「太老がイレギュラーじゃと? そんなもの信じられるはずが――」

 異世界人という意味では、確かにこの世界にとって太老はイレギュラーな存在と言えるのかもしれない。
 だが同じことは、他の異世界人にも言えることだ。
 そもそも異世界人の召喚については、先史文明の時代から行なわれていることで特別なことではない。
 そんなバカな話があるかと、ラシャラが声を荒げるのも当然ではあった。
 しかし、

「本当のことよ。まあ、それを言うなら私≠烽サうなんだけどね」

 桜花がババルンの話を肯定する。
 突然なにを言いだすのかと言った表情で、目を丸くするラシャラ。
 だが、マリアの反応は少し違っていた。

「以前から不思議に感じていました。お兄様の発想は私たちと根本的に違いすぎると。最初は異世界人だからと思っていましたが、これまでに召喚されたどの異世界人と比べれても、お兄様の考え方は異質でした」

 ずっと違和感を覚えていた。しかし太老は特別だからと、そうした疑問にずっと蓋をしてきたのだ。
 いまでも正直なところを言えば、ババルンの話に半信半疑である。
 ババルンだけの言葉であれば、ラシャラのように否定していたかもしれない。
 だが、それを『太老の妹』を自称する桜花が肯定するのであれば、話は別だ。
 少なくとも彼女は太老に関することで嘘を吐かない。このような冗談を口にする人間ではないとマリアは信用していた。
 もしかしたら、そこに彼女が太老のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ理由が隠されているのかもしれないとマリアは考え、尋ねる。

「お兄様は……いえ、質問を変えましょう。あなたは何者ですか?」

 太老に関することで嘘は吐かないが、正直に答えてくれるとも思えない。
 なら、敢えて桜花について尋ねることにするマリア。
 なんとなく、この質問であれば答えてくれそうな気がしたからだ。

「うん。やっぱりマリアお姉ちゃんが一番よくお兄ちゃん≠フことを分かってるみたいだね。まあ、私の次くらいだけど」

 嬉しそうに、そう話す桜花。
 太老に好意を寄せる女性たち。そのなかでも桜花は特にマリアのことを気に入っていた。
 太老の妹というポジションを競い合うライバルとして認めていると言ってもいい。
 特異な力を持つ太老にとって、上辺だけではなくちゃんと中身を見てくれる人間は貴重な存在だ。
 だからこそ、質問の方法を間違えなければ、マリアの疑問に桜花は答えるつもりでいた。
 そして、マリアは間違えなかった。それは即ち、真実に最も近いところに彼女がいると言うことを意味していた。

「不死者から神へと至った少女の願いが生んだ存在。それが私――平田桜花だよ」






異世界の伝道師 第364話『神と人』
作者 193






「不死者から神へ? まさか、あなたは人間ではないのですか?」
「ううん。人間だよ。少なくとも、ここにいる私はね」

 どういうことかと桜花の言葉の意味を考えるマリア。
 しかし、人である彼女に正しい答えなどだせるはずもない。
 桜花の言うような神に等しい超常の力を持つ存在と言われて、真っ先に頭に浮かぶのは――

「名も無き女神」

 この世界に言い伝えられている女神のことだけだった。
 もしかしたら桜花が名も無き女神の化身なのでは?
 と言った考えがマリアの頭に過ぎるが――

「何を考えているのか察しは付くけど、あの駄女神と一緒にしないでくれる?」
「だ、駄女神じゃと? 御主、まさか名も無き女神≠ノ会ったことがあるのか?」
「会ったことがあるも何も、地球にいた頃はお兄ちゃんのところに三食きっちり食べに来てたわよ? 樹雷にも、たまに顔をだしてたしね」

 すべてが謎のベールに包まれた神秘的な女神の――まさかと言った日常を聞かされ、ラシャラは頭を抱える。
 その隣でキャイアも呆気に取られ、冗談ですよね? と言った表情を浮かべていた。
 マリアも驚いていない訳ではないが、なんとなく太老のことを考えると、その光景が想像できてしまうだけに何も言えない。
 基本的に太老は、身分や種族の違いなど一切気にしないタイプの人間だ。
 相手が神であろうと太老であれば、分け隔てなく接するような気がしたからだ。

「神様なんて人間が思っているほど、特別な存在でもないってことよ」

 少し大きな力を持っているだけだ、と桜花は話す。
 世界を改変したり宇宙を造ってしまえると言う時点で、少しと言うにはスケールの大きすぎる話なのだが――
 とはいえ、この世界で神と奉られている存在と同格の存在が他に二柱も、太老と同じ家で生活を共にしていたのだ。
 これでは敬うのも難しい。桜花の言葉も、あながち間違いと言う訳ではなかった。
 それに――

「私の半身≠烽サうだしね」

 そう話す桜花を見て、先程の話をマリアたちは思い出す。
 不死者から神へと至った少女の願いが生んだ存在。それが自分だと、桜花は言ったのだ。

「さっきも言ったけど、私は人間≠諱B人としての部分を切り離して、転生したのが私だから」

 最近まで自覚はなかったんだけどね、と桜花は小さく苦笑する。
 嘗て頂神が自らの存在を三つに分けたように、皇歌も自身の存在を二つに分けた。
 その片割れが、彼女――桜花と言う訳だ。

