「敵の姿がない?」

 斥候に向かっていた先遣部隊からの報告を聞き、まさかと言った訝しげな声を漏らすマリア。
 先遣部隊によると、少なくとも外から様子を確認した限りでは敵の影は一つもないとの報告だった。
 建物に籠っているのか? それとも逃げ出したのかまではわからないが、何かが起きていることは確かだ。

「……野生の勘もバカに出来たものではありませんわね」

 事前にアオイから注意を受けていたマリアは感心しながらも、呆れ半分と言った様子でそう呟く。
 何が起きているのかはわからないが、モルガの勘を信用するのであれば、罠である可能性が高い。
 迂闊に飛び込むのは危険。まずは少数精鋭の部隊で建物の内部を探らせて――
 そんな風にマリアが策を練っていた、その時だった。

「本隊が教会本部へ向けて進軍を開始したようです」
「はい!?」

 ユキネの報告を聞き、マリアは驚きの声を上げる。
 どう考えても普通じゃない。ここは敵の罠を警戒して慎重に事を進める場面だ。
 なのに――

「功を焦ったのではないかと……」

 ユキネの言葉に納得した様子で深い溜め息を吐きながら、マリアは背もたれに体重を預ける。
 それならば、なんの相談も報告もなく本隊を進めた理由も察せられるからだ。
 ハヴォニワやシトレイユの部隊が後方に下げられているのは、必要以上に手柄を挙げさせないためだ。
 マリアたちはあくまで〈青銅の聖機人〉やガイアに対する用心棒的な立ち位置で、それ以外の戦闘への介入は認められていなかった。
 だが、それでも安心できないと彼等は思ったのだろう。その焦りが、この行動に表れていると言うことだ。

「なんと愚かな……」

 マリアは苛立ちを隠せない様子で爪を噛む。無能な味方ほど厄介なものはない。これならいない方がマシだとさえ、考えさせられる。
 教会の意向など無視して、ハヴォニワやシトレイユを主体とする連合だけで教会本部を奪還すると言う手もあった。それをしなかったのは、先を見越してのことだ。
 ここで余りに強硬な手段を取れば、ガイアの問題が片付いた後に大陸を二分する大戦へと発展する可能性が高くなる。そうなれば、勿論負けるつもりはないし勝算もある。だが、教会に代わって大陸の覇者になると言った思惑はハヴォニワにはなかった。大陸を統一したところで、得られるメリットよりも厄介事を抱えるリスクの方が高いと判断したためだ。

 教会への依存の脱却を考えている国の多くは、既にハヴォニワやシトレイユの側についている。いまの段階で教会の言いなりとなっている国は、自分たちの足で立てない――いや、独立を諦めた教会の傀儡国家だ。甘い蜜に群がる虫と変わりが無い。教会を倒せば、当然その教会に依存している国々はハヴォニワに擦り寄り、保護を求めてくるだろう。
 それを拒めば、自分たちに都合の良いことを喚き立てる光景が目に浮かぶ。
 力で屈服させてしまえば早いが、戦争となれば金が掛かる。支配したところで得られるものが少ないと分かっていれば、余計にそんな無駄なことに手間暇を割きたくはない。
 現段階で教会の言いなりとなっている国を、ハヴォニワやシトレイユは距離を置くべき国だと切り捨てていた。

「本当にいっそ、ここで全員きえてくれないかしら」
「マリア様……」

 ぼそりと黒いことを呟くマリアを見て、ユキネは心配そうに見守るのだった。





異世界の伝道師 第331話『星の船』
作者 193






「愚かなものだな」

 星の船の艦長席に腰掛け、モニターを眺めながらダグマイアは哀れむような表情で、そう呟く。
 正直この作戦が上手く行く可能性は相当に低いとダグマイアは見ていた。
 ここに連合軍を釘付けにして、少しでも時間を稼げれば上々だと考えていたのだ。
 だが、結果はこの有様。意気揚々と無人≠フ教会本部に雪崩れ込む連合軍の姿が、モニターには映し出されていた。

『上手く行ったみたいだな。いや、上手く行きすぎと言ったところか』

 ダグマイアが呆れ返っていると、ブリッジにアランの声が響く。
 彼も出来すぎとも言えるこの結果に、苦笑いを浮かべていた。
 本当に出来すぎと言っていい。

(俺の時もそうだった)

 だが、彼等を愚か者呼ばわりする資格が自分にはないとダグマイアは自嘲する。彼自身もそうだったからだ。
 自分でも今になって思えば、何故あんな愚かな行動にでたのかわからない。
 まるで目に見えない何かに仕組まれているかのようだったと、ダグマイアは当時の行動を振り返る。
 正直、バカな考えを抱いているというのは、彼も理解していた。
 しかし、

(本当に、ただの偶然≠ネのか?)

