船穂を通じて〈皇家の樹〉の力が空間に満たされていくのを感じて、恐らくは外の自分≠煌o悟を決めたのだろうと、もう一人の太老――もといブラック太老≠ヘ察する。
 何故ブラックかと言うと、鷲羽が自身のセキュリティを鍛えるために開発した自己進化型攻撃システム。通称B(ブラック)クリスタルにちなんでのことだ。
 そのBクリスタルが進化することで生まれたのが『ブラック太老』の名前の由来にもなった『ブラック鷲羽』なのだが、この技術は〈MEMOL〉やタチコマの開発にも応用されていた。
 太老が過去に製作したガーディアンの基礎にもなっており、当然ブラック太老にも同じ技術が使われていると言う訳だ。
 実のところ零式こそが、この技術を発展させた先にある究極の自己進化型AIなのだ。

 零式は魎皇鬼や福のように実体を持たず、彼女の本体と呼べるものは船のメインコンピューターに収められている。
 普段見せている姿は力場体で、零式がイメージする太老の理想の女性像を形作っているに過ぎない。
 何故それが少女の姿をしているのかというのは今は置いておくとして、ブラックも零式と同じ実体を持たない存在だ。
 謂わば彼は太老のクローンにして、零式の姉弟とも呼べる存在であると言うことだ。

 もっともセキュリティを鍛えるために創造主を攻撃するようにプログラムされたブラック鷲羽と違い、ブラック太老に太老を攻撃する意志はないし、オリジナルに成り代わろうなんて野望も抱いていない。その辺りは本人の性格もあるのだろうが、そもそも彼は零式やタチコマに近い存在で、マスターを補助するために作られたサポート型のAIだからと言うのが理由として大きいだろう。
 ただ、ブラックの学習能力と成長速度は太老の予想を遥かに超えていた。

 そもそも太老のパーソナルデータが危険な代物であることは、鷲羽は勿論のこと関係者であれば誰もが知っていることだ。
 過去には銀河アカデミーのセキュリティを崩壊させ、混乱に貶めたこともあるのだ。
 そればかりか、宇宙一の天才科学者を自称する白眉鷲羽の工房のセキュリティもあっさりと突破され、少なくない被害を受けたことがあった。
 あっと言う間にダグマイアの居場所を特定し、ガイアに取り込まれた他の聖機師たちに気付くことが出来たのも、その能力によるところが大きい。
 当然と言えば、当然だろう。製作者すら気付かないようなセキュリティホールをピンポイントで探り当て、それらすべてを偶然≠フ一言で片付けてしまえる存在。それが、彼――ブラック太老の能力なのだ。
 本人にも制御不能な力ではあるがネットワークさえ繋がっていれば、彼に侵入できない場所など存在しない。

 ようするにブラック太老は、電脳世界において最強のハッキング能力を所持していると言うことだ。
 電脳世界で彼に対抗できるのは、同じコンセプトで作られた零式くらいのものだろう。
 しかも、これでもまだ成長の余地を残しているのだ。
 しかし、

「取り敢えず、先に聖機師たちのアストラルを解放するか」

 そんな彼にも出来ることと出来ないことがあった。
 ガイアに囚われた聖機師たちの魂≠解放するように、ちび太老もとい分身体に指示をだすブラック。
 何故このような命令をしたかと言えば、残念ながら聖機師たちの肉体はガイアに吸収されて分離が不可能な状態に陥っていた。
 幾らブラックでも失われた肉体を再構成することは出来ない。しかし侵入できない場所が存在しない以上、囚われた魂――アストラルを解放するだけなら可能だ。
 問題は解放したアストラルをそのままにしておくと、仏教で言うところの成仏――魂はアストラル海へと還ってしまう。
 こればかりはブラックにもどうすることも出来ないので、皇家の樹の力を借りる必要があったのだ。

「船穂、解放されたアストラルの回収を頼めるか?」

 ブラックの頼みに、プルプルと身体を震わせながら応じる船穂。
 ブラックたちがガイアに囚われたアストラルを解放し、解放されたアストラルを船穂が回収する。
 回収されたアストラルは、後に太老が器となる身体を用意することで蘇生を試みるという計画を立てていた。
 かなり高度な技術を要するが、鷲羽から哲学士の知識と技術を継承した太老であれば不可能なことではない。
 実際、蘇生技術自体は、太老たちの世界では特に珍しいものではないからだ。
 ネイザイとユライトの魂を分離させ、それぞれに異なる肉体を与えたのも、こうした技術の応用と言える。
 問題は――

