肩で息をしながら、呼吸を整えるラクシャ。
 視線の先には燐光を放ちながら消えていく幻獣と、巨大なオベリスクの姿があった。

「これで一つ目ですか……」

 そのオベリスクには、大樹に囚われた種の想念が封じられていた。
 ラクシャたちは〈進化の護り人〉の言葉に従いオベリスクを守る幻獣を倒し、封じられた想念を解放したのだ。
 だが、これでようやく一つ目≠セ。ヒドゥラの説明によると〈進化の護り人〉と同じ数だけオベリスクは存在するとの話だった。
 正直に言って、ジャンダルムの頂上で戦った翼竜が可愛く思えるくらい手強い敵だった。
 フィーとイオの助けがなく、前のように三人だけで戦っていたなら勝てなかったかもしれない。
 それだけに、この先も同じような戦いが続くようなら体力が保ちそうにないとラクシャは疲労を滲ませる。
 だと言うのに――

(この方々は、どうしてこんなにも元気なのでしょうか……)

 冒険家のアドルや、猟兵のフィーはまだ理解できる。
 しかしイオやリコッタも疲れの色は見えない。まだまだ余力を残しているかのようだった。
 床に膝をついて息を切らせているのは自分だけだと思うと、ラクシャは理不尽なものを感じずにはいられなかった。

「お見事です」
「……邪魔をしないのでは、なかったのですか?」

 戦闘が終わってから現れたヒドゥラに、非難の目を向けてラクシャは尋ねる。
 オベリスクを守っている幻獣がいることは聞かされていたが、その幻獣はどう見てもヒドゥラと関係しているとしか思えない姿をしていたからだ。

「あれは私ではありません。嘗て、大樹に囚われた私の想念です」

 幻獣の正体は、ヒドゥラの想念を元に生み出されたオベリスクの守護者だった。
 気が遠くなるほどの歳月、ここで守護者をさせられていたとヒドゥラは説明する。
 それならそうと事前に言っておいて欲しかった、というのがラクシャの本音だ。
 敵の情報があれば、ここまでの苦戦はしなかったかもしれない。
 まだ対策を立てることも出来ると考えたからでもあった。
 しかし、

「私たちは〈進化の護り人〉です。私に出来ることは魔女殿の言葉を伝え、道案内をすることだけですから」
「そうでしたね……」

 目の前の人物が〈進化の護り人〉であることをラクシャは思い出す。
 彼等は〈はじまりの大樹〉の眷属だ。
 話せることと話せないこと。協力できることと出来ないことがある。
 これは、その話せないことの一つなのだろうと察した。

「しかし、これをあと三つ≠ナすか……」

 ヒドゥラ、ミノス、ネストール。そしてウーラを加えると、全部で四つのオベリスクが存在すると言うことだ。
 順番にオベリスクを解放していけば、クイナの元へ辿り着けるという話だった。
 嘘は吐いていないと思う。だが、すべてを語ってはいないとラクシャは感じていた。
 疑っているのは、アドルやフィーも同じだろう。しかし、いまは彼等の言葉を信じて進むしかない。

「いえ、それは違います。残りは四つ≠ナすね」

 想像もしなかった言葉がヒドゥラの口から返ってきて、ラクシャは目を丸くして驚く。
 残り三つだと思っていたオベリスクが、どう言う訳か、まだ四つあると聞かされたのだ。
 残り一つは誰の者なのかと、ラクシャが尋ねようとすると――

「最後のオベリスクはエタニア人――ダーナのものだね?」

 アドルの問いにヒドゥラは無言で頷く。
 忘れそうになるが、ダーナも〈進化の護り人〉の一人だ。
 だとすれば、エタニア人のオベリスクがあっても不思議な話ではない。

「恐らくクイナもそこにいるんじゃないか?」
「……よくわかりましたね」
「オベリスクを順番に巡った先にクイナがいると、キミたちは言った。なら答えは簡単だ」

 オベリスクの並びは〈ラクリモサ〉が実行された順番だと推測が立つ。
 だとすれば、最後のオベリスクはエタニア人――ダーナのものだと考えるのが自然だ。
 そして恐らく〈進化の護り人〉は自分のオベリスクがある場所には、直接〈転位〉が出来るのだろうとアドルは考えていた。
 これなら、本来であれば順番に巡る必要があるオベリスクの先にクイナがいる理由も説明が付くからだ。
 しかし、それは結局のところ残り三つのオベリスクを解放しなければ、クイナの元へ辿り着けないことを意味していた。

「ラクシャ姉、お疲れか?」
「ん……ちょっと休憩していく?」

 リコッタとフィーに心配されて、複雑な表情を滲ませるラクシャ。
 元々このなかで一番力が劣っているのは、最初からわかっていたことだ。
 無理を言って付いてきたという自覚があるだけに、足手纏いにだけはなりたくないとラクシャは考えていた。
 だから、こんなところで弱音を吐いてはいられないと、

