「上手く行ったみたいだな。零式、ゲートの状態はどうだ?」
「安定しています。MEMOL≠ニの接続も上手く行っているみたいです」

 宇宙空間に浮かぶ巨大なゲートを眺めながら零式に状況を尋ねる太老。
 そして――

「太老兄、これって……」
「ん? ジェミナーへ通じるゲートだけど?」

 桜花の案内で太老と無事に再会を果たした剣士は、困惑の極みにあった。
 無理もない。樹雷皇族であったとしても選ばれた人間しか入れないような場所へ連れて来られたかと思えば、太老の工房に案内され、特等席で異世界へのゲートが開くところを鑑賞させられたのだ。
 正確には状況に流されるまま、太老の実験に付き合わされたと言うのが正しいだろう。

「ゲートって、あんなに大きなものをどうやって……」
「詳しく説明すると長くなるから割愛するが、簡単に言うと〈皇家の樹〉の力を使って道≠繋いだんだ」
「皇家の樹って、船穂や龍皇みたいな?」

 剣士の質問に対して、さすがに理解が早いなと頷く太老。
 契約者の阿重霞を除くと〈龍皇〉の力を引き出すことが出来たのは、これまで太老や桜花しかいなかった。
 本来は契約者以外の人間が、既に契約者のいる〈皇家の樹〉と繋がることなど不可能なのだ。
 しかし剣士はあの時、確かに〈龍皇〉と心を通わせ、その力を引き出していた。
 龍皇が力を貸してくれたとも取れるが、剣士自身に適性がなければ不可能なことだ。
 だから――

「お前がこっちの世界に帰って来ることも分かっていた」
「え?」

 どうやって、と言う疑問が剣士の頭に過る。
 しかし――

「そう言えば、零式の予想通り。時間もピッタリって……」

 剣士は御神木の前で再会した時、桜花が口にしていた言葉を思い出す。
 あの時の桜花の言葉が正しいなら、剣士が帰ってくる場所と日時が零式には――いや、太老には分かっていたと言うことだ。
 ようやく気付いた様子を見せる剣士に、ニヤリと笑いながら桜花は答える。

「祭よ。あっちの世界の様子は〈祭〉を通じて、天樹に筒抜けだったからね。そして、いま〈祭〉は方舟の動力兼生体ユニットとして機能している。即ち〈MEMOL〉の情報も自由に閲覧可能ということよ」
「あ――」
「気付いたみたいね。そう、タチコマネットワークよ」

 いまや正木商会の主力商品であるタチコマは、世界中の至るところで活躍している。
 彼等は独自のネットワークを築き、蒐集された情報は〈MEMOL〉を通じて共有されていた。
 その情報を閲覧できると言うことは、ジェミナーで起きているすべての出来事を盗み見ることが可能と言うことだ。
 こちらの世界にいながら、太老たちがジェミナーの様子を窺うことが出来た理由を、ようやく剣士は理解する。

「それじゃあ、あのゲートを使えば、自由にジェミナーと行き来できるってこと?」
「ああ、ゲートを維持するエネルギーは、ここにいる〈皇家の樹〉たちから供給されているからな。その気になれば、半永久的に稼働させることも可能だ」

 冗談のような話を耳にして、ポカンと呆気に取られた様子で驚く剣士。
 あちらの世界では地球へ送還する装置を開発するのに、水穂とナウアが力を合わせても一年近い時間を要したのだ。
 その上、エネルギーをチャージするのに半年もの時間を要し、転送できるのはたった一人という代物を作るのにだ。
 半永久的に稼働を続けるゲートと聞いて、剣士が耳を疑うのも無理はない。

「もっとも、世界の壁を越えて超空間を行き来できる船となると限られるけどな」

 あちらの世界なら方舟と〈星の船〉だけだろうと、剣士の疑問に太老が答えようとした、その時。

「はじまったみたいだな」

 樹雷の首都『天樹』の空に、新たな時代の幕開けを告げる爆音が響くのだった。





異世界の伝道師 第394話『出航』
作者 193






「上手く行ったみたいね」

 自ら破壊した神木家のドックを映像越しに眺めながら、黒い聖機人の操縦席でニヤリと笑うドール。

『早く船に戻りなさい。すぐに警備兵がやってくるわよ』
「はいはい、分かってるわよ。それで、そっちはどうなの?」
『ベアトリスとネイザイが発進準備を整えてくれているわ』
『よし、船の拘束ロックは解除したわ』
『こちらも準備完了です。いつでも出航できます』
『――だ、そうよ』
「了解。それじゃあ、太老を迎えに行きましょうか」

