理法具を解析して、アリサが新たに作った戦術オーブメント。
 いや、正確には〈ARCUSU〉をベースに改造を施したオーブメントには、理法具の機能を取り込むために特殊なシステムが搭載されていた。
 元々はアーティファクトの機能をオーブメントに取り込めないかと、以前からアリサが開発を進めていたシステムがあったのだ。それを理術の専門家でもあるイオの助けを借りて完成させたのが、オペレーティングシステムとハードウェアが一体化した戦術オーブメント用の換装ユニット〈ユグドラシル〉だった。
 見た目は従来の戦術オーブメントと変わらないが、クォーツをセットするユニット部分が一新され、制御用のOSにも手が加えられていた。

 ユグドラシルには、大きく分けて三つの機能がある。
 一つ目が、同じ〈ユグドラシル〉に換装した端末同士なら距離や場所を問わず通信が可能という機能。
 これは以前からアリサが研究を進めていたものが、遂にカタチとなったものだ。
 オリヴァルトが秘蔵していたアーティファクトの技術が用いられており、理論上はこれで異世界との通信も可能だとアリサは考えていた。

 そして、二つ目。これは〈隠者の腕輪〉の機能を取り込んだもので、一時的に姿を消すことが出来る。
 ただ、あくまで消せるのは姿だけであって、臭いや気配までは消せない。
 隠者の腕輪のように認識そのものを出来なくするほどの効果はなかった。
 周囲の景色に溶け込むことで姿を隠す一種の光学迷彩。
 フィーの得意とする戦技〈エリアルハイド〉に近い機能と言えるだろう。

 最後に、捕捉したものを亜空間に収納する空間倉庫。
 生き物は収納が出来ず、有効範囲も二アージュほどで誰かが触れているものは取り込めないという欠点はあるが、リィンとしては最も使い勝手の良い機能だと考えていた。実際にリィンが試してみた結果、カレイジャスの格納庫に保管されているヘクトル弐式やケストレル。更にはヴァリマールを収納しても、まだ余裕があったからだ。
 いまのところ容量の限界が見つからず、その話を通信機能を試すついでにアリサにしたところ呆れさせたほどだった。
 固定できる亜空間の広さには個人差があるとはいえ、本来は大型コンテナ一台分も収納できれば上々という話だったからだ。
 機甲兵を一機収納できれば良い方で、普通は何機も収納できたりはしない。これは恐らく、リィンの持つ力が影響を及ぼしているのだろうとアリサは分析していた。
 だが、リィンほどではないにせよ、大量の物資を手軽に持ち運べるのは便利な機能と言っていい。
 いまのところアリサは〈ユグドラシル〉を公開するつもりはないようだが、世界に革新をもたらす画期的な発明と言って良いだろう。

 現在はこの三つだけだが、他にも便利な機能を追加できないかとアリサは検討していた。
 メインスロットとサブスロットにセットしたマスタークォーツにマナを理力へと変換して供給するための起動式を、そしてクォーツに理法具のコアに刻まれている術式と同じものを記憶させることで理法具の機能を再現しているため、理論上はクォーツのスロット分、最大で七つの機能を付与することが可能だからだ。なかでも、いま特にアリサが力を入れて研究を進めているのが〈転位〉だった。
 結社が使っているように〈転位〉の魔術を封じたアーティファクトは存在するのだ。不可能とは言えないだろう。
 実際、ヴィータが同じような魔導具を過去に作っている。

「やはり、便利だな」

 武器を始め、必要になりそうなものを亜空間に収納しながら、リィンはそう呟く。
 イオの助けがあったとはいえ、まさかこれほどのものをアリサが作り上げるとは、リィンも思ってはいなかったためだ。

(既に一部では、グレンを越えているんじゃないか?)

 元より才能はあったのだろうが、環境がアリサを大きく変えたのだろう。
 リィンの言うように知識や技術と言った総合的な面ではまだグレンに劣るだろうが、既存技術の発展と応用という点においては既に凌駕している。
 しかも経営に関する知識も侮れないものがあり、ルバーチェ商会にもアドバイザー的な立場で力を貸していた。
 精神的に未熟な点は多々あるが、そうした部分は周りがフォローをすれば良いだけの話だ。アリサの傍にはシャロンもいる。
 何より、アリサの成長速度には目を瞠るものがある。
 このままベルと同様に異世界の知識と技術を取り込み続ければ、どこまで化けるかリィンにも想像が付かなかった。

「しかし、まさかヒイロカネからクォーツを作ってしまうとはな……」

 機械弄りが得意だとは言っても、アリサと比べればリィンの持つ知識と技術は素人に毛が生えたレベルだ。
 まさか、理法具の機能を用いるためにヒイロカネからクォーツを作ってしまうとは、リィンの想像を大きく超えていた。
 なかでもマスタークォーツというのは、ラインフォルト社とエプスタイン財団が共同開発した〈ARCUS〉に試験搭載された戦術オーブメントの新たな機能だ。現在はエプスタイン財団が独自に開発した第五世代戦術オーブメント〈エニグマU〉にも搭載されており、最大の特徴は複数の強化を使用者に付与することと、通常は一つのクォーツにつき一つしか使えないはずのアーツを複数使えることにあった。
 これにより最大で二十を超えるアーツを使い分けることが可能となり、戦術の幅を大きく広げることに成功したのだ。

