――黄金の船〈カリバーン〉の一室。

「これがダンジョンから剣士さんが持って帰ってきたという話の?」
「はい。ワウアンリー様を通じてナウア卿に解析を依頼しましたが、恐らくは間違いないだろうと――」

 マリアとマリエルが向かい合う執務机の上には、赤い宝石のようなものが置かれていた。
 それは天地岩があった場所――〈剣のダンジョン〉と命名された場所から剣士が持ち帰ったものだった。

「ブレインクリスタルですか……」

 教会の碑文にも記されている先史文明の遺産の一つ。聖機人が作り出す圧縮弾とは、比較にならない力を秘めたエネルギー結晶体だ。
 稀に遺跡から発掘されることがある『オリジナルリング』と呼ばれるものは、このブレインクリスタルを用いることで亜法酔いを抑える工夫がされていると考えられていた。
 現代の技術では再現が難しいと言われている聖機神の結界炉も、ブレインクリスタルがあれば製造が可能かもしれない。
 だが、研究用に僅かな量が結界工房や教会に保管されているくらいで、その製法は疎か出自すら明らかになっていないものだ。
 そんなものを発掘可能な遺跡がハヴォニワで発見されたとなると――

「荒れますわね。ババルン軍やガイアどころの騒ぎではありませんわ……」

 各国が遺跡を手に入れようと企て、再び大戦が起きる可能性すらあるとマリアは考える。
 そうなれば聖機神が当時シトレイユ領だった聖地で発見されたように、教会などは自分たちがダンジョンの管理をすると言いだしかねない。
 ましてや剣士しかダンジョンに入れないとなると、一度は落ち着きを見せた剣士やカレンの所属問題が再燃する可能性は十分にあった。
 だからと言って、ダンジョンのある村はユキネの故郷だ。ハヴォニワの領地である以上、他国に明け渡したり、教会に管理させることなど絶対に出来ない。
 そんな要求を突きつけられたら、フローラは相手が誰であろうと抵抗するだろう。
 教会だけでなく世界を敵に回すことになっても、ハヴォニワを守るために徹底抗戦をすると思われる。
 母親の性格をよく知っているだけに、そうなる可能性が最も高いとマリアは溜め息を吐く。

「あのダンジョンにはお兄様が関わっているとの話でしたが、そちらはどうなのですか?」
「まだ完全に調査を終えたわけではありませんが、水穂様の見立ててでもその可能性が高いとのことです」

 マリエルの報告を聞き、どうしたものかと複雑な顔を浮かべるマリア。
 どういう経緯で太老が関わっているのかはわからないが、剣士と水穂が言う以上は確かなのだろう。
 太老がいなくなってから既に二ヶ月以上が経過しているが、マリアもマリエルも太老の無事を疑ってはいない。帰って来ないことも何かしらの理由があると考えていた。
 そんな最中に舞い込んできたのが、この情報だ。
 仮にあのダンジョンを用意したのが太老だとして、どうしてそのような真似をしたのか?

「あの村は確か……現在は国の直轄地になっていますが、お兄様の領地と隣接していましたわよね?」
「はい」

 なら打つ手はある。いや、もうそれしか取れる方法ないように思えた。
 だとするなら最初から太老はそのつもりで、あんな場所にダンジョンを造ったのかもしれないとマリアは考える。

「より住みよい世界に……」
「商会の理念。太老様の理想とされる世界ですか。では、やはりあれは……」
「ええ。それしか、お兄様があの場所にダンジョンを造った理由は考えられませんから」