 メザイアとネイザイ。それにベアトリスもといベスの声が聖機人のコクーンに響く。
 ゆっくりと浮かび上がる守蛇怪・零式≠見て、ドールは開け放たれたハッチから船の格納庫へ向かおうとするが――

『ドール? どうかしたの?』
「ちょっと面倒なことになったわ。予想よりも警備兵の動きが早い」

 瓦礫に埋もれたドックにゾロゾロと集まって来る警備兵の人影を土煙越しに確認して、舌打ちをするドール。
 樹雷の闘士のなかでも神木家の闘士と言えば、精鋭で知られるエリート集団だ。
 船を出航させようにも、このままでは妨害される可能性が高いと考えたのだろう。

「さすがは太老が警戒する鬼姫の部隊。神木家の精鋭と言ったところね」

 太老が警戒するのも頷けると納得し、ドールは機体を反転させ、迎撃の構えを取る。
 この聖機人は聖機神の技術を応用して作られた太老謹製の新型機だ。
 しかもドール用に調整が施され、基礎的なスペックはガイアを上回るほどの性能を秘めていた。
 この国の兵士は確かに強い。装備もあちらの世界とでは比較にならないほど高性能なものばかりだ。
 それでも、この聖機人なら互角以上に戦えるはず。船が出航するまでの足止めくらいは可能だろうとドールは分析する。
 しかし――

『その必要はないわ』

 少女の声が響くと、灰色の光が船を中心にドック全体を包み込む。
 その光を浴びた直後、まるで時が止まったかのように動きを止める樹雷の闘士たち。
 止まったかのように見えるのではなく本当に時間を止めたのだと、ドールは誰の仕業かを察する。
 案の定、船のハッチから格納庫を覗き込むと、そこには見慣れた一人の少女が立っていた。

「アウン、助かったわ。一応、御礼を言っておくわね」
「フフン、素直でよろしい」

 船の格納庫で、ドールを出迎える一人の少女。
 彼女の名はアウン・フレイヤ。英雄フォトンと共に歴史の表舞台から姿を消した巫女姫だ。
 もっとも記憶を有していると言うだけで、フォトンと旅をしたアウン本人ではないのだが――
 本来、役目を終えて消えるはずだったところを太老に救われ、いまはドールたちと行動を共にしていた。
 そして樹雷の闘士たちを停止させた能力は、アウンが持つ力の一つだ。
 昔はよく力を暴走させていたのだが能力を制御できるようなった今は、効果範囲や対象者を絞って時間や空間を凍結できるまでに至っていた。

『いまのうちに出航します』
「ええ、太老を迎えに行きましょう。そして、皆で帰るわよ」

 ――わたしたちの世界へ。
 出航を告げるベスに、どこか決意に満ちた表情でドールはそう答えるのだった。


  ◆


 皇家の樹が眠る天樹の内部へと足を踏み入れるには、本来『試しの儀』で用いられる門を潜る必要がある。
 だが、余り知られていないことだが、天樹はありとあらゆる場所に入り口≠開くことが出来る。

「ドックをでた形跡はない。となれば――」

 守蛇怪・零式を天樹が招き入れたのだと、瀬戸は結論を導き出す。
 神木家の別邸で軟禁されていたはずのドールたちと船が同時に消えたのだとすれば、その目的は一つしか思い浮かばなかったからだ。
 太老を解放し、開いたゲートからジェミナーへ逃げ込むつもりなのだろうと――
 そして、恐らくドールたちを手引きした協力者がいるはずだと瀬戸は考える。
 神木家の別邸に出入りが可能な人間で、太老に協力的な人物となれば候補は限られるからだ。
 しかし、

「協力者を問い詰めたところで無駄よねえ……」

 シラを切るどころか、あっさりと認めて開き直られるのがオチだと分かっていた。
 恐らくは、樹雷皇妃の船穂や美砂樹が今回の件に関わっているはずだ。
 いや、他にも協力者がいる可能性が高いと瀬戸は考える。
 この樹雷で太老に好意的な人物は、あの二人だけではないからだ。

「こうなってくると、例の会議に出席していた全員が怪しく思えてくるわね……」

 いや、もしかしたら自分や鷲羽以外の全員がグルになって、太老に協力している可能性もあると瀬戸は考える。
 そもそもの話、ここまで情報が上がって来ないことがありえないのだ。
 こうなってくると、神木家で働く女官たちも怪しく思えてくる。

