「取り敢えず、アンタたちのことは認めてあげる。お兄ちゃんの一番≠フ妹は私だけどね!」

 そう言って胸を張る桜花を見て、ユキネとミツキは苦笑する。
 少し困った性格をしていることは確かだが、子供らしい可愛いところもあると思ってのことだった。
 しかし、

「太老の妹とは思えぬ傲岸不遜振りじゃな……」
「お望みなら決着≠つけてあげてもいいのよ? どうせ、私が勝つだろうけど」
「望むところじゃ! アンジェラ、ヴァネッサ! 御主たちの力を此奴に見せてやれ!」
「フフッ、偉そうなこと言ってる割に他人頼りなんだ」
「アンジェラとヴァネッサは我の従者じゃ!」
「ふーん……まあ、相手が誰でも結果は同じだけどね」
「ぐぬぬ……この口の減らない態度。まるで、マリアと話しているみたいじゃ……」
「ラシャラさん……私に喧嘩を売ってるのなら買いますわよ?」

 言い争う桜花とラシャラの間にマリアが割って入り、場は混沌としていく。
 そんな三人の話を少し離れた場所で聞いていたグレースは、やれやれと呆れた様子で溜め息を漏らしていた。
 桜花の態度も褒められたものではないが、マリアやラシャラも人のことは言えないと思ってのことだった。
 まさに売り言葉に買い言葉。それにマリアと似ていると言うのなら、やはり桜花は太老の妹と言えるだろう。
 我の強さや個性では、ラシャラも決して二人に負けてはいない。
 むしろ三人ともよく似たタイプだと、グレースは冷静に分析する。

「シンシア? どうかしたのか?」

 空を見上げるシンシアが気になり、視線の先を追い掛けながら尋ねるグレース。
 そこで、ようやく空に浮かぶ黒い太陽≠フようなものを見つける。

「なんだ。あれ……」

 呆然と空を見上げる二人に気付き、一斉に黒い太陽≠ノ視線を向ける少女たち。

「時間≠ンたいね」

 そんななか桜花は一人だけ得心した様子を見せる。
 黒い太陽のように見えるものは、次元の挾間へと通じる穴。
 異なる世界。異なる時代へと通じるゲート。
 待ちに待っていた瞬間がやってきたのだと察したからだ。

「パパ≠ェ帰ってくる」

 うんうん、とシンシアの言葉に相槌を打つ桜花。
 シンシアも太老との繋がり≠感じ取ったのだろう。
 しかし、

「ん?」

 何かがおかしいことに気付き、桜花は首を傾げる。
 そして、壊れた機械のようにぎこちない動きでシンシアへと視線を向けると――

「パパッ!?」

 と、ありえないと言った表情でシンシアを見ながら、桜花は驚きの声を上げるのだった。





異世界の伝道師 第353話『終末の予兆』
作者 193






【Side:太老】

 なんか、桜花の悲鳴が聞こえたような――

「いやああああああッ!」

 違う。ドールの悲鳴だった。
 船穂と龍皇みたいに桜花も船内に転移してきたのかと思ったが、それはないよな。
 皇家の樹の端末である〈船穂〉と〈龍皇〉だから可能なことであって、誰にでも真似の出来ることじゃない。
 失敗すれば、次元の狭間に身体を投げ出される訳だしな。普通の人間なら無事では済まない。
 こいつらは恐らく指輪(これ)≠フ反応を辿って、ここまでやってきたのだろう。
 そう、以前マリアたちにせがまれて作った〈祭〉の指輪の一つだ。

「ちょっと、太老どうにかしなさいよ!」

 どうにかと言われてもな。
 確かにちょっとトラブってはいるが、どのみち次元の穴を突破しないことには元の時代へ帰れないのだ。
 この程度でどうにかなるほど柔な船でもないし、下手なことをして帰還のタイミングを逃しても困る。
 とはいえ、

