「やっぱり林檎ちゃんの仕業だったのね」
『ギルドのやり方に従えない方々に再就職先≠ご案内しただけです』

 再びランから連絡があって何事かと思えば、林檎と接触したと聞いて水穂はすべてを察した。
 ババルン軍に山賊を送り込むように誘導したのは、林檎だと理解したからだ。
 恐らくは不穏分子を一纏めにすることと、ババルン軍の内部情報を手に入れるのが目的だと思われる。
 林檎らしいやり方だと水穂は思う一方で、疑問がまだ一つ残っていた。

「でも、ババルン軍に山賊を送り込むなんて、どうやったの?」
『クリフ・クリーズという方をご存じですか?』

 知らないはずがなかった。以前、水穂が太老に忠告した男性聖機師の名前だ。
 もっともバカな計画を企て、太老に重症を負わされて表舞台を去ることになったが――
 そう言えば聖地の事件以降、所在が掴めていなかったことを水穂は思い出す。

『随分と太老様のことを恨んでいるみたいで、誘導するのは簡単でした』

 表情は穏やかだが、冷ややかな声でそう話す林檎。
 こういう時は、林檎が本気で怒っている時だということを水穂は知っていた。
 林檎の話によると、怪我の療養のために聖地を離れていてクリフは難を逃れたとの話だった。
 だが、療養先でよくないチンピラと連んでいたらしい。それがギルドから離反した山賊たちだった。
 その情報を得た林檎は手の者を送り込み、クリフのツテを使ってダグマイアに取り入るように山賊たちの意識を誘導した。
 結果、山賊たちの御輿に担ぎ上げられたクリフは手下を集め、ババルン軍に合流したと言う訳だ。

「じゃあ、今回の襲撃の首謀者は……」
『はい。〈青銅の聖機人〉の聖機師は、ダグマイア・メストです』

 クリフが頼った相手がダグマイアなら、襲撃の首謀者に関しても想像が付くというものだ。
 しかし意外だったのは〈青銅の聖機人〉の聖機師がダグマイアだと言うことだった。
 水穂の知る限りの情報では、ダグマイアにそれほどの能力はなかったはずだからだ。

『それと、もう一つ。襲撃の目的は〈星の船〉と呼ばれるアーティファクトを奪取するためだと判明しました』

 何かあるとは思っていたが、聞き慣れないアーティファクトの名前を聞いて水穂は眉をひそめる。
 だが〈星の船〉という名前から察するに、どういうものかは想像が付く。

『お察しの通り、先史文明より遥か昔に造られた宇宙船のようです。ある意味で〈ガイアの盾〉よりも、こちらを警戒すべきかと』

 ――宇宙船。それは即ち、エナの海の外でも動かせる船と言うこと。
 どの程度の性能を秘めているのかはわからないが、確かに厄介な船だと水穂は林檎の忠告を真摯に受け止めるのだった。





異世界の伝道師 第316話『青銅の聖機師』
作者 193






「〈青銅の聖機人〉の聖機師がダグマイアじゃと!?」
「ええ、他にも〈星の船〉と呼ばれるアーティファクトの奪取が目的だったとの話ですわ」

 内密に相談したいことがあると言われ、マリアの呼び出しに応じてみれば、想像もしなかった話を聞かされラシャラは驚きの声を上げる。

「しかし、あのダグマイアがの……〈ガイアの盾〉は聖機師であれば、誰にでも扱えるようなものなのか?」
「いえ、結界工房の情報によると聖機神と同等の亜法波を放っているとの話ですから、最低でも剣士さんクラスの聖機師でないと力を発揮することは出来ないと思われますわ」

 マリアの説明を聞いて、ラシャラは首を傾げる。
 少なくともラシャラの知る限りでは、ダグマイアにそんな力はなかったはずだからだ。
 確かに有能な男性聖機師ではあるが、それは男のなかで見ればと言う話だ。
 全体から言えば、よくて中の上くらいの実力でしかない。

「ならば、どうやって急速にそれほどの力を付けたのかが問題じゃな」
「そこが最大の謎ですわ。聖機師の資質は本来、先天的なものですから……」

 聖機人に乗るために必要な亜法耐性は訓練で身につくようなものではない。
 後天的な取得が可能なら、ここまで聖機師が特別視されることはなかっただろう。
 故にダグマイアが剣士に並ぶほどの亜法耐性を手にした可能性があるというのが、俄には信じられなかったのだ。
 しかし、

(このことをキャイアが知ったら、なんと言うじゃろうな……)

