「本当に、あたしたちは領邦軍の目を惹きつけるだけでいいのね?」
「ん……ゼノたちの相手は私がするから」

 最後の確認とばかりに覚悟を尋ねるも、フィーの意志が固いとわかってサラも頷く。
 素直に引いたのは、危険を冒すと言う意味ではどちらも大差は無いと考えてのことだった。
 領邦軍は正規軍に比べれば練度が低いとは言っても、油断は出来ない。
 数は力だ。そもそも、たった二人で領邦軍の陽動を引き受けるということ自体、相当に無茶な作戦と言えた。
 不幸中の幸いは、ノルティア領邦軍すべてが敵に回っていると言う訳ではないことだろう。
 イリーナと結託してアリサたちを追っているのは、ハイデルの指揮下にいる領邦軍の兵士たちだ。
 ログナー候の下にいる本隊と比べれば、ハイデルに従っている兵士の数はそう多くない。精々が一個中隊と言ったところだろう。
 その程度であれば、注意を惹きつけるだけなら十分に可能な数だとサラは考えていた。

「フィーも自信はあるみたいだし、となると問題はアンタたちの方なんだけど……」
「ご安心を。お嬢様は、わたくしがこの身に代えても御守りします」

 シャロンの実力を疑っている訳では無いが、不測の事態というのは起こり得る。
 確認が取れている敵の戦力は、ハイデル率いる領邦軍と〈西風〉の二人だけだ。
 正確な数が把握できていない以上、他に隠し球があったとしても不思議な話ではない。
 ラインフォルト社の機密が満載の工場となれば、最低でも人形兵器の類は配備されていると考えて良いだろう。

「アンタの腕を疑う訳じゃ無いけど、やっぱり一人じゃ厳しいでしょ?」

 アリサも戦えるとは言っても、シャロンやフィーほどではない。
 フィーも〈西風〉の二人を相手にして、アリサたちを気に掛ける余裕はないだろう。
 出来れば、もう一人。自分たちと互角とまでは言わないまでも、近い実力を持つ助っ人が欲しいとサラは考えるが――

「でも、そう都合良くそんな実力者なんて……」

 いるはずもないか、と口に仕掛けたところでサラの〈ARCUSU〉が着信音を告げるのだった。


  ◆


「どうなってる!? 小娘一人捕まえられんとは――それでも貴様等、栄えある領邦軍の兵士か!」

 ルーレでも一、二を争う高級ホテルの一室で、アリサたちの捜索の指揮を執っている兵士の報告を受け、苛立った様子で怒号を発する一人の男がいた。
 現ログナー候の弟、ハイデル・ログナーだ。

「この作戦が上手く行けば、ラインフォルトの重役に返り咲くことも夢ではないのだ。それを、それを――!」

 実のところハイデルは、イリーナから直接アリサの保護を求められた訳では無かった。
 しかし、アリサがルーレに帰ってきていることを知り、彼女をイリーナとの交渉の材料に使うことを思い至ったのだ。
 良く言えば、保護。悪く言えば、交渉のための人質だ。
 危うく処刑されるところを助けられたとは言っても、そのことでハイデルはイリーナに微塵も感謝などしていなかった。
 むしろ、上手く行けば今頃はラインフォルトのすべてが自分の物となっていたのに犯罪者に仕立てられ、トップの座を奪われたのだ。
 実際は仕立てられたというか自業自得なのだが、そのことを反省するどころか、イリーナに逆恨みをしているくらいだった。

「潜伏している場所については、大凡の見当はついているのですが……」
「なら、なぜ今すぐ突入せんのだ!?」
「一番有力な潜伏場所はルーレ工科大学ですが、あそこは学長の許可か、帝国政府の許可がなければ立ち入り出来ませんから」
「ならば、学長に許可を求めれば良いだろう!? この私が許可を求めていると言えば――」
「無理です。あそこの学長はG・シュミット博士ですよ? 幾ら侯爵家の威光があっても……」

 シュミット博士は権力に傅くような男ではない。
 仮にハイデルの名前をだして捜索の許可を求めたところで、相手にもされないだろうというのが指揮官の考えだった。
 研究の邪魔だと一蹴されるのがオチだ。それほどにルーレ工科大学とは、この街で特別な意味を持っていた。
 いや、正確には『G・シュミット』の名が、それだけ強い力を持っていると言うことだ。

「ぐぬぬぬ……」

 シュミット博士の名をだされては、さすがのハイデルも唸ることしか出来なかった。
 そこらの貴族や大商人ですら霞んでしまうようなネームバリューの人物だ。
 ログナー候本人ならまだしも、いまのハイデルではどうやっても渡り合える相手ではない。
 元々権力には弱い男なだけに、シュミット博士の名をだされて強硬な手段を取れるほどの度胸を持ち合わせてはいなかった。

