「反亜法? まさか、それはお兄様の……」

 ナウアの話を聞き、驚きの声を漏らすマリアを見て、何か知っているのかとラシャラは尋ねる。

「カリバーンやマーリンの装甲に使われている技術のことは、ラシャラさんも知っていますわね?」

 黄金の聖機人を研究し、ハヴォニワが独自に開発したとされる技術。
 聖機人の放つ攻撃亜法程度であれば反射し、無効化するとされる鏡面装甲〈ヤタノカガミ〉のことは、当然ラシャラも知っていた。
 亜法を無効化できると言うことは、近接武器や火薬などを用いた亜法に頼らない物理的な攻撃以外は通用しないと言うことだ。
 この世界の兵器は聖機人に限らず、ほとんどが亜法に依存しているため、その効果は絶大と言っていい。
 亜法結界炉の動作を停止したと噂される〈青のZZZ〉と同様、教会が警戒し、ハヴォニワに情報の開示を迫っている技術の一つだった。

「まさか、あの装甲に使われている技術は……」
「その、まさかですわ」

 苦い表情を浮かべながらそう答えるマリアを見て、ヤタノカガミには『反亜法』と呼ばれる技術が使われているのだとラシャラは察する。
 だとすれば、青銅の聖機人にはヤタノカガミと同様、亜法による攻撃が通じないと言うことになる。
 確かにそれなら教会の聖機人が為す術なく敗退し、本部を奪われた理由にも納得が行くとラシャラは考えた。
 ヤタノカガミの厄介さは、これまでに〈黄金の聖機人〉が残してきた数々の戦績が物語っているからだ。
 だが、マリアが苦い表情を浮かべている理由は、それだけではなかった。

 ――ハヴォニワの機密情報が何処からか漏れているのでは?

 そうしたことを危惧したからだ。
 もしそうなら建造中の地下都市の情報まで、敵に漏れている可能性がある。
 しかし、ナウアはそんなマリアの考えを察してか、首を横に振った。

「ハヴォニワからババルン軍に情報が漏れたと言うことはないだろう。黄金の聖機人の研究が切っ掛けとなったことは確かだろうけどね」
「……何か、ご存じなのですか?」

 何かを知っているような物言いのナウアを訝しみ、マリアは尋ねる。
 ナウアがババルン軍と通じているとは思っていないが、国防に関わる問題だ。
 ハヴォニワの王女として、納得の行く説明を聞いておく必要があると考えての質問だった。
 そんな風にマリアに疑われていることを承知の上で、

「簡単な話だ。ガイアもまた、黄金の聖機人――いや、黄金の聖機神に対抗するために開発された兵器だからだ」

 ナウアは堂々とした態度で、はっきりとそう答えるのだった。





異世界の伝道師 第326話『ガルシアの遺産』
作者 193






「ガルシア・メスト。それがガイアを設計した人物の名前だ」
「メストじゃと? まさか――」
「ババルンの先祖に当たる人物だ。そして、皇立研究所の所長を務めていた人物でもある」

 ババルンの先祖がガイアの設計に関わっていたと聞いて、マリアとラシャラは目を瞠って驚く。
 だが、それならばババルンの一連の行動にも納得の行く点があった。
 ババルンは野心家ではあるが、愚かな男ではない。どちらかと言えば、用心深く計算高い男だ。
 そんな男がガイアの存在を知ったからと言って、確信もなく世界を敵に回すような行動を取るとは思えなかった。
 だからこそ、ババルンがガイアを手に入れるために聖地を襲撃するなどと想像することが出来ず、対応が遅れてしまったのだ。
 ラシャラとて正木商会からの情報がなければ、よもやババルンがそのようなことを企んでいるなどと警戒しなかっただろう。
 
 だが実際には、ババルンはガイアを手に入れるために聖地を襲撃した。
 となれば、教会ですら封印することしか出来なかったガイアを、自分なら制御できるという自信がババルンにはあったと言うことだ。
 ナウアの話が事実なら、恐らくガイアに関する研究資料の多くがメスト家に秘蔵され、代々受け継がれてきたのだろう。
 ババルン自身、優秀な聖機工でもある。自信の根拠となる何かを、そこから得ていたとしても不思議な話ではない。

「嘗て、この世界は一つの巨大な国によって統一されていた。その統一国家において、聖機神を研究・開発する部門の責任者についていた人物こそ、ガルシア・メスト。稀代の天才と呼ばれた聖機工だ」

