これから異世界との交流の窓口となる惑星には新たに『光門(みつかど)』という名が付けられ、一日遅れで式典の方も滞りなく終了した。
 その後、ホテルで宴会が執り行われたのだが――

「全員、酔い潰れちゃったな」

 太老がお詫びにと振る舞った神樹の酒が効果覿面だったのだろう。
 招かれた来賓のほとんどが酔い潰れ、死屍累々と言った惨状を晒していた。

「まあ、あれだけ神樹の酒を振る舞われたらね」

 呆れた口調の太老に、こうなるのも仕方がないと水穂はツッコミを入れる。
 神樹の酒は皇家の樹の実で作られた高級酒で、大国のトップでも滅多に口に出来る品ではないのだ。
 以前、市場に流れた時は未開拓の惑星一つと同じくらいの値段がついたこともある。
 そんな酒を浴びるほど振る舞われたら、こうなってしまうのも必然と言えた。

「そう言えば、太老くん。前から一度尋ねたいと思っていたことがあるのだけど」
「……はい?」
「こちらの世界へ戻ってくるまでに、三ヶ月くらいの空白があったのでしょ? その間、どうしていたの?」
「ああ……そう言えば、こっちだと三ヶ月も経っていたんだっけ……」
「どういうこと?」
「次元の狭間を船で彷徨ってたんだけど、俺たちの体感時間だと一週間くらいだったんで」

 水穂の疑問に答える太老。
 太老たちの体感時間では凡そ一週間であったのに対して、こちらの世界では三ヶ月が経過していた。
 恐らくは時空間が歪んでいた影響で、世界を渡る際に時間にズレが生じたのだろうと太老は説明する。

「……それって、もしかして今回も?」
「えっと……まあ、今回は半年ほど」

 太老との連絡が途絶えてから四ヶ月。即ち、今回も二ヶ月ほどのズレが生じている。
 その程度であれば誤差の範囲と言えるかもしれないが、下手をすれば浦島太郎になっていた可能性があると言うことだ。
 太老のことだ。二度起きたことが三度起きないとは限らないだけに、水穂が由々しき問題と捉えるのは当然だった。
 とはいえ――

「訪希深がちゃんと調整したと言ってたから、たぶん大丈夫じゃないかなと」

 ゲートを潜る際に転移座標が狂ったのは、ガイアとの戦いで生じた時空間の歪みが原因だと訪希深は言っていた。
 あれから念入りに訪希深が調整を行なったとの話なので、たぶん大丈夫だろうと太老は話す。

「たぶん?」

 頂神である訪希深が問題ないと太鼓判を押したにも拘わらず、微妙に自信がない様子の太老の発言に、嫌な予感を覚える水穂。
 水穂の問いに対して、どこかバツの悪そうな表情で太老は答える。

「えっと……転移時に偶然#ュ生したエネルギーポケットに巻き込まれたみたいで……」
「もしかして、海面に落下したのって……」
「まさか衛星軌道上に転移すると思わなくて、そのまま……」

 まったく大丈夫じゃない太老の話を聞き、水穂は頭痛を覚える。
 しかし太老だからと考えれば、そうした話も分からないではなかった。
 普通は万に一回しか起こらないようなことを、何度も引き当てるのが『確率の天才』と呼ばれる由縁だからだ。
 フラグメイカーの真骨頂と言ったところだろう。
 とはいえ――

「太老くんは、しばらくゲートの使用を禁止ね」
「え?」

 話を聞いた以上、このまま放置できないと水穂は判断する。

「少なくとも対策を講じるまでは許可できないわ。いいわね?」

 水穂からゲートの使用を禁じられて戸惑う太老。
 しかし実際に続けて事故を引き起こしている以上、反論の余地などなく受け入れるしかないのであった。





異世界の伝道師 おかわり『そして外伝へ』
作者 193






「まいったな」
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
「水穂さんにゲートの使用を禁止された」
「ああ……」

 太老の話を聞いて、口にはださないが当然だと言った表情を覗かせる桜花。
 本来、一方通行であるはずのゲートで別の世界へ転移するという離れ業をやってのけたばかりか――
 帰りも別世界で発生した思しき次元震の影響を受け、超空間にエネルギーポケットが発生。
 転移座標がズレて、一直線に海へ落下するという大事故を引き起こしたのだ。
 こうも立て続けに事故が起きたら、水穂がゲートの使用を禁止するのも無理はない。

「他人事じゃないぞ? ゲートが使えないと桜花ちゃんがばらまいた道具も回収できないんだから……」
「うっ、それは……」
「さすがに、このままって訳にはいかないしな」
「……だよね」

 さすがに責任は感じているのか、肩を落として困った様子を見せる桜花。
 太老の発明した道具と言うことは、謂わばアーティファクトのようなものと言っても間違いではない。
 哲学士の発明品であることを考えれば、それ以上の価値があるとも言えるだろう。
 しかも桜花が流出させた発明品のなかには、扱いを誤ると文明を滅ぼしかねない危険な代物も幾つか混ざっていた。
 言ってみれば、ガイアが可愛く思えるような代物だ。
 太老からなくなったアイテムの説明を受けた時、桜花の顔が青ざめたのは言うまでもない。
 太老自身はそこまで危険な代物を作ったという認識はないのだが、そこは一般人と哲学士の認識の差だろう。

