「凄い……これが樹の中だなんて……」

 驚きと感動を隠しきれず、溜め息を交えながらそんなことを呟くキャイア。
 光る床のようなものに乗って、彼女たちは〈MEMOL〉が再現した天樹の深層へと向かっていた。
 そんななか、

「そう言えば、北斎様は何処で何をされているのでしょう?」

 借金を返すために正木商会の工房で働かされていた北斎のことを思い出し、そんな疑問を口にするマリア。
 聖地での騒ぎのどさくさで工房から逃げ出したという話は聞いていたが、それっきり報告が上がってくることはなかった。
 太老の捜索やババルン軍への対応で、逃亡中の北斎の追跡に時間を割く余裕がなかったからだ。
 然程重要なことでもないため、マリアもすっかりと頭から抜け落ちていたのだが、指輪の件でふと思い出したのだろう。

「北斎おじさんなら、ゴールドお姉ちゃんのところにいるよ」

 思わぬところから、まさかの情報を耳にして、マリアとラシャラは目を丸くしながら『は?』と困惑の声を漏らす。
 北斎がゴールドのところにいる理由も気になるが、そのことを桜花が何故知っているのかと疑問を持ったからだ。
 そんな二人の疑問を察すると、

「北斎おじさんをゴールドお姉ちゃんのところに連れて行ったのは私≠セからね」

 桜花は特に隠す気もないようで、あっさりと白状する。

「どういうつもりじゃ!? あの強突く張りのもとへ指名手配中の賞金首を連れて行くなど、はっ……まさか!」
「ラシャラ様……」

 ラシャラが何を考えているのかを察して、キャイアはなんとも言えない視線を向ける。
 仮にも実の母親に対する言葉とは思えなかったからだ。
 しかしゴールドのことを良く知る者であれば、妥当な評価だと口にするだろう。

「当たらずといえども遠からずってところかな? 私の動きを水穂お姉ちゃんや林檎お姉ちゃんに悟られなくないから情報工作≠お願いしてね」

 契約の内容を詳しくは話せないが、人質(担保)として北斎をゴールドに預けてきたと桜花は話す。
 だが、それは別に北斎が借金から逃げていて、正木商会に指名手配されているからと言う話ではない。
 この場合の担保と言うのは、神木家からでる報奨金についてであった。実は北斎の身柄には、神木家からも懸賞金が掛かっているのだ。
 皇家の船と共に忽然と姿を消し、何十年もの間行方が分からないとなれば、賞金が懸けられるのは当然と言っていい。
 しかも北斎は『鬼姫』の異名を持つ神木家当主――神木瀬戸樹雷からも多額の借金をしていた。
 あの鬼姫が借金を踏み倒すなんて真似を許すはずもなく、報奨金についても北斎の借金に上乗せするつもりでいるのだろう。

「それは、なんというか……」

 そんな桜花の話を聞いて、自分の母親以上に金に厳しい人物がいると知り、さすがにドン引きした様子を見せるラシャラ。
 余談ではあるが、鬼姫が金――特に借金に厳しいのは林檎の影響が大きい。
 鬼姫に借金をするということは、それは言ってみれば神木家から借金をすると言うことだ。
 神木家の経理を担当する林檎が、そうした借金の踏み倒しを容認するはずがない。
 そんな真似を許せば、巡りに巡って鬼姫が林檎から厳しい説教を受けることになるのだ。
 金に厳しくなるのも当然と言えるのであった。





異世界の伝道師 第366話『白き聖域』
作者 193






 取り敢えず、北斎については問題がないと分かったところで、マリアたちは目の前の問題に意識を切り替える。
 北斎からすると大問題なのかもしれないが、はっきりと言って自業自得だからだ。
 既に軍を退役しているし、聖機師の義務も終えて自由の身となっている以上、ハヴォニワとしても個人的な問題にまで干渉するつもりはない。正木商会への借金についても、神木家から支払われる報奨金の一部が当てられるという話なので、文句の付けようがなかった。
 まあ、ゴールドの狙いは目先の金などではなく樹雷皇家との繋がりなのだろうが、それこそどうこう言うつもりはない。
 元々ゴールドが太老に近付いてきた一番の目的は、異世界との交易に自分も絡むためだと分かっていたからだ。
 これに関しては商会の問題で、最終的にどうするかを決めるのは太老だ。
 自分たちが口を挟める問題ではないと、マリアとラシャラは理解していた。

「……お兄ちゃんも苦労しそうね」

 マリアとラシャラの反応から、ゴールドというのがどういうタイプの人間かを察する皇歌。
 基本的に太老の周りには容姿や能力には申し分ないのだが、癖の強い女性が集まる傾向が高いと知っているからだ。
 特に年上に関しては、苦手とするタイプの女性に気に入られる傾向があり、それで何かと苦労を背負い込んでいた。
 そういう星の下に生まれたとでも言うべきか、この辺りは生まれ変わっても改善されないようだと皇歌は太老に少し同情する。

