【Side:太老】

 髪や瞳の色が僅かに違うだけで、こうして並んで見ると本当によく似ている。
 皇歌の話が確かなら似てて当然なのだが、双子の姉妹と言われても誰も疑わないだろう。

「なんとなく考えてることは分かるけど……まあ、いいか。そういうところ、お兄ちゃんは頑固だしね。皇歌も諦めた方がいいよ」
「で、でも……」
「この際はっきりと言っておくけど、私は頂神の力なんて必要ないし皇歌と一つになる気はないから」
「……自分に拒絶されるとは思ってもいなかったわ」
「私なら分かるんじゃない? お兄ちゃんが嫌だって言ってることを私がすると思う?」

 何も言い返せずに黙る桜花。まさか、桜花にも否定されるとは思ってもいなかったのだろう。
 微妙に俺が悪いみたいな話になっているが、そもそも間違ったことは言っていないと思うぞ?
 考え方は人それぞれだろうが、元が同じ存在だからと言って別々の人生を歩んではいけない理由にはならない。
 何より皇歌の考えが後ろ向きなのが気に食わない。後悔していることは分かるが、俺自身はそのことをなんとも思っていないのだ。
 前世のことなのでよく覚えていないと言うのが正しいが、仮に記憶があったとしても俺は皇歌を責めたりしないだろう。

「後悔しているのは確かなんだろうけど、はっきりと言えばいいじゃない。本当は羨ましいんでしょ?」
「何を言って……」
「自分のことだから分かるよ。ただ見ているだけはなのは辛いよね。そのために人としての部分を切り離して私を造ったのだとしても、お兄ちゃんと一緒にいるのは皇歌(あなた)≠カゃなくて桜花(わたし)≠ネんだから」

 桜花の指摘が的を射ていたのか? 目を瞠り、固まる皇歌。
 ああ、そういうことだったのか……。俺自身も思い違いをしていたと言うことだ。
 いまのままでは皇歌は、この世界に直接干渉することが出来ない。
 俺とこうして話すのにも特別な条件があって、いつでも気軽に出来ることではない。
 てっきり罪滅ぼしのつもりなのだと思っていたが、ただ寂しかっただけなんだな。

「皇歌。俺を信じて、もう少し待っていてくれないか?」
「……お兄ちゃん?」
「言っただろ? 俺がなんとかしてやるって。今度こそ約束は守る。だから――」

 今度こそ? 俺は何を言って――

「そうか、俺は……」

 そうだ。俺は皇歌と約束をしていた。
 ――ずっと一緒にいてやるって。
 なのに、その約束を俺は守ることが出来なかった。
 自分がどうしてこんなにも彼女の考えを否定しようとしていたのか、ようやく分かった気がする。
 俺も心の何処かで約束を守れなかったことを後悔≠オていたんだ。
 なら――

「お兄ちゃん、もしかして思い出して……」
「いや、約束のことを思い出したくらいで完全に記憶が戻った訳じゃない。でも、もう一度、俺にチャンスをくれないか?」

 どれだけ時間が掛かっても、今度こそ約束を守って見せる。
 それが、俺が皇歌に唯一してやれること。俺なりのケジメの付け方だった。

【Side out】





異世界の伝道師 第384話『眠れる力』
作者 193






「結局、寂しい想いをさせちゃうことには変わりないんだけどな」
「ううん。そんなことない」

 申し訳なさそうにする太老の言葉に、皇歌は首を横に振りながら小さく微笑む。
 桜花の言うように、確かに羨ましかったのだろう。
 どうして太老の隣にいるのが自分ではないのかと考えることもあった。
 桜花と一つになれば、その願いも叶う。太老と一緒にいることが出来る。
 心の何処かで、そんなことを考えていた自分を皇歌は否定することが出来なかったからだ。
 だからこそ、太老が約束を思い出してくれたことが――
 こんな自分を気遣い、もう一度約束を果たそうしてくれていることが嬉しかったのだろう。

