「太老兄!」

 玄関の扉を勢いよく開け放つと、ドタバタと廊下を駆け抜け、リビングへと直行する剣士。
 そして剣士は、脇目も振らず階段の脇にある扉へと手を伸ばす。
 白眉鷲羽の工房へと繋がる扉だ。しかし――

「え?」

 扉を潜ったかと思えば、再びリビングへと戻ってきてしまい目を丸くする。
 再び踵を返し入り口を潜るも、何度繰り返してもリビングへと戻ってきてしまう。
 そのことから工房に繋がる道が閉ざされているのだと察する剣士。

「剣士じゃないか。いつの間に帰ってきたんだ?」

 どうしたものかと考えていると、リビングに懐かしい声が響く。
 声のした方角を振り返ると、そこには剣士もよく知る女性が立っていた。
 青みがかった銀色の髪に金色の瞳――

「魎呼姉! 太老兄は!?」
「ん? また太老の奴が何かやったのか?」

 白眉鷲羽の娘にして、嘗ては魎皇鬼と共に宇宙を荒らし回った伝説の海賊――魎呼だ。
 とはいえ、剣士にとって彼女は兄の恋人にして、姉と慕う家族の一人だった。恐れる理由などない。
 二年振りの再会とはいえ、どこか様子のおかしい剣士を見て、首を傾げる魎呼。
 また太老が何かやったのではないかと勘繰るも、そこに剣士の後を追ってきた桜花が割って入る。

「話を最後まで聞かず飛び出して行くんだから……」
「桜花も一緒か。剣士の奴、どうしたんだ?」
「いつもの鷲羽お姉ちゃんと瀬戸様の悪戯よ。連絡が行ってなかったみたいね」
「ああ……」

 桜花から話を聞き、ようやく事情を呑み込む魎呼。
 太老が帰ってきていることを聞かされていなかったのだと察したからだ。
 だとすれば――

「朝から騒々しい。一体なにを騒いで……」
「え……」

 やっぱりこれも聞かされていなかったか、と溜め息を吐きながら右手で顔を覆う魎呼。
 台所から顔を覗かせたのは、エプロン姿の金髪の少年だった。
 その姿からも、恐らくは朝食の準備をしていたのだろう。
 歳の頃は十歳前後。シンシアやグレースと同じくらいと言ったところだ。
 初対面のはずだが、どこか見覚えのある少年の顔に剣士は戸惑いを覚える。

「柾木剣士。そうか、お前もこちらの世界へ帰ってきたのか」
「まさか……」

 名前を呼ばれ、ハッと何かに気付いた様子を見せる剣士。
 そして、ありえないと驚きつつも――

「ダグマイア・メスト」

 剣士は少年の名を口にするのだった。





異世界の伝道師 第392話『無限の牢獄』
作者 193






「悪いね。忙しくてうっかり§A絡を忘れてたんだよ」

 などと笑っているが、疑いの視線が鷲羽に向けられる。
 白眉鷲羽のことを知る者には、明らかにそれが嘘だと分かるからだ。

「それで剣士は?」
『お姉ちゃんたち≠ゥら説明を受けてるわ。ダグマイアを地球へ残したのも剣士を驚かせるためでしょ?』
「ククッ、その様子だと目論見は上手くいったみたいだね」
『はあ……』

 まったく悪びれない鷲羽の態度に溜め息が溢れる桜花。
 そんなことだから剣士からも『マッド』と呼ばれるのだと思うが――

(まあ、事実だしね……)

 反作用体の貴重なサンプルということで、ダグマイアのこともモルモットと呼称して太老から預かっていたくらいだ。
 マッドと呼ばれたところで否定できる要素は微塵もないことを桜花は知っていた。

『それじゃあ、ダグマイアは返してもらうわよ。あと、お兄ちゃんからも頼まれてるし、剣士を樹雷(そっち)≠ヨ連れて行くから』
「ああ、頼むよ。私がかけた暗示≠ヘもう解けてるんだろ?」
『まだ少し記憶が混乱しているみたいだけどね。宇宙に連れ出せばすぐに思い出す≠ナしょ』

 そう言って、通信が切れる。
 そんな二人の話を横で聞いていた天地は鷲羽に尋ねる。

「鷲羽ちゃん。本当のところを教えてくれないか?」
「……天地殿は誤魔化せないか」

 鷲羽が意味もなく、剣士に太老の生存を連絡しなかったとは思えなかったからだ。
 それに、この件には瀬戸も一枚噛んでいる。
 だとすれば、何かしらの裏があると考えるのが自然だろう。
 そして、その理由についてもある程度、天地には予想が出来ていた。