 だが、黄昏ノ終末と呼ばれる事件を境に、ガルシアは表舞台から姿を消すことになる。
 しかしガルシアが死亡した後も、彼の遺した研究は子孫に受け継がれ、続けられていた。
 ガルシアの遺した理論と設計を元に、数百年の歳月を掛けて皇立研究所の技術者たちが完成させたのが〈ガイアの盾〉だと、ナウアは語る。
 そして、

「教会もまた、皇立研究所のメンバーが作った組織だ」

 だからこそ、教会はあれほどの技術力を現在に至るまで持ち続けているとナウアは話す。
 その話に納得した様子で頷くラシャラ。

「教会が真実を語りたがらぬ訳じゃな」

 自分たちの開発したガイアが国を滅ぼし、人類を滅亡の一歩手前まで追い込んでしまったのだ。
 教会が組織されたのは、その贖罪の意味もあったのだろうと考えられる。
 しかし先祖のやったこととはいえ、文明が滅びた原因が自分たちにあると言うのは、教会としても隠しておきたい事実のはずだ。
 むしろ、ガイアの悲劇を再び引き起こさないためという大義名分よりは、納得の行く理由だった。
 だが、まだナウアがすべてを語っていないと考え、マリアは鋭い質問を飛ばす。

「なるほど、教会の成り立ちは理解しました。では、結界工房というのは?」

 痛いところを突かれたと言った苦い表情を見せるナウア。
 だが、ここまで話せば、結界工房との関連性にも気付かれることはナウアも覚悟していた。
 その上で、敢えて教会が隠してきた歴史の真実を語って聞かせたのだ。

「……既に察しているとは思うが、結界工房も〈皇立研究所〉のメンバーが結成した組織だ。聖機神の研究と開発を専門としていた彼等と違い、我々の祖先は人造人間≠フ元となるコアクリスタルを主に研究していた。ガイアを倒すために三体の人造人間を作ったのも、我々の祖先だ」

 幸運にも生き残った研究者たちは、ガイアの暴走を止めるために協力する道を選んだ。
 そして後に、ガイアの悲劇を繰り返さないために二つの組織に分かれ、互いの行動を監視するようになったのだとナウアは説明する。
 それが、教会と結界工房の成り立ちだ。
 ナウアが結界工房に所属しながら教会にも籍を置いているのは、その監視の役目をこなすためでもあった。
 逆に言えば、互いの行動を監視するため、教会からも結界工房に出向している聖機工がいると言うことだ。
 今回、ナウアが教会のアドバイザーとして助けを求められたのも、そうした経緯によるものだった。

「人造人間……確か、ユライトとネイザイがそうじゃったな」
「ええ、身体からコアクリスタルを取り除く研究が、商会の方でも一応進められていますが……」

 思うように成果は上がっていないと、マリアは肩をすくめる。
 或いは結界工房ならとマリアは探るような視線を向けるも、ナウアは首を横に振る。

「残念ながら現代の技術では、肉体と融合したコアクリスタルを取り除くことは不可能だ」

 そもそも人造人間は人的損耗を抑えるため、人間の代わりに聖機神を操縦するパイロットして生み出されたものだ。
 コアクリスタルを人間に移植することを前提としていない以上、そうした資料は結界工房にも残っていなかった。
 というのも――

「現代と違い、随分と技術が進んでいたからね。コアクリスタルを移植するための素体の研究も進んでいたんだ」

 ほとんど人間と変わらない素体を作ることも、当時の技術では可能だった。
 子供を産むことさえ可能だったと、当時のことが記された資料には残されているとナウアは話す。
 それは即ち、コアクリスタルの素体に人間を使用するなどというリスクを冒す必要がなかったと言うことだ。
 それに何時の時代も人間を対象とした実験は、世論の非難が大きい。
 そうした実験に関する資料が残されていないのも、当然と言えば当然だった。

