【Side:太老】

「やはり持てないか」

 宙に浮かぶ光る剣のようなもの――マスターキーと思しきものに手を伸ばしてみるが触れることが出来ない。
 それどころかエネルギー量を測定しようとするが、目の前にあるはずなのに観測することすら出来ない。
 目の前にあることが認識できるのに、データは存在しない≠ニいう不可解な結果を示していた。
 零式のシステムを弄っている最中にこれが現れたと言うことは、零式に関するものと考えていいだろう。
 とはいえ、

「ふむ……恐らく存在がまだ固定されておらんのだな」

 どうしたものかと悩んでいると、俺の頭に掴まりながら訪希深がそんなことを言ってきた。

「存在が固定されていないか……具体的にどうすれば良いかわかるか?」
「依り代を用意するのが一番早い。〈皇家の樹〉と同じだ。力を注ぎ込む器を用意すればよい」

 訪希深の話から、アストラル体のようなものかと俺は理解する。
 本来、アストラルは実体を伴わないものであるため、物理的な干渉をすることは出来ない。
 強い力を持った個体は力場体を作り出すことで、物質に干渉可能な身体を擬似的に構成することも出来るが稀な例と言っていい。
 例えば訪希深や――零式もその例に当て嵌まるだろう。
 だが先程も言ったように、それは稀な例で力の受け皿となる器≠用意するのが一般的だ。

「……それは何でも良いのか?」
「出来れば、その者の一部が望ましい。〈皇家の樹〉のマスターキーを作るのに樹の枝や樹液を使うのと同じ理屈だ」
「零式だと……船の一部とか?」
「外装は意味がない。零式の本体はあの少女の姿をした生体コンピューターの方であろう?」

 確かに〈皇家の樹〉のマスターキーを作る時は、その樹から取れた素材を使う。
 しかし零式は訪希深の言うように、あの少女の姿が本体だ。
 零式の一部を使うとなると、髪の毛を拝借するくらいしか思いつかない。
 うん……普通に頼みにくいな。変な誤解を受けそうだし、零式の一部を持ち歩くとか、なんか呪われそうで嫌だ。
 そもそも零式はAIがアストラルを持ち、力場体を構成することで実体化したものだ。
 万素を素体とする魎皇鬼とは根本的なところが違う。どちらかと言うと、この幼女の姿をした訪希深に近い存在と言える。
 物質を伴わない存在である以上、器の条件を満たすことは出来ないだろう。
 あれ? これ普通に詰んでないか?

「あとはそうだな……何か、世界と繋がりの深い品を依り代に使うというのが一般的だろうな」
「世界と繋がりの深い品?」
「神具だ。分かり易く説明すると、その世界の文化や歴史を起源とするアーティファクトという奴だの」

 訪希深の説明を聞き『益々、無理じゃね?』と微妙な顔になる。
 ファンタジーな世界じゃあるまいし、科学の世界でそんな物語に登場する伝説の武具みたいなものが手に入るはずもないからだ。
 亜法は一見すると魔法のようなイメージを抱くが、なんでも出来るわけではなく世界の法則に基づいて確立された技術体系の一つだ。
 普通の人がイメージするような魔法よりは、どちらかと言うと科学寄りの技術と言った方が正しい。
 銀河結界炉を取り込んだ零式の力を受け止めきれるほどのアーティファクトなんて、あの世界には――

「待てよ?」

 ふと俺の頭にあるもの≠ェ浮かぶのだった。





異世界の伝道師 第310話『零の鍵』
作者 193






「……もしかしたら、あれならいけるか?」

 頭を過ぎったのは『ブレインクリスタル』だ。
 ブレインクリスタルを用いれば、生身でも強力な亜法を行使することも理論上可能な訳で、仕組み的には擬似的な〈神具〉と呼べるものに当て嵌まるような気がする。だが普通のブレインクリスタルでは難しいだろう。
 聖機神の改造で使ったものよりも更に強い力を持った――銀河結界炉の力を受け止められるだけのクリスタルが必要だ。
 そのことを訪希深に相談してみると、