 もしそれが事実なら、キャイアはどういう反応を示すだろうとラシャラは思う。
 ダグマイアが力を求めていることを一番よく知っているのはキャイアだった。
 太老が現れる前は、ダグマイアにとって一番身近にいるキャイアがコンプレックスの対象だったからだ。
 女性に――それも密かに想いを寄せていた相手に剣で負け、聖機師としての資質でも劣り、護るのではなく逆に護られる立場に甘んじることにダグマイアは男として耐えられなかった。
 だからキャイアが差し伸べた手を取ることも出来なかったのだ。

 そのキャイアはというと聖地での事件以降、何かに取り憑かれたかのように訓練に励んでいた。
 いまや剣士やカレンを除けば、この独立部隊で一、二を争う実力を持つに至っている。二週間前に開かれた模擬戦では、モルガと対等に渡り合う姿を披露したほどだ。恐らくダグマイアのことが影響して、キャイアの成長に繋がったのだろうということはラシャラも察していた。
 それだけにダグマイアの成長を知れば、キャイアがどのような反応を示すかラシャラは気になる。
 自分のことのように喜ぶのだろうか? それとも――
 いずれにせよ、これでダグマイアとの戦いは避けられなくなった。
 一度はダグマイアのもとへ向かったキャイアを許したのは、ラシャラなりに思うところがあったからだ。
 だが次はない。キャイアがダグマイアに味方するようならラシャラは彼女を完全に敵と見なし、自分の責任で処断する覚悟でいた。
 出来ることならそんな真似はしたくないが、刻一刻と選択の日が迫っていることを実感する。

「それよりも先に片付けておかなくてはいけない問題がありますわね」

 そんな思い詰めた表情を浮かべるラシャラを見て、マリアは察した様子で話題を変える。
 どのみちダグマイアの件は保留にするしかない。ここで議論したところで答えのでるような話ではないからだ。
 ならば、もっと先に片付けておかなければならない問題があった。教会のことだ。

「この情報は各国で共有することになります。各国の代表が集う会議の場には、リチアさんにも出席して頂くことになりますがよろしいですね?」
「はい。教会の一員として、私には皆さんの疑問にお答えする義務がありますから。ですが……」

 黙って話を聞いてリチアに視線を向け、マリアは少し強い口調で確認を取る。
 現在のリチアの立場は余り良いものとは言えない。特に〈星の船〉の件が明らかになれば、教会への不信感は更に高まるだろう。
 教会本部が襲撃され、教皇の安否がわからない以上、リチアはそうした非難に晒されることになる。
 しかし釈明を求められたところで、リチアには答えられることが少ない。
 ガイアの盾のことは勿論、星の船についても彼女は何一つ聞かされてはいなかったからだ。
 そのことはマリアも承知していた。

「〈星の船〉について説明しろとか、リチアさん一人に責任を被せるような真似は致しませんわ」
「では、私は何を……」
「これはお母様からの提案でもあるのですが、リチアさんには教会の代表≠ニして会議の場へ出席して欲しいのです」

 目を瞠るリチア。それが、どういうことを意味するのか察してのことだった。

「私に……お祖父様の後を継いで教皇になれと?」
「単刀直入に言うと、そういうことですわね」
「ですが教皇と認められるには、黎明期から教会を支えてきた四家の推薦と枢機卿の過半数を占める票が必要です。私がお祖父様の後を継ぐと宣言したところで……」

 認められないだろうと、リチアは言葉を漏らす。
 当然そうした流れになることはマリアも予想している。
 フローラとて、なんの考えもなしにこのような提案をしたわけではない。
 そうした問題を考慮しても、リチアが次の教皇に相応しいと思ったからこその提案だった。

「現教皇を始め、枢機卿の方々も何も知らなかったでは既に済まされない立場にあります。そんな方々が次の教皇となったところで、各国の賛同が得られると思いますか?」
「それは……」

 マリアの言うように、各国の賛同を得ることは難しいだろうとリチアは思う。
 技術供与をちらつかせ、恭順を迫るような真似もこれからは通用しなくなるだろう。
 そうなれば、教会の権威は失墜する。最悪の場合、教会という組織を維持できなくなる恐れすらあった。
 しかしマリアはそこまでのことは望んでいなかった。だからフローラに相談したのだ。

「これまで通りには行かないでしょうが、教会という組織が無くなることを私たちは望んでいません。教会には、教会にしか出来ない役割があると考えていますから」
「教会にしか出来ない役割……」
「いま、それが可能なのはリチアさん……あなただけだと私は思います」