「大学の周囲を見張らせてはいるんだろうな?」
「はい。それは既に配置済みです。動きがあれば、すぐに判明するかと」
「ならば、いい。二度と失敗は許されないと肝に銘じておけ。アリサ・ラインフォルトを私の前へ連れてくるのだ」

 指揮官を威圧するように睨み付けながら、ハイデルはそう厳命するのだった。


  ◆


「……ラウラ?」
「うむ。久し振りだな、フィー。どうやら、間に合ったようだ」

 サラに連絡をしてきたのはトヴァルだった。
 助っ人をそちらに向かわせたと言われ、どういうことかと尋ねる前に通信が切れたかと思えば、ラウラがマカロフを尋ねて大学へやってきたのだ。

「……どうして、ここに?」
「アリサたちに手を貸してやって欲しいと、トヴァル殿から頼まれてな」
「トヴァルが? もしかして、リィンが……」
「いや、トヴァル殿に依頼を持ち込んだのはアルフィン殿下≠セ」

 またリィンが手を回したのではないかと考えるフィーだったが、ラウラの話を聞いてそっちかと納得する。
 考えてみれば、フィーたちがルーレに来ていることを知っている者は、暁の旅団のメンバーを除くと限られる。
 トヴァルを経由してラウラに依頼をしたのがリィンでないのだとすれば、むしろ納得の行く人物だった。
 アルフィンなりにアリサのことを気に掛けていたのだろう。
 とはいえ、

「修行はどうしたの? 光の剣匠と山籠もりをするとか言ってなかった?」
「うむ。修行の途中だったのだが、父上が帝都に召喚されてな……」
「……帝都に?」
「理由は聞いていない。しかし、何か政府の方で動きがあったらしい」

 トヴァルが絡んでいるということは、恐らくはオリヴァルトが裏にいるのだろうとフィーは察する。
 ヴィクターが呼ばれるほどの事態だ。ラウラの言うように相当に厄介な問題が起きている可能性は高い。
 ただの勘ではあるが、嫌な予感をフィーは覚える。
 そうして一人考えごとに耽るフィーを他所に、サラはラウラに声を掛ける。

「かなり腕を上げたみたいね。正直、見違えたわ」
「教官にそう言って頂けるのは嬉しいですが、まだまだです。一通り、奥義の伝授は終わっているのですが……」

 奥義を使えるようになった、と言うだけで使いこなしているとは言えない。
 父上には遠く及ばない、とラウラは厳しい表情で話す。

「それは、比較対象が間違ってるわよ。光の剣匠と比べたらサラ教官やフィーだって――」
「ん……いまはまだ*ウ理だね」

 アリサの言うようにヴィクターの方が実力は上だと認めつつも、いまはまだと言葉を濁すフィー。
 いまは無理でも追いつくことを諦めるつもりはないという強い覚悟と意志が、フィーの言葉には籠もっていた。
 実際その言葉を証明するかのように、フィーが以前にも増して力を付けたことにラウラは気付いていた。
 少しはフィーとの差を縮めることが出来たのではないかと思っていたのだ。
 それだけにラウラは悔しげな表情を滲ませる。

「そなたも腕を上げたみたいだな。少しは差を縮められたかと思っていたのだが……」
「私も追いつきたい人がいるから」

 まだまだ並ばせるつもりはない、とフィーはラウラに答える。
 ラウラがフィーを目標としているように、フィー自身も高い目標を掲げているからだ。

「それでこそ、私の見込んだ相手だ。いつか、そなたに追いつき――いや、追い越してみせる」
「……楽しみにしてる」

 ライバルと呼ぶには、まだ二人の実力は大きく開いている。
 しかし共に高い目標を持ち、強さを追い求めるという点では同じ道を二人は辿っていた。
 ラウラならいつか、自分と同じところにまで上ってくるだろうとフィーは考える。
 いや、もしかしたら〈光の剣匠〉をも越える剣士に、ラウラなら至れるかもしれない。
 それでも――

(ラウラが強くなるなら、私はもっと強くなって見せる)

 相手が誰であったとしても負けるつもりはない。
 騎士に守られるだけの妖精ではなく、リィンと並び立てる猟兵になること。
 それが、暁の妖精――フィー・クラウゼルが胸に抱く決意だった。


  ◆


 響く剣戟の音。
 月明かりの差し込む道場で、レイフォンと剣を交えるリィンの姿があった。

(へえ……)

 互いに大剣を使っている点は、最初に剣を交えた時と変わらない。
 しかしあの時と違い、今日のレイフォンはしっかりとリィンの動きについて行っていた。
 むしろ、レイフォンの方が優勢と言っていい。
 中伝クラスまでの動きなら、ほぼ完璧に模倣できるリィンが同じ武器を使って押されていると言うことは、レイフォンの技は既に中伝の域を越えていると言うことだ。

(皆伝には届かないまでも、何かを掴んだみたいだな)

