演習場の中央で、激しくぶつかり合うリィンとオーレリア。
 闘気を纏った一撃が大地を抉り、大気を震わせ、突風を巻き起こす。
 その衝撃は、十分に距離を取っているはずの観客席の人々にまで伝わる威力を秘めていた。
 近代兵器でも難しい――目を疑うような戦いを見せられて、人々は声も出ない様子で目を丸くする。

「いやあ、凄まじい戦いですね」

 そんな戦いを呑気にポップコーンを片手に観戦する男がいた。
 トマス・ライサンダー。トールズ士官学院の元教官にして、星杯騎士団の副長を務める男だ。
 そんな彼の隣で一緒に試合を観戦する修道服の少女、シスター・ロジーヌは呆れた様子で溜め息を漏らす。
 目の前で繰り広げられている戦いは、教会の騎士団でも滅多に目に出来るレベルの戦いではない。
 間違いなくリィンとオーレリアの実力は、隣にいるトマスや守護騎士たちを凌駕していた。
 一度だけ星杯騎士団の総長アイン・セルナートの戦うところを見たことがあるが、もしかしたら――

「あの二人、総長よりも強い≠ゥもしれませんね」

 ロジーヌが考えていたことを、何の躊躇いもなく口にだすトマス。
 教会としては認められない。いや、星杯騎士団としても認めたくない話だろう。
 それを副長が口にすると言うのは、ロジーヌが口にするのとでは別の重みがあった。

「そんなことを仰っても良いんですか?」
「客観的な評価を口にしただけですよ。教会の偉い方々は認めようとしないでしょうが、現実から目を背けて相手を過小評価するのは愚か者≠フすることです」

 以前、リィンに手をだして痛い目を見た封聖省のことを言っているのだとロジーヌは察する。
 あの事件のお陰で教会も少しは風通しがよくなったが、それでも教会内部の派閥競争がなくなった訳ではなかった。
 いまは封聖省が影響力を落としたことで、僧兵庁が自分たちの権限拡大に乗り出している始末だ。
 元よりアーティファクトの回収と管理を請け負う星杯騎士団と、法国の防衛を担う僧兵庁は余り仲が良いとは言えなかった。
 二百年前、小説『赤いロゼ』の題材ともなった眷族事件と呼ばれる異変でも、僧兵庁の横槍があったという話があるくらいだ。
 こうした教会内の主導権争いは、トマスにとっても頭の痛い問題となっていた。

(仮に暴発でもされたら、面倒なことになりますしね)

 リィンに手をだすと言うことは、封聖省の二の舞と言うことになりかねない。いや、高い確率でそうなるだろうとトマスは見ていた。
 リィンの能力は聖痕を宿す守護騎士だけでなく、アーティファクトの力や秘術を行使する教会の人間にとって天敵≠ニ言っていい。
 その上、クロイス家の錬金術師を取り込み、魔女とも繋がりがあることを考えると、絶対に敵には回したくない相手だ。
 現場を知らない上の人間は教会の力を過信し、リィン・クラウゼルを甘く見すぎているとトマスは危惧していた。
 だからこそ、リベールでのようなことは絶対に避けなくてはならないと、ロジーヌの先回り≠して帝都へやってきたのだ。

「そんなことより、ロジーヌくんもこんなところにいて大丈夫なのですか? 彼から何か頼まれごとをしているのでしょう?」
「……どこまで、ご存じなのですか?」
「詳しいことは何も」

 そう言いながらもトマスのことだ。何かしら掴んでいるものと、ロジーヌは察する。
 そうでなければ法国に帰還しているはずの彼が、態々ロジーヌを追って帝都までやってくる理由がないからだ。

「ああ、勘違いしないでもらいたいのですが、別に責めている訳ではありませんよ? 彼との連絡役を任せたのは、こちらの都合ですから。むしろ、彼の要請には積極的に応えて欲しいと思っているくらいです」

 星杯騎士団としては〈暁の旅団〉と事を構えるつもりはない。
 敵に回すくらいなら、協力関係を結びたいとすらトマスは考えていた。
 しかし、教会も一枚岩ではない。そうしたトマスの考えを快く思っていない者がいることも事実だ。
 特に今回のような動きがあると――

「ですが、僧兵庁が妙な動きを見せています」
「……僧兵庁が?」
「どうやら〈黒の工房〉の一件に首を突っ込んでいるみたいですね」

 トマスから聞かされた良くない情報に、顔を顰めるロジーヌ。
 副長自ら帝都へ乗り込んできた理由を察したからだった。
 黒の工房に関する情報は星杯騎士団も集めているが、リィンと対立しないためにも慎重に事を進めていた。
 しかし、そこに僧兵庁が割って入ってきたのだ。放っておけば、リィンと事を構える可能性が非常に高い。