 これが最後のチャンスだとマリアはリチアに迫る。
 この案をリチアが受け入れなかった場合、フローラは完全に教会を潰すつもりで動く。
 娘として、ハヴォニワの王女として、そのことがわかっているからこその提案だった。


  ◆


 その頃、教会本部の貴賓室でソファーに腰掛け、休息を取っていたダグマイアは苦痛に耐えるような表情を浮かべていた。

「ぐッ……黙れ! アイツを……正木太老を倒すのは俺だ。俺は誰の指図も受けない!」

 聖地の崩落に巻き込まれたダグマイアが目を覚ましたのは、ババルン軍が聖地を襲撃した事件から一ヶ月余りが経過してのことだった。
 それから、ずっと頭の中で響く声にダグマイアは悩まされていた。医師の話では、崩落に巻き込まれたことによる精神的な障害。事故の後遺症だろうとの診断を受けたが、ダグマイアにとって悪いことばかりではなかった。本来であれば先天的な資質が物を言うはずの亜法耐性が、どういうことかドールと同等のレベルにまで上昇していたからだ。しかも聖機人の姿も、ダグマイアが知る以前のものとは大きく変わっていた。
 青銅の聖機人。そんなものが存在するなんて話を聞いたことはなかったが、聖機神に勝るとも劣らない力を秘めていることは理解できた。そしてババルンからメスト家と〈黄金の聖機神〉の因縁にまつわる話を聞き、〈青銅の聖機人〉がどういうものかを理解したダグマイアは今度こそ太老との決着を付けることを心に誓ったのだ。
 しかし、

「もう余り時間は残されていないか……」

 医師の話をダグマイアは鵜呑みにはしていなかった。
 自分の身体に何が起きているかは、自分が一番よくわかっている。
 頭の中に響く声は徐々に大きくなり、時々自分が自分でないかのように錯覚することがある。
 力を手にした代償と言うのなら甘んじて受けよう。
 だが、太老との決着を付けるまでは自分を見失う訳にはいかないと、ダグマイアは自身を鼓舞する。

「ダグマイア、もう起きて――」

 扉を開け、顔を覗かせたアランは目を瞠り、慌ててダグマイアに駆け寄る。
 額から汗を滲ませ、左手で額を押さえて蹲る親友の姿を目にしたからだ。

「大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない。ちょっと立ち眩みがしただけだ」

 そうは言うが、ダグマイアが以前から調子を崩していることをアランは知っていた。
 それでもダグマイア自身が口にしようとはしないので、敢えて触れずに黙っていたのだ。
 しかし、こんな姿を見せられては、友人として心配しないわけにはいかない。
 どうすべきかと複雑な表情を浮かべるアランにダグマイアは尋ねる。

「俺に何か話があったんじゃないのか?」

 そう話を切り出してきたダグマイアを見て、やはり体調のことには触れて欲しくないのだろうとアランは察する。
 心配なことには変わりないが、まずは用事を済ますべきかと相談を口にした。

「そのことなんだが、またクリフの連れてきた連中が問題を起こしたらしくてな」
「喧嘩か?」
「ああ、捕虜にした女性聖機師に乱暴を働こうとしていたところを兵士に見られて、もみ合いになったそうだ」

 アランの話を聞き、「またか」とダグマイアは溜め息を漏らす。
 クリフが手勢を連れて合流してからというもの、こうしたトラブルが毎日のように起きていた。
 所詮は正規の訓練を受けた兵士ではなく荒くれ者たちだ。節度のある行動を求めたところで、素直に従うはずもない。

「人手が足りないのはわかるが、このまま放って置くと指揮に関わる。早めに手を打った方が良いと思ってな」
「わかっている。クリフと奴等には、別の任務を与えるつもりだ」
「別の任務?」

 だからダグマイアは、アランの言うようにクリフたちの対応を以前から考えていた。
 学び舎を共にした仲間と言っても、アランやニールのように信用しているわけではないからだ。
 なら、そんな彼等に相応しい役割があるとダグマイアは考える。

「〈剣のダンジョン〉と呼ばれるものがハヴォニワに出現したそうだ」
「ダンジョン? なんだ、そりゃ……」
「そこでは魔物が現れ、倒すとこう言ったものを落とすらしい」

 テーブルの上に胸もとから取り出した赤い宝石のようなものを置くダグマイア。
 それを手に取ったアランは「これがどうかしたのか?」と首を傾げながら尋ねると、

「ブレインクリスタルと言う名のエネルギー結晶体だ。これの奪取をクリフたちに任せる」

 ダグマイアはそう答えるのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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