「クレアさんって、エリィ先輩の知り合いだったんですか？」
「はい。以前から何度か政府主催のパーティーでお会いしたことがあって、エリィさんが帝都へ留学された際にも下宿先の世話をさせて頂きましたから」
「あ、知ってます！ 教養を深めるために、周辺諸国を回っていた時の話ですよね」
機甲兵が積まれた貨物車両で、クレアとエリィの話で盛り上がるユウナ。
まさか、こんなところでエリィの知り合いと出会えるとは思ってもいなかったのだろう。
実際には、そのエリィを嵌めてリィンと引き合わせた人物でもあるのだが、そんなこととは知らずにユウナは自分の知らないエリィのエピソードを聞き出そうとクレアを質問攻めにする。そんなユウナの勢いに気圧されながらも、丁寧に答えるクレア。
そして、
「少し意外でした。私たちはクロスベルの方々に嫌われていると思っていたので……」
余りに物怖じしないユウナの態度に、クレアはふと思った疑問を口にする。
以前と比べれば多少は緩和されたとは言っても、クロスベルの人々が帝国や共和国に複雑な感情を抱いていることは紛れもない事実だ。
クロスベルの人々に自分たちが嫌われ、恐れられていることをクレアは帝国の軍人としてよく理解していた。
だからこそ、幾らエリィの知り合いと言っても、ユウナの態度をクレアは不思議に感じたのだ。
しかし、
「クロスベルにだって良い人もいれば悪い人もいるって知ってますから」
そんなクレアの考えを、ユウナは否定する。
クロスベルが大国の理不尽な要求に苦しめられてきたことは事実だ。
罪を犯してもちゃんと裁かれることのない外国人の横暴に、苦い思いをさせられた人たちも大勢いる。
しかし、皆がそうと言う訳ではない。そもそもクロスベルには、帝国や共和国の出身者も大勢暮らしているのだ。
そうした人たちが、みんな悪い人だとは思わない。実際、ユウナの知り合いにも帝国や共和国の出身者はいる。
ティオたちが信じているのだ。リーシャのことだって嫌いにはなれない。
それに――
「アルフィン総督も凄く親身になって、私たちと向き合ってくれているのがわかりますから……」
侵略者と、アルフィンのことを口汚く罵るクロスベルの市民がいることは事実だ。
しかし、それと同じくらいアルフィンの活動を正当に評価し、支持している人々も大勢いる。
ユウナもその一人だ。実際、いまのクロスベルは昔とは比較にならないくらい過しやすい街へと変わっていっている。
まだ多少の問題は残っているが、クロスベルが理不尽に不当な扱いを受けることもなくなってきている。
それはアルフィンがクロスベルの政策を総督という立場から支持し、帝国政府との間に入っているからだった。
「帝国や共和国のしてきたことは許せません。でも、私は私の目で見たものを信じます」
国のしてことは許せないが、だからと言って噂に踊らされ、帝国の人たちすべてを嫌う理由にはならないとユウナは話す。
ティオが帝国へ行くと聞いて無理を言ってついてきたのも、いまの帝国を自分の目で確認しておきたいという思いがあったからだ。
「……でも、ユウナさん。リィンさんのことは嫌っていますよね？」
いつから、そこにいたのか？
作業スペースで愛用の魔導杖の整備をしながら、クレアとユウナの話に割って入るティオ。
それとこれは別と言いながらも、ユウナが〝話〟でしか知らないリィンのことを嫌っているのは事実だ。
エリィの恋人、猟兵というだけでリィンを嫌っているのであれば、先の言葉と矛盾が生じる。
ティオの言葉に後ろ暗いところがあるのか？ うっ……と唸るユウナ。
個人的な感情が入っていることはユウナも自覚していた。
しかし、
「確かにちょっと感情的になっているのは認めますけど、そもそもエリィ先輩という人がいながら他にも誑し込んでる女の人が一杯いるって話じゃないですか。それにこの前ティオ先輩を訪ねてきた女の子だって、あの男の妹って話でしたけど、あれ絶対に兄を慕ってるって感じじゃなかったですよね？ 警戒するのは当然だと思いますけど？」
まったく否定できない。反論できないほどの正論だが、ティオは複雑な表情を浮かべる。
ユウナが尊敬する特務支援課のリーダーも、その点に関してはリィンのことを言えないからだ。
本人に自覚があるかどうかは別として、現在進行形で二股を掛けているような状態だ。