「子供も産めるのですか?」
「ああ、そうして立てられた計画もある。異世界人と人造人間との間には、高い亜法耐性を持った子供が生まれるらしくてね」

 ナウアの話を聞き、興味深そうに目を輝かせるラシャラを見て、マリアは溜め息を吐く。
 男性聖機師が各国で手厚く保護されているのは、資質の高い有能な聖機師の子供を作るためだ。
 だが、そうした婚姻を続けていけば、どうしても血が濃くなってしまう。その弊害と言うべきか、資質はあるが極端に身体が弱かったり、逆に身体能力は並外れているのに亜法耐性が低かったりする子供が生まれてきたりするのだ。だから異世界人を召喚することで新たな血を取り入れつつ、聖機師の質を維持する施策が取られてきた。
 そのため、統一国家があった時代と比べても、現在の聖機師の質は低いどころか、むしろ高くなっていた。
 ラシャラのことだ。異世界人と人造人間の間に生まれた子供を婚姻の材料とすることで、一儲け企んでいるのだろうとマリアは考える。
 そうした婚姻をセッティングすることも、また王族に求められる役割の一つと言えるからだ。

「結界工房が重要な役割を負っているのは理解しました。ですが、それなら教会がガイアを封印していたように、結界工房にも何か伝わっているものがあるのでは?」

 互いに監視する役目を負っていると言うのであれば、教会が暴走した際の対策が結界工房にも用意されていると考えるのが自然だ。
 そんなマリアの疑問に答えるべく、ナウアは懐から取り出した銃のようなものを机の上に置く。

「これは?」
「コアクリスタルのデータを初期化する装置だ。これをキミたちに託したい」

 思い掛けないものがでてきて、マリアとラシャラは目を瞠る。
 結界工房が秘蔵するアーティファクトを、まさか交渉の材料に持ちだしてくるとは思っていなかったからだ。

「……何が望みですか?」

 だからこそ、マリアはナウアの真意を探ろうと慎重に尋ねる。
 このようなものを無償で貸し与えるなど、普通であれば考え難い。
 なんらかの狙いがあると察してのことだった。

「恐らくダグマイアが急速に力を付けたのは、コアクリスタルを移植されたからだろう」

 後天的に聖機師の資質が向上することはない。磨けるのは技術くらいだ。
 なのにダグマイアは〈青銅の聖機人〉を乗りこなし、〈ガイアの盾〉を扱えるほどの力を手に入れた。
 いままで力を隠していたとは考えられない以上、ダグマイアの身に何かあったと考えるのが自然だ。
 それが、コアクリスタルを身体に移植されて起きた変化だと、ナウアは考えていた。
 ガイアの盾を使いこなせるような聖機師など、異世界人を除けば人造人間しかいないからだ。
 ならばガイアを止めるのに、最も有効な手段がある。

「ガイアを倒すことは不可能だが、パイロットは別だ」

 それがどう言う意味かを、マリアとラシャラは悟る。
 乗り手がいなければ、ガイアは動かない。だからと言って聖機師を殺したところで、コアクリスタルが無事なら身体を交換されるだけだ。
 だが、ナウア自身が言っていたように、コアクリスタルだけを取り除く技術は存在しない。
 だからこそ、ナウアはコアクリスタルを初期化するための装置を用意したのだろう。
 しかしコアクリスタルを初期化すると言うことは、ダグマイアを殺すと言っているも同じだった。

「それが、どういうことを意味するのか? 御主はわかっておるのか?」
「わかっている。だが、それしか方法がないのだ」

 奥歯を噛み締め、苦い表情でラシャラの質問に答えるナウア。
 ダグマイアのことは、ナウアもよく見知っている。
 親として、キャイアがダグマイアに寄せている気持ちも理解しているつもりだ。
 それでもガイアを止めるには、これしか方法がないとナウアは考えた。
 仮にキャイアにこのことが知れ、嫌われることになっても決断しなくてはならないことがある。
 結界工房に所属する者として、歴史の真実を知る者として、いまがまさにその時だとナウアは覚悟を決めていた。

「仮に相手がメザイアであったとしても、私は同じことをキミたちに提案しただろう」
「メザイアじゃと? 御主、何を知っておる?」
「……メザイアも人造人間だ」

 嘗て、ガイアを倒すために生み出された三体の人造人間。その一人がメザイアだとナウアは答える。
 ガイアと共に聖地で発掘されたカプセルの中から発見された赤ん坊。それがメザイアだった。
 自分の子として育てるために、教会にも内緒で赤ん坊を引き取ったと話すナウアに、ラシャラは大それたことをしたものだと若干呆れた様子を見せる。
 だが、まったく動じていないマリアを見て、

