「アウン? それって英雄の妻になったっていう?」
「ええ、そうよ」
「それって、アンタもそこの女皇様みたいに千年生きてるってこと?」
「違うわ。私はアウンであってアウンではない。ただ、巫女の身体を借りているだけ。正確には巫女の力≠ェアウンなのよ」

 アウンの説明が下手なのだろうが、まだよくわかっていない様子で首を傾げるドール。
 しかしメザイアは教会に所属し、聖地で教師をしていたことから『巫女』がどういうものかを大凡ではあるが理解していた。
 女神の洗礼を受ける儀式が教会には伝わっているが、誰もが洗礼の恩恵を十分に受けられるわけではない。洗礼とは、女神の加護をその身に宿す儀式だ。適性があれば回復亜法を使える聖衛士となることも出来るが、大半はそうはならない。精々が亜法による細胞の再生や回復に、肉体が適応できる程度の耐性を得られるくらいだ。そして聖機人が発掘される前は、こうした回復亜法を使える聖衛士のことを『巫女』と呼んでいた時期があった。
 そもそも現在は回復亜法に限定されているが、昔は特異な力を振う人々が大勢いたとの記述が教会には遺されている。
 現代の亜法では再現不能な数々の力。なかには時間や空間にまで干渉する能力者がいたという話だ。
 その力を現代に蘇らせ、簡易的に再現したのが教会の洗礼と言っていい。
 女神の加護を宿すことで、回復亜法が使えるようになる。
 ならば過去の人々は、女神が持つチカラの一部を能力≠ニして使えたのではないか?
 もしそうなら、女神と交信できる巫女。アウンとは――

「神託の巫女というのは、あなたをその身に降ろせる人物のことを指すのね?」
「厳密には少し違うのだけど、そのように解釈してもらって構わないわ」

 最初から詳しく説明するのは面倒だしね、と最後に付け加えるアウンを見て、メザイアは微妙な顔を浮かべる。
 しかし、これではっきりとした。天地岩を覆うような巨大な結界を張り、時間や空間に干渉することさえ出来たと伝えられているアウンは、女神に最も近い能力を持っていたと想像が付く。アウンだけが女神と交信できる能力を持つのも、そこに大きな理由があるのだろう。
 そんなメザイアの想像は、ある意味で当たっていた。
 名も無き女神――訪希深は、三命の頂神のなかで時空間の管理と調整を担う神だ。
 普通の人間では、機械のサポートもなしに時間を止めるなんて真似は出来ないが、アウンは生前、最大五十キロの空間を止めたことがあるほどの強大な力を持つ能力者だった。
 それは誰よりも強い女神の加護を、彼女がその身に宿していたと解釈することが出来る。
 謂わば、名も無き女神に仕える本来の意味での巫女とは、アウン・フレイヤを置いて他にいなかったと言うことだ。

 強大な力は、時に意思を持つ。
 現在ここにいるアウンは、始祖母アウンが生前持っていた能力に『アウン・フレイヤ』の人格が宿った存在だ。
 アウン・フレイヤの魂が、彼女の血を引く子孫に脈々と受け継がれていた。
 その子孫のなかでもアウンに最も近いアストラルを持つ者が、選ばれし巫女となる。
 それが〈神託の巫女〉の正体。彼女が自分のことをアウンであってアウンでないと例えたのは、そう言う意味だった。

「で? 女神と連絡が取りたいんだっけ?」
「アウンさん……幾ら巫女だからと言って、女神様のことをそんな風に……」
「いいのよ。この世界がこうなったのだって、元を辿ればあの駄女神≠フ所為なんだから。フォトンがその所為でどれだけ大変な目に遭ったか……。どうせ今回のことだって、女神が関係してるんでしょ?」

 神託の巫女なのに、まったく女神を敬う態度を見せないアウンに、ラシャラ女皇は困った顔を見せる。
 しかし、この場に太老がいれば、訪希深のことをよくわかっているとアウンを評価しただろう。
 幾ら世界を造った神だと言っても、好き放題やっていたことは事実だ。
 神様の干渉なんて碌なものじゃない。嘗て、あの鬼姫が口にした言葉でもある。
 その世界に住む人々にとって傍迷惑な存在であることは否定できなかった。

