銃痕に加え、裂傷は数え切れないほど、手足の骨も折れている。
 血溜まりの中、倒れるレオニダスを見て、アリサは顔を顰める。
 しかし、

「どう?」
「呼吸も安定していますし、命に別状はなさそうです」
「……呆れた生命力ね」

 シャロンの処置が適切だったと言うこともあるが、それでも人間離れした生命力だとアリサは呆れる。
 並の人間なら、とっくに死んでいる。正直、生きているのが不思議なくらいの傷を負っていたからだ。
 とはいえ、

「当分は身体を起こすことも困難かと思います」

 アセラスの薬やゼラムカプセルと言った治療薬も万能ではない。
 御伽話に登場するような霊薬と違い、死にかけの人間を瞬時に回復するほどの効果はないからだ。
 消耗した気力を回復させ、怪我の治りを早くする治療薬と言った方が正しい。
 故に助かる見込みは、結局のところ本人次第。
 並外れた生命力を持つレオニダスでなければ助からなかった。

「数日は目を覚まさないかと思います。……会長の後を追いますか?」

 逃げられる心配はないと告げた上で、シャロンはアリサに尋ねる。
 しかし、いまからでは追いつける見込みが薄いことはわかっていた。
 イリーナとゼノが乗ったと思しき列車は、既に出発した後だったからだ。
 とはいえ、貨物列車の行き先はわかっている。
 一旦、ルーレに引き返すことになるが、追い掛けることは可能だろう。

「いえ、いまは止めておくわ。フィーやラウラを置いてはいけないし……」

 少し考えたいこともある、とアリサはシャロンの問いに答える。
 アリサが疑問に思っていること。それはイリーナたちを襲った猟兵のことだった。
 死の商人とも揶揄されるラインフォルト社の会長ともなれば、命を狙われる理由は事欠かない。
 猟兵に襲われる心当たりがあるか? と聞かれれば、娘のアリサでさえ「ない」とは断言できない。
 それほどに『ラインフォルト』に恨みを持っている者は数多くいるからだ。
 そうした者たちが猟兵を雇い、イリーナを襲わせたと考えるのは決して不自然な話ではなかった。
 しかし、

「ねえ、シャロン。……闘神は死んだのよね?」
「はい。私はその場に居合わせた訳ではありませんが、リィン様も確認されているという話ですし……」

 恐らくは間違いない、とシャロンはアリサの疑問に答える。
 それにリィンだけでなくフィーやシャーリィも、ルトガーとバルデルの決闘の場にはいたのだ。
 実は生きていたという可能性は皆無に等しいとシャロンは考えていた。
 そして、それはアリサも同意見だった。だから念のため、シャロンに確認を取ったのだ。
 だとすれば、

「死んだと思っていた人間が実は生きていた。こんな話、最近聞いたことがあるような気がするんだけど……」
「お嬢様? まさか……」

 アリサが誰のことを言っているのかを察して、シャロンは目を瞠る。
 死んだはずの人間。それはアリサの父親、フランツ・ラインフォルト。
 現在は『フランツ・ルーグマン』と名乗っている〈黒の工房〉の長しか思い至らなかったからだ。

「今回の件……裏で〈黒の工房〉が関与していると、お嬢様はお考えなのですね?」
「一連の流れを考えると、疑うのは当然でしょ?」

 一つだけなら、ただの偶然と考えることも出来る。
 しかし、そこにハイデルやバルデルのことが加わると、ただの偶然と考えるのは難しかった。
 一つだけなら偶然でも、二つ、三つと積み重なれば、それは必然としか思えないからだ。
 だが、そうすると一つ大きな疑問が生じる。

「仮に黒幕が〈黒の工房〉だとすれば、母様は父様に命を狙われたと言うことになるわ」

 最初はイリーナとフランツは繋がっているとアリサは考えていたのだ。
 しかし、イリーナが〈黒の工房〉に命を狙われたとなると話は違ってくる。
 イリーナとフランツが協力関係にあるという前提は崩れることになるからだ。
 仲間割れという可能性もない訳では無いが、

「口封じに殺され掛けた、というのは余り考えたくないけど……」
「お嬢様……」

 出来ることなら、そうあって欲しくないとアリサは考えていた。
 まだ、心の何処かで両親を信じたい。そんな想いがアリサのなかにはあるからだ。
 しかし、リィンとも約束した以上、どんなことがあっても真実から目を背けるような真似はしたくない。
 どんなに悲しい真実が待ち受けていようとも、現実と向き合い生きていく。
 そう、アリサは心に決めていた。