 太老に敵意を抱いた者は尽く、魔が差したかのように愚かな行動にでて自滅している。
 二度三度と同じことが起きれば、ただの偶然とは思いがたい。
 ありえないことだとは思うが、そこに何らかの力が働いているのだとすれば――

『ダグマイア? どうかしたのか?』
「いや、なんでもない。気の所為だろう……」

 そんな真似が出来る人間がいるはずもない。ありえない話だと、ダグマイアは頭を振る。
 しかし、もしかしたらという疑念が彼のなかにはあった。
 ただの人間と呼ぶには、正木太老は余りに異常な存在だったからだ。
 それでも、ダグマイアは自分のしたことを他人の所為にするつもりはなかった。
 仮になんらかの力の影響を受けていたとしても、自分の犯した罪や責任から逃れられる訳じゃ無い。
 原因は自分の心の弱さにある。そのことをダグマイアは自覚し、酷く後悔していた。

 それでも、ババルンを――父親を裏切ることは出来ない。
 それに一人の男として、聖機師として、太老に勝ちたいとダグマイアは心の底から思っていた。
 だから力を求めたのだ。太老に、黄金の聖機人に勝てる力を――

『敵本隊の突入を確認した。本当に良いんだな?』

 覚悟を確かめるように確認を取ってくるアランに、ダグマイアは「ああ」と一言頷く。
 これからやろうとしていることは、決して許されることではない。
 大罪人として、歴史に名を残すことになるだろう。それでも、もう後に引くことは出来ない。

「やってくれ」

 そうダグマイアが言葉を発した直後、星の船から地上に向かって光が放たれ、教会本部を白く染め上げるのだった。


  ◆


 待ち伏せを警戒をしながら教会本部へ突入するも、そこに敵の影は一つもなかった。
 そのことを少し不自然に思いながらも、自分たちに恐れをなして敵は逃げ出したのだと、彼等は不安を打ち消すように都合の良い考えを口にする。

「呆気ないものだな。だが、これで……」

 リチアが手柄を挙げることはない。むしろ、一兵の損失もなく教会本部を奪還できた事実は、自分たちの有利に働くと枢機卿は考える。
 そうなれば、次期教皇となるのは自分だと、笑みを浮かべる。それは他の枢機卿たちも同じだった。
 現在の教会の生温いやり方に彼等は不満を抱いていた。大国の後ろ盾があるとはいえ、一介の商人に過剰なまでに配慮する教皇や学院長に反感を持っていたのだ。
 だから教会本部がババルン軍に占拠されたことは不満に思っていたが、正直なところ教会を改革するには良い機会だとも彼等は考えていた。
 ガイアの件に続き、教会本部がババルン軍に奪われた責任を一番に求められるのは教皇だ。
 この件が片付けば、嫌でも教皇は責任を取って辞めざるを得ない。そうなれば、すぐに次期教皇の選出が始まる。
 次期教皇は教会を黎明期から支えてきた四家の中から選出されるのが通例だ。基本的には現役の枢機卿の中から選ばれる。
 だと言うのに、まだ学生に過ぎないリチアを次期教皇に推すハヴォニワやシトレイユの考えが、彼等には理解できなかった。

 新たな秩序など必要ない。教会が管理することで、大陸の秩序は保たれるのだ。
 それは彼等にとって何もおかしなことではなく、当たり前のことだった。
 だからこそ、自分たちの考えや行動が間違っているなどと微塵も思ってはいなかった。
 何百、何千年もの間、再びガイアの悲劇を引き起こさないために、そうした教えを刷り込まれてきたからだ。
 自分たちの行動を私利私欲によるものだと考える者は、枢機卿たちのなかに一人もいない。
 間違っているのは、いまの教皇とハヴォニワやシトレイユの方だ。
 そしてハヴォニワやシトレイユを唆し、大陸に混乱を招いた正木太老こそが諸悪の根源だと、彼等は本気で考えていた。

 自分たちが教皇となったら、いまのような生温い対応は絶対にしない。
 まずは手始めに正木商会の保有する土地や私財を差し押さえ、大陸の秩序を乱した元凶として正木太老を糾弾する。
 当然、ハヴォニワやシトレイユは太老を庇うだろうが、それを理由に両国には戦費を負担させればいい。
 これですべてが上手く行く。枢機卿たちは思い描く未来に想像を膨らませ、笑いを堪えるように頬を緩ませる。
 しかし、

「なっ……」

 誰の口から漏れたものかはわからない。
 その呟きを最後に、彼等は天から降り注いだ白い光に呑み込まれ、意識を失うのだった。


  ◆


 呆然とした表情でモニターを眺めるマリアの目には、灰色に染まった教会本部の姿が映っていた。
 天から一条の光が降り注いだかと思えば、ドーム状の結界のようなものに教会本部が包まれたのだ。

『やっと繋がった――マリアちゃん! 残存する部隊を纏めて、すぐに船を後退させて!』
「……水穂お姉様? 一体、何が起きているのですか?」

 突然、通信に割り込んできた水穂に驚きながらも、どういうことかと尋ねるマリア。
 何が起きているのか、さっぱり状況がマリアたちには掴めていなかった。
 だが、水穂の焦っている様子から見ても、ただごとではないことが窺える。