「でも、連絡つくかな?」
「巫女なら女神と交信できるのでは?」
「連絡したからって、いつでも応じてくれるわけじゃないのよね。時空間の調整が忙しいとか、いろいろと言い訳使ってくれちゃって。居留守を使われたことだって、何度もあるんだから……」

 居留守を使う女神って、と聞いたネイザイだけでなく全員が呆れた表情を見せる。
 ここに至って、訪希深の株は暴落していた。
 皆のなかにあった名も無き女神のイメージは、ガラスのように砕け散ったに違いない。
 しつこく何度も言うが、この場に太老がいれば『同志よ!』とアウンと固く握手を交わしていてもおかしくはなかった。

「まあ、やるだけやってみるわ。これが私に与えられた役目≠セしね」





異世界の伝道師 第307話『神託の巫女』
作者 193






【Side:太老】

 なんだろう?
 ようやく理解者を得られたような――そんな気がするのは?

「やっと邪魔者≠烽「なくなって、二人きりになれたな!」

 姉二人を邪魔者扱いする訪希深を見て、こいつはブレないなと懐かしい気持ちになる。
 あとで鷲羽と津名魅に知れたら、確実に折檻を受けるのに学習能力がない。
 この姿(幼女)の時は、頭の中まで見た目相応になるのではないかと考えてしまうくらいだ。

「ううん! 太老……太老の匂いだ」

 俺の左足に抱きつき、グリグリと頭を押しつけてくる訪希深を見て、溜め息が漏れる。
 やはり、こいつは駄女神だ。こんなのに世界の管理を任せていて大丈夫なのかと不安になる。
 きっと管理神の皆さんも苦労してるんだろうな……と思うと、涙が溢れそうになった。
 ガイアなんかより、ずっと切実な世界の危機が目の前にあるような気がしてならない。
 とはいえだ。心配して助けにきてくれたことには違いない。そこは相手が訪希深であっても感謝すべきだろう。
 そう考えれば、このくらいのことは大目に見てやるべきと、俺は心を落ち着かせる。

「助けにきてくれたんだろ? なら早速で悪いけど、ここからだしてくれないか?」
「……?」

 小さな見た目で可愛らしく首を傾げる訪希深を見て、俺はイラッとした感情を抑える。
 基本的に子供には優しい俺ではあるが、訪希深の場合は中身≠知っているだけに優しく接する気にはなれない。
 それでもだ。ここからでるには訪希深の力が必要だ。グッと我慢をして、もう一度お願いする。

「ドールたちが心配だから、元の場所に戻して欲しいんだけど」

 苛立ちを抑え、下手にでながら優しく尋ねる。
 しかし訪希深の口から返ってきた言葉は、俺の期待を裏切るものだった。

「我には無理だな」
「じゃあ、なんでここにきたんだ!?」
「そんなの決まっておる! 太老を女狐から守るためだ!」

 ダメだ。頭が痛い。こいつは、やっぱり駄女神だ。
 幼女が幼女に嫉妬するって……子供の独占欲みたいなものか?
 普通はそんなにも懐かれていると喜ぶところなのかもしれないが、まったく嬉しさが込み上げて来なかった。
 そもそも全知全能じゃないのかよ、という疑問が湧く。
 なんでも知っていて、なんでも出来るみたいなことを本人たちは言っているが、俺の知る限りではそんなことないんだよな。
 まだ訪希深の下で次元を管理している管理神の方が神様≠轤オい。人間のイメージする神様は、彼等が近いと思う。
 一方で、鷲羽にせよ、津名魅にせよ、神様と呼ぶには人間臭い姿が目立つ。
 まあ、力を封じて人として生きてきた鷲羽や、砂沙美と同化した訪希深はわからなくもないのだが、問題は訪希深(こいつ)だ。
 出会った頃はそうでもなかったのだが、いまは一番感情表現が豊かというか、人間に近いのは訪希深じゃないかと思っている。
 俺の考える全知全能の神とは、イメージが程遠いのだ。悪いことではないと思うが、今一つ納得が行かない。

「あの世界は現在、我の管理から外れている。干渉できなくなっておるのだ」
「それって、鷲羽や津名魅でも無理ってことか?」
「うむ。我ら姉妹は、元は同じ存在だ。姉様たちでも無理だな」

 ようするに縄張りみたいなものかと納得する。
 彼女たちは自分たちの力が及ぶ範囲でだけ、全知全能の力を振うことが出来るのだろう。
 もしすると、これまでは自分たちの力が及ばない世界を知覚、認識することがなかったのかもしれない。
 そのことが矛盾を呼び、彼女たちに疑問を抱かせる切っ掛けになったのだとすれば?

