「知識の共有……考えようによっては、とんでもない能力ね」

 鷲羽から太老の秘めた能力の説明を受け、その内容を瀬戸は重く受け止める。
 というのも――

「こんなことが知れ渡ったら、太老くんを利用しようと近付く者が更に増えそうですね」

 玲亜の言うように太老の秘めた能力を知れば、太老を利用しようとする者が更に大勢現れると予測できるからだ。
 知識とは財産だ。アカデミー最高峰の哲学士の知識にアクセスできるというのは、千金に値する価値を秘めているとも言える。
 いや、それだけの話では済まない。場合によっては、皇家の船に対抗できる力を手に入れられるかもしれないのだ。
 実際、鷲羽は魎皇鬼や福と言った〈皇家の樹〉に匹敵、もしくは上回る戦闘能力を有した船を造り上げている。
 更には、太老の船――守蛇怪・零式の開発にも、アカデミーの技術と哲学士の知識が用いられていた。
 そうした知識の漏洩は、樹雷にとっても脅威となる話だ。
 しかし、

「太老殿と親しい間柄の人物に限られるのであれば、少なくとも犯罪者の手に渡ることはないのではありませんか?」

 樹雷皇妃・船穂の言うように、この能力の恩恵を受けられる人物は限られている。
 太老と親しい友人や家族にしか、恐らく条件を満たせないと考えられるからだ。
 謂わば、これは加護≠フようなものだと船穂は考える。
 それに『善意には善意を、悪意には悪意を』と言ったように、太老には確率の天才≠ノ分類される力がある。
 自滅するのが目に見えている以上、太老を利用するのは難しいというのが船穂の見解だった。

「でも、太老ちゃんの知り合いって変わり者≠ェ多いから、そこが少し心配ね」

 お前が言うなと言った視線が、美砂樹に注がれる。
 しかし言っていることはもっともだと、この場にいる全員が同意する。
 本人たちに悪意はなくとも余計な騒動を起こしそうな要注意人物が、太老の周りには大勢いるからだ。

「確かに注意が必要な能力のようね。でも、それだけではないのでしょう?」

 そう言って、訝しげな視線を鷲羽に向ける瀬戸。
 確かに凄い能力だとは思うが、そもそも太老の持つ膨大な知識を扱える人間など限られている。
 少なくとも哲学士クラスの技術力と発想力がなければ、宝の持ち腐れも良いところだろう。
 そうでなければ、それほどの脅威≠ノはならないと瀬戸は見ていた。
 それなら従来の確率の天才≠ニしての能力の方が厄介で、対策が面倒だ。
 しかし、鷲羽の勿体振った言い回しからも、他にも何かあると考えたのだろう。

「さすがに鋭いね。まあ、簡単な話だよ。太老の能力が及ぶ範囲は人間≠ノ限った話ではないってことだね」
「……まさか」

 モニターに映し出された黒い巨人――龍皇の姿を視界に入れ、瀬戸は鷲羽が言わんとしていることを理解する。
 皇家の樹たちもまた、よく懐き、慕い、絶対的な信頼を太老に寄せている。
 だとすれば、太老の能力の恩恵を〈皇家の樹〉も色濃く受けていると考えるのは当然の帰結であった。





異世界の伝道師 第388話『矛盾と、その証明』
作者 193






【Side:太老】

「……あれって、龍皇だよな? 聖機人を取り込んだ? いや、まさか融合したのか?」

 こんな力が龍皇に備わっているとは、さすがに想定外だ。しかし、理論上はありえないことではない。
 船穂や龍皇の端末は、万素から作りだした生体組織で出来ている。謂わば、魎皇鬼のような存在と言っていい。
 そして聖機神の生体組織に万素を融合させることで、零式からのエネルギー供給に耐えられるように強化したのがオメガ≠セった。
 それと同じ強化を、龍皇は剣士の聖機人に行なったのだと推察できる。
 なら、いま剣士の聖機人は聖機神――いや、オメガに限りなく近い性能を備えていると言うことだ。

「……剣士の勝ちだな」

 剣士の聖機人――いや、いまは龍皇≠ニ呼んだ方が正しいか。
 龍皇の放った斬撃が光鷹翼の障壁ごと、ガイアを真っ二つに両断するのだった。

【Side out】






「はあはあ……」

 息苦しさに胸を押さえながら、悪い夢でも見ていたかのように飛び起きる剣士。
 そして、

「うッ……」

 込み上げてくる吐き気を堪えるように、その場に蹲る。

「ガイアは……」

 渾身の一撃を叩き込んだ手応えはあった。
 あれからどうなったのかと、周囲を確認する剣士。
 しかし、見慣れない景色に――戸惑いの表情を浮かべる。

「ここは……」

 そこは聖機人の操縦席ではなかったからだ。
 金属の壁で囲われた無機質な部屋の片隅に並べられたベッド。
 ベッドとベッドを仕切る白いカーテンに、鼻を刺激する消毒液の匂い。
 どこかの医務室であることは想像できるが、何が起きたのかと剣士は自分の身に起きたことを思い出そうとするが、