「……止められなかったのですか?」
「そんな権限は騎士団にはありませんよ。封聖省も帝国に弱味を握られて弱っていますしね」

 リィンが嫌がらせのように捕らえた刺客を帝国に引き渡したことで、教会は大きな貸しを帝国に作っていた。
 その所為で封聖省が教会内での影響力を落とし、ここぞとばかりに僧兵庁が大きな顔をし始めたのだ。
 今回の〈黒の工房〉に関する事件も、本来であれば封聖省の管轄だった。
 しかし先の帝国の内戦から巨神の復活へと至る一連の事件で、何も具体的な対策を取ることが出来なかった星杯騎士団の能力を疑問視する声が教会内で上がり、僧兵庁が封聖省の責任を追及するカタチで強引な横槍を入れてきたのだ。
 七耀教会は〈空の女神〉を信仰する宗教組織としての一面の他に、世界の秩序と安定を保つ役割を自分たちに課している。アーティファクトの回収と管理を教会が担っているのも、そうした使命の一環と言って良い。だからこそ、巨神の復活を止めることが出来ず、世界を滅亡の危機に晒した星杯騎士団が責められるのは仕方のないことだとトマスも理解していた。
 しかし、

「僧兵庁に任せて、彼等と事を構えるようなことになれば……」

 トマスが何を心配しているのかを察して、ロジーヌは顔を青ざめる。
 最悪の場合、暁の旅団と全面衝突する可能性が頭を過ぎったからだ。
 仮に勝利できたとしても、恐らく教会は組織としての機能を保てないほどに弱体化する恐れがある。いや、それですら希望的観測に過ぎないとロジーヌは感じていた。
 いま、こうしてオーレリアと剣を交えているリィンを見ても、まったくと言って良いほどリィンの負けるところが想像できないからだ。
 実際、トマスの匣≠ェ一瞬にしてリィンの炎に燃やし尽くされたところをロジーヌは目にしている。
 他の守護騎士でも結果は同じだろう。どうにかリィンと戦えるのは、総長おいて他には考えられなかった。
 その総長もリィンに勝てるという保証はない。それに先程のトマスの言葉。
 聖痕抜きで戦えば、総長は勿論のこと守護騎士に勝ち目はないと確信しているのだろう。

「最悪の場合は、僧兵庁を切り捨てることになるかもしれません」

 この戦いを見て、思い止まって欲しいというのがトマスの本音だった。
 しかし、それでも彼等が〈黒の工房〉の案件に首を突っ込むと言うのであれば――
 七耀教会を二つに割るくらいの決断が必要かもしれないとトマスは覚悟を決めていた。
 リィンを敵に回すくらいなら、まだその方が教会が受けるダメージは少なくて済むと考えたからだ。

「それは総長の考えですか?」
「星杯騎士団全体の考えと思って頂いて構いません」

 即ち、総長――アインもトマスの考えに同意していると言うことだ。
 実際のところは『自分たちの尻は自分で拭け』と言ったところなのだろう。
 しかし、それが事実なら仮に僧兵庁が壊滅させられても、星杯騎士団は介入しないということだ。
 トマスがここへやって来た本当の理由は、僧兵庁の暴走を教会全体の意志だとリィンに誤解を抱かせないためだとロジーヌは理解した。

「まあ、今回に限って言えば、私はあくまで補佐≠ナす。もしもの時の保険≠ナもありますがね」

 主役はあくまでロジーヌだと主張するトマス。
 それは即ち、星杯騎士団がロジーヌの行動を認めていると言うことだった。
 それどころか、後押しすると言い切ったに等しい。

「力になれることがあるのなら協力します。メルカバも持ってきていますしね」
「駅で待ち伏せしていたから、もしかしてと思っていましたが……やはり、そういうことですか」
「それほどに今回の一件、騎士団は危機感を抱いていると言うことです」

 メルカバと言うのは、守護騎士一人一人に与えられている専用の飛空挺だ。
 天の車と呼ばれるアーティファクトを機関とし、光学迷彩を使ったステルス機能やバリアも搭載している。
 更にはビーム兵器や、聖痕と船を同調することで放てる〈聖痕砲〉と呼ばれる秘密兵器も備えていた。
 騎士団の切り札の一つとも言える船。その船をだすと言うことは、トマスの本気が窺える。

「まあ、よく考えておいてください。そうこうしている間に様子見≠ヘ終わりみたいですね」
「……え?」

 目の前で繰り広げられている非常識な戦いを、様子見と表するトマスの言葉にロジーヌは驚く。
 以前に見たことがある守護騎士同士の模擬戦と比べても、圧倒的にリィンとオーレリアの戦いの方が凄まじかったからだ。

「驚くようなことではないでしょう。あなたも総長の戦いは目にしたことがあるはずです」
「確かに、それはそうですけど……」
「まあ、あの時の総長も本気≠ヘだしていませんでしたしね」

