「――ッ!?」

 ドールの傍に付けていた分身体とのリンクが途切れたことに気付き、零式は目を瞠る。

「……どうかしたの?」

 どこか様子のおかしい零式に訝しげな視線を向けるメザイア。

「いえ、なんでもないですよ?」

 まさか、分身体との精神リンクが途切れたなどと言えるはずもなく、素知らぬ顔で誤魔化す零式。
 しかし、内心はかなり焦っていた。まさか、高位次元からの干渉があるとは思ってもいなかったからだ。
 三命の頂神ではない。それよりも更に上位の干渉を零式は感知していた。

(お父様の波動ではなかった。あれは……)

 どこか感じたことのある力の波動だった。
 しかし、太老のものではないと零式は判断する。
 頂神以上の力を持ち、太老の夢に干渉できる存在。

(……柾木天地)

 真っ先に零式の頭に浮かんだのは天地≠セった。
 しかし、天地は地球にいるはずだ。
 それに頂神を超える可能性を秘めているとは言っても、それは未来の話。
 あれほどの力には、まだ覚醒していない。
 なら、あれは――と零式は考え、皇歌のことが頭を過ぎる。

(皇歌さんの世界は、この世界の未来に繋がっている。なら――)

 無数に分岐する未来の一つ。それが、皇歌の生まれた世界だ。
 なら、前世で太老が暮らしていた世界も、この世界の未来に繋がっていると言うことになる。
 そこから導き出される答えは一つしかなかった。

(お父様の前世の世界というのは、もしかして……)

 頂神を超える力を手にした柾木天地が、太老の世界と同じ次元=\―観測世界へと至ったとすれば?
 なら、太老がこの世界に転生したのは、皇歌の誤解だけが原因ではないのかもしれないと零式は考える。
 太老にアバターを介して皇歌の世界へ干渉させた元凶≠ェ他にいると言うことだ。

(まさか、まさか、まさか――ッ!?)

 すべてのピースが噛み合い、零式は結論に至る。
 鶏が先か、それとも卵が先か?
 白眉鷲羽が打ち立てた正木太老ハイパー育成計画。
 それが、こんなカタチで実を結ぶとは、零式にも予想し得ないことだった。





異世界の伝道師 第340話『鶏が先か、卵が先か』
作者 193






「――零式!?」
『悪いけど、彼女には少し席を外してもらった。まあ、彼女なら自力で答えに辿り着きそうではあるけどね』

 突然、世界から弾かれるように零式が消えたことで、驚きの声を上げるドール。
 そんなドールに心配は要らないと声を掛けるも、キッと睨み付けるような鋭い視線を向けられ〈白い影〉は頬を掻く。

「アンタ、何者?」
『ごめん、それは言えない。俺だけがキミたちのことを一方的に知っているのは確かに不公平だと思う。だけど事情があって、俺の口からは話せないんだ』

 ドールに名を尋ねられるも、理由があって明かせないと申し訳なさそうに〈白い影〉は頭を下げる。

『ただ一つだけ、俺は太老くん≠フ知り合いだ』
「……太老の知り合い?」

 太老の知り合いと聞くも、まだドールは訝しげな視線を〈白い影〉に向ける。
 しかし、それも無理はない。名前も明かさず、顔もわからない。
 そんな相手を信用しろという方が無理だった。
 白い影も、そのことがわかっているのか? 少し困った様子で頭を掻く。

「心配は要らない、とはどういうことですか?」

 そんななか会話に割って入り、ベアトリスは〈白い影〉に先程の言葉の意味を尋ねる。
 太老が記憶を取り戻せば、桜花のしでかしたミスに気付くかもしれない。
 そうなれば、逆に桜花を苦しめることになるかもしれないとベアトリスは心配したのだ。
 しかし、

『言葉どおりの意味だよ。そもそも、あれは彼女の所為じゃない。その原因を作った黒幕≠ヘ別にいるからね』
「……え?」

 黒幕が別にいると聞かされて、唖然とした表情で固まるベアトリス。

『こんなことを言われても理解≠熈納得≠熄o来ないとは思うけど、キミたちの世界は太老くんのために造られた〈箱庭〉なんだ』

 たった一人の人間のためだけに造られた世界。
 それが自分たちの生まれ育った世界の真実だと聞かされて、上手く話を呑み込めずベアトリスは呆然とする。
 当然そんなことを説明しても、すぐに理解してもらえるとは〈白い影〉も思ってはいなかった。
 故に――

