「既に新たなマスターは登録済みだと!?」
「そうよ。だから、とっとと諦めて帰りなさいって言ってるの」

 遺跡の中枢に意気揚々と辿り着いたパパチャに、既に銀河結界炉のマスターは決まったと告げるキーネ。

「くッ! だが、いまからでも新たに登録をしなおせば!」
「無駄よ。以前そのことがあったからオリジナルが私≠造って、誰でもマスターになれないように試練≠用意したんだから」

 その昔、パパチャがここのシステムを乗っ取り、銀河皇帝に成り代わって宇宙を支配しようと目論んだことがあった。
 そこで二度と同じ過ちを繰り返さないため、簡単にシステムの変更を加えられないように管理者としてのキーネが作られたのだ。
 パパチャのことをよく知るオリジナルのキーネが、同じような失敗を犯すはずもない。

「なら、その試練とやらをさっさと準備しろ!」
「いまのマスターが死なない限りは無理よ。どっちにせよ、アンタじゃ絶対にクリアできないんだけどね」
「ぐぬぬぬぬ!」

 オリジナルのキーネが、パパチャに攻略できるような試練を残すはずもない。
 あれは太老だからクリアできたのであって、他の人間であれば肉体と精神を切り離され、二度と目を覚ますことはなかった。
 まあ、そうなった方が五月蠅くなくていいかと考えるキーネだが、現在のマスターが死なない限りは新たな試練を与えることは出来ない。
 本当に残念だ、と心の中で愚痴を溢す。

「ならば、ここのシステムごと乗っ取るまでだ!」
「無駄な足掻きね。そんなことが出来るなら苦労はないわ」

 破壊することも移動することも叶わないから、悪用されることを避けるために自分が生み出されたことを知っているキーネからすれば、パパチャの言葉は失笑ものだった。
 だが、

「これが、なんだかわかるか?」

 一冊のノートと思しきものを手に取り、キーネに見せるパパチャ。

「何よ、それ?」
「マ・ジーン・アクア博士が残した研究資料の……写しだ」

 マ・ジーン・アクア――通称ジーン博士とは、銀河結界炉のシステムを製作したキーネの祖父だ。
 だが、彼が残した研究資料は帝国軍に接収され、銀河結界炉の存在を隠匿するために処分された。
 唯一パパチャが持っていた写しに関しても、後にオリジナルのキーネが回収して処分したはずだった。
 なのに――

「まだ、そんなものを持っていたの!?」
「フンッ、備えあれば憂いなしと言うではないか。バックアップを用意しておくのは、当然だ」

 まだ同じものを隠し持っていたということに、キーネは怒りを顕にする。
 やはり、千年前にパパチャはしっかりと殺すか、最低でも封印すべきだったと歯軋りをするキーネ。
 そして――パパチャの狙いに気付き、ハッと顔を上げる。
 そんな彼女に対し、

「システムを強制終了する。そうすれば、お前はどうなるかな?」

 パパチャはそう言って、ニヤリと笑う。
 確かにキーネも遺跡のシステムの一部であることを考えれば、システムを強制終了すれば停止せざるを得ない。
 だが、遺跡のシステムは銀河結界炉を制御するのに必要なものだ。
 制御を失った銀河結界炉がどうなるかは実際にやってみなければわからないが、最悪の場合は暴走を引き起こす可能性すらある。
 法則を書き換え、新たな世界を創造する力があるということは、逆に言えば世界を消し去る力を持つと言うことだ。
 それは、この星だけでなく銀河を消滅させるほどのエネルギーが解放されることを意味した。
 キーネだけではない。パパチャとて、無事では済まない。自殺行為とも取れる脅しだった。