「待つよ。いつまでだって、お兄ちゃんがそう言ってくれるなら……」

 気の遠くなるような時間を待ち続けてきたのだ。
 太老がそう言ってくれるのなら、少しくらい寂しくても我慢できる。
 それに自分にはどうすることの出来ないことでも、太老ならもしかしたらという期待があった。
 皇歌にとって太老は最初に出来た友達であり、初恋の人であり、ヒーローでもあるからだ。

「良い雰囲気のところ悪いんだけど、私がいることを忘れてない?」

 じっと見つめ合う二人の間に、溜め息を漏らしながら割って入る桜花。
 桜花にジト目で睨み付けられ、太老は困った様子で顔を背ける。
 そんな不機嫌さを隠そうともしない桜花に、どこか勝ち誇った顔で声を掛ける皇歌。

「自分自身に嫉妬するのはみっともないわよ?」
「さっきまで捨てられた子犬みたいな顔をしていた癖に、よくそんなことが言えるわね?」

 だが、桜花も負けてはいなかった。
 一触即発と言った様子で、背中に竜虎を背負いながら睨み合う皇歌と桜花。
 余りの迫力に太老が後退るのを見て、ぐっと堪えるように二人は声を絞りだす。

「やめましょう。私たちが言い争っても不毛なだけよ」
「そうね。自分で自分を否定するみたいで、気分も良くないし……」

 皇歌からの休戦の申し入れに、頷きながら同意する桜花。
 元は一つの存在だったのだ。自分のことだから相手のことがよく分かるのだろう。
 水穂たちと競うのならともかく、自分自身と争うなど不毛な結果しか生まない。
 太老を怖がらせてもまでやることではないと悟ってのことだった。

「それはそうと、桜花ちゃん。何か用事があったんじゃないのか?」

 空気に耐えかねて、話を逸らすように別の話題を振る太老。
 とはいえ、気になっていたのは嘘ではない。
 桜花は『時間だよ』と言って話に割って入ってきたのだ。
 ということは、何かしらの用があって声を掛けてきたものだと太老は察したのだろう。
 太老に用件を訊ねられ、いま思い出したかのようにハッとする桜花。

「こんなことしている場合じゃないんだった! お兄ちゃん、オメガが暴走しかけてるのよ! はやくなんとかしないと!」
「は? なんで、そんなことに?」

 外の様子を桜花から報され、首を傾げる太老。
 状況をよく分かっていない様子の太老に、皇歌が話を補足する。

「いままでは零式が銀河結界炉の力を制御していたけど、お兄ちゃんが管理者権限を発動してアクセス権を奪ったから」
「……制御する奴がいなくなって、力が暴走しているってことか」
「皇家の樹たちも、お兄ちゃんのために張り切って力を送っているみたいだしね」

 オメガが暴走している理由を聞き、ようやく納得した様子を見せる太老。
 確かに銀河結界炉の制御は零式に委ねていた。
 オメガはあくまで零式を通して力を受け取っているに過ぎなかったのだ。
 ということは、限界を超えてオメガに力が供給され続けているのだと太老は気付く。
 そこに〈皇家の樹〉の力も加わっていることを考えると、確かに暴走を引き起こしても不思議な話ではない。

「なら、零式に――」
「それはやめた方がいいと思う。お兄ちゃんも、それが危険だって分かってるでしょ?」

 桜花の正論に、何も言えずに黙るしかない太老。
 過去の世界で零式がやらかしたことを思い出したからだ。
 零式に助けを求めると言うことは、更に問題をややこしくする可能性があると言うことだ。

「俺がなんとかするしかないってことか。でもなあ……」

 零式に任せるのは危険だと言うことには同意する一方で、どうしたものかと太老は考える。
 幾ら鷲羽から知識と技術を継承したと言っても、太老にだって分からないこと知らないことはある。
 逆に言えば、知識にあることなら対処は出来るが、知らないことを解決できるほど太老は万能ではないと言うことだ。
 ――零の領域。そんなものが零式の中に存在すること自体、今回はじめて知ったのだ。
 それに零式のマスターは太老だが、太老が開発した訳ではない。白眉鷲羽の発明だ。
 仮に使えるように調査をするにしても、膨大な時間が掛かるだろうと言うのが太老の考えだった。
 勿論そんな時間はない。外との時間の流れが違うと皇歌は言っていたが、それでも桜花の慌てようから言って余り時間は残されていないと考えて良いだろう。

