【Side:太老】

「ちょっと、太老! 本当に大丈夫なの!?」

 激しく小刻みに揺れる船内に、ドールの不安そうな声が響く。
 揺り戻しを利用して元の時代に帰還する計画を立てたのはよかったが、この揺れ≠ヘ想像以上だった。
 揺り戻しとは、潮の満ち引きのようなものだ。
 その昔、Zとの戦いで天地が次元の殻を破り、世界を滅ぼしかけたことがあったが、その縮小版と言っても良いだろう。

 縮小版と言っても、次元に穴を開けるほどのエネルギーだ。甘く見てはいけない。
 開いた穴が大きければ大きいほどに、その反動は大きなものとなり、世界に影響を与える。
 場合によっては、世界そのものを壊してしまいかねないほどの大災厄を引き起こすこともある。
 今回のはそれほどの規模ではなさそうだが、それでも当初の予想を大きく超えていた。

「大丈夫だ。この程度でどうにかなるほど柔な船じゃない。そうだろ?」
「当然です! 零式はお父様≠フ船ですから!」

 皆を安心させるために尋ねると、俺の言葉に零式は胸を張って答える。
 まだ少し不安そうな表情をしているが、納得した様子で大人しくなるドール。
 普段はちょっとアレだが、こういう時は無駄に自信満々の零式の性格が助かる。
 まあ、実際この程度でどうにかなる船ではない。あのマッドが造った船だしな。
 だが――

(妙だな。計算違いも気になるが……)

 予想よりも規模≠ェ大きすぎる。俺の計算違いでは済まないほどのエネルギーが空間に満ちていた。
 何かしらの外的な要因が働いているとしか思えない。
 念のために再計算をしておくかと端末に手を伸ばした、その時だった。
 膝に妙な感触を覚えて下を向くと――

「龍皇、船穂?」

 いつの間にやら、膝の上に白≠ニ黒≠フマシュマロ――もとい〈龍皇〉と〈船穂〉が乗っていた。
 なんで、こいつらが(ここ)≠ノいるんだ?





異世界の伝道師 第352話『太老必要』
作者 193






 視線の先でフルフルと身体を震わせているのは、間違いなく〈皇家の樹〉の端末――〈龍皇〉と〈船穂〉だ。
 しかし樹雷にいるはずの二匹が、ここにいる理由がさっぱりわからない。
 俺を追ってきた? いやいや、異世界まで追ってくるなんて、そんなバカな話――
 でも、魎皇鬼も小さい頃、お使いで何度か樹雷まで行ったことがあるんだよな。
 こいつらは〈皇家の樹〉だ。しかも〈皇家の樹〉の中でも特に強い力を持つ、第二世代と第一世代の樹だ。
 その気になれば、次元の壁を飛び越えるくらい簡単にやってのけるだろう。

「え? 桜花ちゃんもきてるのか? それに林檎さんも?」

 頭の中に直接響く〈龍皇〉と〈船穂〉の声によると、桜花に連れてきてもらったそうだ。
 しかも、林檎も一緒だと言うのだから驚きだ。
 俺のいない間に、あちらの世界で何かあったのだろうか?
 まあ、マッドや鬼姫が直接こっちに来ていないだけマシかと、俺は安堵の息を吐く。
 仮にあの二人が来ていたら、俺は迷わず舵を反対に切っているところだ。

(……待てよ?)

 ふと、嫌な予感が頭を過ぎって膝の上の二匹に視線を向ける。
 想定よりも遥かに大きな揺り戻しが起きている中、俺の膝の上に現れた二匹。
 ただの偶然と考えるには、余りにタイミングが良すぎる。
 先程も言ったように、揺り戻しとは潮の満ち引きのようなものだ。
 開いた穴の大きさや空間に干渉したエネルギーの規模に応じて、反動は大きくなる。
 そして、こんなに小さくとも〈龍皇〉と〈船穂〉は〈皇家の樹〉の端末だ。
 零式と同格。もしくは、それ以上の力を有している。
 俺の気配を辿って、ここへ直接転移してきたのだとすれば――

「お父様! なんだか、船体がぐいぐい引き込まれてます!」
「おい、ちょっと待て。まさか――」
「ただの揺り戻し≠カゃありません! 強力なエネルギーポットが発生しています!」

 嫌な予感が当たっていた。
 龍皇と船穂が空間に干渉したことで、当初の計算よりも反動が大きくなったのだろう。
 原因がわかれば、なんてことはない。いつものアレ≠セ。
 はあ……なんか、こういうトラブルに見舞われると懐かしい気分になるな。

「さすがはお父様……まったく動じていませんね」

 動じていないというか、すっかり慣れてしまっていると言うか……。
 すべては『偶然の天才』――九羅密美星の所為だ。
 まさか、今回も美星が絡んでないよな?
 ここは地球じゃないからと、安心できないのが美星なんだよな……。
 俺にとって、九羅密美星は天敵≠ニ言ってもいいくらいだ。

「ちょっ! 本当に大丈夫なの!?」

 再び騒ぎ始めるドール。
 メザイアやネイザイ。それにアウンも女神に祈るように胸の前で手を合わせ、天井を仰いでいた。
 気持ちは理解できなくもないが、あの駄女神には祈るだけ無駄だと思うぞ?
 救いの女神と言うよりは、やっていることを振り返ると破壊神≠ノしか見えないしな。