「私はね。お兄ちゃんのために生まれたの。今度こそ、お兄ちゃんに幸せになって欲しくて……」

 大切な人たちを奪われた悲しみと憎しみから、高位の次元へと至った少女。
 自らの生まれた世界を滅ぼし、すべてを失った少女が望んだ最後の願いは太老の幸せ≠セった。
 だから人としての部分を切り離すことで、自身の半身――平田桜花を誕生させたのだ。
 三命の頂神に自らの存在を悟らせないように、ひっそりと太老を見守るために――

「まあ、その所為でもう一人の私≠ヘ他の頂神みたいに、気軽に下位次元へ干渉することが出来なくなったんだけどね」

 他の頂神にも言えることだが、そのままの状態では下位次元へ干渉することは難しい。
 彼女たちが頂神としての力を維持したまま世界へ干渉すると、空気を入れすぎた風船のように世界が壊れてしまうからだ。
 だから鷲羽は自らの力を宝玉に封じることで人としての姿を取り、津名魅は人間の少女と一つになることで下位次元に自らの存在を確立した。そして訪希深は力を極限まで抑えた仮初めの身体を用意することで、下位次元への干渉を可能としている。皇歌が取った方法は、このなかでは鷲羽と訪希深の取った方法に近い。
 神としての力の大半は皇歌に残したまま、自分のなかに残った人としての性質を桜花に継承した。
 転生というカタチをとって自身の半身を人間≠ニして生まれ変わらせることで、この次元に桜花という存在を確立することに成功したのだ。
 しかし、その代償として皇歌は特定の条件が揃わなければ、下位の次元に直接干渉することが出来なくなってしまった。
 その条件の一つと言うのが――

「え?」

 誰の口からか? 戸惑いと驚きの声が漏れる。
 自身の目を疑うように、パチクリと瞼を瞬かせるマリアとラシャラ。それにキャイアの三人。
 一瞬、桜花の身体が白く光ったかと思ったら、その隣には桜花そっくりの少女が立っていたからだ。
 そっくりと言うか、瓜二つだ。違う点を挙げるとすれば、桜花は樹雷の着物を現代風にアレンジした装いをしているのに対して、桜花そっくりの少女は身体をすっぽりと覆い隠すシンプルな外套を羽織っている。更には髪と目の色が違う。明るい茶髪をしている桜花に対して、もう一人の桜花は赤い髪をしていて瞳も炎のように赤く揺らめいていた。

「我の名は皇歌。先程、紹介にもあった桜花の半身だ。御主等の言葉に変えるのであれば、神と呼ばれる存在でもある」


  ◆


 目を瞠り、あんぐりと口を開いたまま固まるマリアたち。その反応も無理もない。
 太老がイレギュラーな存在だと教えられたかと思えば、今度は神様を自称する桜花そっくりの少女が現れたのだ。
 普段から太老のお陰(?)で非常識な出来事には慣れている彼女たちであっても、さすがにこれは許容範囲を超えていた。
 とにかく冷静に、気持ちを落ち着かせようと、マリアとラシャラは揃って「ひっひっふー」と深呼吸をする。

「……ラシャラ様、マリア様。それ、お産の時にする呼吸法です」

 普通に深呼吸をすればいいところを、ラマーズ法を実践する二人にキャイアのツッコミが入る。
 余談ではあるが聖機師の学院では、こうしたことも花嫁修業≠フ一環として教えている。
 恥ずかしがるようなことではなく、聖機師や王侯貴族の女性にとって子供を産むことは義務の一つでもあるからだ。
 当然、王侯貴族の嗜みとしてマリアとラシャラもそうした教育は受けている。
 子供らしからぬ耳年増なのは、そうした情操教育の賜物でもあった。

「プッ! アハハハハ、ほんと面白い子たちね。お兄ちゃんが気に入るのも分かる気がするわ」
「でしょ? お兄ちゃん、変な子が好きだから……」

 自分たちのことを棚に上げて好き勝手言う二人を、ジト目で睨み付けるマリアとラシャラ。
 少しは自覚があるとはいえ、変な子と言われて素直に喜べるはずもなかった。

「御主、そっちが地か?」
「ああ、うん。一応、神様だから尊大な口調の方が威厳があるかなって。まあ、他の頂神があんなだから今更なんだけどね」

 元は一つの存在だと言うだけあって、こうして普通にしていると本当に桜花と区別が付かない。
 しかし、こうまで言われる名も無き女神とは、一体どのような存在なのだろうと気になる。
 そんなマリアたちの心情を察して苦笑すると、皇歌はババルンへと視線を向ける。