「あとはダグマイアか」

 聖機師たちの方はそれで問題ない。問題はガルシアの依り代とされたダグマイアの方だとブラックは考える。
 ガイアも兵器である以上、聖機師が乗っていなければ動かすことは出来ない。
 だからこそ、ガルシアはダグマイアの精神に干渉し、身体の主導権を奪ったのだ。
 ガルシアを消滅させるのも一つの手ではあるが、そんな真似をすればダグマイアの精神も一緒に消えてしまう恐れがある。
 確実にダグマイアを救うには、ガルシアの精神支配から彼自身に目覚めてもらうしかなかった。
 となれば、方法は一つだけだ。

「うし、この手で行くか」

 嫌でも目が覚めるように、ダグマイアの精神を揺さぶるしかない。
 何か策を思いついた様子で、ブラックはニヤリと邪な笑みを浮かべるのであった。





異世界の伝道師 第377話『思わぬ援軍』
作者 193






 マリアとラシャラの通信を受け、目の前の敵を倒すのではなく時間を稼ぐことに作戦を変更したことで、フローラ率いる連合軍と黒い聖機人の戦闘は再び硬直状態へと陥っていた。
 いまのフローラたちは、零式によって仮初めの身体を与えられた精神だけの存在だ。
 謂わば、アストラルを宿した力場体。そのため、本来であれば肉体が受けるはずの亜法波の影響を受けずに戦える。
 それは即ち、亜法酔いで身体が先に限界を迎える心配がないと言うことを意味していた。

「亜法酔いを気にしないで戦えるのは助かるけど、さすがに厳しくなってきたわね……」

 フローラは元々亜法耐性がそれほど高い訳ではない。
 聖地の武術大会で優勝するほどの武術の腕を持ちながら、若くして実戦から退いてしまった最大の理由がそこにあった。
 通常の戦闘であれば、十分が限界。全力での戦闘ともなれば、一分と保たない。
 故に亜法酔いの心配がないと言うのは、フローラにとって渡りに船だったのだ。
 しかし、まったくリスクがないと言う訳ではなかった。
 肉体より魂が離れている状態では、気力の消耗が普段よりも激しいからだ。

「いまはどうにか抑え込めてるけど……この状態を維持できるのは十分が限界と言ったところね」

 実のところ既に全体の二割に上る数の聖機師が、シンシアとグレースによって強制送還されていた。
 敵にやられた聖機師もなかにはいるが、ほとんどが激しい戦闘で先に気力を使い果たしたためだ。
 精神が受けたダメージや疲労は簡単に回復しない。最悪の場合、目覚めなくなる可能性があるという説明は事前に受けていた。
 その説明を受けた上で志願した者たちが戦っている訳だが、幾ら命を懸ける覚悟は出来ていると言っても無為に死なせる訳には行かない。
 だからこそギリギリを見極め、これ以上は危険だと判断した者から強制送還させられていると言う訳だ。
 亜法耐性はともかく精神力の強さには自信のあるフローラでも、恐らくは三十分が限界だろう。
 並の人間であれば、あと十分保つかどうかと言ったところだとフローラは考える。

「嘗ては『狂戦士』と呼ばれた御主でも、そろそろ限界が近いのではないか?」
「そういうあなたこそ、歳には勝てないのではなくて?」

 戦いの最中、学院生時代の懐かしい異名を持ちだすシュリフォン王に、さり気なく嫌味を返すフローラ。
 いまはモルガがその異名を受け継いでいるが、嘗てはフローラがそう呼ばれていた時代があったのだ。
 だが、このような冗談が言い合える辺り、まだ二人には余裕≠ェあった。
 確かに厳しい状況ではあるが、諦めてはいないからだ。

「そのような口がきけるのであれば、まだ大丈夫そうだな。で? 実際、どのくらい保つと思う?」
「十分と言ったところね。少なくとも、半数は脱落すると思うわ」
「……やはり、そのくらいが限界か」

 確認の意味で尋ねたのだろう。シュリフォン王も限界が近いことを悟っていた。
 とはいえ、倒しても倒しても復活する相手に取れる手立てはそう多くない。
 不幸中の幸いは、敵の方も一度にだせる聖機人の数に限りがあると言う点だけだ。
 恐らくは吸収した聖機師の数しか、黒い聖機人を同時に生み出せないのだろう。
 だが、敵の数は減らないのに味方の数は時間を追う毎に減っていく。
 敵と違い、こちらは増援を見込めない以上、不利なことに違いはなかった。