「天地殿の想像通りさ。太老との縁≠ェ確認された者たちは全員、魎呼や阿重霞殿たちと同じ状況に陥ったと考えていいだろうね」

 覚悟をしていたとはいえ、鷲羽の口から聞かされた話に天地は険しい表情を見せる。
 魎呼や阿重霞たちと同じ――それは太老の周りにいる少女たちも無限の牢獄≠ノ囚われたことを意味していた。
 無限の牢獄。それは完全な不老化≠意味する。訪希深たちのような神≠ニ呼ばれる存在でさえ僅かな劣化があると言うのに、仮にこの宇宙がなくなったとしても天地≠ヘ存在し続ける。それは天地と深い縁で結ばれた者たちも同じで、寿命で死ぬことのない不老の存在となっていた。
 それと同じことが太老の周りにも起きているのだと鷲羽は説明する。

「恐らくは知識の共有≠体験した者たちは全員、太老の影響を受けていると考えていいだろうね」

 それは即ち、太老と共に永遠の時を生きる存在になったと言うことだ。
 恐らくはマリアやラシャラたちだけでなく、水穂や林檎。
 それに、もしかしたら――

「船穂様たちも?」
「ああ、でもこれに関しては今更≠セろ?」

 そう言われると天地は何も言い返せずに黙るしかない。
 天地の能力も本人の意志と関係無く、周囲の人々を巻き込んでしまうからだ。
 そのことを天地は悩み、ずっと自分を責めていた時期があった。
 しかし罪の意識に押し潰されることなく済んだのは、共に永遠の時を生きると言ってくれた恋人や友人たちと――

「でも、訪希深さんなら無限の牢獄から解放してあげられるんじゃ……」

 訪希深の言葉があったからだ。
 頂神の力なら無限の牢獄に囚われた人々を解放することが出来る。
 だからこそ、天地は一人一人に事情を説明し、不老化した人々に選択肢を与えてきたのだ。
 仮に太老の力が同じ影響を周囲に及ぼしているのだとしても、自分の時のように訪希深の力を借りればと考えたのだろう。
 しかし、

「忘れたのかい? 太老には私たちの力が通用しない。頂神の力では、あの子の存在に干渉できないんだよ」

 太老には頂神の力が通用しない。それは太老の影響下にあるすべてのモノ≠煌ワまれる。
 謂わば天地の時と違い太老と深い縁で結ばれた人たちを、訪希深の力では無限の牢獄から解放することは出来ないと言うことだ。
 自分の時よりも、ずっと深刻な状況であると言うことを天地は理解する。

「……だから時間が必要だったんだね」
「本人たちに事情を説明するにしても、確認は必要だからね」

 いままで太老の生存を剣士たちに伝えなかった理由を天地は察する。
 そして、いまも太老が天樹≠ノ軟禁されているのは、そういうことなのだと――
 軟禁などと言うが、実際には封印≠ノ近い処置だと天地は理解していた。
 こちらの世界へ帰還が確認されてから八ヶ月余り。太老は樹雷へと連れて行かれ、一度も天樹の外へとでることを許可されていないからだ。
 当然、一部から説明を求める声が上がったが瀬戸は自らの強権を使って周囲を黙らせ、太老を天樹へと幽閉したのだ。
 だが、鷲羽や瀬戸が何の理由もなくそんな真似をする人物でないことは、天地がよく知っている。だから、ずっと疑問に感じていたのだろう。
 しかし事情を聞けば、それも納得が行く。
 天地が『正木の村』の外へと余りでないのは、周囲への影響を最小限に抑えるためと言うのが理由の一つにあった。
 しかも太老の場合、無限の牢獄へ囚われた者がでても訪希深の力で解放することが出来ないのだ。慎重になるのも無理はない。

「それじゃあ、太老くんはこのままずっと?」

 最悪の可能性が頭を過り、そのことを鷲羽に尋ねる天地。
 これ以上、被害が広がらないようにするには、太老を誰とも接触させないようにするしかない。
 そのためには天樹へ隔離するのが、いまのところ最善の方策だろう。
 樹雷としても天樹の暴走を抑えると言う意味で、太老は重要なキーパーソンだ。
 実際、太老を天樹に軟禁したのは、皇家の樹の機嫌を取ると言う意味合いも大きかった。
 だが――