「零式。このまま地表へ落下すれば、船はどうなる?」
「コアユニットに影響はありませんが、外装は粉々に爆散すると思います」
「だよな……」

 ブリッジを始めとした船内環境はコアユニット内部の亜空間に固定されているのでダメージを受けることはないが、外装は無事では済まないだろう。
 コアユニットだけでも船内設備は使えるが、外装がないと宇宙船≠ニしての機能には制限が付く。
 ようするに、守蛇怪・零式を使って宇宙に上がることも、地球に戻ることも出来なくなると言うことだ。
 一応この船には魎皇鬼のような自動修復機能が付いているが、それには相応の時間が掛かる。

「ブリッジ以外の船内設備を休眠モードへ。余剰エネルギーをすべてフィールドに回してくれ」
「了解です。あ……でも、それだと今度は地表への影響が甚大なものになりますけど」

 それがあったか。地表に衝突する寸前で船体が爆散するように設計されているのは、衝突のエネルギーを分散するためだ。
 なのに船体を守るためにフィールドにエネルギーを回せば、落下時の衝撃で地表が大変なことになる。
 恐らくは大地が砕け、周辺にも相当の被害をもたらすはずだ。
 最悪の場合は大陸の半分が海に沈み、幾つかの国が地図から消えることになるだろう。
 そうなったら、ハヴォニワやシトレイユも無事では済まない。
 割と洒落になってないことに気付き、どうしたものかと考える。

「船が無事でも世界が滅びちゃな」
「さらりと、とんでもない話をしてるわね……」
「まあ、太老くんだし……」

 呆れた様子で溜め息を漏らすドールとメザイアを無視して、俺は真面目に対策を練る。
 もう余り時間は残されていない。予想到達時間まで残り一分を切っていた。
 ようするに落下時の衝撃を相殺できれば、問題は解決する訳だ。
 でも、どうやって? 何かブレーキになるようなものがあれば別だが、小さいとはいえ宇宙船だ。
 加速した宇宙船を止められるようなものが都合良く――

「あ」

 一つだけ方法が残されていることに気付く。
 もしかしたらアレ≠使えば、船の落下を食い止められるかもしれない。
 失敗すれば、俺は無事では済まないだろう。
 しかし、この方法なら周囲への被害を最小限に抑えることが出来る。
 なら、試して見る価値はある。

「零式、ここは任せる。フィールドにエネルギーを回して、船体の維持にだけ集中しろ」
「え? お父様、どちらへ――」
「そんなの決まってるだろ?」

 こんな時こそ秘密兵器≠フ出番だ。

【Side out】





「太陽が……」

 落ちてくる、と呟くエメラ。
 そんな呆然と空を見上げる彼女の手をランは強引に引っ張ると、

「死にたいのか! いくよ!」

 バイクに跳び乗り、その場から全速力で離れる。
 あの空に浮かぶ黒い太陽のようなものが、なんなのかはわからない。
 しかし、ここにいたら無事では済まないと、ランの直感が警鐘を鳴らしていた。
 一つだけ、はっきりとしていることがあるとすれば――

(ああ、もう! 太老の奴、普通に帰って来れないのかよ!)

 こんな真似が出来るのは、太老を置いて他にいないと言うことだ。
 すべてが太老の責任と言う訳ではないのだが、ランの中では太老の仕業と確定していた。
 太老の非常識さ、理不尽さを一番冷静に近くで見続けてきたのが彼女なのだ。
 ある意味で、太老の近くにいながら流されることなく、客観的に物事を判断できる貴重な存在とも言えた。
 そういうところを水穂も評価して、ランを重用しているのだろう。

「――しっかりと捕まってな!」

 スロットルを全開に回し、一気にバイクを加速させるラン。
 木々の間を抜け、森を全速力で駆け抜ける。
 だが、

「え――」

 突然バイクの亜法結界炉が停止し、大きくバランスを崩す。
 空に身を投げ出され、転がるように地面に身体を伏せる二人。
 その直後だった。

「くッ!」

 黒い太陽を中心に吹き荒れる暴風。木々が薙ぎ倒され、大地が崩壊する。
 嵐が通り過ぎるのを待つように身を伏せる二人。そして、目を瞠る。
 空を暗く染め上げる黒い太陽。そして、黒い太陽を見上げながら雄叫びを上げるガイア。
 この世の終わりを連想させるような光景が、二人の目の前に広がっていた。