 太老が目指す理想の世界。
 それを実現するために、あのダンジョンが――ブレインクリスタルが必要なのだと、太老の考えをマリアとマリエルは察する。
 ならば、

「お母様にこのことを相談します。マリエル、あなたは――」
「すぐに準備に取り掛かります。関係各所の調整はお任せください」

 為すべきことは一つしかない。
 太老が必要としているのであれば、それを支えるのが自分たちの役目だと、マリアとマリエルは互いの役割を確認するのだった。





異世界の伝道師 第314話『暗雲』
作者 193






 マリアがマリエルと対策を練っている頃、

「――協力、感謝します」
「いえ、太老くんのしたことなら、こちらにも責任はありますから……」

 ハヴォニワにある商会の応接室で、水穂はフローラと秘密裏の会談を行っていた。
 話題は勿論、ハヴォニワに現れたという〈剣のダンジョン〉に関することだった。
 ダンジョンを発見したのがハヴォニワだけであれば、完全に隠し通すことは難しくとも多少の時間は稼げただろう。
 しかし剣士とカレンの所属で揉めないために独立部隊を設立したことが、今回は仇と成った。

「ブレインクリスタルの情報は既に結界工房を通じて各国にリーク済みです。ガイアの件もありますから、これでしばらくは教会も下手な行動は取れないかと」
「フフッ、教会は思惑が外れて、今頃はさぞ悔しがっているでしょうね」

 大地に突き刺さった天にも届かんばかりの巨大な剣を目にした者は多い。誤魔化すのにも限界があった。
 それでも隠そうとすれば、独立部隊で知り得た情報は参加国で共有するという約束があるため、ハヴォニワの立場が悪くなる。折角、現実味を帯びてきた連合構想にも亀裂が走りかねない。となれば、剣のダンジョンで知り得た情報をすべて#體スするのは得策ではない。そこでダンジョンで取得した宝石の解析依頼を結界工房に持ち込み、態とブレインクリスタルの情報が各国に知れ渡るように手を打ったのだ。
 教会がこのことを先に知れば、嘗てシトレイユ領があった場所を聖地に認定した時のように、今度はハヴォニワから土地を取り上げ、ダンジョンの管理を名目にブレインクリスタルの独占を企てた可能性が高いと水穂とフローラは考えていた。
 だが、そんな真似を許すわけにはいかなかった。ブレインクリスタルを上手く使えば、連合の結束をより強めることも不可能ではないと考えたからだ。
 ブレインクリスタルを安定供給できれば、これまで再現が不可能とされてきたオリジナルリングの量産も視野に入ってくる。そうなれば、腕は確かなものの亜法耐性が低いために聖機師となれなかった浪人たちにもチャンスは巡ってくる。特権意識に凝り固まった聖機師の考えを正し、制度そのものを改革する切っ掛けにもなるだろう。
 だが、それには一つ問題があった。

「それでダンジョンの件なのだけど、やっぱり剣士くんしか入れないのよね?」
「はい。商会の方でも希望者を募って試してみましたが……」

 剣士しかダンジョンに入れないのでは、ブレインクリスタルの安定供給は難しい。
 しかし今のところ剣士を除くと誰一人として、ダンジョンの周囲に張られた結界を通り抜けられる者はいなかった。
 そしてこのことも、水穂とフローラにとって頭の痛い問題になっていた。

 女神の加護を持つ者しか通れない結界となると、ダンジョンに入れる剣士は女神の加護を得ていると言う話になる。それは〈名も無き女神〉を信仰する教会にとって決して軽視できない話だ。剣士が教会に所属する聖機師ならば大事にはならなかったかもしれないが、教会関係者以外から女神の加護を持つ者が現れたとなると話は違ってくる。最悪の場合、教会の権威を揺るがしかねない問題へと発展しかねないからだ。
 ましてや剣士が太老の弟となれば、尚更この問題を軽視することなど出来るはずもなかった。
 貴族・平民を問わず多くの人々が〈名も無き女神〉を信仰していることを考えれば、加護の有無は大きな判断基準となる。
 それは即ち、教会は女神の信仰を大義名分に無理を押し通すことが、この先むずかしくなるということを意味していた。