 先の戦いで何かを掴んだのだろうとリィンは察する。
 剣を交える度に鋭くなっていくレイフォンの動きに合わせるように、リィンもまたギアを上げていく。
 それでも、このままでは押し切られると判断したリィンは――

「少しだけ本気≠だす。――死ぬなよ?」

 鬼の力を解放するのだった。


  ◆


「ううっ……また負けた。というか、その力……ちょっと卑怯すぎません?」
「〈鬼の力(これ)〉も俺の力だ。文句を言うなら、お前もやってみたらどうだ?」
「……魔界皇女とか?」
「……それは、ただのコスプレだろ?」

 同じようにやってみたらどうだと言われ、魔界皇女を真っ先に連想するレイフォンにリィンは呆れる。
 リィンが言いたいのは、そういうことではなかった。
 達人であれば、誰もが習得している気≠フコントロール。
 当然、ヴァンダール流にもそうした技が伝わっているはずだ。
 レイフォンがそうした技法を使っているようには見えなかったので気になっていたのだ。

「猟兵にも似た感じの技で『ウォークライ』っていうのがあるが、ヴァンダール流にはそう言った技はないのか?」
「闘気をコントロールする技法ですよね? なくはないですけど……」

 リィンに言われて立ち上がると、レイフォンは大剣を正面に構えて気合いを込める。
 すると全身から膨大な量の闘気が溢れ出し、これにはリィンも目を瞠らされる。
 ヴィクターに迫るほどの剣気をレイフォンから感じ取ったからだ。

「……なんで、それを使わなかったんだ?」
「いえ、出力を絞ってるだけで、普段から日常的に使ってるんですよ。これ」
「……は?」
「そうでないと、こんな大きな剣。幾ら鍛えてると言っても、女の私じゃ振り回せんよ」

 まずは闘気を日常的に纏い、生活するところからヴァンダール流の修行は始まるとレイフォンは話す。
 自由自在に大剣を振り回すには筋力だけでなく、この闘気のコントロールが重要となるからだ。
 レイフォンの話を聞いて、常在戦場の心得という言葉がリィンの頭を過ぎる。
 ヴァンダールは代々、皇家の護衛を務めてきた家柄だ。
 いつ護衛対象が賊や刺客に襲われても対応できるように、護衛は常に神経を張り巡らせておく必要がある。
 そのための訓練を日常に取り入れ、普段から行なっているというのは理解できる話だった。

「クルトには、それが出来ないってことか?」
「出来ないというか、苦手というか。クルト坊ちゃんは私と比べると持って生まれた闘気の量が少ないので」

 闘気の量は鍛えればある程度は伸ばすことが出来ると言っても、持って生まれた才能の差はある。
 ヴァンダール流の適性とは、鍛え上げられた肉体以外にもその闘気の量が深く関係していた。
 クルトが持つ闘気の総量は、レイフォンの半分にも満たない。
 そのため、常日頃から大剣を振り回せるような闘気を纏っていれば、いざと言う時に力を発揮するどころかガス欠になるのがオチと言う訳だ。

「そういうことか……」

 双剣術はそうした中から生まれた剣術なのだろうと、リィンは察する。
 確かにクルトとそう変わらない体格のレイフォンが、大剣を振り回していることには少し疑問を持っていたのだ。
 クルトが双剣術を選ぶしかなかった苦悩。持って生まれた才能の差。
 クルトが兄にコンプレックスを抱いていた理由も察せられると言うものだった。
 しかし、これではっきりとしたと、リィンはレイフォンに言葉を掛ける。

「なら、お前が今より強くなるには方法は一つしかないな」
「……え?」
「いまのままじゃ、その才能も宝の持ち腐れだ。強くなりたければ――」

 どんな達人でも百の力を常に発揮できる人間はいない。
 闘気のコントロールとは謂わば無駄を省き、最小の力で最大限の結果を得るための技術だ。力の配分を学ぶと言うことに他ならない。
 しかし、これで辿り着けるのは常人≠フ限界。
 真に達人≠ニ呼ばれる存在の領域には、これだけでは辿り着けない。

「なりふりを構わず、俺を殺す≠ツもりで掛かってこい」

 道場剣術と、実戦を知る者の違い。
 実際の殺し合いで後先を気にして、体力を温存する余裕などあるはずもない。死んでしまえば、そこで終わりだからだ。
 常に全力を要求される戦い。気を抜けば、あっさりと命を落とす死と隣り合わせの世界。
 それが、戦場。これまでリィンが生きてきた猟兵≠フ世界だ。

「結果、二度と剣を握れなくなるかもしれないがな。だが、その先に進むことが出来れば――」

 身体を気遣い、二度と剣を握れなくなることを恐れていては、殻を破ることなど出来ない。
 限界に挑んだ先にこそ、真の強さは存在する。

「お前は今よりもっと強くなれるはずだ」

 と、口にしながらリィンは腰に提げた二本のブレードライフルを抜き、その切っ先をレイフォンに向けるのだった。



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