「ぐっ……」

 酷い頭痛に襲われ、ベッドから立ち上がろうとしたところでフラフラと床に膝をつく。
 そんななか――

「――剣士くん! もう、無茶したらダメじゃない!」

 扉を開く音と共に部屋に響いたのは、カレンの声だった。
 床で蹲る剣士を見て、慌てて駆け寄るカレン。すぐに肩を貸し、剣士を再びベッドに座らせる。

「その感じからして、亜法酔いは初めて?」
「亜法……酔い? これが……」

 カレンの言うように剣士の身体の異変は、稼働限界を超えて身体を酷使した聖機師に見られる亜法酔いの症状だった。
 幾ら剣士が他の異世界人と比べても高い亜法耐性を持っていると言っても、限界は存在する。
 機体は無事でも剣士の身体の方が、銀河結界炉によって強化された亜法の出力に耐えきれなかったのだろう。
 逆に言えば剣士だからこの程度で済んでいるが、他の聖機師であれば命を落としていた可能性が高いと言うことだ。

「あの……ガイアは?」
「……剣士くんの勝ちよ。ガイアは消滅したわ」

 カレンからガイアを無事に倒せたと聞き、剣士は安堵の表情を浮かべる。
 太老の信頼に応えられたこと。
 そして、皆の期待を裏切らずに済んだと知ったことで、ほっとしたのだろう。
 あれから、どのくらい眠っていたのかは分からない。
 しかし、こうして自分やカレンが無事であると言うことは――

「それじゃあ、世界は救われたんですね。これで……」

 ガイアの脅威から世界は救われたのだと考え、剣士はカレンに尋ねる。
 だが、剣士の問いに答えず、どこか悲しげな――複雑な表情を浮かべるカレン。
 何も答えないカレンを見て、何か様子がおかしいことに剣士も気付き始める。
 そもそも、ここは一体どこなのか?
 カレンがいると言うことは、恐らく〈星の船〉の医務室なのだと想像は出来るが――

「太老兄は……?」

 ふと、次に剣士の頭を過ったのは太老のことだった。
 ガイアは消滅したとカレンは言った。
 ならオメガは――太老はどうなったのかと疑問を抱いたからだ。
 いままで見せたことのない年相応の表情を覗かせる剣士の問いに――

「落ち着いて聞いて、剣士くん。あなたのお兄さんは……正木太老は……」

 空間ごとガイアと共に消滅した――と、そうカレンは答えるのだった。


  ◆


 どうしたものかと、困り顔で思案する訪希深。
 その瞳には、灰色に染まった地球とよく似た星の姿が映し出されていた。
 そう、それはジェミナーと呼ばれる異世界。並行世界の地球とも呼べる惑星だ。
 しかし青く美しかった星は灰色に染まり、世界そのものが止まっていた。
 空間ごと、時が凍り付いてしまったのだ。

「いざという時は介入するつもりでいたのだが……」

 時既に遅しという言葉が、訪希深の頭を過る。
 誰がやったかなど考えるまでもない。
 恐らくは十三年前≠フあの時のように、太老の力が暴走したのだと察する。

「こうなってしまっては、我の力でも干渉することは出来ぬ……」

 太老の能力によって書き換えられた世界には、頂神の力でも干渉することは出来ないと既に証明済みだ。
 こうなってしまっては、世界が生まれ変わる@lを黙って見守るしかない。
 確率の天才と呼ばれる因果律の操作や、自らが持つ叡智の一端を他者に分け与えると言った能力。
 それも太老が持つ能力に違いないが、本質は別≠フところにあると十三年前のあの時から訪希深は気付いていた。
 いや、恐らくは鷲羽も気付いていて、太老の成長を見守ることに決めたのだろう。

 太老の能力は何れも、自身に向けられる好意≠竍悪意≠ェ影響を与えるものばかりだ。
 その対象は鷲羽も言っていたように、何も人間に限った話ではない。
 相手が〈皇家の樹〉のような高位生命体でも、零式のように作られた存在でも――
 自身に向けられる感情≠ノとって、様々な影響を周囲に与える。
 それは即ち、この世界≠燉瘧Oではないことを示していた。

「世界にも意志や感情というものが存在するのであれば、それは恐らく――」

 世界は太老にとって、都合の良い世界へと置き換わる。
 人間が好きな相手に振り向いて欲しいと、相手の好みに合わせて着飾るのと同じだ。
 恐らくはそれが、太老が持つ能力の本質なのだと訪希深は見抜く。
 まさに世界の祝福と寵愛を受けた物語の主人公≠フようだと――

「いや、まさか……そういうことなのか?」

 そう考えたところで、ふと皇歌の口にしていた言葉が訪希深の頭を過る。
 彼女は頂神――訪希深たちを超える存在がいることを否定しなかった。
 仮にその存在が皇歌の生まれた世界を創り、そこに太老を送り込んだのだとすれば――
 その世界は最初から太老のため≠ノ創られたのだと考えることが出来る。
 そして、皇歌の覚醒によって彼女の世界≠ニこちらの世界≠ヘ融合し、一つとなった。
 訪希深たちですら気付かない間に、世界は置き換わっていたのだ。
 もし、その推測が正しかったとすれば――

「……我等よりも上位の存在がいる証明となる、か」

 自分たちも上位の存在によって創られた存在なのかもしれないと、訪希深は考える。
 何一つ証明など不可能な推測に過ぎないが、バカな話と訪希深は切り捨てることが出来なかった。
 現に全知全能であると認知している自分たちにも理解の出来ないものが、目の前に存在しているからだ。
 それを矛盾≠ニ呼ばず、なんと呼ぶべきか?
 太老こそ、まさに自分たちが望んでいた答えに繋がる存在であると訪希深は確信する。

「異界より来たれし、伝道者か」

 それが、正木太老。
 訪希深たち頂神ですら観測できない異世界より遣わされた伝道師≠フ名前であった。





 ……TO BE CONTINUED



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