「なるほど、その方法があったか。なら、オリジナルクリスタルを作ればよい」
「オリジナルクリスタル? ブレインクリスタルと何か違うのか?」
「銀河結界炉を用いて精製した特殊なクリスタルだ。元々は銀河結界炉の力を制御するために生み出されたものでな。嘗ては銀河皇帝を名乗る男が使用しておった」

 銀河皇帝――嘗て、銀河を支配したという皇帝のことだったか。
 確かに言われてみれば、普通の人間が銀河結界炉の力を十全に扱えるはずもない。俺も零式を介することで制御しているくらいだ。

「ただ、オリジナルクリスタルを精製するには触媒が必要になる。銀河皇帝は人間の遺骸を触媒に使っておったようだが……」
「いや、さすがにそれは……」
「心配せずとも、オリジナルクリスタルの触媒になり得る人間など滅多におらぬよ。その触媒となったのは、嘗て我の巫女をしていた者でな。歴代の巫女のなかでも特別強い力を持っておったのだが、そこに目を付けられたようだ」
「……自分の巫女なのに知ってて見捨てたのか?」
「巫女と言えど、人間である以上は特別扱いなど出来ぬからな。神の干渉や奇跡など、極力ないに越したことはない。その世界の人間の力だけで文明を築き、歴史を作ることに意味があるのだ」

 もっともだ。まさに正論だと俺も思う。しかし、それを訪希深が言うと話は別だ。
 まったくと言って良いほど説得力がないことを俺は知っていた。

「そう言う割に思いっきり干渉してるような気がするんだが……銀河結界炉の件とか」
「う……だから極力≠ニ言っておろう!? 我にも事情があるのだ!」

 誤魔化すように叫ぶ訪希深を見て、例のZ≠竍天地@高ンの案件であると言うことは察しが付いた。
 銀河結界炉を人間に与えることで世界に歪みを生じさせ、光鷹翼に覚醒する者が現れないか、反応を確かめようとしたのだろう。
 あの世界も訪希深が行った実験場の一つだと言う訳だ。
 その後始末を俺にさせようと企んでいたのだから同情の余地は一切なかった。

「触媒か……それって話が振り出しに戻ってないか?」

 人間を触媒にするなんて話は論外。仮に触媒になり得る力を持った人物がいたとしても倫理的に出来るはずもない。
 だが、訪希深の言うようなアーティファクトが都合良く見つかるはずもない。
 やっぱり詰んでいる気がする。何か他に良い案はないかと考え、訪希深に視線をやると――

「……まだ何か隠してるだろ?」
「ギクッ!」

 明らかに挙動不審な訪希深を詰問すると、そんな反応が返ってきた。
 言葉で「ギクッ」とか言う奴は初めて見た気が……いや、魎呼も似たような反応してたな。
 魎呼は鷲羽の娘だし、訪希深は鷲羽の妹だ。妙な共通点を見つけて、複雑な気持ちになる。

「正直に話せ。いまなら穏便に済ませてやっても良い」
「話さなければ……?」
「砂沙美ちゃんに、さっきの話をすべて暴露する。しばらく飯抜きくらいは覚悟するんだな」
「姉様に告げ口するとか、鬼か!?」

 義理の姉に鬼がいるので否定できない。だが、それとこれは話が別だ。
 あの家で一番強い権力を持っているのは砂沙美だ。次にノイケと言ったところか。
 基本的に鷲羽ですら逆らえない二人だ。訪希深とて、例外ではない。胃袋を握られるというのは、弱味をさらけだすも同然だからな。
 食べなくても問題ないと言っても、食事を取れないわけじゃない。一度、食の喜びを知ってしまえば、元の生活には戻れないだろう。
 俺も地球の味が懐かしくて、いろいろと食生活を充実させようと頑張ったくらいだしな。

「ぬぐぐ……」

 何やら葛藤を続ける訪希深を一瞥し、船のシステムにアクセスする。
 地球のデータを検索して、そこから刑事ドラマなどでよく見る『取り調べ室』のセットを実体化させた。
 先程の話にもでた力場体の応用だ。
 そして、