「やめなさい! そんなことをすれば、どうなるかわかってるの!?」
「私の物にならないのなら、同じことだ! 一か八かやってやる!」

 キーネの制止を無視して、パパチャはコンソールに向かう。
 彼女さえどうにかしてしまえば、システムを再起動することでマスター権限の再設定が可能かもしれない。
 そこにパパチャは最後の望みを託すことにした。
 もしダメだったとしても〈銀河結界炉〉が自分以外の物になるよりはずっといい。
 千年――いや、銀河結界炉の存在を知ってから千七百年以上、銀河結界炉を手にし宇宙の支配者となる日を夢見てきたのだ。
 こんなことで諦めきれるはずがなかった。

「やめなさい!」
「ハハハッ! 何を言っても無駄だ! もう、遅いわ!」

 マニュアルに従い、コンソールを操作するパパチャ。
 そして開発者用のメニューを立ち上げ、システムの強制終了を実行しようとするが――

「な、なんだ。これは……」

 パパチャが実行のボタンに指を触れる前に、コンソールの画面が突如別のものへと切り替わった。
 そして何も触れていないというのに、次々に端末が立ち上がり、何かのプログラムが実行されていく。

「まさか、外からシステムを書き換え――」

 最後まで言葉を終えることなく全身にノイズを走らせ、その場から姿を消すキーネ。
 そして遂には、遺跡を灯していた光も消失する。

「一体なにが起きている!?」

 暗闇の中で立ち尽くし、何が起きているのか理解できずパパチャは叫ぶ。
 この後、遺跡の中枢から銀河結界炉のコアが消失していることを知ったパパチャは、再び叫喚することになるのだった。





異世界の伝道師 第308話『地下都市の幽霊』
作者 193






 遺跡を改装して造られたハヴォニワの地下都市で今、『幽霊がでる』という噂が広まっていた。
 本来なら冗談と一笑するところだが、地下都市の遺跡は数千年前――先史文明の時代から存在することがわかっている。
 それに笑い話で済ませるには、余りに目撃者の数が多すぎた。この一ヶ月で三十八件もの報告が上がっているのだ。
 少なくとも何か≠ェ潜んでいることは間違いない。もしかするとババルンの手の者かもしれない。
 万が一ということもありえるとの判断から調査が命じられ、そのメンバーに選ばれたのが『ハヴォニワの三連星』だった。
 タツミ、ユキノ、ミナギの三人だ。
 彼女たちが『三バカ』と揶揄されたのは過去のことだ。

「タツミ、ミナギ! なんで、私の背中を押すんだ!?」
「幽霊がでたらユキノを盾にしようと思って」
「ですの」
「そういうことは口にださないでくれる!?」

 過去のこと……いまの彼女たちは『太老のしるし』を与えられたハヴォニワ軍のエースだった。
 ユキノを盾――いや、先頭に薄暗い遺跡の廊下を周囲を警戒しつつ、ゆったりとした足取りで進む三人娘。
 いま三人が調査をしているのは、まだ工事が進んでいない手付かずの区画だった。
 床には土埃が溜まり、壁に走るひび割れや散見する老朽化の痛みが、数千年の歴史を感じさせる。
 しかし、そういう場所だからこそ、不法侵入者がいるのなら潜んでいる可能性が高い。
 何度も言うが、三人はハヴォニワ軍のエースだ。エリートだ。三バカなどでは決してない。
 期待を込めて、最も危険な場所の調査を割り当てられるのは自然な流れだった。

「あそこ! あの廊下の影で、何か光った気がしますの!?」

 ミナギの言葉に反応して、警戒を強めるタツミとユキノ。
 正直に言うと、これ以上先に進みたくない。調査なんて投げ出して、さっさと帰りたい。
 だが、周囲の期待を背負っているという思いが三人にはあった。
 何より『しるし』を託された責任がある。太老をガッカリさせたくない。
 そんな思いから三人は身体を寄せ合い、小刻みに震えながら、そーっと廊下の奥を覗き込む。
 ミナギの言うとおり、そこには薄らと青白い光を放つ何か≠ェいた。
 はっきりは見えないが、髪の長い女性のように見える。
 こんなところで一体なにを――と警戒を募らせ、タツミはユキノの背中に隠れながら声を掛ける。

