『空間凍結結界? このタイプの船にそんな機能はないはずなんだけど……』

 マリアに〈星の船〉に関する情報を求められたキーネの立体映像は、幽霊のようにプカプカと浮かびながら首を傾げる。
 教会に伝わる〈星の船〉は、嘗て銀河帝国の皇女ラシャラ・ムーンが愛用していた船だ。
 皇族の船と言うこともあって、銀河帝国時代でも高性能な船であったことは間違いない。
 しかし、どれだけ高性能とは言っても個人の船だ。軍艦と比べれば、たいした武装を搭載していない。
 キーネの記憶が確かなら、空間や時間を凍結させるような攻撃が出来るはずもなかった。

「ですが、確かに……」

 そう、マリアの言うように教会本部は結界に覆われ、なかにいる者たちは閉じ込められている。
 その攻撃が惑星の衛星軌道から放たれたことも確認が取れていた。
 そんな真似が可能なのは〈星の船〉しかない。

『だとすると、途中で手が加えられたとしか思えないわね』
「……大先史文明の遺産なのですよね? そんなことが可能なのですか?」

 ガイアを造りだした統一国家を先史文明とするなら、星の船はそれよりも更に過去。大先史文明の遺産とも呼べるものだ。
 模造は疎か、解析すら困難なオーバーテクノロジーの塊と言える。
 そんなものを改造できるような人物が本当にいるのかと、マリアが疑問に思うのは当然だった。
 しかし、

『……出来そうな人物に一人だけど心当たりがあるわね』
「……私もです」

 ふと、キーネとマリアの頭に共通の人物が浮かぶ。正木太老だ。
 太老なら可能なのではないか? いや、むしろ太老にしか出来ないことだろうとマリアは思う。
 剣のダンジョンにも、太老が関与していたのではないかと思しき痕跡が残されている。
 そしてキーネから得た情報から、マリアは太老が過去≠フ時代に跳ばされたと言うことを半ば確信していた。
 だとするなら、〈星の船〉にも太老がなんらかの関与をしていても不思議な話ではない。

「もしそうなら、少々まずいことになりそうですわね……」

 いまや〈星の船〉はガイア以上の脅威と言っていい。太老の能力をよく知るだけに、最悪のシナリオがマリアの頭を過ぎる。
 幾ら剣士やカレンが強いと言っても、それはあくまで聖機人に乗ってのことだ。
 喫水外で戦えない聖機人では、星の船に対抗する術がない。ましてや太老が改良を施し、強化された船ともなれば尚更だ。

(不幸中の幸いは、お兄様がやったという証拠がないことですわね。仮に知られても、知らぬ存ぜぬを通すことは可能ですし)

 このことを知るのは正木商会の関係者――それもキーネと接点を持つ極少数の者に限られている。
 ワウアンリーには後でしっかりと口止めをしておく必要はあるが、そもそも情報が漏れたところで証明をする術がない。
 普通は数千年前に太老が船に改良を施したと言ったところで、頭の心配をされるのがオチだろう。
 この件で太老が責任を問われることは、まずないと言っていい。

(まさか、いえ……でも、お兄様なら……)

 今回の件で被害を受けたのは、太老に敵意を剥き出しにしていた反抗的な相手ばかりだ。
 マリアは自分でもバカな考えを抱いていると思うが、一番得をしている人物が誰かと問われると太老しかいない。
 いや、正確にはハヴォニワや正木商会にとって、都合の良いように物事が進んでいる。
 偶然だとは思うが、太老がそのように仕向けた可能性をマリアは捨てきれなかった。





異世界の伝道師 第332話『女王の暗躍』
作者 193






「シトレイユでクーデターですか?」

 まさか、と言った表情を浮かべるマリア。
 しかし切羽詰ったラシャラの様子を見る限りでは、冗談を言っているようには見えなかった。
 ラシャラから詳しく話を聞くと、シトレイユでクーデターが起きたのは昨日のこと。
 反攻する者は尽く捕らえられ、議会や軍もババルンによって掌握されているという話だった。

「はあ……ラシャラさんの人望の無さでは、いつかはこうなると思っていましたけど……」
「なんじゃと!?」
「では聞きますが、それだけの実績と信頼が自分にあると本気でお思いですか?」
「う、ぐっ、それは……」

