「一体なにが……ッ!」

 よろよろと立ち上がりながらマヤは目を瞠る。
 森が――いや、正確には眼下に広がる山≠ェ消えてなくなっていたからだ。
 山があった場所には、隕石の衝突でもあったかのように巨大なクレータの跡が広がっていた。
 もくもくと立ち上る白い煙。縦穴に向かって滝のように川の水が流れ込んでいる様子が確認できる。

「皆は――」

 何があったのかは分からないが、とにかく仲間の無事を確認しようと〈ARCUSU〉を手に取るマヤ。
 作戦に必要だからと、ユグドラシルを換装したものをアリサに手渡されていたのだ。
 教えられた操作手順に従い、通信用のアプリを起動しようとしたところで――
 マヤがボタンを押すよりも早く、着信を告げる光が点る。
 画面に表示された名前は『フィー』のものだった。

「フィーさん! ご無事なんですか!?」
『ん……どうにかね。サラも無事。エマやクレアたちも無事に退避したって、さっきアリサから連絡があった』

 皆の無事を知り、ほっと安堵の息を吐くマヤ。
 しかし安心すると、もう一つの疑問が頭を過る。

「あの……これって……」
『リィンが切り札の一枚を切ったんだと思う。効果範囲は絞ったみたいだけど』

 予想はしていたが、リィンの仕業だと聞いて息を呑むマヤ。
 恐らく効果範囲を絞ったのは、仲間を巻き込まないためだと考えられる。
 リィンのことだ。フィーたちなら逃げ切れると計算して、ラグナロクを放ったのだろう。
 だが、それでも――

(これが、リィンさんの力……)

 驚きを隠せなかった。
 しかもフィーの話を信じるのであれば、これでもまだ全力ではないと言うことだ。
 帝国軍の飛行艦隊ですら手も足もでなかった巨神を、リィンが騎神を使って倒したという話はマヤも耳にしていた。だが、噂と言うのは尾ひれがつくものだ。リィンが強いことは知っていたつもりだが、まさかこれほどとは想像もしていなかったのだろう。
 しかし、それはマヤが悪いと言う訳ではない。
 そもそも一個人が本気で大国の軍事力を凌ぐ力を持っているなどと、信じられないのも無理はないからだ。

『マヤ? ちゃんと聞こえてる?』
「あ、はい。それで、これからどうしたら……」
『取り敢えず、ラクウェルの街まで退避する。追撃の心配はないだろうけど、念のため警戒は怠らないように』
「はい」

 まだいろいろと腑に落ちないところはあるが、この状況で自分に何か出来ることがあるとは思えない。
 そう考えたマヤはフィーの言葉に頷き、素直に従うのだった。


  ◆


 マヤとの通信を終え、サラに声を掛けようとしてフィーは気付く。
 強引に連れて逃げなければ巻き込まれていた可能性があるとはいえ、嘗ての戦友が炎に呑まれる光景を目にしたのだ。
 戦場で敵として出会ったなら、それが例え恋人や家族であったとしても殺し合うのが猟兵の世界だ。
 リィンのしたことは猟兵としてみれば何一つ間違ってはいないのだが、当事者からすると簡単に割り切れるようなものではない。
 サラも猟兵だったからこそ、その辺りのことは理解しているのだろうが――
 いや、理解できるから心の整理が付かないのだろう。

 リィンに対する不満と苛立ち。
 説得に失敗し、嘗ての戦友を見殺しにすることしか出来なかった自分に対する怒り。
 様々な葛藤が、サラのなかで渦巻いているに違いない。
 とはいえ――

「サラ、いつまでそうしてるつもり?」
「……あたしのことは放って置いて、あなたは先に避難しなさいよ」

 このままにしておくことも出来ず声を掛けるも、返ってきた覇気のない声にフィーは溜め息を吐く。
 サラの気持ちは理解できなくもない。しかし、サラが大きな誤解≠していることをフィーは指摘する。

「ちゃんと気配を探った? 一人も死んでないよ」
「……え?」

 そんなバカなと言った表情で感覚を研ぎ澄まし、気配を探るサラ。
 もくもくと立ち上る煙で姿を確認することは出来ないが、確かに煙の向こうからは人の気配がする。
 いや、人の気配だけではなかった。
 まるで高位の幻獣でも潜んでいるかのような強大な霊圧。そう、これは――

「金の騎神……まさか……」


  ◆


「はあはあ……どうにか間に合ったみたいだな」

 コクピットのモニターに映しだされた仲間の無事を確認して、安堵の息を吐くバレスタイン大佐。
 だが、相当の体力を消耗したのだろう。エル=プラドーも覚醒状態が解け、元の状態へと戻っていた。

