「ラシャラ・ムーンじゃと?」

 その名前に聞き覚えがあるのか?
 まさかと言った表情で、驚くラシャラ。

「……ラシャラさんと同じ名前ですわね。何か関係が?」

 そんなラシャラの驚きを察した様子で、マリアは確認を取るように口にする。
 一斉にラシャラへと向く視線。その視線に気付いた様子でラシャラは一つ溜め息を吐くと、皆の疑問に答える。

「我の名前は嘗て、この世界を救った英雄の伴侶。三名の聖女の名から取ったものだと父上から聞いておる。その聖女の一人が――」

 ラシャラ・ムーンだと、ラシャラは苦い顔で話す。
 その態度からも、余り話したくない内容だったのだろう。
 特に――

「聖女……ぷっ! ラシャラさんが……」

 マリアには絶対に聞かれたくない話だったに違いない。
 口元を押さえ、肩を震わせて笑い堪えるマリアを見て、ラシャラは羞恥で顔を赤くする。

「だから言いたくなかったのじゃ! お前たちも笑うでない!?」

 マリアだけでなく何気にアンジェラとヴァネッサ――従者の二人までもが笑いを堪えていることに気付き、ラシャラは叫ぶ。
 とはいえ、普段のラシャラを見ていれば、こういった反応を見せるのも無理はないだろう。
 ただ誤解のないように言っておくと、ラシャラの父親――先代のシトレイユ王は別に娘を貶めるつもりで、こんな名前を付けた訳ではない。
 心の底から娘の幸せを願い、母親(ゴールド)のようにはなって欲しく無いという願いを込めて聖女の名前を送ったのだ。
 まあ、実際にはそんな願いも虚しく、従者にも呆れられる守銭奴へと成長しつつあるのだが、そこはそれだ。

『なるほど、あなたもラシャラと言うのですね。でしたら、私のことはルナ≠ニお呼び下さい』

 恐らくは自身の名前にもある月≠ゥら取ったのだろう。
 ラシャラ・ムーン改め〈星の船〉の人工知能『ルナ』は慈愛に満ちた柔らかな声で、そう話すのだった。





異世界の伝道師 第360話『異世界の伝道師』
作者 193






『私は正確には、ラシャラ・ムーン本人ではありません。〈星の船〉が再び必要とされた時のことを考え、オリジナルが残したアストラルクローンになります』

 どこかで聞いたような話を口にするルナ。恐らくはキーネと同じような存在なのだろうとマリアたちは納得する。
 数千年も昔の人間だ。いまも生きていると言われるよりは、確かに説得力のある話だと思ったからだ。
 実際、生体強化を受けていると言っても、船のバックアップや延命調整を受けなければ生きられるのは数百年。長くとも二千年と言ったところだ。
 数千年も昔の人物が今も生存している可能性はゼロとは言わないが、限りなく低いと言えた。
 恐らくは自分が亡くなった後のことを考え、船を悪用させないために自身のコピーを作ることで人工知能としたのだろう。

「さすがは聖女と呼ばれるだけの方ではありますね」
『いえ、私などたいしたことはしていません。結局はガルシア・メストの陰謀に気付くことなく、ガイアを世に解き放ってしまったのですから……』

 追放などと甘い処罰をするのではなく処刑しておけばよかったと、ルナは自身の過ちを認めていた。
 統一国家がガイアによって滅ぼされたのは女王が崩御した後のことではあるが、ガルシアを処刑していればガイアが誕生することはなかった。
 ガイアが生まれなければ国が滅びることも、後の世の人々がガイアの脅威に晒されることもなかったのだ。
 太老からも警告を受けていたと言うのに、為政者として生温い判断を下した自身の甘さを彼女は死後も悔いていた。
 ガルシアのような者が再び現れないとも限らない。アストラルクローンを残したのも、同じような失敗を繰り返さないためだ。

「それほど悔いているのなら、どうして教会本部の襲撃に手を貸したの?」

 しかし、そんなルナの説明にユキネは疑問を呈する。
 星の船が放った光線の影響を受け、現在も教会本部周辺の空間は凍結されたままだ。
 結界を解除する目処も立っておらず、建物の内部に取り残された兵士たちの救出は難航していた。
 ガイアを解き放ったことを後悔しているのなら、どうしてババルン軍に加担するような真似をしたのかと疑問に思ったのだ。