「いえ、先を急ぎましょう」

 ラクシャは膝に力を入れ、自分を奮い立たせる。
 そんな彼女の背中を何かを考えるような仕草で、じっと見詰めるイオの姿があった。


  ◆


「これまでの経緯は理解しました。なんだか、ウーラさんの時ばかり酷い目に遭っている気がしますけど……」

 消耗した力を回復させるために再び眠りについたウーラの代わりに、サライは不満を口にする。
 そんな彼女に「文句はアイツに言ってくれ」とシャーリィに視線を向けるリィン。
 だがシャーリィは依然として、まったく気にしている様子はなかった。
 というか、本気でよくわかっていないと言った顔だ。
 これにはリィンも呆れ、サライも諦めに似た表情を見せる。

「それで結局、ウーラの状態はどんな感じなんだ?」
「かなり力を消耗しているみたいです。それに女神と事を構えるなら、自分ではなく私の方がいいだろうと……」

 進化の護り人が〈はじまりの大樹〉の眷属であることに変わりは無い。
 盟約で縛られている以上、ウーラは〈はじまりの大樹〉に逆らうことが出来ない。それは大樹を創造した女神に対しても同様だ。
 サライに身体を預けている最大の理由がそこにあるのだろうというのは、リィンも薄々ではあるが気付いていた。
 盟約によって行動の制限を受けないように、ルールの抜け道を利用していると言うことだ。

「便利な身体だな」
「……そんなことを言われたのは初めてです」

 ウーラの能力『擬態』の話を聞けば、気味悪がるが敬遠するのが普通だ。
 だが、リィンからはそうした負の感情が見られない。
 本気で便利な能力だとくらいしか思っていないようだった。

「姿だけでなく記憶や経験なんかも取り込んでコピーできるんだろ?」
「えっと、はい。ダーナさんの予知のような……固有の能力までは使えませんが……」

 それ以外は使えるということだ。十分に便利な力だとリィンは考える。
 ウーラの能力を使えば、スパイ活動などやりたい放題だ。
 ましてや記憶を読み取れるということは、尋問の手間も省ける。
 欲しいな、とリィンは小声で呟く。そして、

「ただの協力者ではなく、正式に俺たちの仲間になるつもりはないか?」
「え?」
「はっきり言うと、お前が欲しい」

 傍から見れば、完全に告白だった。
 正確には腐らせるには惜しい能力だと思っての勧誘だったのだが、頬を紅く染めるサライを見て、ダーナは複雑な表情を浮かべていた。
 悪い男に騙されそうになってる友人を止めるべきか、迷っていると言ったところだろう。
 だがサライに男気がないことは、親友のダーナが一番よく知っている。
 このチャンスを逃せば、一生機会は巡ってこないかもしれない。
 ここは大切な親友を応援すべきだとダーナは考え、

「サライちゃん。私、応援するから」

 一緒に頑張ろう、と声援を送る。
 呆けた様子を見せるも次の瞬間、サライは顔を真っ赤にして「そういうのじゃありませんから!」と叫ぶのだった。


  ◆


「サライちゃんを泣かせたら絶対に許しませんから」

 ダーナに睨み付けるような強い視線で釘を刺され、『どうしてこうなった』とリィンは心の中で呟く。
 だが今更、自分から口にした言葉を引っ込めることも出来ず、頷くことしか出来ない。
 勿論ダーナも本気で言っている訳じゃ無い。リィンがそういうつもりでサライを誘った訳じゃないことは理解していた。
 しかし大切な親友を任せる以上は、一言釘を刺しておかないと気が済まなかったのだ。
 特にリィンの場合は――

「ベルさんから、その……いろいろと話を聞いていますから……」

 頬を紅く染めて、もじもじと指を絡めながらそう話すダーナ。
 ベルから既に何人もの女に手をだしている好色家だと、ダーナは話を聞いていた。
 親友がそんな悪い男に引っ掛かろうとしているのだから心配するのも当然だ。

「嘘は言っていませんわ」

 リィンに睨み付けられながらも、サラリと受け流すベル。
 酷い言い掛かりだと思う一方で身に覚えがないとは言い切れないだけに、リィンも強く反論できずに苦い顔を見せる。

「英雄色を好むとも言いますし、その……そういうことは理解しているつもりですが……」

 幼い頃にダーナは寺院に引き取られ、ずっと女ばかりの場所で生活をしてきたとあって男女の関係に疎いところがある。
 勿論まったく知識がないと言う訳ではないが、そうしたことに免疫が薄かった。
 特に彼女の知識は本に頼っているところが多く、随分と偏っている。
 このまま、この話を続けるのは不利だと判断したリィンは、さっさと話題を変えようとするが――