「さすがだな。仲間を庇いながら、俺の炎に耐えきるなんて」
「よく、そんなことが言えたものだ……」

 飄々と話し掛けてくるリィンを睨み付けながら、バレスタイン大佐は呆れた口調で言葉を返す。
 大佐が仲間を庇うことまで計算に入れて、リィンがラグナロクを放ったと察してのことだ。
 集束砲にも耐えたエル=プラドーの障壁なら、ラグナロクも受け止められると判断したのだろう。
 そうしてエル=プラドーの霊力を消耗させるのが、リィンの狙いだったのだと大佐は考える。

「お互い様だろ? ここを戦場に選んだのは、俺に全力≠ださせないためだろ?」
「……やはり、気付いていたか」

 本気をだせと挑発しながらも、それがブラフであることにリィンは気付いてた。
 確かにルシファー化したヴァリマールの力は強大だが、強力すぎるが故に使い所が難しい。
 攻撃の余波だけでも周囲への被害が大きく、仲間が近くにいるような場所では全力を振うことが出来ないからだ。
 そのことをヴァリマールの全力を引き出そうとしていた大佐が知らないとは思えない。
 だとすれば、リィンに至宝の力を使わせないための挑発と考えるのが自然だ。
 噂に聞くリィンの性格なら、確実に乗ってくるという自信があったのだろう。
 まさか、自分の方が仲間を人質に取られるとは思ってもいなかっただろうが――

「大人しく投降する気はあるか?」
「……愚問だな」

 それもそうか、とあっさりと納得するリィン。
 状況は圧倒的に大佐が不利だが、この程度で引き下がる男ではないと最初から分かっていたのだろう。
 とはいえ、リィンもまだここで大佐を殺す訳にはいかない事情があった。
 ノーザンブリアを取り込む計画を立てていると言うのに、ノーザンブリアの英雄を殺すのはリスクが高い。
 それこそ、黒のアルベリヒの思惑通りにことが進んでしまう。
 それにそんな真似をすれば、サラを敵に回すことになりかねない。

「じゃあ、代わりにそこの男を置いていけ。そしたら、この場は見逃してやる」

 もう一人には逃げられたみたいだがな、とコーディの姿がないことを確認しながら交渉を持ち掛けるリィン。
 ワッズはコーディを操っていたつもりみたいだが、実際にはその逆だとリィンは読んでいた。
 コーディは恐らく首輪≠セ。ワッズはコーディに仮面を与えた黒幕に利用されただけだろうと――
 そのことからも、たいした情報を持っているとは思えないが、それでもクライスト商会の人間だ。
 いろいろと使い道≠ヘある。

「命を救ってやったんだ。最低限の義理≠ヘ果たしたはずだろう?」
「まさか、最初からそのつもりで……」

 リィンの狙いを察して、驚きの表情を浮かべるバレスタイン大佐。
 リィンの養父、ルトガーも飄々としていながら抜け目のないところがあった。
 血は繋がっていないという話だが、そういうところはよく似ていると大佐は苦笑する。

「そこの男を渡してやれ」
「……よろしいのですか?」
「約束を違えるような男ではないだろう」

 リィンにルトガーの面影を見た大佐は、団員にワッズを引き渡すように命じる。
 少なくともリィンが自分から口にした約束を反故にするような人物とは思えなかったからだ。
 クライスト商会との関係を考えれば、ここでワッズを見捨てるのはデメリットが大きい。しかし、リィンの言うように報酬分の義理は既に果たしているとも言える。そもそもワッズが欲をかかなければ、ここで捕まるようなこともなかったのだ。それなら本来の雇い主≠ノも最低限の言い訳は立つだろうと大佐は考える。

(リィン・クラウゼル。噂通り……いや、噂以上の男だな)

 少しでもリィンの手の内を知れたことは大きい。
 実際に自分の目で見て、あのルトガーの息子を見定めたいと考えていたのだ。
 はっきりと言えば、想像以上だった。これなら新たな『猟兵王』を名乗るのも頷ける。
 それに――

「この辺りが引き際のようだ」

 胸に大きな傷痕を刻まれたゼクトールが、エル=プラドーの隣に降り立つ。
 そんなゼクトールを追って、ヴァリマールの隣に降り立つテスタロッサ。
 ゼクトールとの戦いで負った傷だと思うが、二の腕から先――左腕を失っていた。
 テスタロッサが損傷していることに、少し驚いた様子を見せるリィン。
 まさか、魔王の力を完全に支配下においたシャーリィが、これほどの苦戦を強いられるとは思っていなかったからだ。

「シャーリィをここまで追い詰めるとは、さすがは闘神≠ニ言ったところか」
「……気付いてやがったか。確かに妖精の言ってたことも、満更嘘≠ナはなさそうだな」

 リィンの実力を一目で見抜きながらも、恐怖するどころか獰猛な笑みを浮かべる闘神バルデル。
 大佐に今回は譲ったが、本音を言えばバルデルもリィンと一戦交えてみたかったと考えていたのだ。
 一目でゼクトールの起動者がバルデルだと見抜いた洞察力。騎神越しでも感じ取れる強者の気配。
 フィーから話を聞いていた通り――いや、それ以上の相手だとバルデルは確信する。