「いや、そんな真似をしたら水穂殿や林檎殿がここ≠ヨ乗り込んできそうだしね」

 太老は敵が多いが、それ以上に味方も多い。樹雷皇妃の船穂や美砂樹もそうだ。
 このまま太老の自由を奪い続けるような真似をすれば、彼女たちが黙ってはいないだろう。
 そのため、敢えて水穂や林檎の耳に入らないように、剣士にも太老の生存を報せなかったのだ。
 しかし、いつまでも太老を天樹に隔離できるとは、鷲羽は考えてはいなかった。それは瀬戸も同じだろう。
 だから時間が必要だったのだ。正確には誰にも邪魔をされず太老が研究に専念≠ナきる時間を確保することが狙いだった。

「心配しなくても、天地殿の懸念を解決する目処は既に立てているよ」
「でも、訪希深さんでも、それは無理だって……」
「確かに、私たちの力では太老に干渉できない。でも、太老と同じ世界で生まれた彼女≠ネら別だよ」
「……まさか、それって」

 そう言ってニヤリと笑う鷲羽を見て、天地の脳裏に一人の少女が浮かぶのだった。


  ◆


 皇家の樹に呼ばれた者しか立ち入ることが出来ない天樹の最奥に、太老の工房があった。

「うーん……おかしいな。確か、この辺りに積んであったはずなんだけど」

 ガサゴソと工房の一角に積み上げられた荷物の中身を確認する人影。この工房の主、正木太老だ。
 確認しているのは、これまでに太老が製作した発明品の数々が収められたコンテナだ。
 本人は『見習い』を自称しているが、太老は白眉鷲羽の知識を受け継いだ直弟子だ。
 正式にアカデミーに在籍していると言う訳ではないが、科学者の間では『哲学士タロ』の名で知られ、太老の開発した発明の多くはGPでも採用されているほどに高性能なものが多い。そんな太老の作った発明品が無造作に積み上げられ、床一面に散らかっている光景は、見る者が見ればお宝の山であり危険物の山とも言えるものだった。

「あとで桜花ちゃんに聞いてみるか」

 探し物が見つからず、首を傾げる太老。
 これだけ探して見つからないということは、工房の外に持ちだされた可能性が高いと考えたのだろう。
 となれば、誰の仕業かは大凡の想像が付く。
 この天樹にある工房に太老以外で自由に出入りが可能なのは、桜花以外にいないからだ。

「零式」
「はい、お父様。何か御用ですか?」

 太老が名前を呼ぶと、メイド服に身を包んだ青い髪の少女が現れる。
 ――守蛇怪・零式。太老の船の頭脳を司る生体コンピューターだ。
 彼女も太老と共に、こちらの世界へと帰ってきていた。
 と言っても、この場にいる零式は本体ではなく〈皇家の樹〉のネットワークを介した立体映像。
 船の方は厳重な監視の下、神木家が所有する樹雷のドックに停泊していた。

「そろそろ、こっちでやることも片付きそうだから、そっちの進捗状況を聞いておこうと思ってな」
「いつでも出航できるように準備は整えています。ジェミナーの座標も特定は済んでいますし、お父様が開発した次元転移装置の方もシステムへの組み込みは終わっています。あと十八時間ほどで最終調整も終了する予定です」
「さすがに仕事が早いな」
「えへん! お父様の娘ですから」
「その残念なところがなければ、もっと素直に褒めてやれるんだが……」

 胸を張る零式を見て、残念なものを見るような表情で溜め息を漏らす太老。
 優秀なAIであることは間違いないのだが、誰に似たのか?
 性格に難があることをよく知っているからだ。

「ドールたちとは連絡を取れそうか?」
「はい。あちらも上手く協力者を確保したみたいですね」
「まあ、鬼姫は敵も多いしな」

 敵の味方は敵と言ったように、鬼姫に一泡吹かせたいと考えている人間はこの樹雷にも大勢いる。
 ドールたちであれば、協力者を確保するのは難しくないだろうと太老は頷く。 
 なら、あとは桜花の帰還を待つだけかと、太老はシリンダーを覗き込む。
 それは、この八ヶ月余り。工房に引き籠もって、太老が研究を進めていたものだ。
 シリンダーのなかには特殊な液体が積められていて、そのなかには赤い宝石のようなものが浮かんでいた。
 人造人間のコアクリスタルようにも見えるが、どこか魎呼の宝玉のようにも見える。

「上手く安定しているみたいだな。こればかりはマッドに感謝しないといけないか……」

 鷲羽の力を借りなければ、完成させることは難しかっただろうと太老は考える。
 借りを作りたくない相手に借りを作ったことに頭を抱えつつも、後悔はしていなかった。
 というのも――

「これで、やっと……」

 皇歌との約束を守ることが出来る、と太老は笑みを浮かべるのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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