精霊化を解き、クレーターの中央で仰向けに倒れるオーレリアを見下ろすリィン。
 さすがに少しやり過ぎたかと考えるも、

「――カハッ!」

 肺から息を吐くオーレリアを見て、呆れた生命力だと溜め息を漏らす。
 巨神を屠り、塩の杭すら消滅させた一撃に耐える人間がいるとは俄には信じがたかったからだ。

「どうする? まだ、やるなら付き合うが?」
「……いや、私の負けだ」

 あっさりと自分の負けを認めるオーレリア。
 一瞬とはいえ、意識を持って行かれた時点で、自身の負けをオーレリアは認めていた。
 それに殺さない程度≠ノ手加減をする余裕が、まだリィンにはあることに気付いていた。
 本気でリィンが先程の一撃を放っていたのなら、骨すらも残さず消滅させられていたと理解したからだ。

「……強いな」
「いや、俺にこの力を使わせた時点で、お前も大概だと思うぞ?」

 人間の中では間違いなく最強だ、とリィンは答える。
 本気のオーレリアと戦って見て分かったが、彼女の師でもある〈光の剣匠〉は間違いなく超えている。
 もしかしたらアリアンロードとも良い勝負をするかもしれないと、リィンはオーレリアの実力を高く評価していた。
 以前にアリアンロードと戦った時は覚醒したばかりのメルクリウスの力に振り回され、十二分に能力を発揮できてはいなかったことを考えると、この予測は大凡間違っていないはずだとリィンは考える。
 もっとも、

(まだ何か奥の手≠隠していそうな雰囲気だったしな)

 あれがアリアンロードの全力≠ネら、と言う条件は付くが――
 いずれにせよ、それほどの力を人間(オーレリア)¢且閧ノ使ったのだ。

「少なくとも賭け≠ヘ、お前の勝ちだ」

 それを引き出された時点で、試合の前に取り決めていた賭けはオーレリアの勝ちだとリィンは話す。
 手を差し伸べてくるリィンを見て、好きにしろと言う解釈だとオーレリアは受け取った。

「これから、よろしく頼む。リィン――いや、団長殿」
「これまで通り、リィンでいい。畏まった呼ばれ方をすると、背中がむず痒くなる」

 了解した、と笑みを浮かべながらリィンの手を取り、立ち上がるオーレリア。――その時だった。
 リィンの勝利。そしてオーレリアの健闘を称え、割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響く。
 その光景に目を丸くするリィン。もっと怖がられるか、恐れられる可能性も考えていたからだ。
 確かにリィンの力を恐れ、危険視する声が少なからずあるのは事実だ。
 しかし帝国人は武を貴び、強者を讃える気質がある。これほど心躍る戦いを見せられて、奮い立たない者はいなかった。

「なんて言うか……」

 猟兵なんてものは恐れられ、嫌われるのが仕事の内だとリィンは思っていた。
 実際、そういう側面があるのは事実だ。しかし、猟兵だから嫌悪され、恐れられるのではない。
 リィンの活躍によって救われ、勇気付けられた人々もいる。
 そうした者のことを人は――英雄≠ニ呼ぶのだ。

(私の目に狂いは無かったようだな)

 人の上に立ち、導く者に必要な力。王≠ノ求められる資質。
 人々の心を動かす力がリィンにはあると、オーレリアは確信する。
 だからこそ、リィンに賭けてみようと思ったのだ。
 それはそうと――

「無粋な者たちだ」
「まあ、想定の範囲内だけどな」

 そう言って背中を合わせると、構えた剣を横凪に一閃するリィンとオーレリア。
 すると、二人の周囲で爆発が起きる。
 何が起きたのか分からず観客席から動揺の声が上がる中、リィンは自分の斬ったガラクタ≠ノ視線を落とす。
 消耗しているところを狙ってくるだろうと言うことは、最初から予想できていた。
 しかし、

「人形兵器か」

 姿を消して取り囲むように襲ってきたのは、結社の人形兵器だった。
 とはいえ、これだけでは〈結社〉の仕業とは断定できない。
 十三工房の一角に数えられていた〈黒の工房〉なら、同じようなものを作り出すことは造作もないからだ。
 それにラインフォルト社も、最近は同じような人形兵器を製造している。
 恐らくは内戦以前から、第五開発部――〈黒の工房〉から技術供与を受けていたのだろう。