「いやあああああああ――ッ!」

 急激に加速する船。ブリッジに響き渡るドールの悲鳴。
 しかし騒いだところでどうにかなる訳でもなし、こうなったら腹を括るしかない。
 落下地点に誰もいないことを祈りつつ、俺は衝撃に備えるのだった。

【Side out】





 ――遂にこの時がきた!
 ガイアと完全に一つの存在となったガルシア・メストは歓喜の声を上げる。。
 黄金の聖機神を超えることだけを夢見て、自らの人格をコアクリスタルに封じてまで、この日を待ち続けてきたのだ。
 数千年にも及ぶ妄執は心までも、彼を人ではなく怪物へと変貌させていた。

 ――ガイア。
 黄金の聖機神を超えるためだけに、ガルシアと彼の意志を受け継ぐ研究者たちが造り上げた悪魔の兵器。
 そのモデルとなったのは、銀河帝国を一蹴したとされる伝説のマジンだ。
 そしてガイアの力を完全に引き出すため、英雄フォトンの遺伝子から究極の人造人間を造り上げた。
 ガイアの盾と、そのパイロットである究極の人造人間。二つが揃って、初めて真のガイア≠ニなる。

 嘗て、ドールたちが封印したガイアは不完全な状態だった。
 ガイアの盾の力を完全に引き出すために必要な人造人間――ガルシア・メストの人格を宿したコアクリスタルを欠いていたからだ。
 しかし、いまはガイアの盾と究極の人造人間。その二つが揃っている。
 そして数多の聖機人を捕食し、その生体組織と亜法結界炉を取り込んだガイアは最終進化を遂げようとしていた。

「あれが、ガイアの真の姿……」

 モニターに映し出された巨大なガイアの姿を前に、息を呑むフローラ。
 小さな山ほどある巨体。二つの足で大地に立つその姿は、古の竜のようにも見える。
 黒い装甲の隙間から覗き見える赤い光は、マグマのように熱を帯びていた。
 ドロドロに岩を溶かし、大地を炎に包み込み、存在するだけで周囲を地獄へと変える災厄の化身。
 それが、黄金の聖機神を倒すためだけにガルシア・メストが生み出した究極の兵器真なるガイア≠セった。

『まさか、これほどの化け物≠ニはな……』

 そんなフローラの言葉に同意するかのように、シュリフォン王はモニターの向こうで悲痛な声を漏らす。
 どれだけ兵力を集めようとも、人の力では決して抗えない。
 それこそ、女神に祈る以外に手がないと思えるほどの絶望的な力の差を、シュリフォン王はガイアから感じ取っていた。
 恐らくは剣士やカレンでも、勝ち目はないだろう。
 すぐに撤退を指示したフローラの判断は間違っていなかったとさえ思える。

『しかし、あんなものを復活させれば、奴等も無事では済まないはずだ。一体どうする――』

 つもりなのか、と口にしようとしたところで、シュリフォン王の頭にある物≠ェ浮かぶ。

『星の船か』
「ええ、星の船は文字通り方舟≠ネのでしょうね」

 選ばれた者たちを生かすための方舟。それが〈星の船〉の役割なのだとフローラは答える。
 ガイアによって崩壊した後の文明で、星の船の力を使って教会に取って代わるつもりなのだろう。
 自分たちに都合の良い世界を造るための儀式。それが、このガイアの復活なのだとフローラは考えていた。

『奴等は神≠ノでもなるつもりか……』
「それを言ったら、教会も同じようなものでしょ?」

 身も蓋もないフローラの言葉に渋い顔を見せるシュリフォン王。
 理解は出来るが、一国の王としては安易に頷くことは出来ないのだろう。
 教会のしてきたことが、すべて間違っているとはフローラも思っていない。
 しかし教会の前身となる組織がガイアの設計者――ガルシア・メストが嘗て所長を務めていた皇立研究所であることを考えれば話は変わる。先史文明を滅ぼす要因の一つともなった組織がその事実を隠し、数千年もの間、世界の人々を欺いてきたのだ。マッチポンプと疑われても仕方がない。

『正直、それを言われると何も言い返せませんね……』

 モニター越しに憂鬱な表情を見せるリチア。
 ババルン軍がやっていることと何が変わるのかと言われれば、教会の人間としてリチアは何も言えなかった。
 ガイアの一件が無事に片付いたとしても、いままでのように教会が権勢を振うことは難しいだろう。
 それどころか、事実が明るみになれば厳しい立場に置かれることは目に見えていた。
 しかし、覚悟の上で教会が隠し続けてきた真実を、教皇はリチアに語って聞かせたのだ。
 だが、それも――

「この危機を無事に乗り越えてからの話ね」

 ガイアを倒せなければ、先史文明のように世界は滅びるしかない。
 そうなったら、教会の責任を追及するどころではないだろう。
 しかし、その一方で――
 自分たちに出来ることは何もないと、フローラは勿論のことシュリフォン王やリチアも分かっていた。
 念のため剣士たちには待機してもらっているが余計な犠牲を増やすだけで、彼等でもガイアを倒すことは敵わないだろう。

『正木太老に頼るしかない、と言うことか……』

 たった一人に世界の命運を託すしかない現実に、シュリフォン王は歯痒さを覚える。
 しかし、ガイアに対抗できる可能性があるとすれば、それは〈黄金の聖機人〉を置いて他にない。
 ガイアの脅威から、この世界を守るためにも――

「信じて待ちましょう。私たちの希望を、英雄の帰還を――」

 いま世界は、太老を必要≠ニしていた。





 ……TO BE CONTINUED



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