「これは、してやられたかもしれないわね」

 もし、女官たちもグルなのだとすれば、水穂や林檎の関与が疑われる。
 あの二人のことだ。ここまで予想して手を打っていたとしても、不思議ではないと瀬戸は考えたのだろう。
 実際その予感は当たっていた。
 水穂と林檎は自分たちに何かあった時のマニュアルを、それぞれの部下に託していたのだ。

「天樹が招き入れ、あそこに逃げ込んだとなると追跡は不可能ね。となると、でてきたところを捕まえるしかないのだけど……」

 相手はあの伝説の哲学士、白眉鷲羽が太老のために設計した船だ。その潜在能力は〈皇家の船〉にも劣らない。
 いや、銀河結界炉を取り込み、更には天樹を味方につけていることを考えれば、仮に神木家の全戦力を投入したとしても止められるとは思えなかった。
 下手に手をだせば、魎呼と魎皇鬼によって奇襲を受けた七百年前よりも更に大きな被害をもたらす可能性が高い。

「打つ手なしか。それに、あのゲート……」

 恐らくは太老の仕業だと思うが、これだけ目立つことをされたら隠蔽するのも難しい。
 ゲートの出現した宙域は現在、観測宙域に指定され、ただでさえ様々な勢力の注目を浴びている場所なのだ。
 恐らくは世二我やアイライからも、説明を求める声が上がるだろう。
 そうなったら異世界――ジェミナーの存在が明るみとなるのは時間の問題だ。

「これでは、あちらの世界に隔離する意味はないわね。なるほど……」

 ドールたちを手引きしたであろう者たちの狙いを瀬戸は察する。
 ジェミナーの存在が明るみになれば、太老を再びあちらの世界へと隔離する意味は薄くなる。
 いや、それどころかアイライなどはジェミナーを聖地と称し、ゲートの使用を求めて来る可能性すら考えられた。
 実際、太老はDr.クレーが再び逮捕される運びとなった三年前の事件で注目を浴び、現在アイライにて『神子』と称され、嘗てのネージュ・ナ・メルマスのように絶大な信仰を集めつつあるのだ。
 アイライの上層部からしてもネージュという求心力を失い、教団から離れつつある信者の心を繋ぎ止めたい思惑もあったのだろう。
 だが、それは樹雷にとって頭の痛い問題の一つとなっていた。

「あちらの世界への干渉を最小限に留めるためにも、ワンクッション挟む必要があるわね。ああ、それで船穂殿は……」

 現在樹雷では、これまでの太老の功績に報いるため、領宙を与える計画が進んでいた。
 恐らくゲートが出現した宙域を太老の領宙に組み込むつもりなのだと、瀬戸は船穂の考えを察する。
 彼等が神子と崇める太老の治める地となれば、アイライの信者たちも無茶な要求は出来ないだろうと考えたからだ。
 しかし、あの船穂のことだ。恐らく話はそれで終わりではないだろう。

「そうして実績を積ませて、ゆくゆくは樹雷皇を継がせる算段かしらね」

 既成事実を積み重ねることで太老に樹雷皇を継がせるつもりでいるのだと、瀬戸は船穂の真の狙いを察する。
 確かにこの方法なら時間は掛かるだろうが無理なく、太老に皇位に譲ることが可能だろう。
 しかし、

「そう上手く行くとは思えないけど」

 予定通りに計画が進むなら、こんな苦労はしていない。
 あの白眉鷲羽ですら、綿密な計画を立てていたと言うのに予定通りに事を進めることが出来なかったのだ。
 船穂がどのような企てを立てていようと、そう思い通りに事が進むとは思えない。
 まず間違いなく、太老を計画の中心に据えている時点で上手く行くはずがないと考え――

「今回は素直に負けを認めましょう。船穂殿のお手並みを拝見するとしますか」

 瀬戸は負けを認めつつも、船穂が悔しがる姿を思い浮かべながらクツクツと笑うのだった。


  ◆


「瀬戸様宛にドックの修繕費がきてます」
「ちょっ、なんで私が!?」
「あそこは神木家のドックですから、瀬戸様に請求書が来るのは当然では?」
「ドックを壊したのは零式でしょ!? なら、マスターの責任よね? あの子に請求すると言うのは……?」
「秘密ドックの存在を明らかにするんですか? それに太老様を幽閉していたことが世間にバレますよ?」

 まだ太老の帰還を正式に公表すらしていないのだ。
 船と引き離し、幽閉していたことなど明るみに出来るはずもない。
 女官のもっともな言い分に、修繕の見積もりの額に肩を震わせながら瀬戸はガクリと肩を落とすのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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