  ◆


「これは……」

 山賊ギルドの旗艦要塞ダイ・ダルマーの船内に警報が鳴り響いていた。
 青い画面に映し出された文字は――『ZZZ』の三文字。
 その意味がわからない林檎ではなかった。
 そんな彼女の傍らで――

「ひぃ! た、助けてくれ!」

 突然、現れた青いZZZ≠フ信号にトラウマを刺激されたのだろう。
 頭に座布団を被り、ガクガクと震えながら助けを求める山賊ギルドの総帥ダ・ルマーの姿があった。
 ZZZと言えば、樹雷の鬼姫の撃滅信号。宇宙海賊にとって、死の宣告に等しいものだ。
 その恐ろしさを誰よりもよく知っているダ・ルマーが、こうなるのも無理はなかった。

「太老様が帰還されたようですね」
「うん。でも……」

 林檎の言葉に相槌を打ちながらもモニターに映った黒い太陽を見て、マリーは眉をひそめる。
 マリー自身もあの空間の裂け目――ゲート≠通って、この時代へ飛ばされてきたのだ。
 しかし、マリーがこの時代へやってきた時のものよりも、ゲートの大きさは遥かに巨大だった。
 それこそ、このダイ・ダルマーは勿論のこと小さな島すらも丸呑みにしてしまいそうな大きさだ。
 それだけではない。

「林檎お姉ちゃん。あれ、大きくなってない?」
「え……」

 ゲートは閉じるどころか、少しずつではあるが周囲の空間を侵食し、規模を拡大し続けていた。
 最初に現れた時と比較しても、マリーの言うように倍近くにまで大きくなっている。
 ありえない――と、林檎は険しい表情を見せる。
 本来であれば、現れたゲートは時間の経過と共に小さくなることはあっても大きくなることはない。
 放って置けば、自然消滅するはずだからだ。

「このまま、あれが大きくなり続けたらどうなるの?」

 不安そうな表情で、そんな質問を林檎にぶつけるマリー。
 最悪のイメージ。嫌な予感が頭を過ぎったからだ。

「最悪の場合、空間が壊れます。そうなったら――」

 大規模な次元震が発生し、この星は次元の裂け目に呑まれることになると林檎は答える。
 実際、次元の裂け目に呑まれて消滅した惑星は、数こそ少ないものの銀河連盟のデータベースに記録されていた。
 ダ・ルマーやカレンがこの世界へ跳ばされる切っ掛けともなった惑星消滅事件も、その稀少な例の一つと言っていい。

「世界の危機ってこと? 何か、回避する方法は……」
「ありません」

 少なくとも今の状況では、何も打つ手がないと林檎は首を横に振る。
 下手に干渉すれば更に状況の悪化を招く可能性が高い上、あれだけの規模のゲートを抑え込むには生半可なエネルギーでは足りない。
 少なくとも、このダイ・ダルマーでは不可能。いや、この世界に存在するどんな兵器でも、あれを抑え込むことは出来ないだろう。
 可能性があるとすれば、それは一つしかなかった。

(皇家の樹……それも、第二世代以上の樹ならもしかして……)

 光鷹翼を使えば、あの穴を抑え込むことが出来るかもしれないと林檎は考える。

「怖くはないのですか?」

 こんな話を聞かされれば、恐怖に脅えるが普通だ。
 しかし、不安そうな表情を浮かべてはいるものの落ち着いたマリーの様子を訝しみ、林檎は尋ねる。

「うーん。正直に言うと、少し不安かな。でも……きっと大丈夫」

 お兄ちゃんなら、きっとなんとかしてくれる。
 太老のことを本当に心の底から信じているのだろう。
 そう話しながら子供らしい笑みを浮かべるマリーを見て、

「そうですね。太老様なら必ず」

 林檎も微笑みを浮かべながら、そう答えるのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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