 ロジーヌが気付かないのも無理はないかとトマスは頷く。
 一方でロジーヌからすれば、悪い夢でも見ているかのような話だった。

「総長クラスの使い手は、そうはいませんからね」

 それは即ち、アインが本気になれるような敵は早々いないと言っているのと同じだった。
 星杯騎士団の中にも、アインと互角に戦える騎士はいない。
 そのことからも文字通り彼女は、七耀教会最強の騎士と言っていい。
 そのアインと互角か、それ以上と目される二人の戦いだ。

「良い機会です。しっかりと、その目に焼き付けておきなさい」

 ――これ以上の機会はない。
 そう話すトマスも、この戦いの決着を見届けるのを密かに楽しみにしていた。


  ◆


 闘気を込めた渾身の一撃を放つ二人。
 剣を交えた直後、リィンとオーレリアは弾き飛ばされるかのように後ろへ飛び退く。

「相変わらずの化け物$Uりだな」
「そなたも、さすがだ。以前よりも剣≠フ扱いが様になっている」
「我流じゃ限界があると〈光の剣匠〉に教えられたからな」
「なるほど……師の薫陶か」

 リィンの剣捌きが、前に戦った時と異なっていることをオーレリアは感じ取っていた。
 アルゼイド流とヴァンダール流の型を取り入れ、独自の剣術へと昇華した自身の剣と少し似ていると感じたのだ。
 それもそのはずだ。これまでに戦った達人たちの技を模倣し、自分のものとすることでリィンの剣技は独自の進化を遂げつつあった。
 なかでも特に影響を受けているのが、アルゼイドの剛剣とヴァンダールの双剣だ。
 そう言う意味では、オーレリアはリィンの姉弟子と言っても間違いではない。

「それで、もう良いのか?」
「やっぱり、気付いてて付き合ってくれてたのか」
「この私を相手に調整≠しようなどと随分と甘く見られたものだが、そなたにはそれだけの資格≠ェある。此度の挑戦者≠ヘ私の方だからな」

 一度は敗北を喫した相手。強者が何をしようと、敗者に口を挟む権利はない。
 リィンが異能を用いず、敢えて剣術≠セけで戦いを仕掛けてきた理由にオーレリアは気付いていた。
 戦いの中で動きを最適化し、これまでに得た経験を取り込むことで自らの剣術を昇華していたのだと――
 それ故に、オーレリアは敢えてリィンの誘いに乗ったのだ。

「まあ、いまのところはこんなもの≠セろう。まだ剣術じゃ、アンタには届かないことが分かっただけでも勉強になった」
「謙遜するでない。正直に言えば、驚かされた。その才は誇っても良いだろう」

 確かにオーレリアの方が剣術では上だ。
 しかし異能の力なしで、ここまで肉薄されるとはオーレリアも思ってはいなかった。
 前の戦いから一年余りで、まさかこれほどに力を付けてくるとは遥か想像の上を行っていたと言っていい。
 あれだけの力を持ちながら、まだ貪欲に強さを求めるリィンの在り方に尊敬の念すら抱くほどだった。
 だからこそ――

「そなたの成長は見せてもらった。ならば、次は我の番だ」

 挑む価値があると、オーレリアはリィンに剣を向ける。
 黄金の闘気を身に纏うオーレリアを見て、リィンもまた〈鬼の力〉を解放する。

「確かに剣術じゃ、まだまだアンタには届かない。だが――」

 本気の殺し合い――戦場≠ネら負ける気はしない、とリィンは話す。

「ククッ……」

 リィンの身体から漏れ出る濃密な死の気配に当てられ、オーレリアの口から思わず笑みが溢れる。
 自惚れていたつもりはない。しかし、いま思えば驕り≠ヘあったのだろうとオーレリアは思う。
 アルゼイド流とヴァンダール流。二つの流派を極め、独自の剣術へと昇華し、理へと至ったことで達成感にも似た虚しさを覚えていたことも事実だった。
 内戦に勝利し、名実共に最強の資格を得た暁には、ヴィクターに挑むつもりでいたのだ。
 しかし、そんな彼女の前に立ち塞がったのがリィンだった。

 圧倒的だった。
 言葉で負かされ、力でねじ伏せられ、あれほどの敗北を味わったのは〈黄金の羅刹〉の異名を取り、貴族派の英雄と呼ばれるようになってからは初めてのことだ。

「感謝する。まだ、私にもこんな気持ちが残っていたことに気付かせてくれたことを――」

 情けなかった。
 あれほど豪語しておきながら、みっともなくもリィンに敗れた自分が情けなくて仕方がなかった。
 だが、それ以上に悔しかった≠フだ。
 だからこそ、リィンの強さ≠ノ魅せられたのだとオーレリアは思う。
 そして、

「挑ませてもらおう。強さの極致に――」

 憧れは、目標でもある。
 ――猟兵王リィン・クラウゼル。
 彼こそが、オーレリア・ルグィンが目標とする新たな頂き≠セった。



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