「シャロン。あなたにも辛い選択を迫ることになると思う。それでも――」

 私に付いてきてくれる?
 改めて、そう尋ねてくるアリサにシャロンは――

「当然です。わたくしは、アリサお嬢様のメイドですから」

 と、微笑みを浮かべながら答えるのだった。


  ◆


 大気を震わせる轟音。山に反響する剣戟と銃撃の音。
 ザクセン鉄鉱山の広場では、一進一退の攻防が繰り広げられていた。
 持ち前のスピードで翻弄しながら手数で攻めるフィーに加え、アルゼイドの剛剣がバルデルに襲い掛かる。
 だが、

「――洸凰剣ッ!」

 あっさりと奥義を受け止められ、目を瞠るラウラ。
 しかし、バルデルに反撃の隙を与えるほど、フィーは甘くなかった。
 タイミングを合わせるように接近したフィーが、死角からバルデルの首を狙う。
 寸前のところで刃を合わせ、必殺の一撃を防ぐバルデル。
 そのまま反撃に移ろうとするも、先程のフィーと同じようにラウラも反撃の隙を与えまいとバルデルに攻撃を仕掛ける。

「ハハッ、驚いたぞ! 正直、予想以上だ!」

 間断なく攻め立てられながらも、身の丈ほどあるハルバードを豪快に振り回し、愉しげな笑みを浮かべるバルデル。
 フィーとラウラの実力は、バルデルの想像を大きく超えていたからだ。
 フィーの実力は間違いなく一流の猟兵=\―いや、トップクラスの猟兵と肩を並べるほどのものだった。
 先に刃を交えたゼノやレオニダスと比べても遜色ない。
 いや、むしろ戦闘力だけなら二人を超えるほどだと、バルデルはフィーの実力を高く評価する。

「あの時のチビが、これほどの戦士に成長するとはな。それに〈光の剣匠〉の娘もなかなかの腕だ」

 それにフィーと比べれば見劣りするとはいえ、ラウラの実力もかなりのものだとバルデルは認めていた。
 剣の技量だけなら既に達人の域に達している。
 経験が足りていないだけで、皆伝に至るのも時間の問題と思われるほどの剣の使い手だ。
 その上、即席のコンビだとは思えないほど息の合った連携を見せられれば、バルデルが闘志を燃やすのも必然だった。

「そんなこと言われても、全然嬉しくないんだけど……」

 一方で、不満げな表情で愚痴を溢すフィー。
 というのも、戦いを優勢に進めているのはバルデルだったからだ。
 しかも、恐らくはまだ全力を出してはいない。
 その状態でも、フィーとラウラの二人を相手にして、まだ余裕があると言うことだ。
 素直に喜べないとフィーが不満を口にするのも無理はなかった。

「ラウラ、平気?」
「……正直に言うと、少し厳しい」

 息を切らせるラウラを心配して、フィーは声を掛ける。
 手を抜いて戦っている訳ではないが、バルデルと同じようにフィーには余裕がある。
 しかし、ラウラは戦いに付いていくのが精一杯で、既にかなりのスタミナを消耗していた。
 フィーとの力の差は理解していたつもりだが、それでも悔しげな表情を浮かべるラウラ。
 だからと言って、

「私に合わせる必要はない。そなたの全力を見せてくれ」

 足手纏いになるつもりはなかった。

「……気付いてたの?」
「手を抜いている訳ではないのだろうが、そなたの戦いには余裕が見られるからな。恐らく全力をだせば、私では戦いについて来られないと確信しているのでないか?」
「ん……否定はしない」
「はっきりと言うのだな」

 その通りだとはっきりと告げられながらも、ラウラは嫌な顔一つせずに笑みを溢す。
 確かに闘神は強敵だ。ヴィクターにも匹敵する最強クラスの強者であることは疑いようもない。
 それでも、フィーが勝算もなくバルデルに戦いを挑んだとは、ラウラは思っていなかった。

「ラウラのことを足手纏いだと思って隠してた訳じゃ無いよ?」

 そんな風にラウラがフィーの強さを信頼しているように、フィーもラウラの強さを認めていた。
 内戦の時とは比べ物にならないほどの力を、現在のラウラは身に付けている。
 ヴィクターに迫る剣士となるのも、そう遠い日のことでないだろうと確信するほどの成長を見せていた。
 だから全力をださずに戦っていたのは、決してラウラを侮ってのことではないとフィーは話す。

「ラウラは、いまより強くなれる可能性があるのなら人間≠やめられる?」
「な……」

 それはどう言う意味かと尋ねるも、フィーはラウラの疑問に答えるなく双銃剣を手に前へでる。
 そしてバルデルと向かい合うと、十アージュほどの距離を開けて歩みを止めるフィー。

「ほう? 今度はお前一人で俺とやるつもりか? ――妖精」
「ん……大体分かったしね」
「……何?」

 挑発するつもりが逆に余裕を見せられ、バルデルはフィーの行動を訝しむ。
 二人掛かりでも敵わなかったと言うのに、一人で挑むなど無謀な行為でしかない。
 レオニダスのように仲間を逃がすために覚悟を決めたのかともバルデルは考えるが、それは違うと頭を振る。
 そうした決死の覚悟が、フィーからは感じ取れなかったからだ。