 となれば、どんな手を使ってでも、教会は剣士を引き抜こうとするはずだ。
 剣士を確保した後は、そのままダンジョンの管理も教会が行うと言いだしかねない。
 だが、ハヴォニワがそんな教会の主張を容認することは決してない。
 話し合いによる決着が付かないとなれば、待ち受けているのは大戦の再現だ。
 このままいけばガイアをどうにかしたとしても、今度はハヴォニワ率いる連合国と教会派に分かれ、戦争が起きる可能性が高い。
 それを防ぐ手立てがあるとすれば――

「やっぱり太老殿が鍵を握っていると……そういうことなのね」
「……すみません」

 深い溜め息を漏らすフローラを見て、水穂は心の底から申し訳なさそうに頭を下げる。
 いつかこういう日がくるのではないかという予感が、水穂のなかには以前からあったからだ。

(早すぎる……いえ、むしろ以前は一年と掛からなかったことを考えると保った方ね)

 この世界の話だけではなく、水穂たちの世界でも太老は凄まじい影響力を持っていた。
 樹雷第一皇妃が後見人となり、才能ある子供たちを支援すべく設立された新たな財団。その財源は太老がこれまでに世に送り出した発明品のパテントや、名のある海賊や犯罪者を捕らえた報奨金によって賄われている。そんな太老の総資産は白眉鷲羽やDr.クレーに次ぐほどと噂され、現在も膨らみ続けていた。
 そして『鬼の寵児』の名を世に知らしめることになった大事件。特にこの事件に注目したのはアイライを始めとした宗教関係者だった。銀河全域を覆った巨大な光鷹翼を目にした人々はそれを神の啓示と受け取り、どこからか漏れた情報から奇跡を起こした人物――『鬼の寵児』を『神の子』と呼び、崇拝するようになったのだ。
 そうしたことから、太老に恨みを持つ者。太老を崇拝する者。または利用しようとする者が後を絶たなかった。
 その結果、あちらの世界にいられなくなり、鷲羽と瀬戸の判断で厄介払いをするかのように太老は異世界へと跳ばされたのだ。

 そのことを考えれば、こちらの世界でも遅かれ早かれ、こうした事態になることは予測の出来たことだった。
 だから水穂は商会の影響力を高めることに努め、フローラの連合構想にも手を貸したのだ。
 何が起きても対処できるように、太老が二度と居場所を失わずに済むように、と――

 だが思った以上に教会の影響力は強く、当初の予定よりも計画は遅れていた。
 ガイアによって先史文明が滅ぼされた後、荒れた大地の復興に携わり、数千年に渡って人間たちの社会を裏から支えてきた組織だ。
 教会に恩義を感じている国もあれば、依存している国も多い。そのため、ハヴォニワの連合構想に同調する国は全体の半数に留まっていた。
 ハヴォニワについた半数の国というのはシトレイユを除けば、ほとんどが大戦以降に独立した都市国家や小国などが多い。
 教会の理念に染まりきっておらず、聖機人の供与も最低限しか受けられず、ほとんど技術的にも依存していない国と言うことだ。
 逆に教会との付き合いが長い歴史の古い国、シュリフォンを始めとした二割の国は静観を決めていた。
 そして残りの三割が、教会に恭順する国だ。これらは聖機神の供与だけでなく、ありとあらゆるものを教会に依存している。
 この状況で世界が割れるようなことになれば、嘗て無い大きな戦争へと発展する可能性が高い。
 太老の居場所を守るつもりでやってきたことが、戦争の引き金となるなど水穂としても容認できることではなかった。

 だが、現状では取れる選択肢はそう多くない。
 先の教会本部で開かれた国際会議を振り返っても、もはや話し合いで解決することは難しいと水穂とフローラは感じていた。
 状況から言って教会は絶対に譲らないだろうし、それは教会に味方する国も同様だ。独自の開発力を持たないような国では、ブレインクリスタルを用いた製品が市場に出回った場合、開発競争について行けなくなる可能性が高い。最初の段階で見下すような発言と要求を教会がしなければ、ハヴォニワや正木商会の対応も変わっていただろうが彼等は選択を間違えた。一商会に頭を下げ、教えを乞うような真似はプライドが邪魔をして出来なかったからだ。
 そんな考えを持つ限り、幾ら説得したところで聞く耳を持たないだろう。
 ガイアという脅威を目の前にしても、未だに現実を直視できていないかのように横柄な態度を崩していない現状がすべてを物語っていた。