「まあ、お兄ちゃんの場合、半ば自業自得なんだけどね」

 全面的に同情できないのは、桜花の言うように自業自得な側面があることも知っているからだった。
 本人に自覚があろうとなかろうと好き勝手やってフラグを立てまくっている以上は、太老にも責任がないとは言えないからだ。
 そんな風に話をしていると、大きな池のようなものが見えてきて、天樹の深層と思しき場所に到着する。

「ここが〈MEMOL〉の中枢ですか?」

 どことなく荘厳な空気が漂う場所に小さく息を呑みながら、そう皇歌に尋ねるマリア。

「ええ、ここは本来であれば第一世代の〈皇家の樹〉が眠る場所だから、選ばれたマスター以外は入れないようなところなのだけどね」

 第一世代の皇家の樹に選ばれたマスター以外は決して立ち入ることの出来ない場所。
 それは即ち、樹雷でも限られた一部の人間しか踏み入れたことのない聖域と言うことだ。
 本物ではないと言っても場に漂う雰囲気に呑まれ、マリアたちが気後れするのは当然であった。

「ですが、その割に彼女は平気そうなのですが……」

 桜花へと視線を向けながら、そう尋ねるマリア。
 樹雷の人間にとって、ここがとても重要な場所だと言うのは皇歌の話からも察せられる。
 だと言うのに、まったく普段と変わらない様子の桜花を見て、不思議に感じたのだ。

「私はここの管理をお兄ちゃんから任されて、よく出入りしてたからね」
「……もう、何を聞いても驚きませんわ」
「まったくじゃ……」

 そんな場所に自由に出入り出来ている時点で、桜花もそうだが太老の樹雷における立場もなんとなく想像できる。
 水穂から皇家の関係者だとは聞いていたが、明らかにただの関係者≠ニ言ったレベルの話ではない。
 国家のなかでも相当に重要且つ高い地位にいることは、容易に察することが出来た。

「まあ、このくらいはいっか。ゴールドお姉ちゃんも知っていることだし」
「嫌な予感がしますけど、一応きかせて頂けますか?」
「お兄ちゃん、第一皇妃の船穂様のお気に入りでね。皇家の関係者からは次期樹雷皇の最有力候補≠チて言われてるんだよね」

 やっぱりと言った顔で、揃って深い溜め息を溢すマリアとラシャラ。薄々とではあるが、そんな予感はしていたからだ。
 むしろ、これまでのことを振り返ると納得が行ったと思える部分の方が多いくらいであった。
 問題があるとすれば、想像していたよりも遥かに重要な立場にいることが分かった太老の今後の扱いだろう。

「それだけの立場にいると言うことは、もしかしてお兄様はご自身の領地もお持ちなのですか?」
「うん、居住可能な惑星を幾つか持ってるはずだよ」

 正確には、こちらの世界に飛ばされてから決まったことなので本人は与り知らぬことなのだが、太老には領宙があてがわれていた。とある事件を切っ掛けに宗教国家のアイライが太老を『神の子』と称したことによって、樹雷への移住希望者が殺到したためだ。
 太老を次期樹雷皇に推す樹雷第一皇妃の船穂にしても、これ幸いと噂に説得力を持たせるために話に乗ったと言う訳だ。

「土地ではなく……星≠ナすか」
「スケールが大きすぎて、話についていけぬのじゃが……」

 ハヴォニワが持て余している未開拓の土地を太老に譲ることで、国家として独立させる案が現在進められているが、それすらも霞む話だ。
 しかし、これでようや合点が行ったという表情を見せるマリア。

「もしかして、そのためにお兄様はブレインクリスタルの採れるダンジョンを……」

 少なくとも他の男性聖機師と同様の義務を太老に課すことは、不可能だと理解したからだ。
 この世界の国が束になっても敵わない超大国の後継者に『あなたの子種をください』と迫るのは喧嘩を売るようなものだ。
 だが、聖機師の特権自体をなくしてしまえば、義務も必要なくなる。
 そう考えてブレインクリスタルが採掘できるダンジョンを、太老は用意したのではないかとマリアは考えたのだ。

「あり得る話じゃな。聖機人が誰にでも扱える兵器となれば、聖機師の義務と特権も必要なくなるからの」

 すぐにとは行かないだろうが、少しずつ制度を見直していく方向に世論は進んでいくだろう。
 亜法耐性は低いが、優れた操縦技能を持つ聖機師は大勢いる。
 今後は才能や資質だけで判断するのではなく、そうした実力のある聖機師が評価される時代がやってくると言うことだ。
 教会の管理から外れれば、各国に配備されている聖機人の数も増えるだろう。
 統一国家が栄えていた時代のように、今後は開発競争が盛んになっていくことが予想される。