 だが、アリサの開発した〈ユグドラシル〉は便利な機能を持つ代わりにアーツが使えないという重大な欠陥を抱えていた。
 これは理法具の機能を取り込むために、ヒイロカネを加工して作製したクォーツが用いられているためだ。
 本来であればオーブメントとは導力で動かすものなのだが、理法を発動するには理力が必要だ。
 そこでアリサは七耀石ではなくヒイロカネを加工したクォーツに置き換えることで、この問題を解決した。
 謂わば、アーティファクトの機能の再現に特化した理力版のオーブメント≠作り上げたのだ。

 戦術に幅を持たせるためにマスタークォーツが開発されたことを考えれば、アリサの施した改造は真逆を行っていると言って良いだろう。
 アーツを使えない戦術オーブメントなど、本来の用途では使えない。重要な機能を制限されているも同じだ。
 しかし戦闘にアーツを用いず、武器による戦いを主体とするリィンにとっては欠点にならない。
 むしろ、ヒイロカネを加工して作られたクォーツは七耀石のものよりも身体強化に優れている。
 リィンとしては、デメリットよりもメリットの方が大きい代物だった。

 それに、ようは使い方次第だ。
 従来のものには従来の利点があり、ユグドラシルにはユグドラシルだけの強味がある。
 戦闘スタイルに応じて使い分ければいい。リィンの答えは単純明快だった。

「フィーは本当によかったのか?」
「ん……私の戦技はアーツを取り入れたものもあるし、手札は多い方が良いから」

 アーツを取り入れたものと言うのは、姿を消すエリアルハイドや竜巻を起こすトライサイクロンと言った戦技のことだろう。
 それにフィーは余りアーツを単体で使用することはないが、風と時のアーツを得意としている。
 複数の分身を生み出すシャドウブリゲイドは、その二つのアーツを取り入れた戦技だとリィンはフィーから聞いていた。
 となれば、確かに従来のものの方がフィーの力を発揮するには向いているのだろうと納得する。

「……でも、ちょっと羨ましいかも」

 いろいろなものを亜空間に仕舞い込むリィンを見て、フィーは羨ましそうにその光景を見詰める。
 とはいえ、同時に二つの戦術オーブメントを装備することは出来ない。戦術オーブメントは個別に調整されていて、精神的な波長を合わせることで力を発揮するからだ。
 そのため、二つのオーブメントを同時に操ると言うのは誤動作の原因ともなるし、使用者の精神的負担も大きい。場合によっては二つのオーブメントが干渉し合い、機能を発揮しないと言うこともある。だからと言って、戦闘時に都合良く持ち替えられるようなものでもない。先程も言ったように使用するには個別の調整が必要だからだ。

「……それなら、シャロンに預かってもらったらどうだ?」

 背中に視線を感じ、リィンは溜め息を交えながらフィーにそう提案する。
 シャロンもアリサから〈ユグドラシル〉を搭載した戦術オーブメントを渡されていた。
 リィンのようにまったくアーツを使わないと言う訳ではないが、シャロンは暗器を用いた戦いを得意としている。
 だが、それ故に真っ向勝負に弱く、他の執行者と比べても戦闘力は一段劣るのを本人も自覚していた。
 しかし、リィンがシャロンに求めているのは純粋な戦力ではない。
 だからシャロンもリィンの考えを察して、自分の役割に専念することにしたのだ。

 その役割とは、メイドだ。

 ユグドラシルを搭載した戦術オーブメントなら、どこにでも必要なものを手軽に持ち運ぶことが出来る。
 更に距離に関係無く使用可能な通信機能は諜報活動に役立つし、姿を隠す機能は奇襲を得意とするシャロンには打って付けの機能だ。
 それがメイドの仕事かと聞かれれば首を傾げる内容だが、シャロンにとっては必要なことだった。
 アリサと――アリサの未来の旦那様に愛≠ニ献身≠捧げることは、シャロンが自分に課した最優先事項だからだ。
 そのためには、通常の〈ARCUS〉よりも〈ユグドラシル〉の方が都合が良かったのだろう。

「……そうする」

 ちょっと考える素振りを見せるも、フィーはそう言ってリィンの案に頷くのだった。


  ◆


 フィーに「持って行きたいもの」があると言われて、シャロンが案内されたのは港湾区にある倉庫だった。
 ここはルバーチェ商会が所有する倉庫の一つで、いまは〈暁の旅団〉の物資が保管されている。
 その一角にフィーの荷物がまとめられていた。