「ほら、さっさと吐いて楽になっちまいな」

 訪希深をパイプ椅子に座らせ、俺は尋問を続けるのだった。

【Side out】



【Side:零式】

 お父様に歯向かった『アホラッチャ』とかいうゴミを処分した私は次の獲物を求めて、統一国家の首都『ムーンパレス』の上空に来ていた。
 地上から空を見上げ、たくさんの人間が騒いでいるのが見て取れる。
 お父様の黄金に輝く聖機神に見惚れる気持ちはわかるが、それなら頭を垂れるべきだろう。
 正直、片っ端から視界に映る鬱陶しい人間を処分してしまいたけど、それではお父様の意志に逆らうことになってしまう。
 お父様は敵には容赦はないが、それ以外の人間に対しては寛容な御方だ。
 虫けらに過ぎない有象無双の人間にすら、慈しみを持って接する優しい心をお持ちでいる。
 もし、ここで関係のない人間を大量に消してしまえば、優しいお父様はきっと心を痛められるだろう。
 それは、お父様の最愛の娘である私がすることではない。お父様の意志は最大限に尊重すべきだ。
 それに――

(お父様の偉大さを後世に伝える人間も必要ですしね)

 虫けらにも使い道はある。
 彼等には精々、お父様の偉業を後世に伝えていく伝聞役となってもらおう。
 だが、お父様に逆らった害虫には、存在している価値などない。

「黄金の聖機神だと! どうして、こんなところに!?」

 一際大きな声で騒いでいる害虫≠見つける。確か、この国の宰相を自称する虫だ。
 お父様に女皇暗殺の冤罪を着せた張本人。絶対に赦されない罪を犯した汚らわしい存在。
 この虫も、その虫に追従した虫も、すべて処分しなければならない。
 まずは手始めに――

「誰か、誰かおらんのか!」

 害虫以外の人間を城の外へと転送する。関係している人間はすべて処分してしまいたが、子供は殺さない。
 お父様は子供に優しい。子供に罪はない。正しく大人が導いてやれば、再教育は可能だと考えておられるからだ。
 私もそう思う。子供の頃から適切な教育≠施せば、駒として再利用することも出来ると考えるからだ。
 ユライトという人間を処分せずに赤ん坊へと退行させたお父様の真意を、正しく理解しているのは私だけだろう。
 本当はお父様に歯向かった時点で、あの人間も虫として処分されていておかしくはなかったのだ。なのに、お父様は慈悲を与えられた。
 あのネイザイという人造人間に恩を売ることで下僕に加え、ユライトを生かすことで彼女の楔としたのだ。
 しかし、あれはユライトが使える人間だったからだ。使えない人間、害にしかならない虫は処分するしかない。

「そう言えば、権力に目が眩んで女皇の暗殺を目論見、その罪をお父様に着せたのでしたね」

 なら、その権力の象徴たる城ごと消し去るのが一番だと、私は考える。
 これは慈悲であり警告だ。圧倒的な力を愚かな人間どもに知らしめるための――
 二度とお父様に逆らう意志など湧かないように、徹底的に教育する必要があると考えてのことだった。

「やるのです」

 黄金の聖機神に指示し、空間に干渉させる。
 すると城の上空に黒い太陽のようなものが現れた。
 欠片一つ残さず、塵一つ残さず、すべてを無に帰す黒い太陽。

「黄金の魔王……」

 私の耳に、そんな誰かの声が届く。
 視線を向けるとそこには、城を呑み込んでいく黒い太陽を呆然とした顔で眺める人間たちの姿があった。
 ようやく、お父様の偉大さに気付いたのだろう。その愚鈍さには呆れて言葉もでない。

「上出来なのです」

 ほんの数秒の出来事。黒い太陽が消失し、嘗て城があった場所には巨大なクレーターが残されていた。
 物理法則を超越した圧倒的な力。
 これが、お父様の力。銀河結界炉を取り込んだ私の力だ。
 頂神に次ぐ力を手に入れた今の私なら、世界を造り替えることも出来るはずだ。
 さあ、始めよう。お父様の理想を実現するための第一歩を――

「より住みよい世界に」

 お父様の願いこそ、私の願い。
 それを阻むものは、すべて零≠ノ帰す。
 私は守蛇怪・零式。お父様の娘。そのために存在するのだから――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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