「そういや、桜花ちゃん。前から、ずっと聞こうと思って忘れてたんだけど……」
「ん?」
「あの時はそれどころじゃなくてスルーしたけど、いつの間に零式へ忍び込んだんだ?」
「ああ、ガイアを倒した後のこと?」

 太老が言っているのは、ガイアを倒した少し後のことだ。
 実のところ太老も、剣士がガイアを真っ二つに斬り裂いた前後の記憶が曖昧だった。
 気付けば零式のブリッジで、全員一緒に倒れて眠っていたからだ。
 ドールたちは最初から零式に乗っていたから分かるのだが、桜花は方舟にいたはずだ。
 しかし、ドールたちと一緒に零式のブリッジで、太老に抱きつくように桜花は眠っていた。
 最初は船穂と龍皇の仕業かとも考えたのだが、あの時、船穂は太老と一緒にいて龍皇も剣士に力を貸していたのだ。
 そんな余裕があったとは思えない。

「お兄ちゃんじゃないの?」
「いや、俺は特に何もしてないぞ?」
「じゃあ、零式?」
「確認を取ったけど、本人は知らないと否定してる。そもそも、あの時はこっちに管理者権限があったしな」

 零式がどうこうするのは不可能だと太老は説明する。

「うーん……まあ、いっか」
「いいの? そんな適当で?」
「気にはなるけど、特に実害があった訳でもないしな。むしろ、桜花ちゃんが一緒にいてくれて嬉しかったし」
「お兄ちゃん……」

 そう言う意味ではないと分かっていても、太老が自分を必要としてくれていることに感動する桜花。
 ならば、と桜花は太老のために知恵を絞り、頭に浮かんだことを提案する。

「ゲートの発生装置を小型化できたら問題も解決するのにね。仮に別の世界へ跳ばされても、それなら帰って来られるでしょ?」
「ああ、その手があったか。でも、結局は時間のズレの問題が……あっ!」
「何か思いついた?」
「銀河結界炉とあっちの世界≠ナ回収した演算ユニット≠使えば、そういう装置も開発は不可能じゃないと思う」

 さすがに個人携帯可能なほどの大きさは無理でも、船に搭載するのであれば不可能ではないと太老は考える。
 問題はゲートを維持するためのエネルギーだが、それは銀河結界炉が使えるだろう。
 第一、ジェミナーへ通じるゲートと違って、ずっと展開しておかなければならないと言う訳ではない。
 必要な時だけゲートを展開して使用すれば、エネルギーの消費は最小限で済む。
 そして時間のズレに関してだが、それはジェミナーとは異なるもう一つの異世界≠ナ回収した演算ユニット≠ェ役に立つと太老は考えていた。
 これが上手く行けば、自由に様々な世界を旅できる装置が作れるかもしれない。
 思い立ったら吉日とばかりに――

「よし! 一週間ほど工房に籠もるから、あとのことはよろしく」
「あ、お兄ちゃん――」

 制止する間もなく、太老は転移の光と共に桜花の前から姿を消すのだった。


  ◆


「行っちゃった……」

 ある意味で尊敬さえ覚える行動の早さに桜花は溜め息を吐く。
 あの調子だと本当に一週間は工房から出て来ないだろう。

「どうやら一足遅かったみたいですね」
「船穂お姉ちゃん。お兄ちゃんに用事?」
「はい。御礼と相談したいことがあったのですが……」
「相談は分かるけど……御礼?」

 式典を台無しにして完成したばかりの宇宙港を水没させてしまったのだ。
 叱られるならまだしも、御礼されるようなことをしただろうかと首を傾げる桜花。

「水子さんたちが浜辺に打ち上げられた黒服の男たちを捕らえました」
「それって……」

 御礼の意味を察する桜花。
 零式が引き起こした津波が式典を妨害するために潜んでいた工作員を洗い流したのだろう。
 ――善意には善意を、悪意には悪意を。
 その捕まった男たちは、太老に対して悪意を持っていたと言うことになる。
 となれば、問題はどこの工作員かと言うことだが――

「恐らくは強硬派の者たちの仕業でしょう」
「……誰?」
「申し遅れました。私はケイラ・マグマ。アイライで尼僧院の長をさせて頂いております」
「アイライの教主長!? まさか、お兄ちゃんを狙って――」

 桜花の身体から漏れでた殺気に目を瞠るケイラ。
 見た目通りの子供ではないと思っていたが、彼女の想像を遥かに上回っていたのだろう。

「桜花ちゃん、少し敵意を抑えてもらえるかしら? ケイラ殿は敵ではないわ」
「……船穂お姉ちゃんがそういうなら」

 渋々と言った様子ではあるが、船穂の顔を立てて敵意を抑える桜花。
 しかし、ケイラに対する警戒は解いていない様子が見て取れる。
 アイライが太老を狙っていることは、桜花も耳にしているからだ。
 その教主長を名乗る人物を、幾ら船穂の言葉でも易々と信じられるはずもなかった。

「桜花ちゃんの警戒を解くためにも、最初から事情を説明した方が良さそうですね」

 そう言って、船穂は現在のアイライの情勢。
 そして、ケイラの素性や目的などを桜花に説明するのであった。


  ◆


 この後、太老は完成した転移装置を船に搭載し、仲間たちと共に様々な世界を旅することになる。
 そうしてこの星はジェミナーだけでなく複数の世界と繋がる玄関口として発展していくことになるのだが、それはまた別の話だ。





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