 マリアの問いに、はっきりと反論できずに言葉を詰まらせるラシャラ。
 彼女も本当はわかっているのだ。無事に戴冠式を終え、シトレイユの皇となれたのは太老のお陰≠セと。
 不満を抱えつつも議会や軍がラシャラに従っていたのは、彼女の背後にいる太老を恐れてのことだ。
 だが、ここにきて太老が聖地襲撃の際に生死不明の行方知れずとなったことで、ずっと抑えてきた不満が再燃したのだろう。
 そうした不満を抱える者たちをババルンが煽動したことは間違いないが、クーデターの原因は少なからずラシャラにもあると言うことだ。
 とはいえ、年齢を考慮すればラシャラはよくやっている。
 問題は相手が悪すぎたことと、シトレイユという国が抱える体質にあるとマリアは見ていた。

 ハヴォニワもそうだが、シトレイユも近年成り上がった国の一つだ。先代シトレイユ皇の妃であるゴールドの手腕によるところが大きいとされているが、それ故に徹底した実力主義の気風が国全体に広がっている。聖機工でありながら宰相に取り立てられたババルンを見ればわかるように強かな貴族が多い。
 実際、情勢を読めない無能な貴族は、ゴールドが皇妃だった時代にそのほとんどが陶太されている。
 いまシトレイユを動かしている者たちは、そうした時代を生き抜いてきた貴族や、実力を認められ役職に取り立てられた平民がほとんどだ。
 ババルンの派閥に所属する者などは、特に自分たちの力に自信を持っている者が多い。
 幼いラシャラに唯々諾々と従うような者たちではなかった。
 だからこそ、いつかはこのようなことが起きるのではないかと、マリアは危惧していたのだ。

「だとすると、最初から教会本部は囮だったのかもしれまんわね」

 シトレイユの実権を取り戻すのがババルンの狙いだったとすれば、教会本部を囮にしたのも頷ける。
 ラシャラが作戦に参加すると言うのに、教会の要請に従いシトレイユが最低限の兵力しかださせなかったのも、ババルンが密かに教会に手を回した可能性があるとマリアは見ていた。
 教会とババルンが繋がっていたとまでは言わないが、枢機卿たちの思考を誘導する程度であれば難しくはないと考えたからだ。
 だが、そうすると最初からシトレイユの軍上層部は、ババルンと通じていた可能性が高い。
 ありえない話ではなかった。
 そうでなければ、聖地侵攻なんてバカげた真似をババルンだけで出来るはずもないからだ。
 そして軍上層部がババルンと通じていたのであれば、これまでババルン軍の動向を掴めなかった理由にも説明がつく。

「この様子では、シトレイユという国は戦後なくなっているかもしれませんわね」
「ぐ……」

 十分にありえる話だけに、ラシャラは何も言えずに唸る。
 教会にも落ち度があるとはいえ、ババルンの――軍部の暴走を二度も止められなかった失態は大きい。
 戦後、そのことをシトレイユは各国から追及されることになるだろう。
 戦費の負担や賠償だけでも、一体どれだけの額になるのか想像も付かない。
 最悪の場合、マリアの言うようにシトレイユという国がなくなる恐れすらあった。

「フン、国がなくなると言っても、どうせ管理することになるのは教会であろう? 民からすれば支配者の首がすげ変わるだけの話じゃ」

 何も変わりはしない。むしろ、民にとってはその方が良いことやもしれぬ、とラシャラは鼻を鳴らす。
 確かに無能な為政者が上に立つよりは、より強大な組織の管理下に置かれた方がマシという考え方もあるだろう。
 しかし、

「ですが、そうなるとお兄様との婚約も破談になる可能性がありますわよ」

 そこまで考えが至っていなかったのか、ラシャラはそれがあったとばかりに頭を抱える。
 シトレイユとハヴォニワの同盟を成立させ、連合構想を実現させる布石のためにラシャラは太老と婚約したのだ。
 だが、ラシャラがシトレイユの女皇でなければ、そもそもこの婚約は意味をなさない。
 亡国の女皇が行き着く先など、どこかの大貴族の慰み者となるか、一生を幽閉されて過すというのが相場だ。
 明るい未来など待っているはずもない。

「どうすれば良いんじゃ!?」
「それを私に聞かれても……」

 ラシャラのことはマリアも友人だとは思っているが、それはそれ、これはこれだ。
 国と国のことに私情を挟むつもりはない。
 ハヴォニワの王女として、国の利益にならないことをマリアはするつもりはなかった。
 だが、まったく手がない訳では無いことにマリアは気付く。
 上手く行けばシトレイユという国がなくなることも、婚約が破談になることもないだろう。

(心情的には、ラシャラさんに協力するのは複雑ですけど……)

 ハヴォニワにもメリットはある。
 いや、それどころかマリアの頭に過ぎった考えは、一気に連合構想を進める妙案とも言えた。
 それにハヴォニワとしても、このままシトレイユが隷属され、教会の管理下に置かれるのは面白くない。
 仕方がないと溜め息を交えながら、マリアはラシャラに助け船を出す。