「あなたがババルン・メストね」
「……名も無き女神≠ニ黄昏の破壊神≠フ次は、正木太老と同郷の外なる神か。つくづく、この世界は神と名が付く存在と縁があるようだ」
「なるほど、そこまで察してたんだ。ということは、銀河結界炉の存在にも気付いていたのね。〈MEMOL〉を乗っ取るため、キーネに使ったプログラムの知識はそこから?」
「人造人間には命令を遵守させるプログラムが組み込まれている。だとすれば、同じ理論から造られたキーネ・アクアのクローンにも、人間の命令を認識させるコマンドがあると考えたのだ。そして、その推測は正しかった」
「ふーん、政治家って話だったけど科学者としても優秀みたいね。お兄ちゃんと話が合うんじゃない?」

 一度はガルシアの依り代にされたとは言っても、人の身で世界の秘密にそこまで辿り着いたババルンに感心する皇歌。
 政治家としての側面ばかりが目立つババルンだが、科学者としても相当に優秀だったことが窺える。
 生まれる世界が違っていれば、哲学士へと至れるだけの才能を有していたかもしれない。
 敵でありながら太老とババルンが引かれ合ったのは、そういうところを無意識に認め合っていたからかもしれないと皇歌は考えた。
 英雄だなんだと言われてはいるが、太老の本質は戦士≠竍為政者≠ネどではなく科学者≠セからだ。

「……儂の邪魔をするために顕れたのではないのか?」
「なんで?」

 ババルンの問いに、心の底から意味が分からないと言った様子で首を傾げる皇歌。

「私が姿を見せたのは、いまを逃すと彼女たちと話をする機会がないと思ったからよ」
「そう言えば、何か条件があるようなことを……」
「うん。下位次元に干渉するには幾つか条件があってね。〈MEMOL〉の造り上げた仮想空間は、その条件を満たすのに都合が良かったから利用させてもらったのよ」

 条件の内容はよく分からないが、ここが現実世界でないことが関係しているのだろうとマリアは察する。
 だがそのことを尋ねる前に、マリアたちには優先すべきことがあった。

「お願いがあります。あなたが神様だと言うのなら、私たちの声をお兄様に届けてくれませんか?」

 ある意味で予想通り。ある意味で想定外とも言える頼みごとをされ、皇歌は目を丸くする。
 皇歌が話したいことがあるように、マリアたちにも聞きたいことがたくさんあると思っていたからだ。

「本当に面白い子たち。この状況で自分たちのことよりも、お兄ちゃんのことを優先するなんて」

 そう言いながらも、どこか嬉しそうな顔を見せる皇歌。
 彼女にとって最も優先すべきは太老の幸せだ。ババルンやガイアのことなど、そのことと比べれば彼女にとって些末≠ネことに過ぎなかった。
 だから、ババルンの勘違いを一蹴したのだ。

「ババルン・メスト。あなたと、この子たちの違いが分かる?」
「……違いだと?」
「あなたは確かに世界の真実へ近付いたのかもしれない。でも真実を知ったあなたは、お兄ちゃんや女神の所為にすることで楽な方≠ヨと逃げようとした」
「何を……」

 ババルンの狙いに皇歌は気付いていた。ずっと機会を窺っていたと言うことにも――
 亜法の源であるエナを無くすことで、女神の呪い≠ゥら世界を解放しようと目論んだのだと言うことに。
 エナがなければ、ガイアもただの置物だ。いや、ガイアだけでない。この世界に存在するすべてのものは、亜法。そしてエナがなければ動かない。
 すべては銀河結界炉から始まった。
 女神の介入によってもたらされた歪みが長きに渡って世界をかき乱し、人々を苦しめてきたと考えたのだろう。
 確かに銀河結界炉を人間に与えた訪希深こそが、諸悪の根源。すべての元凶と言えるのかもしれない。
 しかし、

「でも、この子たちは違う。この子たちの目は過去≠ナはなく未来≠ヨ向いている」

 マリアたちにとって、太老が何者であろうと関係はないのだろう。太老のいない世界――そんなあったかもしれない世界≠フことなど、どうでも良いことなのだと彼女たちの目を見れば分かる。
 それに、亜法がもたらしたものは絶望だけではない。砂の星を水と緑溢れる星へと変え、人々に希望をもたらしたのも、また亜法なのだ。
 確かに先史文明の人々は道を誤った。ガイアという恐るべき兵器を生みだし、自分たちで築き上げた文明を滅ぼすに至ったのだから愚かという他ない。だからと言って、それをすべて銀河結界炉の――女神の所為にするのは間違いだ。仮に世界から亜法が消えても、いまのままなら人は同じ歴史を繰り返すだけだろう。
 しかしその一方で、人は失敗を重ね、自らの過ちを認めることで成長する生き物でもある。
 過去に囚われて生きている人間には分からないことかもしれないが、それがマリアたちとババルンの違いだと皇歌は感じていた。
 そしてそれは、自らの力で宇宙へと至れる人類と、小さな星に囚われて一生を終える者たちの差でもあった。
 だから――

「お兄ちゃんの言葉だけどね。力は所詮、力でしかない。どんなものも使う人次第だそうよ」

 ババルンの過ちを正すように、皇歌は小さく苦笑しながら太老の言葉を代弁するのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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