将来的には、もっとライバルが増える可能性は否定できないとティオは見ていた。
「クレアさんだって、あんな男は嫌ですよね？」
「え、あの……私は……」
まさかのタイミングで話を振られ、クレアは返答に困った様子を見せる。
本当はリィンのことをどう思っているのか？
それに対する答えをクレアは持っていなかったからだ。
誤魔化すつもりなのではなく、分からないと言った方が正しい。
しかし、何も答えられずに固まるクレアを見て、ユウナは嫌な予感を覚える。
「まさか、もう……あの男の毒牙に……」
「否定は出来ませんね。口から砂糖を吐くような甘いやり取りをしていましたし……」
エリィには黙っていると約束したが、誰にも話さないとは言っていない。
正直、あのやり取りを間近で見せつけられた身としては、このくらいは許されるはずだとティオは思っていた。
そんなティオの話にショックを受けた様子で、ユウナは額に手をあてながらフラリと後によろめく。
「私とリィンさんは、そういう関係では……！」
誤解を解こうと口調を強めるクレア。
しかし、そんなクレアの反応を見て、既に手遅れだとユウナは確信するのだった。
◆
凡そ半日遅れで帝都中央駅に到着したアイゼングラーフ号を出迎えたのは、オリヴァルトと護衛のミュラーだった。
女生徒たちから黄色い声を浴びせられ、満更でもない笑みを浮かべるオリヴァルトにリィンは訝しげな視線を向ける。
「なんで、お前がここにいる？」
放蕩皇子などと呼ばれていた頃と違い、現在のオリヴァルトは帝国の宰相だ。
一応、傍にはミュラーを伴い、ホームの周りは武装した兵士が警戒しているようだが、気軽に出歩ける立場にはない。
アイゼングラーフ号が襲撃された報を受けてやってきたにしても、宰相自ら足を運ぶには些か理由が弱かった。
「つれないな。僕とリィンくんの仲じゃないか」
オリヴァルトがそう言ってウィンクを決めると、女生徒たちから興奮を隠せない声が上がる。
「どちらが〝攻め〟で〝受け〟でしょうか！？」
「それは勿論、リィン様では？」
「いえ、意外と――」
取り敢えず聞こえなかったことにして、リィンはオリヴァルトを睨み付ける。
何食わぬ顔で肩をすくめるオリヴァルトを見て、どうしてやろうかとリィンは真剣に考える。
しかし、
「このバカがすまない。宰相になって少しは落ち着くかと思ったんだが、バカはバカなままで……」
「……苦労しているみたいだな」
ミュラーに心の底から申し訳なさそうに頭を下げられ、リィンは毒気を抜かれる。
この様子を見れば、オリヴァルトに相変わらず苦労させられていることは、容易に察することが出来たからだ。
自分が手を下さずともミュラーがオリヴァルトに制裁を加えるだろうと考え、リィンは取り敢えず矛を収める。
ダメなら依頼の報告がてら、アルフィンにこのことを話してもいい。
オリヴァルトにとって、それが一番嫌な報復だとリィンは理解していた。
「……ミュラーが怖いから冗談はこのくらいにして、友人を出迎えるのは当然だろ？」
「お前の友人になった覚えはないけどな」
容赦のない言葉をリィンに浴びせられながらも、オリヴァルトは涼しい顔で応えるのだった。
◆
「それで、結局アイツは何をしにきたんだ？」
そう、リィンが疑問を口にするのも無理はない。
忙しい公務の合間を縫って出迎えにきたらしく、オリヴァルトは兵士に脇を固められ、連れて行かれてしまったからだ。
兵士に連行される様は、とても一国の宰相には見えなかった。
相変わらずと言っていい。
「あのバカが迷惑をかけて、すまない」
そう言って頭を下げるミュラーにリィンは尋ねる。
「……お前は一緒に行かなくていいのか？」
「ん？ 聞いてないのか？」
「なんのことだ？」
護衛がオリヴァルトと一緒にいなくていいのかと言った意味で尋ねたのだが、予想しない言葉が返ってきてリィンは首を傾げる。
そんなリィンの反応を見て、本当に何も報されていないのだと理解したミュラーは、
「あのバカ！」
と、今日何度目か分からない怒号を発する。
自分の国の宰相をバカと呼ぶのはどうかと思うが、体面を取り繕う余裕がないほどに苦労させられているのだろう。
「重ね重ねすまない……」
そう言って再び頭を下げるミュラーを見て、リィンは何も言えなくなる。
面識のないユウナでさえ、なんとなくミュラーの苦労を察して同情の眼差しを向けているくらいだった。