『人間同士の争いであれば、どちらが正義と断じることも出来ませんので』
「伯父様……ババルンのやっていることが正しいと?」

 ルナの物言いに何か思うところがあったのか?
 厳しい視線をルナが端末に利用しているタチコマに向けながら、尋ねるキャイア。

『立ち位置が変われば正義も変わる。ババルン・メストはともかく彼の計画に賛同した人々すべてが悪≠ナあると、あなたは断じることが出来るのですか?』
「それは……」

 逆に返ってきたルナの質問に、何も答えられずに言葉を詰まらせるキャイア。
 確かにババルンのしたことは許されることではないが、それはあくまでやられた側の言い分に過ぎない。
 ならば教会は間違っていないのかと言うと決してそうではないと言うことを、これまでにキャイアたちは見てきた。
 過去と同じ悲劇を繰り返さないためという大義名分があるのだとしても、教会が聖機人を始めとした先史文明の技術を独占することで、世界の管理者を自称して各国に不当な介入をしてきたことは事実だ。
 それだけではなく正木商会に対しても圧力を掛け、技術の開示を迫ったりもしていた。
 ババルンに味方をしている者たちの中には、そうした教会の支配体制に異を唱え、反感を覚える者たちが少なくない。
 実際、ハヴォニワの連合に参加している国の多くも、教会が敷く現状の体制に疑問を抱く国が大半を占めていた。
 ルナの言うように、どちらが正しいかなど立場で容易に変化する。誰にも判断できないことだ。
 しかし、

「だからと言って、ガイアを使って世界を滅ぼすなんてやり方、許されるはずがない」

 はっきりと、ババルンは間違っているとユキネは反論する。
 確かに現状の体制を打破するには、一度リセットしてしまうのが一番早い。
 しかし、そのために無関係の人々を巻き込み、世界を滅ぼすなんてやり方が正しいとは思えないからだ。

『ええ、仰るとおりだと思います。それだけが彼の――ババルンの目的ならば、ですが……』

 誰の口からか? 「え?」という驚きと困惑の入り混じった声が漏れる。
 世界を変えるために世界を滅ぼすという矛盾。
 そのやり方は間違っていると認めつつも、ババルンを擁護するような発言をするルナ。
 何を知っているのかと、一同が疑問に思うのは当然だった。
 しかし、そんななか一人だけ違う反応を見せる者がいた。カルメンだ。

「小母上?」

 困惑の声を漏らしながら、カルメンへと疑惑の視線を向けるラシャラ。
 そんなラシャラの視線に気付き、カルメンは観念した様子で苦笑を漏らす。

「ええ、ラシャラちゃんが想像している通りよ。あの人の本心を知るために、私は態と捕まったのだから」

 直接ババルンの口から聞いた訳ではない。それでも一度は愛し、子供を授かった人だ。
 ババルンの考えに気付かないはずがなかった。
 それを知ったからこそ、カルメンはアランたちの誘いに乗ったのだ。
 ババルンの邪魔をするためではなく、彼の覚悟≠見届けるために――

「メスト家の呪われた宿命を、自分たちの代で終わらせること。恐らく、それがあの人の望みだと思うわ」

 ガルシアの研究を受け継ぎ、ガイアを完成させた研究者たち。そんな彼等を束ねていたのがメスト家の祖先だ。
 黄金の聖機神を超える最強の兵器を作り出すためだけに、メスト家の祖先たちはその生涯を研究に捧げてきた。
 ユライトにせよ、ババルンにせよ、ダグマイアにせよ、自分たちの番が回ってきただけの話だ。
 だから――

「そのために、そんなことのためにダグマイアを――実の息子さえも利用したと言うのですか!?」
「ええ、そうよ」

 激昂するキャイアに少しも気圧されることなく、はっきりとカルメンは答える。
 そんなこととは言うが、神の如き力を持つ存在を相手に人が挑もうと言うのだ。
 普通のやり方では決して届かせることは出来ない。

「数千年にも及ぶ妄執が生んだ怪物。それが、ガイアよ。もはや、それは存在自体が一種の呪い≠ニ言ってもいいわ」

 だからババルンは自身のすべてを懸けて、ガルシアの怨念と向き合うと決めたのだ。
 そして、ガルシアにとって最大の宿敵。ババルンにとっても、ずっと捜し求めていた存在が遂に現れた。
 それが――