「こんなところで何をしてる!?」

 その直後、振り返る人影。
 瞳から光を放ちながら、ゆっくりと立ち上がる様は、まさに噂の幽霊と特徴が一致していた。

「なんか、やばそうッ! タツミ、ミナギ。どうしよ――」

 幽霊と思しき女がゆっくりとした足取りで向かってくる姿を見て、仲間に声を掛けるユキノ。
 しかしユキノが振り返ると、そこに二人の姿はなかった。
 呆然と立ち尽くすユキノ。迫る女の幽霊。
 そして――

「ちょっと大丈夫?」
「きゃああああああッ!」

 肩を叩かれ、ユキノの悲鳴が地下都市に響き渡るのだった。


  ◆


「いい加減、機嫌直せよ」
「う、ぐすっ……」
「ほら、涙を拭け。私のコレクションから好きなのを分けてやるから!」
「……太老様のブロマイドがいい。タクドナルドの期間限定の奴……前に自慢してたよね?」
「ぐっ……よりによって、なかなか手に入らない奴を……わかった。わかったから泣き止め!」

 ユキノにハンカチを差し出し、慰めるタツミの姿があった。
 さすがにユキノを置いて逃げたことは、彼女も悪かったと反省していたのだ。
 太老のブロマイドと引き替えに、ようやく泣き止んだユキノを見て、タツミは溜め息を吐く。
 そんな二人が座る反対側のテーブルでは、

「なるほど〜。シンシアちゃんの友人で、キーネさんと仰るのですね」
「ごめんね。脅かすつもりはなかったんだけど」

 ミナギがシンシアとキーネの二人から事情を聞いていた。
 声を掛けたら女の子が気絶したとの報告をキーネから受け、シンシアが駆けつけたのだ。
 すると、そこには倒れたユキノがいて、現場の近くに隠れていたタツミとミナギを発見したと言う訳だった。

「でも、それならそうと、なんで誰にも相談しなかったんだ?」
「それは……」

 話に割って入ったタツミの質問に、シンシアはどう説明すべきか迷う素振りを見せる。
 最初から〈MEMOL〉のなかにキーネはいたわけではない。地下都市の遺跡で眠りに付いていたのだ。
 キーネが目覚めたのは、シトレイユで起きた『青いZZZ事件』の時だ。ずっと捜していた銀河結界炉≠フマスターの気配を感じ取ったキーネは遺跡の機能を使い、手掛かりを求めて〈MEMOL〉へと侵入したのだった。だが、そこで太老がコレクション≠守るために用意していたセキュリティに引っ掛かり、捕らえられてしまった。
 脱出は愚か、身動き一つ取ることが出来なくなり、途方に暮れていたところをシンシアに解放されたと言う訳だ。
 それが〈MEMOL〉のなかに潜むブラックボックス≠フ秘密だった。

「キーネは大切なもの奪われた……でも、忘れられて……ここで眠ってた。それを、私が、見つけて……」

 悩んだ末、キーネから聞いた話をタツミたちに話して聞かせるシンシア。
 シンシアは余り人と話すのが得意ではない。一時は精神的なショックから言葉を失い、話せなくなっていた時期があるのだ。
 だから辿々しいものではあったが、シンシアはキーネのために必死に説明をする。
 キーネは大好きなパパ≠フことを教えてくれた。
 だから今度は自分がキーネのために出来ることをしてあげたい、とシンシアなりに考えてのことだ。
 そして、

「女性の大切なもの≠奪って、責任も取らずに捨てるとか……」
「女の敵」
「酷い男ですの!」

 その心が通じたのか、怒りを顕にするタツミ、ユキノ、ミナギの三人。
 それで成仏しきれずに幽霊になったのか、と妙な勘違いまで引き起こしていた。
 この話が三人娘によって報告書に纏められ、フローラや水穂のもとへ届けられることになる。
 これがまた大きな誤解へ繋がっていくのだが、未だ過去の世界にいる太老が知る由も無かった。





 ……TO BE CONTINUED



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