「余りこういう干渉をするのはよくないんだけど……仕方がないか」
「……皇歌ちゃん?」
「お兄ちゃんやあの子たちに、私みたいな後悔をさせたくはないからね」

 そう言って、手の平に光の塊を出現させると、皇歌はそれを太老の胸元に押し当てる。

「これは……」

 どこか懐かしくも温かな力が自身のなかに満たされていくのを感じて、驚きの声を漏らす太老。
 前世の記憶を取り戻した訳ではない。しかし、何か欠けていたピースが埋まるかのような感覚を太老は覚える。

「その力は、元々お兄ちゃんが持っていたもの。前世のお兄ちゃんが持っていた力の一部だよ」

 太老は転生した際、本来持っていたはずの力≠フ大部分と記憶を失ってしまった。
 その力の一部が自分のなかに眠っていることに皇歌が気付いたのは、太老が転生した後のことだった。
 皇歌がこれまでどうにか寂しさを紛らわせることが出来ていたのは、太老の存在を身近に感じることが出来ていたからだ。
 そうでなければ、とっくに心が壊れていたかもしれない。
 そう考えると、太老は最後の最後まで約束を守ろうとしてくれたのだろうと皇歌は思う。

「私に出来るのはここまで。あとは、お兄ちゃん次第だよ」

 でも、きっと大丈夫。お兄ちゃんなら、きっと――
 そう言って皇歌は微笑みながら、太老と桜花の前から姿を消すのだった。


  ◆


「まるで、ノアの方舟ですね」

 目の前に広がる光景を、旧約聖書に登場する方舟の話に例える林檎。
 続々とハヴォニワの国境に船が集まり、方舟へと避難する人々の姿がモニターには映し出されていた。
 勿論、大陸中の人々を避難させることなど物理的に不可能だし、まったくと言って良いほど時間が足りない。
 それでも出来る限りのことを為そうと、マリアとラシャラが各国の代表に掛け合って方舟への避難を提案したのだ。
 太老を信じていない訳ではないが、最悪の可能性を考慮して動くのも為政者としての務めだ。
 自分たちに出来る最善を為そうと、二人でだした答えがこれなのだろう。

「でも、万が一のことを考えると、悪くない方法ですね」

 方舟は〈星の船〉と同様、銀河帝国時代の技術が用いられて造られた船だ。
 即ち、超空間を用いたワープが可能なことを示していた。
 世界が滅びることになっても超空間へ逃げることが出来れば、助かる可能性はある。
 このまま何もせずに待っていても、世界と共に消滅するかもしれないのだ。なら、やってみる価値はあるだろう。

「あなたは避難しなくていいのですか?」
「私とマリエルは、お兄ちゃんを信じてるからね。そういう林檎お姉ちゃんだって」

 そうマリーに返されると、林檎も苦笑を返すしかない。
 山賊ギルドの旗艦要塞ダイ・ダルマーには異世界の技術が用いられているが、生憎と超空間ワープが可能な設計にはなっていない。
 この世界の技術でそこまでの再現を試みるのは、ダ・ルマーは勿論のこと林檎にも難しかったからだ。
 それに林檎が慌てていないのには、もう一つ別に理由があった。

「太老様を信じていることは勿論ですが、私には穂野火(この子)≠ェいるので」

 林檎の周りをクルクルと回るハート型の水晶。それは林檎が契約している皇家の樹――穂野火の端末だった。
 船穂や龍皇と同様、密かに荷物に紛れ込んで林檎についてきていたのだ。
 さすがに穂野火の本体がある〈皇家の船〉はこの世界へ持ってきてはいないが、いざとなれば呼び寄せることも不可能な話ではない。
 いや、以前なら難しかったであろうが、いまなら確実に〈穂野火〉を呼べる。そんな確信が林檎にはあった。
 天樹と繋がって力が増幅されているのは、船穂や龍皇だけではない。穂野火も同じだからだ。