「いままでは、こういうことはなかったのか?」
「ん? まあ、ないとは言わぬが……珍しいことであるのは間違いない」

 やっぱりか。だとすれば、皇歌が言っていた俺の前世も、そうした世界だったのかもしれないと考えた。
 彼女も『下位次元に直接干渉することは出来ない』みたいなことを言っていたからな。
 別の神が管理する世界だから干渉することが出来なかったのだと考えれば、合点の行く話だった。
 待てよ? だとすれば、どういうことなんだ?
 元々ドールたちのいるあの世界は訪希深の管轄だったはずだ。それが、いまは訪希深の管理から外れている。
 世界を乗っ取られた――別の神がいるということか?
 気になって、そのことを尋ねてみると予想もしなかった答えが返ってきた。

「今回の件は、御主が原因だ」
「はい?」

 意味が分からずに俺が首を傾げていると、訪希深は溜め息を漏らしながら説明を続ける。
 現在あの世界は守蛇怪・零式――正確には、俺の影響下にあるらしい。
 銀河結界炉のマスターとなったことが切っ掛けだろう、と訪希深は話す。
 俺自身が神様になったと言う訳ではないようだが、銀河結界炉は訪希深の力の一部だと言う話だしな。
 そういうこともあるのかもしれないと一先ず納得する。
 だが、そういうことなら――

「管理者権限を返せば解決するんじゃ?」
「無理だ。それが簡単に出来れば苦労はせぬ……」

 理由は聞かなかったが、訪希深の反応を見るに本当に無理なようだ。
 しかし困ったな。世界の管理とか、俺に出来る気がしない。
 銀河結界炉のマスターだって、望んでなったわけでもないしな……。
 厄介事を押しつけてきた張本人が目の前にいるだけに複雑な気分だ。

「だが、管理を委託することは出来る。我が管理神たちに任せておるようにな」

 それを聞いて安心した。そういうことは最初に言って欲しい。

「じゃあ、任せるわ。元々、訪希深が管理していたんだから適任だろ?」
「だから、それが出来たら苦労は――」

 自分のケツは自分で拭けとも言うしな。俺ばかり問題を押しつけられるのは勘弁して欲しい。
 でも、どうすればいいんだ? 零式との繋がりは感じられるから、船の力を引き出す時のようにやればいいのか?
 意識を内側へ向けると、船との繋がりとは別に大きな力を感じる。恐らく、これが銀河結界炉との繋がりなのだろう。
 銀河結界炉の使い方はわからないが、船の機能の使い方は感覚的に理解している。
 なら、俺のやり易いように零式を経由して、銀河結界炉の力を制御してやればいい。

「よし、やるか」

 空間に投影される無数のモニター。やはり船の機能は、ここでも使えるみたいだ。
 まずは、これまで銀河結界炉を制御していた古い機能を切り捨て、システムを再構築する。
 新たに構築したシステムを船のメインコンピューターに直結。
 管制プログラムを『キーネ』から『零式』へ変更。
 同時に無駄な機能を排除し、最適化を実行していく。

「管理権限の一部が戻っておる……何をしたのだ?」

 ある程度、作業が一段落したところで、何やら驚いた様子で訪希深がそんなことを呟く。
 管理を委託すればいいと言った訪希深の言葉に従っただけなのに、何をそんなに驚いてるんだ?

「おかしい……我は頂神だぞ? 普通は管理神などに任命できんというのに……」

 何やらブツブツと呟きながら、訪希深が頭を抱えていた。
 そもそも管理権限が使えなければ、委託されても管理なんて出来ないだろうに……。
 さすがにマスター権限を委譲することは出来ないが、サブマスターを設定することは出来る。
 それに銀河結界炉は元々訪希深が人間に与えたものなのだから、何もおかしいことはないはずだ。

「太老……」
「今度はなんだ? 作業に集中したいから邪魔しないで欲しいんだけど……」
「その頭の上のはなんだ?」

 訪希深に言われて顔を上げるとそこには――

「マスターキー?」

 蜃気楼のように揺らめく光の剣が浮かんでいた。

【Side out】




 ……TO BE CONTINUED



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