「確かに強いけど、リィンほどじゃない。なら、いまの私でも――」

 勝算はある。
 そう呟いた直後、フィーの姿が掻き消え、バルデルの身体は宙を舞うのだった。


  ◆


「な――」

 どうして自分が吹き飛んだのか理解できないまま地面を転がり、受け身を取るバルデル。
 しかし考える余裕も与えられないまま、バルデルの身体に次の衝撃が襲い掛かる。

「がッ!?」

 横凪に吹き飛ばされ、再び地面を転がるバルデル。
 見えなかった。動きを捉えることは出来なかったが、自分の身に何が起きたのかは今の一撃で理解できた。
 ハルバードを地面に突き立て、岩壁に叩き付けられる前に体勢を立て直すと、バルデルは自分を吹き飛ばした敵を睨み付ける。

「……何をしやがった?」
「何も? ただ――」
「ッ!?」

 瞬きをした次の瞬間、またしても一瞬で懐に潜り込まれ、バルデルは咄嗟に防御の構えを取る。
 フィーの放った一撃がバルデルに襲い掛かり――再び、その身体を弾き飛ばす。
 遅れて響く轟音。それはフィーの一撃が音速≠超えた証明でもあった。

「速く動いただけ」

 ――ソニックレイド。人の域を超えた速さの極地。
 リィンやシャーリィに追い付くため、フィーが編み出した技が今の動きだった。
 当然リスクがない訳では無い。幾ら闘気で肉体を強化しているとは言っても、身体に掛かる負担は相当のものだ。
 全身がバラバラになっても不思議ではない。以前のフィーなら耐えることは出来なかっただろう。
 しかし、

「そっちが死んで蘇ったのだとしても、私は不死者≠セから」

 不死者となった今なら、人間には無理な動きでも可能なはずだとフィーは考えたのだ。
 決して手を抜いて戦っていた訳では無い。あくまで人≠ニしての全力はだしていた。
 だが、ここからは――

「どっちが本物の怪物≠ゥ、試して見る?」

 一度死に地獄から蘇った者と、不死の力を手にした者。
 人の域を超えた怪物同士。決着を付ける覚悟はあるのかと、フィーはバルデルに問う。

「まさか、ここまでの怪物≠ノ成長しているとはな」

 土埃に塗れながらも立ち上がり、クツクツと愉しげな笑みを漏らすバルデル。
 手応えはあった。しかし、バルデルの様子を見る限りでは、大きなダメージを負っている様子はない。
 全身を駆け巡る痛みに耐えながら、フィーはバルデルの様子を窺う。
 実のところ、この技にも欠点がない訳ではなかった。

(……ちょっと、拙いかな)

 通常、肉体の損傷を防ぐために人間の脳には安全装置のようなリミッターが施されている。
 フィーのやっていることは、そのリミッターを外すことで肉体の力を極限まで使いこなすことにあった。
 だが、不死者と言っても痛覚が無い訳では無い。無理をすれば、その反動は自分に返ってくる。
 頑丈な不死者の肉体と回復力でどうにか誤魔化しながら戦ってはいるが、徐々にダメージは蓄積していく。
 保って数分。何れ、限界が訪れる。フィーにとっても『諸刃の剣』と言える技だった。

「一つ聞かせろ。猟兵王の息子は、お前より強いのか?」
「当然。リィンは最強≠セから」
「そうか……」

 リィンの方が強いと聞いて、バルデルは心の底から嬉しそうな表情を浮かべる。
 そして、

「どう言うつもり?」
「俺もまだ本調子≠カゃないからな。それに、お前も限界が近いんだろう?」

 無防備に背中を向けるバルデルを訝しむも、身体のことを指摘されてフィーは眉をひそめる。
 本人も『本調子ではない』と言っているように、いまのバルデルはフィーの動きについて行けていない。
 しかし、このまま戦闘を続けても、決め手に欠ける自分の方が不利だとフィーは分析していた。
 バルデルのタフさは、フィーの予想を大きく超えていたからだ。
 それに――

(一撃目はまともに入ったけど、二撃目は自分から横に跳んで、三撃目は武器を合わされた……)

 見えている訳ではないはずだ。
 しかし、確実にバルデルはフィーの動きを見切り始めていた。
 初撃で決められなかった時点で、いまの自分では勝てないとフィーは冷静な判断を下す。
 故に――

「猟兵王の息子によろしく伝えてくれ。再会を楽しみにしているとな」

 そう言って立ち去るバルデルの背中を、フィーは黙って見送ることしか出来ないのだった。



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