『空間凍結の結界よ。油断していたわ。まさか、あの船にそれほどの力があるなんて……』

 空間凍結の結界。ガイアを封じていた結界と同じものが用いられたと聞いて、マリアは目を瞠る。
 水穂の話によると、先程の光はエナの喫水外――惑星の衛星軌道から放たれたものだということが判明した。
 恐らくは〈星の船〉による仕業だと推察できるが、

「まだ十分な量のブレインクリスタルを確保できていないという話だったはずです!」

 それがどうして、と悲鳴に近い声で叫びながら、マリアはハッと我に返る、
 水穂がすぐに撤退を促した理由を察したからだ。
 エナの喫水外から攻撃が可能ということは一方的に攻撃が可能なばかりか、船の位置なども筒抜けと言うことだ。

「ラシャラさんに連絡を! 散開して、全速力で撤退します! 急いで!」

 慌てて部隊に指示を飛ばすマリア。
 そうして直ぐ様、残りの部隊は撤退を開始するのだった。


  ◆


 敢えてしなかったのか、出来なかったのかはわからないが、幸いなことに二発目の攻撃はなかった。
 だが、連合軍の本隊は教会本部ごと結界に閉じ込められ、戦力の八割を奪われると言った大打撃を受けた。
 次期教皇の座に固執し、結果をだそうと焦っていたのだろう。
 そのなかには国際会議の場でマリアに暴言を吐いた教会関係者――枢機卿たちの姿もあった。

「確かに消えて欲しいとは言いましたけど……」

 口うるさい連中が一掃されたのは幸いだと思う一方、厄介なことになったとマリアは溜め息を吐く。
 彼等が足を引っ張っていたことは確かだが、連合軍が多くの戦力を失ったことも事実なのだ。
 失った聖機人の数が数なだけに、国によっては国防を揺るがす問題となりかねない。
 下手をすれば聖機人を失った国の治安が悪化し、周辺諸国にも影響を及ぼしかねない自体へと発展する恐れがあった。

「ワウアンリー。まだ彼等は、船を動かせるほどのブレインクリスタルを確保できてないという話ではなかったのですか?」

 だから八つ当たりだとわかっていても、マリアは厳しい言葉をワウアンリーに投げ掛けずにはいられなかった。

「計算上は動かせるはずがないんですけどね。あ、もしかしたら――」

 あらかじめ、ブレインクリスタルを隠し持っていた可能性はあるとワウアンリーは答える。
 教会や結界工房にも僅かではあるが、ブレインクリスタルの貯蔵はある。
 奪われたブレインクリスタルの他にも、ババルン軍が所持していたとしても不思議な話ではない。
 しかし、教会や結界工房に貯蔵されている分を合わせても、船を万全に動かすには足りないという話だったのだ。
 それだけの量のブレインクリスタルを、ババルン軍が最初から所持していたというのは俄には信じがたい話だった。

『恐らくは〈ガイアの盾〉を用いたのだと思うわ』
「……どういうことですか?」
『教会本部を覆っている結界から、ガイアの盾と同質のエネルギーが観測されたのよ』

 通信越しに水穂の口から告げられた内容に、マリアは驚きを隠せない様子で目を瞠る。

「まさか、ガイアを動力に?」
『ええ、元々〈星の船〉を解析して造られたという話だし、不可能な話ではないのでしょうね』

 黄金の聖機神に対抗するため、様々な技術を取り入れて造られたのが〈ガイアの盾〉だ。
 英雄フォトンによって倒されたとされるマジンや、星の船を解析することで得た技術も使われていた。
 元とする技術が同じなら、ガイアのエネルギーを船に回すことも不可能な話ではないと水穂は説明する。

「結界の解除は可能なのですか?」
『解析に時間は掛かるけど、出来なくはないわ。でも……』

 苦労をして結界を解除したところで、また同じような攻撃を受ければ防ぎようがない。
 星の船をどうにかするのが先だと、水穂はマリアの問いに答える。

『こんな時、太老くんがいてくれたら他に手もあるのだけど……』

 哲学士の母を持つとはいえ、水穂は科学者ではない。
 本物には遠く及ばない程度の知識や技術しか自分にはないことを水穂はよく知っていた。
 だが、太老は違う。あの伝説の哲学士、白眉鷲羽が認めた直弟子だ。自分には難しいことでも太老なら、もっと良い解決策を思いつくかもしれない。そんな期待を水穂は太老に抱いていた。
 そして、それはマリアも同じだった。
 どれだけしっかりとしているように見えても、まだ彼女は十二歳だ。
 周囲から寄せられる期待が時に重く感じる時がある。今回のことなど、自分の手に余る難事だとマリアは感じていた。
 だから――

「お兄様……」

 キュッと胸もとを押さえ、助けを求めるようにマリアは太老の名前を口にするのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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