「……もしかして多すぎた?」

 呆然とした表情を浮かべるシャロンを見て、フィーは小首を傾げながら尋ねる。

「いえ、私の着替えや装備を除けば、ほとんどアリサお嬢様の私物なので余裕はあります」

 大型コンテナ一台分の収納力があるのだ。機甲兵を持ち運んだりしない限りは余裕はある。
 しかし、シャロンが疑問に思うのも無理はなかった。
 今回、アリサの護衛で〈暁の旅団〉から同行するのはフィーだけだ。
 それに比べて、目の前にまとめられた荷物が明らかに多すぎる。
 これから引っ越しを始めるのかと言うくらいの大荷物だったからだ。

「……この木箱の中には何が?」
「そっちはゼノとレオへのお土産。隣のは予備の武器と弾薬かな?」

 意外とまともな答えが返ってきて、そういうことならとシャロンは頷く。
 お土産はともかくとして、フィーは観光でルーレに行くのではない。
 フィーに与えれた任務はアリサの護衛だ。
 もしものことを考えれば予備の武器や弾薬は確かに必要だろう。

「で、これが寝袋とテントで、こっちにはレーションが入ってる」

 テントや食糧も……分からなくはない。
 余り考えたくはない最悪の状況だが、一時的に身を隠す備えは必要だろう。
 だが、もう一つ異様な存在感を放つ大きな荷物があった。
 これは一体なんなのかと、シャロンが嫌な予感を覚えて木箱の蓋に手を掛けると――

「これは……〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉。どうして、これがここに……」

 姿を見せたのは、シャーリィの愛用するチェーンソーライフルだった。
 どうして、これがここにあるのかと言うシャロンの疑問に、フィーは一言「頼まれた」と答える。

「これを、どこに?」
「ジャッカス工房」

 ジャッカスというのは、アリサの祖父グエンに匹敵する腕を持つ技術者だ。
 ルーレに工房を構え、猟兵が使う特殊な武器の修理も請け負っている。
 以前、シャーリィが壊れた武器を持ち込んだのも彼の工房だ。
 そして、現在〈黒の工房〉との関係が疑われている人物でもあった。

「このことをリィンさんは?」
「……知らないと思う。私が直接シャーリィから受けた依頼だから」

 敢えてフィーに依頼したと言うことは、リィンには内緒にしておきたかったのだと推察できる。
 恐らくはリィンとの再戦をシャーリィは視野に入れているのだと、シャロンは話の流れから察した。
 リィンにも愛と献身を捧げると誓ったメイドの立場からすると、これを黙っているのはどうかと思うが――

「責任は私が取る。だから、まだリィンには黙ってて」

 そう言って、頭を下げるフィー。
 少なくともフィーがリィンの不利になるような真似をするとは思えない。
 なら、なんらかの理由があるはずだと考え、シャロンは尋ねる。

「……アリサお嬢様に危害が及ぶようなことは?」
「全力で守るから安心して」

 仮にジャッカスが〈黒の工房〉と通じていた場合、最悪の事態も考えられる。
 フィーがこれだけの準備をリィンに内緒で整えていた理由を、シャロンはようやく理解した。

(最低でも交渉が決裂して、戦闘になる可能性を考慮していると言うことですか)

 仮にジャッカスが〈黒の工房〉と繋がっているとすれば、イリーナも怪しいと言うことだ。
 それは即ち、リィンに対する人質としてアリサが利用される可能性があることを示唆していた。
 恐らくはシャーリィの依頼を受けたのも、ジャッカスに探りを入れる狙いがあるのだろうとシャロンはフィーの考えを察する。

「ですが、そういうことなら尚更、一言お伝えしておいた方がよいのでは?」

 事情は分かったが、想定していたよりも危険である可能性が高いと言うことだ。
 だからと言って、アリサはルーレ行きを止めたりはしないだろう。
 となれば、可能な限りの戦力を整え、対策を練る以外に取れる方法はない。
 リィンに相談すべきではないかと、シャロンが苦言を呈するのも当然だった。

「リィンに勝ちたいって、シャーリィの気持ちも分かるから……」

 だからリィンには言えない、とフィーは顔を伏せる。
 フィーの目標はリィンに並び立つことだ。だからこそ、シャーリィの気持ちがよく分かる。
 あちらの世界の件が一段落したら、恐らくシャーリィはリィンに再戦を挑む気だ。
 その日のために、万全の状態を整えておきたいのだろう。だから〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉をジャッカスに預けることを決めたのだ。

「わかりました。ですが、わたくしたちの手に負えないと判断した時は……」

 その時は仕方がない、とフィーはシャロンの言葉に頷く。
 だが、フィーにも意地があった。この先もずっとリィンに頼って生きていくつもりはない。
 暁の旅団の猟兵は、リィンだけではない。リィンと肩を並べられる者がいると言うこと――

(……私は、フィー・クラウゼルだから)

 証明するために、フィーは決意を胸に秘めるのだった。



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