銀河帝国が滅びる切っ掛けを作ったのも――
 人類を滅亡の直前にまで追い込んだのも――

 すべて無知だった自分に責任があると、ラシャラ女皇は思っていたからだ。
 だからこそ、聖域のことを知っていながら、太老たちに伝えることが出来なかったのだ。
 過去の経緯を詳しく知っているわけではないが、そんな女皇の複雑な心境を察してか、メザイアは深く追及することなく話を進める。

「とにかく、そこで女神様と連絡を取ることが出来れば――」
「太老の状況がわかると言う訳ね?」

 聞き返してくるドールに、メザイアは頷く。
 無事に成功するとは限らないが、何もしないで太老の帰りを待つよりはずっと良い。
 そのために零式の力を借り、ドールたちは銀河結界炉のことは一旦キーネに任せ、聖域を目指していた。
 しかし、

(何を考えているのかしら)

 ネイザイだけは、零式に疑惑の視線を向ける。
 太老のために協力してくれているのはわかるが、他にも何か別の思惑があるのではないかと考えたからだ。
 ただの勘だ。それでも一早く太老を敵に回すことの危険性≠ノ気付いたように、彼女の勘は良く当たる。
 とはいえ――

(何事も起きなければ、良いのだけど……)

 太老がいれば別だが、零式が何かを企んでいたとしても止める手立てが彼女たちにはない。
 このまま何事もなく太老とマリアが無事に帰ってくることを、ネイザイは女神≠ノ祈るのだった。


  ◆


「――まさか我が出し抜かれるなど!」

 最初から何者かが、太老を観察していることに訪希深は気付いていた。
 その何者かが、太老を過去の世界へ跳ばしたと言うこともわかっていたのだ。
 しかしまさか自分が出し抜かれるなど想像もしていなかった、とばかりに訪希深は怒りの声を上げる。

「上位次元からの干渉。遂に姿を現したみたいだね」
「姉様!? どうしてここに!?」

 高位の次元に姿を見せる、もう一つの影。
 それは頂神の姿となった鷲羽だった。

「そろそろ頃合いだと思ってね」
「まさか、最初から気付いて……」
「当然だろ?」

 ニヤリと笑う鷲羽を見て、訪希深は言葉を失う。
 姉を出し抜いたと思っていたら、実は泳がされていたと言うのだ。驚くのも無理はなかった。
 そして、もう一柱。中央に浮かぶ銀河≠囲うように巨大な影が現れる。
 それは、

「喧嘩をしている時間はありませんよ? このままではあの日≠フ再現をすることになります」

 津名魅だった。
 あの日――というのが、一体いつのことを指すのか? わからない鷲羽と訪希深ではない。
 太老が五歳の時。力の片鱗を見せた事件。
 現在もその事件によって改変≠ウれた宙域は樹雷の管理下に置かれ、閉鎖されたままだ。
 その時と同じことが――いや、それ以上の異変が起きようとしている。その兆候を、三柱の女神は感じ取っていた。
 そのため、津名魅は中央に浮かぶ銀河に、高位の次元から手を触れようとするが、

「我々の力を拒絶しますか。やはり、これは――」
「……太老の力と見ていいだろうね」

 弾かれる。
 訪希深が管轄する世界から弾きだされた≠謔、に、津名魅や鷲羽も干渉することが出来ずにいた。
 その問題の中心にいるのが、太老だ。
 そして事情を知るであろう人物に、鷲羽は尋ねる。

「訪希深。アンタが見た未来では、どうなっているんだい?」
「……わからぬ。だから我は原因≠探ろうとした」
「やっぱりね。ミッシングピース――その究明が目的だったんだね」

 鷲羽の問いに、これ以上は誤魔化しきれないと観念して頷く訪希深。
 この世界には、訪希深でさえ知ることが出来ない歴史の空白が存在する。
 天地とZの戦いで生じた時空間の乱れを調整していた際、偶然気付いた世界の綻び。
 そのことに太老が関与していると、訪希深が確証を持ったのが十三年前。太老が五歳の時に引き起こした事象改変の事件だ。

「太老に興味を持ったのは、それが理由だね」
「切っ掛けに過ぎぬがな。姉様たちが天地に希望を見出したように、我には太老が必要≠セったのだ」

 訪希深は太老にZ≠ノ代わる希望を抱いていた。
 だからこそ、太老が銀河結界炉のマスターとなるように、敢えて画策したりもしたのだ。
 自分の見た歴史と同じように動けば、ミッシングピースの謎を解き明かし、太老の力の秘密にも迫れると考えたからだ。
 万全を期した計画のつもりだった。だが、訪希深には一つだけ大きな誤算があった。
 いや、女神たちは思い違いをしていたのだ。

「最初は彼女≠ェそうだと思っていましたが――」
「平田桜花が、現代にいることは確認している。だが今回、依り代として使われたのは彼女ではなかった」

 兼光と夕咲の娘である桜花が怪しいと、津名魅だけでなく鷲羽や訪希深も考えていたのだ。
 だからこそ桜花を泳がせ、何が起きてもいいように監視を強めていた。
 しかし実際に依り代として使われたのは、ハヴォニワのマリア姫と同じ名を持つ人造人間の少女だった。

「とはいえ、私たちのやることは一つだ」

 決意の籠もった鷲羽の言葉に、津名魅と訪希深は力強く首を縦に振る。
 太老の力の秘密に迫ることは、彼女たち自身が望んだことだ。
 それが永劫の時の中、試行錯誤を繰り返してきた問題の答えに繋がるかもしれないと考えたからに他ならない。
 なかでも一際、太老に期待を寄せていたのは訪希深だろう。
 だが、太老を失う危険を冒してまで得たい答えかと言えば――

「姉様、礼を言う。我はまた同じ過ちを繰り返すところだった」

 Zを失った時に抱いた後悔。
 そんな想いを二度と繰り返さないために、訪希深は覚悟を決める。
 姉様たちと天地のように、今度こそ確かな絆≠太老と育めると信じて――





 ……TO BE CONTINUED



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