「誰だ?」

 何者かの気配を察して、ブレードライフルを構えた。
 銃口を向けた方角の空間が揺らめき、人影が現れる。
 両手を挙げるようなポーズで姿を見せたのは、奇妙な格好をした若い男だった。

「待ってくれ。俺は怪しい者じゃない」
「どう見ても、怪しい奴だろ」

 全身黒ずくめというだけでも怪しいのに帽子を深く被り、寒くもないのにマフラーを首に巻いている。
 日中なら肌着でも過ごせるくらい温暖な気候のこの島でだ。
 更には右手にトランクケースを持ち、肩には銃剣と思しき武器を提げていた。
 この見た目で怪しくないというのは無理があるだろう、とリィンは訝しむ。
 第一、この男は姿だけでなく気配を完全に消していた。
 同じようなことが出来るアーティファクトをリィンは知っているが、それは現在シャーリィの手首にある。

「その男は、敵ではありませんわ」
「……どういうことだ?」

 話に割って入ったベルを睨み付けながら、リィンは説明を求める。
 そんなリィンの疑問に――

「俺の名はヒュンメル。そこの魔女に依頼された品を持ってきた〈運び屋〉だ」

 帽子の男はそう答えるのだった。


  ◆


 ヒュンメルがテーブルの上に並べた様々な道具。
 それはベルが彼に集めてくるように依頼したものだった。
 そのなかから先程までヒュンメルが身に付けていた腕輪をダーナは手に取ると、

「これは姿を隠す理法具だね。確か『隠者の腕輪』だったかな?」

 そう話す。
 ダーナの口からよく知った名前を聞き、リィンはピクリと眉を動かすと尋ねる。

「理法具というのは、エタニアで使われていたアーティファクトのことか?」
「え、うん。これは私たちの時代でも、かなり稀少なものだったけど……」

 隠者の腕輪はエタニアの建国期から伝わるもので、自分たちの時代でも稀少なものだったとダーナは語る。
 だが〈隠者の腕輪〉のようなものは一部で、狩りや生活に欠かせない道具が多かったという話だった。
 その話を聞き、オーブメントのようなものかとリィンは納得する。
 しかし、

(どういうことだ? ただの偶然と考えるには、余りに不自然だ)

 同じ名前。同じ効果を持つアーティファクトがエタニアにも存在した。
 それを偶然と片付けるには、余りに話が出来すぎている。
 目の前のヒュンメルという男。恐らくエドを助けたという帽子の男で間違いはないだろう。
 見に纏う雰囲気や『運び屋』と名乗ったことからも、裏社会の人間と見て間違いない。
 そんな男にベルが理法具を集めるようにと依頼した理由。そこから察せられるのは――

「女神が関わっていると確信したのは、これが理由≠ゥ?」
「ええ。それに、そもそもエイドスを捜索するために作った装置。あれが反応したということは、この世界に女神がいるという何よりの証拠ですもの」
「最初から〈はじまりの大樹〉にではなく、女神に反応していたと言うことか……」
「それと、グリゼルダさんとニアさんからも面白い話を聞けましたから」
「面白い話?」

 星刻教会が普及するよりも前に、特定の地域で信仰されていた宗教があった。それが三神教だとベルは話す。
 その教えのなかで奉じられているのが〈空〉と〈海〉と〈大地〉を司る三柱の神だと聞き、リィンはベルが何を疑っているのかを察する。

「大地神マイアはその一柱と言う訳か。まさか〈空〉を司る神と言うのは……」
「残念ながら〈空〉を司る神の名は、天空神ホルと言うそうですわ。もっとも、この世界ではそう呼ばれているだけ、という可能性もありますけど」

 二つの世界に共通したアーティファクト。同じ〈空〉を司る神。
 名前が違うとは言っても、ただの偶然と片付けるには些か疑わしい点が多すぎる。
 その疑問に答えられる者がいるとすれば、それは――

「マイアに拘るのは、それが理由か」
「知っている者に直接尋ねるのが一番手っ取り早いですもの」

 大地神マイアしかいない。
 事情を知る者が近くにいるのだから、ベルがマイアに拘る理由も頷けるというものだった。
 それに、そういう事情ならリィンもベルの話に乗るしかない。
 エイドスの捜索。それは何よりも優先される共通の目的だからだ。
 だが、

「ダーナさんより滅茶苦茶な人たちがいたなんて……」
「……サライちゃん?」

 普通は女神を脅して直接話を聞けば良いなんて発想には至らない。
 ポロリと漏れた親友の本音に、ダーナは納得が行かないという表情を見せるのだった。



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