『とは言っても、限りなく現実に近い仮想世界だ。自称、宇宙一の天才科学者が作った世界だからね』

 誤解を招かないように話を補足する。
 造られた世界とは言っても、それはゲームや漫画の世界とは違う。
 宇宙一を自称する天才科学者によって創造された電脳ワールド。限りなく現実へと近付けた仮想世界だ。
 もはや、それは仮初め≠ナはなくもう一つの現実≠ニ言っても過言ではない世界だった。

「なんで、そんなものを?」

 想像も付かないような技術を用い、ベアトリスたちの世界を造ったと言うことは理解できる。
 しかし仮にその話が本当だとして、どうして太老一人のためにそこまでする必要があったのかと、ドールは〈白い影〉に疑問をぶつける。

『太老くんが望む平穏≠ネ生活を送れるようにするためさ』

 現実世界では決して叶うことのない願い。

『能力を完全に制御できないのなら、世界そのものを造ってしまえばいいと考えたんだ。彼を受け入れてくれる世界を――』

 太老のささやかな願いを、どうしても叶えてあげたかったと〈白い影〉は話す。
 能力に振り回されることなく普通の人間≠ニして太老が生きていける世界。

 より住みよい世界に――

 そんな願いを込めて造られた世界が、桜花やベアトリスが生まれ育った仮想世界だった。
 この夢の世界の太老を、ドールが普通の子供≠フように感じたのも当たり前だ。
 この世界の太老には特殊な力はない。彼が平穏に暮らせるようにと願いを込め、造られた世界だからだ。

「どうして、そこまで……」
『感謝してるから、かな? 彼はなんとも思っていないかもしれないけど、俺は彼に救われた。だから――』

 その恩を返したいと思ったんだ、と〈白い影〉はドールの疑問に答える。
 そんな〈白い影〉の言葉に、ドールは共感を覚える。
 太老に救われ、恩を感じているのは自分も同じだったからだ。
 しかし、そうすると一つ疑問が残る。

「でも、おかしくない? 零式やベアトリスの話を聞いている限り、ここって平穏な世界には思えないんだけど……」

 この世界の太老はなんの能力も持たない普通の人間なのは確かなのだろうが、桜花やベアトリスは違う。
 不老不死という特異な力を持ち、桜花に至っては高位の次元へと至るほどの力を覚醒させたのだ。
 白い影が言うような平穏な世界≠ノは、到底思えなかった。

『宇宙一の天才科学者にも、そこだけは予期できなかったみたいだ。いや、本当はこうなることを予感していたのかもしれない』
「……どういうこと?」

 予期できなかったのに予感はしていた、と矛盾する説明にドールは首を傾げる。

『仮想世界では普通の人間として生きていけると言っても、能力そのものがなくなった訳じゃ無い』

 常に予測を繰り返すことで因果律をも作用する太老の能力を相殺し、何も起きていないかのように見せかけているというのが仮想世界の実体だ。しかし、それは太老の能力そのものが消失した訳では無い。太老の改変の力≠ニ世界の修正力≠ェ互いに影響し合うことで、製作者にも予想し得ない大きな歪み(バグ)を生んだのだと〈白い影〉は話す。
 本来、地球には存在しないはずの魔法や錬金術と言った技術。
 桜花やベアトリスのような存在が生まれたのも、その歪みが歴史に影響を与えた結果だった。

「太老の力って一体……」
『それを伝えるために俺はここにきた。この時代に生きるキミたちにしか頼めないことだから』

 そのために、ずっと機会を窺っていたことを〈白い影〉はドールとベアトリスに伝える。

『本来であれば、こちらの宇宙にもう俺は干渉できないんだ。だから裏技を使って、彼女の造った精神世界を利用させてもらった』
「……何が目的?」
『俺の……いや、俺たち家族≠フ望みは、ただ一つさ』

 ――太老の幸せ。
 それが、俺たち家族≠フ望みだと〈白い影〉は打ち明けるのだった。


  ◆


 まるで幻でも見ていたかのように〈白い影〉の姿は綺麗に消えてなくなっていた。
 でも、夢や幻なんかじゃないことは、ドール自身が一番よくわかっている。

「頼む≠ゥ……」

 最後まで正体を名乗らなかったが、あの〈白い影〉は本当に太老の家族≠セったんじゃないかとドールは思う。
 太老に対する想いに嘘は感じなかった。それに、とても切実な願いを託されてしまったからだ。

「ベアトリス。アンタはどうするの?」
「……太老様の記憶が戻るまで、ここで待つつもりです」

 白い影は『心配は要らない』と言ったが、ベアトリスの心に渦巻く不安は消えていなかった。
 それでも、自分から始めたことだ。最後まで結果を見届けるのが義務だとベアトリスは考える。
 すべての責めを自分一人で背負う覚悟をベアトリスは決めていた。

