「言いたいこと聞きたいことはたくさんあるだろう。しかし、その前に知っておいて貰わなければならないことがある。呪い≠ノついてだ」

 そう話を切り出したオリヴァルトに訝しむような視線を向け、「呪い?」と首を傾げるシェラザード。
 どんな言い訳をするのかと思えば、オカルト染みた話をされればシェラザードが困惑するのも無理はなかった。
 しかし、その一方で――

「その様子……アルフィンはやはり知っていたようだね」
「はい。リィンさんから大凡の話は聞いておりますので。俄には信じがたいような話ばかりですが……」

 チラリとリィンを一瞥しながら、そう答えるアルフィン。
 気付いていない振りをしながらオリヴァルトの用意した茶菓子を摘まむリィンを見て、アルフィンは溜め息を一つ溢す。
 リィンが話に割って入って来ないのは、最後まで自分たちに任せるつもりでいるのだと察したからだ。
 いや、この会談の結果がどうあれ、リィンの中では既に答え≠ェでているのかもしれないとアルフィンは思う。

「情報源は、エマくんのお祖母さん。赤い月のロゼのモデルにもなった魔女の長と言ったところか」
「お兄様、それをどこで……」
「僕にも独自の情報網があってね。それに帝国を甘く見ない方がいい」

 それはアルフィンだけでなく、リィンに対しての言葉でもあるのだろう。
 帝国の宰相としての顔を覗かせるオリヴァルトに、思わずシェラザードも息を呑む。
 こんな顔をするオリヴァルトを見るのは、はじめてのことだったからだ。
 目の前にいる男は自分の知るオリビエではなく、帝国の宰相オリヴァルトなのだと思い知らされる。

(オリビエは変わったのかもしれない。それでも……)

 彼を信じたいとシェラザードは思う。
 だから友人にも協力してもらって、こうして帝国までやってきたのだ。
 故に――

「呪いって何のこと? それが、いま帝国で起きていることと関係があるの?」

 オリヴァルトの真意を確かめなければならないと、シェラザードは尋ねる。
 彼のこと信じているのは、シェラザードだけではないからだ。

「そうだね。まずはそこから説明しようか。呪いとは一体なんなのか? そして、僕たちが置かれている状況を――」

 そんなシェラザードの意志を汲み取って、オリヴァルトも問いに答えるのだった。


  ◆


「随分と余裕ですね」
「……さて、なんのことだ?」

 何のことか分からないと言った様子でとぼけるヴィクターを、更にレイフォンは追及する。

「リィンさんたちを行かせたことです。気付いていましたよね?」

 猟兵のリィンや遊撃士のシェラザードはともかく、アルフィンには武術の心得などない。
 ユグドラシルの機能で姿を消していたとはいえ、ヴィクターほどの達人が気配に気付かなかったとは思えないからだ。

「どういうつもりですか? 本気で私たちの足止めをする気があるようには見えません」

 不可解なヴィクターの行動を指摘し、レイフォンは疑問をぶつける。
 誤魔化そうにも完全に見抜かれていると悟って、観念した様子で苦笑を漏らすヴィクター。
 それに――

「さすがにヴァンダールの剣士を相手に隠し通せはしないか」

 レイフォンの隣に立つリーシャに目を向け、リィンが彼女を残した意味を悟る。
 戦いとなった時、レイフォン一人で相手をするには分が悪いという判断もあるのだろうが、それだけではないと考えたからだ。
 恐らくは本気で事を構える気がないこと。そして、オリヴァルトの狙いにも薄々と気付いていたのだろうと――

「正直やる気のない人へ剣を向けるのは気が進まないけど……」

 レイフォンもバカではない。
 ヴィクターに何かしらの思惑があり、そのことに気付いていたからこそ、リィンがこの場を自分に預けてくれたのだと言うことに気付いていた。
 リーシャが一緒だとは言っても、帝国最強の剣士が相手では分が悪い。二人掛かりでも勝算は薄いと理解しているからだ。
 命の危険は低い。恐らくリィンは相手の思惑を読み、そう判断したのだろう。
 それでも――

「光の剣匠ヴィクター・S・アルゼイド。あなたには私の夢の踏み台≠ノなってもらうわ」

 約束は約束だ。ここで結果を残せば、さすがにリィンも認めざるを得ないだろう。
 そのためにレイフォンは、リーシャに証人となってもらうつもりでいた。
 それに一人の剣士として、帝国最強と謳われる剣士と戦ってみたいという考えもあった。

「気迫の籠もった良い剣気だ。さすがはマテウス殿の弟子だな。いや――」

 どちらかというとリィンの薫陶かと、ヴィクターは考える。
 そして口だけではないことを、レイフォンの構えから見抜く。
 油断をして良い相手ではない。流派の違いはあるが、ラウラに迫るほどの実力を秘めていると――
 それは即ち、百回戦えば一本は勝ちを譲る可能性がある相手と言うことだ。

「よかろう。こちらも試して≠ィきたいと考えていたところだ」

 祖先より受け継ぎし宝剣ガランシャールを抜き、レイフォンの挑戦に応えるヴィクター。
 ここでリィンたちを待ち伏せていたのは、オリヴァルトの思惑に乗ったからだけではない。
 ヴィクターにも考えがあってのことだった。