「マリア……御主、知っておったのか?」
「ええ、まあ……カレン先生に話を聞くまで確証はありませんでしたけど、ドールの正体がメザイア先生ですわ」

 マリアの話を聞いて驚くラシャラだったが、これでようやく合点が行ったという顔を見せる。

(そうか。だから、太老はドールを……)

 太老がドールのことを気に掛けていた理由が、ラシャラはずっと気になっていた。
 しかしメザイアの正体が人造人間でドールと同一人物だとわかれば、これまでの太老の行動にも納得が行く。
 恐らくはメザイアとドールの秘密を知っていて、あのように気を配っていたのだろう。

(太老らしいの……)

 これまでのことをラシャラは思い起こしながら、太老らしいと苦笑を漏らす。
 彼女もまた、太老に救われた一人だからだ。
 となれば、メザイアの消息が掴めないのも、太老が関係しているからだとラシャラは推察する。
 ダグマイアのもとにドールがいるのなら、まったく姿が確認されていないのはおかしいと考えたからだ。

「だとすれば、これは受け取れぬ」
「ですわね」
「……は?」

 一瞬、二人が何を言っているのかわからず、呆けるナウア。
 だが、

「わかっているのか!? ガイアを止めるには、もうこれしか――」

 どうして二人がガイアを止められる唯一の手段を受け取らないのか理解できず、ナウアは説明を求める。
 ラシャラに関しては、まだ分からなくはない。キャイアとの関係を考えれば、ダグマイアを殺すのに躊躇するのは理解できるからだ。
 だが、マリアは――これまでの教会とのやり取りを見ても、情に流されることなく冷静に物事を判断できる人間だとナウアは思っていた。
 マリアが直接手を下す必要はない。正木商会に依頼する手もあるだろう。
 各国の密偵や教会の工作員を、幾度となく撃退してきた商会だ。その力は疑う余地がない。
 そうした力に期待して、ナウアはガイアに対する切り札をマリアたちに託すことを決めたのだ。
 マリアたちに協力を持ち掛けることが、現状でガイアを止める一番の近道だと考えたからだった。

「メザイアだけではない。太老はダグマイアのことも気に掛けておった」
「なのに、私たちがお兄様の意志を無視して、勝手な真似をするわけにはいきませんわ」
「バカな……もはや、そんな悠長なことを言っている場合では……」

 他に方法があるならナウアとて、こんな方法を提案したりはしない。
 もう他にガイアを止める手段はないと悩み抜いた末、下した苦渋の決断なのだ。
 なのに――

「バカは御主の方じゃ。太老を少しばかり甘く見ておるのではないか?」
「ええ、自分たちに無理だからと言って、それをお兄様に当て嵌めるのは間違いですわよ?」

 ラシャラとマリアの二人にそう言われて、ナウアは困惑の表情を見せる。
 黄昏ノ終末を引き起こした〈黄金の聖機神〉を超えるべく、数百年の歳月を掛けて開発されたのがガイアだ。
 一方で、機体そのものにではなくパイロットに手を加えることで最強の聖機神を造ろうと、研究を重ねた者たちがいた。
 それが、結界工房の祖先。〈青銅〉を生み出した者たちだ。
 ナウアが〈青銅〉について知ったのも、結界工房に残されていた祖先の資料を偶然見つけたからだった。

「ガイアを倒すために生み出された三体の人造人間には、モデルとなったオリジナルの存在がある。それがガイアと対になる存在――〈青銅〉の正体だ」

 黄金の聖機神を超えるべく開発された最強の聖機神ガイア。そして、暴走したガイアを倒すべく生み出された三体の人造人間。
 その元となったオリジナルのコアクリスタル。反亜法を使いこなす究極の人造人間と呼べる存在こそが、青銅の聖機人の正体だった。
 だが、ガイアと同様に暴走を引き起こす危険があることから、実際には使用されずに封印されていたのだ。
 その二つが現在、敵の手の内に揃っている。
 太老に任せておけば大丈夫だと、楽天的になれる根拠がナウアにはわからなかった。
 故に、

「〈青銅〉も敵の手の内にあると判明した以上、ガイアには誰も勝てない。なのに――」

 どうしてそこまで信じられるのかと尋ねるナウアに、マリアとラシャラは顔を見合わせると、

「太老じゃしな」
「お兄様ですから」

 答えになっているようでなっていない答えを、揃って口にするのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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