「いま現在、世界は危機に瀕しておる訳じゃが、戦後の方が大変そうじゃな……」
「そうですわね……」

 目の前の危機を脱したとしても、確実にやってくるであろう問題に頭が痛くなるマリアとラシャラ。
 最低でも十年は、諸問題の解決に忙殺されることになるだろう。
 フローラやシュリフォン王に丸投げして済むような話ではないため、マリアとラシャラも覚悟を決める必要があった。
 特にラシャラはシトレイユの皇だ。ババルンのしでかしたことの後始末など、負うべき仕事と責任はマリア以上に重い。
 為政者の務めとはいえ、そうしたことを考えると今から憂鬱な気分になるのは仕方がなかった。
 だが、それは――

「水穂お姉ちゃんたちも通った道だからね。今後もお兄ちゃんと一緒にいるつもりなら、そのくらいは覚悟しないと」

 太老と一緒にいるつもりなら覚悟するしかない。
 その覚悟がないのなら太老のことは諦め、他の相手を探すべきだと桜花は話す。
 そもそもそのくらいの覚悟がなければ、太老を好きになっても後悔をするだけだと分かっているからだ。
 太老の周りに自然と能力は高いものの癖の強い女性が集まるのは、そうしたことも理由にあろうのだろうと桜花は考えていた。

「その程度で、私のお兄様への愛は揺るぎませんわ!」
「そのとおりじゃ! 障害は大きければ大きいほど、得るものも大きいと言う訳じゃしな!」

 少しの迷いもなくそう答える二人を見て、「だよね」と桜花は苦笑する。
 このくらいで諦めるようなら、とっくに太老との付き合い方を見直しているはずだ。
 少なくとも、彼女たちの太老への想いの強さは桜花も認めていた。

「それだけの覚悟があるのなら、この先も大丈夫そうね」

 そう話に割って入ってきたのは、皇歌だった。
 池の前で足を止めると、皇歌はそっと胸の前に手の平をかざす。
 すると紋様のようなものが水面に現れ、池の中心から巨大な光の柱が立ち上った。

「この光の中へ入れば、管理者権限を持つ者のみが入れる〈MEMOL〉の中枢へと転送されるわ。ただし――」

 この先へと進めば後戻りは出来ない、と皇歌は最後の確認を取るように忠告する。
 引き返すなら今しかないと言われ、揃って息を呑むマリア、ラシャラ、キャイアの三人。
 こんな風に覚悟を問うと言うことは、この先には危険が待ち構えていると言うことだと察したからだ。
 そうして、ここにくる前に皇歌がキャイアと交わした会話の内容を三人は思い出す。

 ――あなたにもリスクを負ってもらうことになる。その覚悟はある?

 と、皇歌はキャイアに尋ねたのだ。
 だとすれば、その覚悟を必要とする何かがこの先≠ノあるのだと三人は理解する。
 その上で、

「尻込みして逃げ帰るくらいなら、最初からこんなところへ来ていませんわ」
「そういうことじゃ。この世界の問題を太老一人に押しつけて、自分たちだけ安全な場所にいるなど格好が付かぬしの」
「私もお二人と同じ想いです。それに……やっぱり、ダグマイアのことを放っては置けませんから」

 各々の覚悟を示すのであった。


  ◆


 光の中へ飛び込むと、その先は何もない――真っ白な世界へと繋がっていた。

「ラシャラさん? キャイアさんも……」

 周囲をキョロキョロと見渡しながら、戸惑いの声を漏らすマリア。
 一緒にいたはずの二人の姿がなくなっていたからだ。
 しかし、

「ふーん。内側(なか)≠ヘこうなってるんだ」
「……え?」

 後ろからした声に驚きマリアが振り返ると、そこには皇歌……ではなく桜花がいた。
 自分が一人でなかったことに安堵しながら、マリアは桜花なら何か知っているかもと考え、状況を尋ねる。

「何か知っているのですか? ラシャラさんとキャイアさんは何処へ……」
「ん? ああ、ラシャラお姉ちゃんとキャイアお姉ちゃんなら、たぶん無事だと思うから心配は要らないよ。それと、ここはもう一人の私≠ェ言っていたように〈MEMOL〉の中枢で間違いない。厳密には〈MEMOL〉と繋がっていると言うだけで〈MEMOL〉のなかではないんだろうけどね」
「……どういうことですか?」

 さっぱり意味が分からないと言った表情で、詳しく説明を求めるマリア。
 どう説明したものかと少し逡巡する様子を見せるも、ありのままを伝えるしかないかと考え、

「この世界に亜法≠ニいう法則をもたらした名も無き女神≠フ至宝――」

 ここは銀河結界炉の内側≠フ世界だよ、と桜花はマリアの問いに答えるのであった。





 ……TO BE CONTINUED



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