「話を戻すが、世話役を命じられたのだ」
「……俺たちの？」
「ああ、帝都に滞在している間は、宿泊先を含めてヴァンダール家で面倒を見る」
そんなミュラーの言葉に、リィンは渋い顔を見せる。
帝都にいる間は以前、拠点に使っていた喫茶店を、取り敢えずの宿にしようと考えていたからだ。
元々あの店は〈西風〉が表の商売で使っていたのだが、フィーと共に団を抜ける時にリィンが譲り受けたのだ。
内戦勃発後、軍の捜査の手が入ったものの、まだ建物の権利自体はリィンが所持していた。
店のことはオリヴァルトも知っているはずだ。なのに、こうしてミュラーを寄越したと言うことは――
「監視か？」
「……悪いが話を受けてもらえると助かる。そうでもしないと貴族たちが五月蠅くてな」
なるほど、とミュラーの話にリィンは事情を察する。
恐らく貴族たちを裏で煽っているのはバラッド候だろうが、リィンが帝国貴族に恐れられていることは事実だ。
実際にリィンはアルフィンからの依頼とはいえ、謀反の疑いがある貴族連合の残党を皆殺しにしたことがある。
警戒されるだけのことはしていると、リィンも自覚はしていた。
（しかしまあ、想定内の展開ではあるか）
最悪の場合、帝都への立ち入りすら拒否される可能性があると考えていたのだ。
それと比べれば監視付きとはいえ、まだ穏便な対応だとリィンは思う。
恐らくは、そうならないようにアルフィンからの連絡を受けたオリヴァルトが手を回したのだろう。
だとすれば、あの場にクレアが現れたのも偶然ではないと考えるのが自然だ。
余計な介入を避けるためにクレアを送り込み、貴族派を牽制するために駅まで足を運んだと考えれば、オリヴァルトの行動にも理解が行く。
「分かった。だが、それは俺一人でも構わないか？」
「いや、しかし……」
「アルフィンからの依頼でな。実際に襲われている以上、安全が確信できるまでは女学院の生徒を危険から守る責任が俺たちにはある」
リィンの提案に渋い顔を見せるミュラーだったが、実際にアイゼングラーフ号が襲われたことは事実だ。
リィンがいなければ、どうなっていたか分からない。帝国軍の失態と言ってもよかった。
そのことを引き合いにだされれば、女学院は安全だからと主張するのも難しい。
しかし貴族たちを納得させるために、リィンたちの監視をミュラーはヴァンダール家で請け負ったのだ。
当然その監視対象には、ローゼリアはともかくリーシャも入る。
どうしたものかとミュラーが考えていると、
「女学院の警備にはＴＭＰがつきます。それで、どうにかなりませんか？」
クレアが妥協案を提示する。
それでもまだミュラーが決断できずにいると、タイミングを見計らっていたかのようにミュゼが会話に割って入った。
「フフッ、クレア少佐が守ってくださるのなら安心ですね」
「……キミは？」
「失礼しました。聖アストライア女学院中等部三年、ミュゼ・イーグレットと申します」
「そうか、キミが……」
ミュゼの正体を察した様子で、納得の表情を見せるミュラー。そして、ホームからアイゼングラーフ号を一瞥する。
実のところ、列車の中から様子を窺うオーレリアの気配にミュラーは気付いていた。
恐らくは、オリヴァルトと直接顔を合わせるリスクを避けたのだろうとミュラーは考える。
オーレリアの現在の立場は微妙だ。ミュゼと繋がっていることは知られているが、オリヴァルトとも親しげにすれば、よからぬ疑念を抱く貴族も出て来るだろう。
それがプラスに働けば良いが、いまは時期が悪い。それに、そう考えると――
（……保険は必要か）
バラッド候本人はともかく、他の者が暴走してという可能性は否定できない。
実際にアイゼングラーフ号が襲われている以上、女学院が襲撃を受ける可能性がゼロとは言い切れなかった。
「……了解した。女学院のことは少佐に任せよう」
「感謝します」
「いや、少佐に感謝されるようなことではない。こちらの見通しが甘かっただけだ」
鉄道憲兵隊が女学院の警備につくと言うことは、リーシャの監視は彼等が担当すると言うことだ。
それならまだ〈暁の旅団〉を警戒する貴族たちを抑えることは可能だろうと、ミュラーは判断するのだった。
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