「仇が討ちたければ、いつでも相手してやるぜ? 猟兵王の息子。いや、新たな猟兵王と呼ぶべきか?」
「悪いが、お断りだ。戦闘狂の相手は間に合ってるんでな。それに親父のことなら、とっくに納得済みだ」
「くくッ……なるほどな」

 リィンとシャーリィの関係を察して、ひとり納得した様子を見せるバルデル。
 それに確かにバルデルは親の仇とも言える相手だが、そのことでバルデルを責めるつもりは最初からリィンにはなかった。
 あの決闘は双方の団員が見守る中、当人たちが納得済みで行なったことだ。
 それに異を唱えると言うことは、命を賭して戦ったルトガーの顔に泥を塗ることになる。
 フィーがバルデルに対して恨み辛みを言わなかったのも、それが理由だろう。

「ねえ、バルデル伯父さん。一つだけ聞いてもいい?」
「……なんだ?」
「騎神の起動者になったのって、昨日今日のことじゃないよね? どうして、団に戻って来なかったの?」

 明らかにバルデルは騎神を乗りこなしている。
 自分よりも騎神の扱いが上手い。慣れのようなものをシャーリィはバルデルから感じ取っていた。
 だとすれば、バルデルが起動者となったのは最低でも一年以上前と言うことになる。
 ルトガーとの一騎打ちで死んだ後、密かに復活を果たし、ゼクトールの起動者となっていたと考えるのが自然だろう。

「もしかして、ランディ兄のため?」

 戦いながら疑問に思っていたことを、バルデルに尋ねるシャーリィ。
 少なくともバルデルは、ルトガーとの決闘で満足して死んでいった。
 互いに死力を尽くして戦ったのだ。その結果に文句を言うような男ではない。
 だからこそ、シャーリィには分からなかった。

 ――どうして自分を生き返らせた相手、猟兵王との戦いに水を差した相手に従っているのか?

 そんな相手の命令に唯々諾々と従うような男ではないと分かっているからだ。
 だとすれば、他に理由があると考えるのが自然だ。
 バルデルが自分を曲げてまで、そんな相手に従っている理由。団の皆に顔を見せない理由。
 唯一の心残り。闘神の息子――ランドルフ・オルランドのことをおいて他にないと考えたのだろう。

「まさか、お前にそんな心配をされる日がくるとはな」

 人間変わるものだと心の底から愉しそうに、クツクツと笑うバルデル。
 最も濃くオルランドの血を引いて生まれてきた娘。戦場の申し子。
 まさに『戦鬼』とも呼ぶべき姪に、そんな心配をされる日が来るとは思ってもいなかったのだろう。

「シャーリィが変わったのは……いや、変えたのはお前か。一応、礼は言っておく」
「そう思うなら、ちゃんと教育しとけ。人の苦労も知らないで……」

 違いない、と苦笑するバルデル。
 そして質問の答えをはぐらかすかのように――残された霊力を使い、転位陣を展開する。

「――精霊の道か」

 地脈の力を利用した古代の転位術。
 ヴァリマールが使えるのだから他の騎神も使えることは分かっていたが、リィンは素直に驚く。
 少なくともバルデルが騎神の力を十全に使いこなしていることは、これで明らかとなったからだ。
 そう言う意味では、戦闘にばかり特化したシャーリィよりも上手く騎神の力を使いこなしていると言えるだろう。

「――父さん!」

 転位の光に包まれる中、懐かしい声に気付き、振り返るバレスタイン大佐。
 振り返ったエル=プラドーの視線の先、コクピットのモニターには娘の――サラの姿が映っていた。
 大人へと成長した娘を見て、大佐は笑みを浮かべる。

「大きくなったな」

 本当に大きく……立派に成長した。
 あの時の判断は、自分の死は無駄ではなかったと成長したサラを見て、大佐は確信する。
 凡そ七年振りとなる親子の再会だ。互いに話したいこと、伝えたいことがたくさんある。
 しかし、

「それ以上、近付くな」
「どうして……」

 育ての親から剣を向けられ、サラは驚きと戸惑いの声を漏らす。
 娘との再会を喜ばない親はいない。
 だが、サラは遊撃士。そして、バレスタイン大佐は猟兵だ。
 互いに背負うもの――立場が違う。ましてや、いまは敵同士だ。
 サラがリィンの仲間である以上、娘だからと言って特別扱いすることなど出来なかった。

「前にも言ったはずだ。これが猟兵≠セと」

 嘗て、死の間際に娘へ贈った言葉を、もう一度口にするバレスタイン大佐。

「遊撃士になったと聞いていたが、まだ迷いがあるようだな。だが――」

 次に戦場でまみえれば、娘と言えど容赦はしない。
 そんな言葉を残し、大佐は他の者たちと共に光の中へ姿を消すのであった。



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