「一つだけ手がありますわ」
「……なんじゃと?」

 マリアがまさか本当に協力してくれるとは思っていなかったのか?
 訝しげな表情を見せるラシャラ。何か裏があるのではないかと疑ってのことだった。
 そんなラシャラに対してマリアは、

「お兄様にシトレイユを献上なさい」

 聞けば誰もが呆気に取られるような大胆な提案をする。
 だが、その手があったかと、ラシャラはポンッと手を叩くのだった。


  ◆


 元々シトレイユの議会や軍が恐れていたのは、ラシャラではなく太老だ。
 その太老がシトレイユの支配者となれば、これに異を唱え、反発できる者は少ない。
 大義名分は今回の軍部の暴走と、ラシャラとの婚約があれば十分に成立する。
 表向きはラシャラを女皇として立て、裏では太老が実権を握ると言う訳だ。
 その流れを利用することで、ハヴォニワとシトレイユによる巨大な経済圏を確立すると言うのが、マリアの立てた計画の構想だった。

「また、随分と大胆な手を考えたものね」

 ハヴォニワの首都へ帰還して早々、そんな協力をマリアとラシャラから持ち掛けられたフローラは笑みを漏らす。
 恐らくはマリアの案だとは思うが、転んでもただでは起きないラシャラの図太さに感心してのことだった。
 だが、確かに二人の提案には一考の価値があることをフローラは認める。
 どのみちシトレイユの扱いは、戦後に問題となることは確実だった。
 このままいけば戦争の責任を追及されて、各国で共同管理される流れとなるだろう。
 しかし、正直これはハヴォニワとしては面白くない。
 シトレイユがなくなってしまえば連合構想どころの話ではなく、これまで進めてきた計画がすべて無駄になるからだ。

「議論する価値はありそうね。皆様≠焉Aそう思いませんか?」

 え? と呆気に取られた声をマリアとラシャラが漏らした、その直後だった。
 後ろの扉が開き、そこから数人の男女が姿を見せる。二人は見覚えのある顔だった。
 一人はマリアやラシャラもよく知る聖地学院の学院長。
 そして、リチアに付き添われながら現れた白髪の老人は――

「学院長と、教皇様。それに……」

 リチアの祖父にして、教会の現教皇だった。
 更にアウラを伴い、少し遅れて姿を見せた壮年の男性を見て、

「シトレイユ王!? どうして、そなたがここに!?」

 ラシャラは目を瞠りながら驚きの声を上げる。
 それは三大国の一つに数えられるダークエルフの国の代表、アウラの父親でもあるシュリフォン王だった。

(教会のトップに三大国の関係者が揃って……お母様、まさか……)

 フローラがここ最近、娘の自分に代役を任せて忙しく動き回っていることはマリアも知っていた。
 しかし、まさか学院長や教皇だけでなく、シュリフォン王をハヴォニワに招き入れ、密会していたとは思っていなかったのだ。

「お二人は、このことを知っていたのですか?」
「私が知ったのは、つい先程だ……」
「わたくしもです。お祖父様がこちらへいらしていたなんて……」

 その言葉に嘘は無いのだろうとアウラとリチアの疲れきった表情を見て、マリアは察する。
 だとすれば、やはりこれを仕組んだのは一人しかいない。
 マリアは元凶に鋭い視線を向ける。

「お母様、これは一体……」
「マリアちゃんも自分で言ってたじゃない。シトレイユの今後を含めて、これからのことを相談するために皆様には集まって頂いたのよ」

 そう話すフローラを見て、マリアはすべてを悟る。
 どこまで予想していたのかはわからないが、少なくともシトレイユのクーデターを予見していたのは間違いないと。
 その上で連合構想を実現するために、フローラは戦後を見越して動いていたのだろう。
 だとするなら、教皇がカルメンに助けられたと言うのも偶然とは考え難い。

「お母様、正直に話してください。どこまで掴んでいるのですか?」

 既にババルンの潜伏場所についても、フローラは情報を掴んでいるのではないかとマリアは察し、尋ねる。
 もしそうなら、知っていて枢機卿たちを泳がせていたと言うことだ。
 怪しまれないように、実の娘すら囮≠ノ使って――
 そんなマリアの予感を裏付けるように、

「三体の人造人間を造った皇立研究所の施設。いまはシトレイユの宮殿が建っている場所に、カルメンは幽閉されているわ」

 恐らくはそこにババルンも――と、フローラは告げるのだった。





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.