「どうやら本命≠フお出ましのようだ」
「……魔煌兵?」

 太陽を背に、地上に降り立つ巨大な人影。
 それは全高七アージュほどの人型機動兵器だった。
 どことなく以前戦った魔煌兵≠ニ似た雰囲気をリィンは感じる。

「いや、恐らくは違う。ラインフォルトで新型≠ェ開発されているという噂を聞いたことがある」
「新型ね……」

 機甲兵の新型という話だが、まともな機体には見えない。
 リィンの目には、機体から漏れる禍々しい呪い≠ノも似た力が映っていた。
 確かに尋常ではない相手のようだが、

「我等二人を相手に――」
「舐められたものだな」

 幾ら消耗しているとはいえ、この程度でどうにか出来ると思っているようなら考えが甘い。
 リィンとオーレリアは肩を並べ、獰猛な笑みを浮かべるのだった。


  ◆


 同じ頃、避難誘導の指揮を執るアルフィンの姿があった。
 リィンと同じように、最初からこうした事態を想定していてのことだった。
 だからこそ、無理を言って親衛隊≠クロスベルから連れてきたのだ。
 そんななか『リィンを助けなくてもいいのか』と尋ねてくるノエルとミレイユにアルフィンは――

「……あの二人に助けが必要だと、本気で思いますか?」

 そう答える。逆にそんな風に尋ねられれば、二人は何も言えなかった。
 リィンとオーレリアの非常識な強さは、十分過ぎるほどに見せてもらったからだ。
 正直なところ機甲兵を使ったとしても、あの二人に勝てる気はしない。
 いや、そもそもの話――自分たちだけでは帝国や共和国に対抗できないからこそ、クロスベルは〈暁の旅団〉と契約しているのだ。
 それは即ち、クロスベルの全戦力を合わせても〈暁の旅団〉に敵わないと言っているも同じだった。
 そのことを考えれば、このくらいリィンが殺されるとは思えない。心配するだけ無駄と言うものだ。
 むしろ、下手な助けは邪魔になりかねない。それが分からないほど、ノエルとミレイユは愚かではなかった。

(でも、あの機体≠ヘ一体……)

 とはいえ、ノエルとミレイユが本当は何を気にしているのかに、アルフィンは気付いてた。
 禍々しい気配を放つ、黒い機体。恐らくは新型の機甲兵だと思われるが、アルフィンもあのような機体を見るのは初めてだった。
 リィンたちの敵ではないと思うが、どうしても嫌な予感を拭いきれない。
 ノエルとミレイユも、あの機体から同じような不安を感じ取ったのだろうとアルフィンは思う。
 しかし、あれこれと考えたところで答えがでるはずもない。それよりも、いまは優先すべきことがあった。

「民間人の安全が最優先です」

 避難誘導を急ぐように、とノエルとミレイユに指示をだすアルフィン。
 民を守るのは皇族の義務と言うのも理由にあるが、このままここに残っているとリィンの邪魔になると考えてのことでもあった。
 全力を解放したリィンの強さが試合で見せた程度でないことは、アルフィンも知っているからだ。
 むしろ心配することがあるとすれば、やり過ぎてしまわないかと言った不安の方が大きい。

(……胃薬の用意をしておいた方が良いかもしれませんね)

 少なくとも事後処理でオリヴァルトが頭を抱えるのは確実だと、アルフィンは確信めいた予感を覚えるのだった。


  ◆


 リィンとオーレリアの予想通り、帝都の至るところで暴徒による事件が起きていた。
 最初は試合の熱気に当てられた人々が騒ぐ程度だったのだが、試合が終わっても熱は冷めるどころか過熱の一途を辿り、気付いた頃には暴徒と化していたのだ。
 恐らくは、観戦者に交じって興奮状態にある人々を煽動した者がいるのだろう。
 それを裏付けるように怪しい動きをする者が複数目撃されているとの報告を受け、鉄道憲兵隊の軍服に身を包んだクレアは渋い顔を見せる。
 だが、それにしても――

「妙ですね」

 何者かが帝都の人々を煽動したことは確かだろう。
 しかし、それにしても暴徒と化した人々の動きは奇妙≠セと、クレアは感じていた。
 競馬場でもレースに熱中しすぎる余り、興奮して騒ぎを起こす人々は多々いる。
 だが、この手の騒ぎは普通その場限りの話で、ここまで複数の箇所で同時にそれもこれほど大規模に混乱が発生することは通常ありえない。
 煽動した者がいたとしても、こうも上手く大勢の人たちの意識を誘導できるものだろうかとクレアは疑問を持つ。