「じゃあ、私も付き合ってあげるわ」
「……どういうつもりですか?」

 校舎の屋上から校庭を眺めながら、そんなことを話すドールを訝しむベアトリス。

「アンタのためじゃないわ。私も太老の過去は気になるもの。それに零式が消えちゃったから、どうせ私一人じゃ帰れないしね」

 零式のサポートがなければ、ここまでやって来られなかったのだ。
 当然、自分一人の力で元の世界に帰る方法などわかるはずもない。
 それに太老の過去が気になるというのも嘘ではなかった。
 誰も知らない昔の太老を自分だけが知っているのだと思うと、少しだけ優越感を覚えるからだ。

「あの白い奴の味方をする訳じゃ無いけど、心配は要らないと思うわよ」
「……あなたに何がわかるのですか?」
「うん、わからない。アンタのことを何も知らないもの。でも――」

 太老のことは少しはわかっているつもりよ、とドールは答える。
 自分がどんなに辛くたって、理不尽な目に遭わされたって、それを他人の所為にするような男じゃない。
 バカみたいにお人好しで、子供に優しくて、でも――いざという時には凄く頼りになる。

「ほんとはアンタだってわかってるんでしょ?」

 ずっと桜花のことを傍で見守ってきたのだ。
 桜花が好きになった太老という男が、どういう人物かを――
 ベアトリスが知らないはずがない。
 それに――

「とても大きなものを託されちゃったしね。アンタも手伝ってくれるんでしょ?」

 白い影は零式だけを、この世界から弾き出した。
 ドールだけでなくベアトリスにも同じ話を聞かせたと言うことは、同じように想いを託されたと言うことだ。
 なら、その想いに応える義務がベアトリスにはあるとドールは考えていた。

「私は……」

 まだ気持ちの整理はついていない。
 それでも、一つだけはっきりとしていることがある。
 昔も、これからも、為すべきこと変わらないと言うことだ。
 だから――

「お嬢様がそれを望むのなら――」

 ベアトリスの答えは決まっていた。


  ◆


「無事に託せたみたいだね」
「……うん。こんなことしか出来ないのが心苦しいけど……」
「心配は要らないさ。あっちの私≠焉Aそろそろ気が付く頃だろうしね」

 何もない真っ暗な空間で言葉を交わす、真っ白な少女と真っ白な青年の姿があった。

「信じてやりな。太老とあの娘≠スちを」

 カニ頭の少女と思しき白い影はケラケラと笑いながら、そう話す。
 昔から何一つ変わらない少女の様子に、もう一方の影――青年は肩をすくめる。
 そして――

「アタシたちに出来るのは、ここまでだ。今度こそ、幸せになるんだよ……太老」

 そう言って青年と共に立ち去る少女の手には――

『正木太老ハイパー育成計画』

 と題された一冊のファイルが握られていた。





 ……TO BE CONTINUED




あとがき

 お気付きかとは思いますが、この話で登場した〈白い影〉は遥か未来の柾木天地です。
 頂神を超える存在となり、新天地へと旅立った天地。
 その天地が管理≠キる上位世界(観測世界)で生まれたのが前世の太老≠ナす。

 すぐに太老の存在に気付き、天地たちは慌てます。
 本人はお気楽なものですが、案の定――フラグメイカー≠フ能力に振り回されて波瀾万丈な人生を送る羽目に。
 太老の能力をどうにか抑えようと、天地に相談をされた未来の鷲羽ちゃんは現実と瓜二つの仮想世界を構築します。
 しかし、太老の能力を抑えきれず仮想世界を維持する装置に不具合が発生。システムに大きな歪みが発生した結果、太老の力の影響を強く受けた桜花が力を覚醒させ、高次元へ至ったのです。

 仮想世界と現実世界。二つの世界が交わることで世界が再構築され、観測世界と切り離されてアストラルだけの存在となった太老が『正木太老』として過去の世界に転生したことでタイムパラドクスが発生します。そこからは、皆さんがご存じの話。鷲羽ちゃんに正体がバレて、紆余曲折あって未来――最初の話に戻ります。

 鶏が先か、卵が先か? の真相をまとめると、こんな感じになります。
 頭がこんがらがるかと思いますが、デュアルやGXPの小説版をご愛読されている方々なら、なんとなくご想像頂けるかと。
 連載開始から九年。やっと、ここまできたかと言った感じですが、もう少し物語は続くので最後までお付き合いください。



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