「林檎お姉ちゃんの傍に居るのが一番安全ってことか……」
「そうでもないですよ? いま、あちらには水穂様もいらっしゃるので」

 方舟が安全だと林檎が確信している理由の一つが、そこにあった。
 方舟の改修をタチコマに命じたのは太老だ。そのことを水穂が気付いていなかったとは思えない。
 そして、水穂は銀河アカデミーの理事長にして哲学士の資格を持つアイリの娘だ。
 水穂自身は哲学士と言う訳ではないが、それでも長く母親の助手をしてきた経歴もあって、そこらの科学者よりも優れた知識と技術を有している。
 そんな彼女がマリアとラシャラに協力しているのだ。なら、万が一はないと信じて良いだろう。

「これも想定範囲ってこと? なんだか、お姉ちゃんたちが一番敵に回したらいけない相手に思えてきたよ……」

 そう言って、深々と溜め息を漏らすマリー。
 それはある意味で、正しい評価と言えなくもなかった。
 実際あの鬼姫ですら本気で怒らせることを避けるような相手――それが、水穂と林檎なのだ。
 そんな二人を敵に回せば、少なくとも無事に朝日を拝むことは出来ないだろう。

「心配しなくても、私たちは無闇矢鱈と敵を作るつもりはありませんよ?」
「でも、お兄ちゃんの敵には容赦ないよね?」
「遠慮をする理由がありませんから」

 それは即ち、太老に敵意を向ける者は、林檎にとっても敵と言うこを意味していた。
 そして、太老は敵が多い。その最たる相手が、教会と言っても間違いではないだろう。
 林檎に敵認定されている教会に対して、自業自得とはいえ、同情を覚えるマリー。
 仮に世界が救われても、教会に待ち受ける苦難と危機は去っていないと理解したからだ。

「私には関係のないことだけど、これから大変ね……ん?」
「どうかしたのですか?」

 どこか様子のおかしいマリーを気遣い、心配するように声を掛ける林檎。
 しかし、その直後、林檎の身体にも異変が起きる。
 全身を包み込むような温かな力を感じ取ったからだ。
 そして、この力の正体に二人は覚えがあった。

「この感覚はまさか……」
「うん、間違いない」
「太老様!」
「お兄ちゃん!」

 どうして、そう思ったのかは分からない。
 でも、これは間違いなく太老の仕業だと二人は確信するのであった。


  ◆


「はじまったみたいだね」
「うん。でも、太老くんなら大丈夫」

 何もない空間で、真っ白な少女と真っ白な青年は言葉を交わす。
 彼等が見詰める先にあるもの――そこには暴走するオメガの姿が映しだされていた。

「でも、彼女には少し酷なことをしてしまったね」
「あの子は聡い。そのくらいのことは気付いているさ。それでも太老を信じると決めたんだ」

 感謝しようじゃないかと、少女は笑う。
 そして、青年も笑顔で答える。

「これで、ようやく終わるんだね」
「いや、違うね。これからはじまるんだよ」

 確率の天才とは、あくまで太老が持つ能力の一部に過ぎない。
 本来の彼が持つ力があの程度≠フものではないことを、この二人は誰よりもよく知っていた。
 だからこそ、太老を受け入れてくれる世界を造ろうとしたのだ。

「私たちに出来るのは、ここまでだ。あとのことはあの娘≠スちと、この世界の私たち≠ノ委ねよう」

 そう話す少女に頷き、名残惜しそうに姿を消す青年。

「今度こそ、幸せを掴むんだよ」

 そう言って微笑みながら、少女も青年の後を追って姿を消す。

 事象の起点にして、世界に変革をもたらす存在。
 正木太老ハイパー育成計画の最終段階。
 ――異世界の伝道師≠フ覚醒がはじまろうとしていた。





……TO BE CONTINUED



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