「そういうことですか。お兄様こそが、ババルンが――メスト家が長年捜し続けていた存在だった。そういうことなのですね」

 正木太老だった、と言う訳だ。
 ガイアに精神を侵食されながらも、ガルシアに思惑を悟られることがないようにババルンは自らに課せられた役を演じ続けた。
 結果的には身体の方が先に限界を迎え、ダグマイアを次の贄とすることになってしまったが、それでもババルンは止まることがなかった。
 この日のために、すべてを犠牲にして準備を進めてきたのだから――

「小母様の立場は理解しました。ですが、それでも私≠ヘババルンのしたことは間違っていると思います」
「いえ、マリア様。私たち≠ヘ――です」

 マリアの言葉に頷き、手を取るユキネ。
 ラシャラ、アンジェラ、ヴァネッサ、ミツキ。それに、シンシアやグレイス。
 キャイアまでもがマリアの言葉に同調し、瞳に強い意志を宿らせてカルメンを睨み付ける。

「悪いが、この件に関しては俺もこっち側≠セな」
「俺もだ」

 そして、アランとニールもそんな彼女たちの言葉に同調する。二人がババルン軍に入ったのは、ダグマイアが一緒だったからだ。
 親友として不器用な彼を放って置けなかった。
 だから、少しでもダグマイアの傍に居てやりたい。助けになりたいと考えたのだ。
 本当なら、こうなる前にダグマイアを止めてやりたかった。でも、いまではそれも叶わない。
 多少強引にでも、ダグマイアの目を覚まさせてやるべきだったのではないかと、本音を言えば後悔をしている。
 だから、どんな事情があろうとダグマイアを自身の目論見のために利用したババルンを、アランとニールは許すことが出来なかった。
 空回りではあっても『父親に認められたい』と頑張ってやってきたダグマイアの努力を、二人は他の誰よりも近くで見守ってきたのだから尚更だ。

「あなたたちは、それでいいわ。でも、一人くらいは味方をしてあげないと、あの人が可哀想でしょ?」

 マリアたちの反応こそが普通だと言うのは、カルメンも分かっていた。
 それでも、自分くらいは最期までババルンの味方でいてやろうと、ただそんな風に思ったのだ。
 しかし、それでも世界が滅びてしまえば良いなどと思ってはいない。
 だからアランとニールの誘いに乗り、星の船をマリアたちに委ねたのだ。

「女王陛下――いえ、ルナ様。最初の話に戻りますが、方舟へと向かう方法があるのなら教えてください」

 タチコマの方へと向き直り、「お願いします」と頭を下げるマリア。
 そんなマリアに続き、ラシャラたちも揃って頭を下げる。

『ルナで結構です。それと私に頭を下げる必要はありません。元より、そのつもりで声を掛けたのですから』

 これが人間同士の争いであれば、介入するつもりはなかった。
 だが、この一件にガイアが――それもガルシア・メストが絡んでいるとなれば、話は別だ。
 この事態を招いた責任は、自分にあるとルナは考えていた。
 だからババルンの行動を完全に否定することが、彼女には出来なかったのだ。
 しかし、

『ここで見聞きしたことを、太老様に伝えてください。きっと、あの方なら……』

 この期に及んで、まだババルンやダグマイアを――ガイアの犠牲となった人々を救いたいという考えは甘いのだろう。
 しかし、自分たちには思いも付かないようなことでも、太老ならもしかして……という期待がルナにはあった。
 それは恐らく、彼女たち――マリアたちも同じ想いのはずだと、ルナは思う。
 だから、

『あなた方に託します。世界をガイアの呪縛から解き放ち、皆が笑って暮らせるより住み良い世界≠築いてくれると信じて――』

 正木商会のスローガン。太老が嘗て口にした『より住みよい世界へ』という言葉。
 それがただの理想で終わらないことを太老に救われた人々は知っていた。
 誰かを犠牲にする結末を、ハッピーエンド以外の未来を彼≠ェ認めるはずもない。
 最善でも最良でもない。最高≠フ結末を見せてくれるはずだ。
 それこそが、科学の申し子にして異世界からやってきた伝道師。

「ええ、必ずお兄様に伝えます」

 正木太老なのだから――





 ……TO BE CONTINUED



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