「くッ……このくらいでッ!」
「待ちなさい」

 赤い聖機人を背中から羽交い締めにする白銀の聖機人。
 一度は敗れながらも、再びダグマイアに挑もうとするキャイアをカレンは制止する。

「放して! ダグマイアを討たないと――」
「落ち着きなさい!」
「落ち着ける訳がないでしょ!? 私の所為で剣士が……それに、このままじゃ皆も……」
「あなた……」

 聖地学院で監禁状態にあったダグマイアを解放し、逃がそうとしたのはキャイアだ。
 試みは失敗に終わったとはいえ、キャイアはその時のことを今もまだ引き摺っていた。
 ラシャラを裏切り、ダグマイアを逃がした結果がこれだ。
 犯した過ちの大きさに苛まれ、キャイアがダグマイアに拘るのも無理のない話だった。

 せめて、自分の手でダグマイアを――

 そんなキャイアの考えを察したカレンは厳しい言葉を放つ。

「甘えないで」

 キャイアの気持ちは理解できなくもない。
 それでも、彼女は一つ大きな勘違いをしているとカレンは思う。
 キャイアは自分の責任だと思っているようだが、それは違うと感じたからだ。

「あなたが自分を責めたところで何も解決しないわ。これは起こるべくして起きた戦争よ。あなたの所為で皆が死ぬ? 自惚れるのもいい加減にしなさい」

 この戦争はどのみち避けられなかった戦いだ。
 元凶のババルンは勿論、ガイアのことを隠していた教会にも責任はあるし、争いの種をまいた太老にも責任がないとは言えない。
 皆それぞれ理由があって戦っている。それはカレンも同じだ。
 貫きたい意志が、守りたいものがあるから、みんな命を懸けて戦っているのだ。
 決して、キャイアやダグマイアの事情に振り回されて決めたことではなかった。

「それに大丈夫よ。剣士くんなら」
「……え?」
「彼は正木太老≠フ弟なのよ」

 第一、キャイアは誤解をしている。
 確かにダグマイアは強くなった。
 しかし、成長しているのは彼だけではないのだ。

「うおおおおおおおおおッ!」
「何――ッ!?」

 地上から放り投げられた巨大な岩を回避しようと上体を反らし、後ろによろめく青銅の聖機人。
 その直後、足首に白い尻尾≠ェ絡みつき、岩壁に叩き付けられる。
 そのまま頭を鷲づかみにされ、壁に押しつけられながら身体を引き摺られるが――

「ぐ――舐めるなッ!?」

 亜法結界炉の出力を最大まで一気に上げることで一時的に力を増幅させ、青銅の聖機人は拘束から脱する。
 不意打ちとはいえ、自分に一撃を加えた相手を睨み付けるダグマイア。

「貴様……」

 その視線の先には、土に塗れた白い聖機人≠フ姿があった。





異世界の伝道師 第346話『封じられし人格』
作者 193






 ガイアの放った光が直撃する寸前、剣士は咄嗟の判断で地中に潜り、攻撃をやり過ごしていたのだ。

「しぶとい奴だ……」
「カレンさんやゴールド様には恩があるし、負けられない理由があるので……」
「それは俺も同じことだ。あの男に勝つまで、俺はもう誰にも負ける訳にはいかないんだ」

 カレンやゴールドに拾われた恩があると言うのもあるが、剣士はまだ地球に帰ることを諦めてはいなかった。
 そのため、こんなところで死ぬつもりもなければ、大切な人たちを死なせるつもりもない。
 それが争いを好まない剣士が、この戦争に参加を決めた理由だった。
 だが、ダグマイアにも負けられない理由がある。
 ババルンに命じられたから戦争に参加したのではない。
 黄金の聖機人を超える力を手に入れ、正木太老に雪辱を果たす。
 ただ、そのためだけにダグマイアはこの戦争に参加したのだ。

「いくぞ! 柾木剣士!」
「は――いッ!?」

 正々堂々とダグマイアを迎え撃とうとする剣士だったが、その直後――〈青銅の聖機人〉の身体が爆ぜた。

「――なッ!?」

 自分の身に何が起きたのかわからず、驚きの声を漏らすダグマイア。
 剣士も呆然とした表情で、そんなダグマイアを見詰める。
 しかし考える暇もないまま、再び〈青銅の聖機人〉の身体が爆ぜる。

「攻撃を無効化できないだと……まさか、ワウアンリーか!?」

 爆発の正体に気付き、声を荒げるダグマイア。
 左右を挟み込む渓谷の上には、大砲を装備した無数のタチコマが列をなして並んでいた。
 喫水外から狙いを定め、砲身を〈青銅の聖機人〉へと向けるタチコマたち。
 そして、

「亜法は無効化できても、これは防げないでしょ? ほらほら、どんどん行くわよ!」
「ぐああああああッ!?」

 ワウアンリーの指揮で一斉に大砲が放たれ、爆煙に〈青銅の聖機人〉は呑まれる。
 確かに〈青銅の聖機人〉に亜法は通用しない。しかし、亜法以外の攻撃であれば別だ。
 ワウアンリーの使った火薬のように、亜法に頼らない攻撃であれば〈青銅の聖機人〉にも通用する。
 それに〈ガイアの盾〉が幾ら頑丈であろうと、こうして四方から集中砲火を浴びせれば、すべての攻撃を防ぎようがなかった。