「とにかく太老殿を信じて、ギリギリまで粘るしかないわね」
「ならば、我等が前へでよう。それで少しでも味方の消耗を抑えられるはずだ」

 いまでさえ、ギリギリ持ち堪えていると言ったところなのだ。戦力が半数まで落ち込めば、数で押しきられるのは目に見えている。だからこそ少しでも味方の損耗を抑えるため、自分たちが前へでるべきだとシュリフォン王は考えたのだろう。
 ダークエルフは普通の人間と比べて、強靱な肉体と高い精神力を所持している。シュリフォン王の申し出は、フローラにとってありがたいものだった。
 だがそんな真似をすれば、ダークエルフに少なくない犠牲者がでる可能性が高い。
 幾ら聖機師すべてのバイタルデータを監視し、シンシアとグレースが強制送還を行なっていると言っても、確実に安全が確保されていると言う訳ではないからだ。
 しかし、

「……お願いするわ」
「任された」

 そのことをシュリフォン王が理解していないと思えない。
 なら、その心意気を無駄にしないためにも、いまは少しでも時間を稼ぐことを優先すべきだとフローラは考える。
 残った戦力を集中させ、陣形を立て直すことが出来れば、まだ少しは時間を稼げるだろう。
 善は急げとばかりにフローラが全部隊に指示を送ろうとした、その時だった。

「――あれは!?」

 シュリフォン王率いるダークエルフの部隊と黒い聖機人との間に白い影≠ェ割って入ったのは――
 それは右手に光輝く太刀のようなものを装備した白い聖機人だった。
 一瞬にして敵との間合いを詰めると、その太刀を横薙ぎに一閃する。
 光に呑まれ、塵と化す無数の黒い聖機人。
 その光景を呆然と眺めながら、フローラは白い聖機人に乗った聖機師の名を叫ぶ。

「剣士殿!?」

 そう、白い聖機人に乗った聖機師。
 それは、ガイアの調査に向かって行方が知れなくなっていた柾木剣士だった。
 そんな彼の後を追うように、空間の揺らぎから更に二体の聖機人が姿を見せる。
 白銀の聖機人と、少し紫がかった赤い色の聖機人。
 それは剣士と同じく行方不明となっていたカレンとコノヱの聖機人だった。

「コノヱさん。ここは俺たちに任せて剣≠太老兄に」

 そう話す剣士に無言でコノヱは頷くと、太老のもとへ向かう。
 この戦場に割って入った理由。そして自分に与えられた役割を理解しているが故だった。

「お前たちは一体……」
「はいはい。ちゃんと後で説明するから、いまはそれどころじゃないでしょ?」

 状況が呑み込めず呆然としながらも、剣士に説明を求めるシュリフォン王。
 しかし、そこにカレンが割って入る。
 それどころではないと言われれば、シュリフォン王も黙るしかない。
 先程の剣士の攻撃で数を減らしたとはいえ、まだ敵が残っていることは事実だからだ。
 それに一時的に数を減らしたとは言っても、すぐに復活することは分かっている。
 厳しい戦いが続いていることに変わりは無かった。
 それでも――

「心強い援軍が駆けつけてくれたことに違いはないか」

 剣士とカレンの実力は、今更確認を取るまでもない。
 百人力。いや、一騎当千とも言える聖機師が応援に駆けつけてくれたのだ。
 いままで何をしていたのかと気になる点はあるが、いまはそのことを素直に喜ぼうとシュリフォン王は思う。
 幾ら覚悟を決めているとはいえ、シュリフォン王とて本音を言えば、ダークエルフたちに犠牲を強いるような真似は避けたかったからだ。

「あら? 援軍は私たちだけじゃないわよ?」
「……なに?」

 どう言う意味かと尋ねようとした、その時だった。
 再び空間が揺らぎ、そこから一隻の船と、その船を護衛するように二体の聖機人が姿を見せる。
 その内の一体を目に焼き付けながら、まさかと言った表情で様子を見守っていたキャイアが声を上げる。

「母さん!?」

 そう、それはガイアの放った光線に呑まれ、死んだと思われていたキャイアの母イザベルと――

「まったく、あの子は……アンタも覚悟はいいわね?」
「はい。足を引っ張るつもりはありません。私の背中を押してくれた友人(ラン)≠フためにも――」

 エメラだった。





 ……TO BE CONTINUED



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