「太老殿の帰還を待ちつつ、これまで通り味方を地道に増やしていくしかないわね」
「幸い、ガイアの件で教会に不信感を抱いている国は増えていますから、中立を表明している国の幾つかは引き抜けるかと。問題は……」
「シュリフォンね」

 ハヴォニワやシトレイユに匹敵する大国。教会に次ぐ歴史を持つダークエルフの国。それがシュリフォンだ。
 シュリフォンを味方に引き入れることが出来れば、情勢は大きく変わる。
 ハヴォニワの主張する連合構想も確実なものとなり、教会も今のように強気な態度にはでることが出来なくなるだろう。
 だがシュリフォンは中立の立場を表明していると言っても、どちらかと言えば教会寄りの国だ。
 独自の風習や文化を持ち、森で自給自足のような生活をしているとあって、経済的な側面からアプローチをかけるのも効果が薄い。
 ある意味で教会以上に厄介な相手と言うのが、水穂のシュリフォンに対する評価だった。

「太老殿がいれば、一発で解決する問題だと思うのだけど」

 フローラの言葉に水穂は首を傾げる。
 太老の能力は水穂も認めているが、教会との関係は水と油だ。
 教会寄りのシュリフォンを説得するのに、太老が出向いたところで上手くいくとは思えない。
 例のキノコを手土産にすれば話くらいは聞いてもらえるかもしれないが、キノコ一つで国家間の問題が解決するなら苦労はない。

「ダークエルフは亜法耐性が生まれ持ち高いこともあって あの国では聖機師が余り重宝されないのよ」

 それは水穂も知っていた。
 どの国でも亜法耐性の高い聖機師は大事にされるものだが、シュリフォンはダークエルフの国だ。
 ダークエルフは出生率の低さから数こそ少ないが、人間よりも亜法耐性の高い者が生まれやすい。
 そうしたことから資質や才能よりも、実力が重視される国というイメージが水穂のなかにはある。

「代わりに有能な男≠ェ尊敬されるわ」
「有能な男ですか?」
「そう、ようするに――」

 シュリフォンが太老のことを推し量れずにいるのは、黄金の聖機人の噂や聖機師としての実力だけを見ているから――
 聖機人に乗らずとも太老が強いことを示せば、あちらから協力を申し出てくるはずだとフローラは話す。

「……脳筋と言うことですか?」
「身も蓋もない言い方をすると、そういうことね」

 独自の文化を持つとは聞いていたが、ダークエルフがそんなに単純な思考回路をしているとは水穂も思ってはいなかった。
 しかし決闘という風習が今も根強く残っている世界だ。
 政治的な駆け引きよりも、力を示すことが優先されるという考えがわからないわけではなかった。
 同じような文化を持つ国を水穂は知っているからだ。――簾座連合だ。

(まさか、簾座のような国だったなんて……理解できないはずだわ。霧恋ちゃんが頭を抱えていたのを思いだすわね)

 これまで悩んでいたことはなんだったのかと、水穂が微妙な顔を浮かべた、その時だった。

「大変です!」

 メイド服に身を包んだ侍従が一人、随分と慌てた様子でフローラと会談中の応接室に飛び込んできた。
 邪魔が入らないようにと人払いを頼んでおいただけに、ただならぬ予感を覚えて水穂は訝しみながら尋ねる。

「何かあったのですか?」
「先程、教会本部が襲撃を受けたとの連絡がありました」
『――ッ!?』

 水穂とフローラは侍従の報告に目を瞠る。
 そして、

「襲撃したのは、ガイアの盾を装備した〈青銅の聖機人〉とのことです」

 ババルン軍が再び動きだしたことを知るのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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