「惨い……」

 不意打ちからの集中砲火。
 これには、さすがの剣士も言葉を無くし、唖然とした表情を見せる。
 しかし、一対一の決闘ならまだしも、ここは戦場。これは戦争だ。
 ワウアンリーの取った行動は、決して非難されるものではなかった。

「まずい! ダグマイア様をお助けしろ!」

 ようやく我に返り、ダグマイアを救出しようと動きを見せるババルン軍の兵士たち。
 しかし、そうはさせまいと彼等の前に、フローラの命を受けた連合軍の聖機人が立ち塞がる。

「僕たちだって戦えるんだ。誰にも剣士くんたちの邪魔はさせない!」

 その先頭に立つのは、たくましく成長したセレス・タイトと〈ハヴォニワの三連星〉だった。
 この数ヶ月、セレスも何もしていなかった訳では無い。
 少しでも太老から受けた恩に報いるため、友人の――剣士の助けになろうと、タツミたちのもとで鍛練に励んできたのだ。

「母さん!?」

 そんななか一体の聖機人が爆煙目掛けて飛び出す。それはイザベルの聖機人だった。
 母の名を呼ぶキャイア。しかし、イザベルは娘の声に耳を傾けることなく〈青銅の聖機人〉との距離を詰める。

「亜法の武器は通じなくとも、これなら!」

 イザベルの聖機人の手に握られていたのは、なんの変哲もない鋼鉄の剣≠セった。
 確かにヤタノカガミの技術で作られたゴルドシリーズの武器は〈青銅の聖機人〉には通用しない。
 しかし逆に言えば、亜法を用いない攻撃であれば通用すると言うことだ。
 ガイアの盾を装備していようと、聖機人自体の性能は通常のものと大差はない。
 なら、普通の武器でも当たりさえすればダメージを与えられるはずだとイザベルは考えたのだ。

「しま――ッ!?」
「これで終わりよ!」

 イザベルの接近に気付くダグマイア。
 しかし、ワウアンリーの砲撃によって受けたダメージで反応が僅かに遅れる。
 青銅の聖機人目掛けて、剣先を突き出すイザベル。
 誰もが決まったと思った、次の瞬間だった。

「な……ッ!?」

 イザベルの剣が貫いたのは〈青銅の聖機人〉ではなく、キャイアやイザベルと同じ――赤い色≠フ聖機人だった。


  ◆


「ダグマイア様……ご無事……ですか?」
「その声……まさか、エメラなのか?」

 自分を庇った〈赤い聖機人〉に乗っているのが嘗ての従者――エメラだと気付き、ダグマイアは驚きの声を漏らす。
 無理もない。エメラとは一年近く会っていないのだ。
 しかも、エメラが学院を去ることになった理由。
 それは、ダグマイアが負うはずだった罪を彼女が一人で被ったからだった。

「よかった……生きて……」

 そのことをダグマイアが知ったのは、エメラが学院を去った後のことだった。
 エメラには冷たく接し、何一つとして優しい言葉を掛けたことはない。
 その上、自分の犯した罪を彼女に背負わせ、学院から追放したのだ。
 ダグマイア自身がそう望んでしたことではないとはいえ、恨まれて当然のことをした。
 そう、ダグマイアは思っていた。なのに――

「エメラァァァ――ッ!」

 力を失い、地上へ落下していく〈赤い聖機人〉を見て、ダグマイアはエメラの名を叫ぶ。
 絶望と悲痛に満ちた声。それはダグマイアの心の叫びだった。

「いまのは……くッ! とにかく〈青銅の聖機人〉を――」

 一瞬呆気に取られるも、すぐに意識を切り替え、再び〈青銅の聖機人〉に斬り掛かるイザベル。
 しかし、ガイアの盾から放たれた光に呑まれてしまう。

「イザベルさん!」
「剣士くん、下がって! 様子がおかしいわ」

 自分の時と同じように光に呑まれたイザベルを見て、飛び出そうとする剣士をカレンが制止する。
 青銅の聖機人の――いや、ガイアの盾の様子がおかしかったからだ。
 まるで盾そのものが意志を持っているかのように蠢き、カタチを変えていく。
 そして――
 黒い泥のようなものとなり、青銅の聖機人を包み込んでしまった。

「俺はまだ……」

 ――いや、もう終わりだ。
 正木太老に勝つまで終われない。そんなダグマイアの意志を声≠ヘ否定する。
 それは、ダグマイアの身体に移植されたコアクリスタルの人格。
 ずっとダグマイアが抑え続けてきた人造人間の声だった。

「お前の望みは、代わりに私≠ェ叶えてやろう」

 そして、その人物こそ――

「ガイアと――このガルシア・メスト≠ェな!」

 教会の前身――皇立研究所の所長にして、黄金の聖機神にすべてを奪われた男。
 ダグマイアの祖先。ガルシア・メスト、その人だった。





 ……TO BE CONTINUED



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