「リーシャさん」
「ええ、分かっています」

 レイフォンの考えを読み、何も説明を求めずに頷くリーシャ。
 リーシャが一歩下がるのを見て、ヴィクターもレイフォンの覚悟と決意を悟る。

「その心意気やよし。ならば見事、我を超えてみせろ」


  ◆


 予想通りと言えば予想通りの展開ではあるが、戦いはヴィクターが優勢に進めていた。
 レイフォンも奮戦しているが、帝国最強の剣士の名は伊達では無い。
 経験や剣の技量だけでなくパワーやスピードさえも、ヴィクターの方がレイフォンの数歩先を行っていた。
 だが、そんなことは最初から分かっていたことだと、レイフォンは諦めずに食らいつく。
 そもそも相手は、ヴァンダール流の総師範であるマテウス・ヴァンダールと同格の相手。
 あのオリエでさえ、尋常な勝負では勝てない相手だ。
 まだ皆伝にすら至っていないレイフォンでは、最初から勝負にならないことは分かっていた。
 それでも――

「まだまだ!」

 気合いで食らいついていくレイフォン。
 これにはヴィクターも驚き、何かがおかしいことに気付き始める。
 明らかにレイフォンの実力と、結果が噛み合っていない。
 これほど長く攻撃を凌ぎきることは、力の差を考えれば不可能と言っていいからだ。
 事実、ヴィクターは手を抜いていない。戦いを長引かせるつもりなどなく、必殺の一撃を放ち続けていた。
 しかし、どれも決定打とはならない。
 まるで攻撃を予測しているかのように、ギリギリのところでレイフォンが凌いでいるからだ。

(リィンさんとの特訓の成果がでてる。これなら!)

 それも当然と言えば、当然だ。
 レイフォンがヴィクターの太刀筋を見るのは、これが始めてのことではなかった。
 毎晩の特訓で、ヴィクターの剣を模倣したリィンの剣を受け続けていたのだ。
 本物には及ばないとはいえ、それでも単純な身体能力ではリィンの方がヴィクターを凌駕している。
 むしろ、太刀筋はリィンの方が速かったくらいだと、レイフォンは冷静にヴィクターの剣を見極めていた。

「まさか、これほどとは……」

 自分の剣が完全に見切られていると悟って、笑みを溢すヴィクター。
 リィンが一枚噛んでいることは間違いないが、それも含めてレイフォンの実力だと認める。
 それでも――

「まだ甘い」
「嘘――」

 攻撃が読まれていると分かれば、対処の方法はある。
 リィンは勿論のことラウラにも見せたことのない動きで、レイフォンの反撃をいなすヴィクター。
 そのまま螺旋を描くような動きで体勢を崩され、レイフォンは大きく弾き飛ばされる。
 地面を転がりそうになるも大剣を床に突き刺し、身体を支えることで持ち堪えるレイフォン。

「いまのって……」
「八葉の技だ。昔、ユン老師と一手まじえる機会があってな」

 ヴィクターから返ってきた答えに驚くレイフォン。
 剣仙ユン・カーファイ。そして、八葉一刀流の名は彼女も耳にしたことがあったからだ。
 いや、武を志す者であれば、その名を知らぬ者はいないと言っても良いだろう。
 だが何よりも、一度剣を交えただけの相手の技を模倣して見せたヴィクターの技量に驚かされる。
 しかも、彼が使っているのは刀ではなく大剣だ。

(これが〈光の剣匠〉……確かに剣の実力だけなら総師範より上かもしれない)

 実際に対峙してみて、噂に違わぬ実力。いや、それ以上だとレイフォンは実感する。
 アルゼイド最強の剣士がヴィクターなら、ヴァンダールの最強と言えば間違いなくマテウスだろう。
 しかし単純に剣士としての実力だけを見るのであれば、ヴィクターの方が上を行っているかもしれないとレイフォンは考える。
 勿論、マテウスの方がヴィクターよりも優れている部分はある。
 護衛としての実力。指揮官としての才を見れば、マテウスの方が上だろう。
 アルゼイドとヴァンダールでは、求められる役割が違うのだから、それも当然だ。
 とはいえ――

「もう打つ手がないのであれば、次で決めさせてもらう」

 そんな分析をしたところで、なんの慰めにもならないとレイフォンは溜め息を溢す。
 相手は圧倒的な格上。しかも、どうにか戦えていたのはヴィクターの太刀筋を知っていたからだ。
 だが、それもあっさりと対処されてしまい、完全に優位は崩れてしまった。
 さすがに八葉の技の対処までは、リィンからも教わっていない。
 知らない技に完璧に対応できるかと言うと、そこまでの実力は今のレイフォンにはなかった。
 今度こそ、ヴィクターの攻撃を凌ぎきることは難しいだろう。

「確かにそんな対処をされたのじゃ打つ手はありません。でも――」

 勝負を諦めた訳ではない、とレイフォンはヴィクターを睨み付ける。
 その時だった。

「――ッ!」

 死角から放たれた一撃に反応し、どうにか剣で受け止めるヴィクター。
 攻撃を仕掛けてきた相手、それはリーシャだった。
 てっきり傍観に徹するものだと思っていたというのに、突然のリーシャの参戦に驚く。
 ――違う。

「まさか――」

 最初から、これを狙っていたのだとヴィクターは気付かされる。
 剣士があのような覚悟を見せれば、普通は一対一の勝負を望んでいるのだと解釈する。
 だが、それを見越してリーシャに注意が向かないように一芝居打ったのだと。
 これはレイフォンがヴァンダールの剣士だと思い込んで勝負を受けたヴィクターの失策だった。
 確かにレイフォンは剣士ではあるが、リィンに憧れて猟兵となる道を選んだのだ。
 正面から戦って敵わないのであれば、相手の油断を誘ってでも勝ちを得る。
 生き残るため、結果を残すために使えるものはなんでも使う。それが猟兵の戦い方であった。

「奥義――」

 一瞬の隙を突いて、ヴィクターとの距離を縮めるレイフォン。
 そして、

「破邪顕正!」

 最後の力を振り絞って、全身全霊の一撃を放つのであった。



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