「……薬物が使われた可能性は?」

 真剣な表情で部下に尋ねるクレア。
 規模は違えど、同じようなことが四ヶ月前にもあったことを思い出してのことだった。そう、グノーシスだ。
 薬を服用した者に人間離れした能力を与えてくれる一方で、幻覚症状を引き起こし、重度の興奮状態に陥らせる副作用がある。
 何より赤いグノーシスを服用した重度の患者は〈魔人化〉と呼ばれる現象を引き起こし、魔物へと姿を変える事例が報告されていた。
 仮に薬が使われていた場合、四ヶ月前の事件が再び引き起こされるのではないかとクレアは危惧する。
 しかし、

「勿論その可能性は疑いましたが、薬物反応は検出されていません」

 副官のエンゲルス大尉は、そう答える。〈氷の乙女〉の右腕と称される彼は、鉄道憲兵隊の中でも将来を有望視される軍人の一人だった。
 ギリアス・オズボーンが大罪人として処罰されたことで、彼が発足した鉄道憲兵隊も一時は存続の危機に晒されていたのだ。
 しかし内戦後の混乱を円滑に終息させ、四ヶ月前に引き起こされた暴動も最小限の被害で食い止めた功績が認められ、鉄道憲兵隊は存続の危機を免れた。
 その功労者と噂されるのが、トワや彼――エンゲルス大尉だったと言う訳だ。それだけにクレアは彼の能力を高く評価し、信用していた。

「そうですか……わかりました。では引き続き、暴徒の鎮圧をお願いします。ですが彼等も帝都の市民です。十分に配慮してください」
「は――!」

 敬礼を取り、持ち場へと戻るエンゲルス大尉の背中を見送りながらクレアは逡巡する。
 今回の一件が、先日から立て続けに起きている襲撃事件と無関係と考えるのは、さすがに甘すぎる。
 だとすれば、一連の事件は繋がっていると考えるのが自然だろう。しかし、不思議なことに敵の狙いが見えて来ない。
 いや、この事件の裏にいる者たちが、ノーザンブリアとの開戦を望んでいることだけはわかっているのだ。

 貴族派が開戦を望んでいることは確かだ。革新派が貴族派と手を結んだのも、政治的な思惑が背景にあるのだろう。
 一連の襲撃事件が〈北の猟兵〉の仕業であるという論調が高まっていることもあり、皇族派の中にもノーザンブリアへの制裁を求める声が上がっている。
 今回の暴徒騒ぎも市民の多くは一連の事件と結びつけて考えるだろう。もはや、戦争の流れは止められない状況だ。
 だが、それにしても不自然≠ウを覚えずにはいられなかった。

 北の猟兵の仕業に見せかけて事件を起こしたとしても、真相が発覚した時のリスクが高すぎる。
 百日戦役を引き起こした者たちの末路は、貴族たちも理解しているはずだ。
 幾ら厳しい立場に置かれているとは言っても、こうまで危険を冒して開戦を急ぐ理由が見えて来ない。
 まだ、情報が足りない。何か見落としていることがあるのではないかと、クレアは手掛かりを探る中――

「大変です――」

 先程、司令所を出て行ったばかりのエンゲルス大尉が戻ってきた。
 珍しく冷静さを欠いたエンゲルス大尉の様子にクレアは嫌な予感を覚えながら、何があったのかを尋ねる。

「北方方面に配備されている部隊から、アルスターが襲撃されたとの連絡が!」

 まさかの報告に目を瞠るクレア。
 アルスターは帝国の北、ジュライやノーザンブリアへと通じる国境にある辺境の町だ。
 そして、オリヴァルトが母親と共に幼少期を過した町でもあった。
 最悪の予想――ハーメルの悲劇が頭を過ぎり、顔を青ざめるクレア。
 仮にそのようなことになれば、帝国は再び取り返しの付かない騒乱へと向かうことになる。

「偶々£ャを訪れていた遊撃士≠ェ応戦したとの報告が入っていますが、住民の安否は不明です」
「実行犯の確認は取れているのですか?」
「それもまだ……しかし、紫の装備を身に纏っていたという情報が入っています」

 それは即ち、先の襲撃事件と同じ犯人の仕業と言うことを示唆していた。
 確定情報ではないとはいえ、北の猟兵の犯行と結びつけるには十分過ぎる状況証拠だ。

「――報告します!」

 エンゲルス大尉の後に続いて、慌ただしい足取りで司令所へ駆け込んでくる隊員。
 そして、隊員の報告を聞いたクレア――

「宰相閣下が負傷された?」

 最悪の予想を頭に過ぎらせるのだった。



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