「その様子だと、課題はクリアしたみたいだな」

 やりましたよ!
 とばかりに胸を張るレイフォンを見て、ヴィクターとの戦闘の結果を察するリィン。
 チラリと確認をするように視線を向けられ、リーシャはリィンの疑問に答える。

「私は剣士ではないので剣の実力に関しては何とも言えませんが、少なくとも猟兵としてやっていけるだけの資質はあるかと」

 知りたかった質問の答えを聞き、そういうことなら仕方がないかとリィンは溜め息を吐く。
 元よりレイフォンがヴィクターに勝てるなどと思ってはいない。
 リーシャが手を貸したところで、勝算は一割にも満たないだろうと分かっていた。
 真っ向勝負を挑めば、一撃を入れることすら困難だと思っていたのだ。

「俺が前に言ったことを覚えているか?」
「皆伝へ至ることが出来たら、入団を考えてやるって奴ですよね?」
「自分でどう思う? 皆伝へと至れたと思うか?」

 リィンの問いに少し考える素振りを見せるレイフォン。
 あの帝国最強の剣士と謳われる〈光の剣匠〉に一撃を入れることまでは出来たのだ。
 リーシャの力を借りたとはいえ、少なくとも中伝の域は完全に脱していると言っていい。
 しかし、

「まだ少し届いていないと思います。ミュラーさんなら、あの一撃で決めていたはずですから」

 リーシャの助けを借り、決定的な隙を突いたというのにヴィクターに決定打を入れることは出来なかった。
 ミュラーであれば、あの一撃で決めていたはずだとレイフォンは思う。
 幾ら〈光の剣匠〉と言えど、ヴァンダールの必殺の一撃を死角から放たれれば防ぎ切れないだろう。
 一応、手傷を負わせることは出来た。しかし、この差は大きいとレイフォンは考えていた。

「……いいだろう。入団を許可する」
「え!? 本当ですか! でも、私まだ皆伝には……」

 とはいえ、既に申し分ない域には達していると、リィンはレイフォンの実力を認めていた。
 フィーやシャーリィと言った部隊長クラスには届かないが、ヒラの団員より実力は上だろう。
 分隊程度であれば、隊長を任せても問題のないレベルにレイフォンは達している。
 普通ならそれで十分だと納得するところだが、彼女はヴァンダールの剣士だ。

「俺が知りたかったのは、猟兵の適性がお前にあるかどうかだ。皆伝の有無は、実のところそれほど重要じゃない」

 剣士としての誇りを優先して一対一でヴィクターと戦っていれば、リィンは入団を諦めさせていた。
 同じことで自分の実力を勘違いしているようであれば、レイフォンを切り捨てていただろう。
 必要なのは、結果をだすことだ。そのためにも無駄死には許されない。これが猟兵にとって不可欠な条件と言える。

「剣士の誇りが無駄だとは言わないが、結果をだせなければ邪魔でしかない。口だけの足を引っ張る仲間は必要ないからな」

 仮にヴィクターほどの実力があれば、リィンもここまでは言わなかっただろう。
 オーレリアを団に誘ったのも、彼女がそれだけの実力を持っているからだ。
 しかしレイフォンは、まだそこまで至れていない。
 最低でも皆伝クラスの実力があればと思っていたが、そこにも僅かに届いていない状況だ。
 だからこそ、レイフォンがどの程度本気≠ナ団に入りたいと言っているのか?
 覚悟のほどをリィンは試そうとしたのだろう。

「あれ? それじゃあ、もしかしてリーシャさんを残したのって……」
「ああ、お前がどの程度本気≠ネのかを試して置きたかったからな」

 今回の件は丁度良かったと、レイフォンの疑問にリィンは答える。

「もし、私が合格してなかったら?」
「入団は諦めさせていた。オリエとも、そういう約束だったからな」
「いつの間に!?」

 自分の知らないところでオリエとも話を済ませていたと知って、レイフォンは驚きの声を上げる。
 だが、普通に考えれば分かることだ。
 レイフォン自身がどう言おうとも、彼女はヴァンダールの道場に通う門下生だ。
 師範であるオリエに確認を取るのは当然。
 リィンについていくことにあっさりと許可が降りたのも、事前に話を付けてあったからだった。

「追い返されて帰ってくるようなら鍛え直すつもりでしたが、どうやらその心配は不要みたいですね」
「……え?」

 不意に後ろからかけられた声に驚き、振り返るレイフォン。
 そして、目を瞠る。

「オリエ様!?」
「話は聞きました。この僅かな間に、随分と腕を上げたみたいですね。ですが私の気配に気付かないなんて、少し緩んでいますよ?」
「いや、オリエ様の隠形に気付くなんて……」
「リィンさんとリーシャさんは勿論のこと、そちらの方も気付いていたみたいですが?」

 そう言って実力を探るような視線を向けてくるオリエに、肩をすくめるシェラザード。
 若干不機嫌そうな表情をしているのは、リィンに気絶させられて運ばれたことを少し根に持っているのだろう。
 そのことでリィンを責めないのは、冷静さを欠いていたことを本人も認めているからだ。
 とはいえ、

「A級遊撃士の方にお会い出来て光栄です。〈銀閃〉のシェラザードさん」
「こちらこそ。ヴァンダールの〈風御前〉の勇名は、王国にも伝わっていますから」

 そのことで無関係のオリエに当たっても仕方がない、とシェラザードは気持ちを切り替える。
 互いに相手の顔と名前くらいは知っていたようで、笑顔で握手を交わすのであった。


  ◆


「でも、オリエ様がどうして……あれから、どうなさっていたんですか?」

 最悪リィンとの関係を疑われ、軍に捕まったのではないかと心配していたのだろう。
 不安げな表情で尋ねてくるレイフォンに、オリエは正直に答える。

「皇城に軟禁されていました。状況的には姫殿下たちと、そう変わりはありませんね」

 やっぱりと言った表情を見せるレイフォン。
 しかし、そこであることに気付く。

「もしかして、オリエ様をここへ連れてきたのは……」
「私よ」

 レイフォンの疑問に答えるように、木陰から姿を見せたのはヴィータだった。
 リィンを睨み付けるヴィータを見て、誰の指示かを理解するレイフォン。
 アルフィンたちを囮にして、ヴィータに別行動を取らせた理由が察せられたからだ。

「ヴィータさん、リィンさん。オリエ様のこと、ありがとうございました」
「打算があってのことだから気にするな。それに頑張ったのは、ヴィータだしな」
「ほんとにね。『皇城のどこかに捕まっているはずだから連れて来い』なんて無茶な指示を、我ながらよく達成できたものだわ」

 帝都の象徴たるバルフレイム宮殿の広さを知っているからか、静かに様子を見守っていたアルフィンの口からは乾いた笑みが溢れる。
 そんな曖昧な情報でよくオリエの場所を特定し、あの僅かな時間で連れ出すことが出来たものだと感心したからだ。
 どれだけ困難を極めたかは、ヴィータの疲れきった表情を見れば察せられる。

「お前なら出来ると信じていたからな」
「……ものは言いようよね。そう言って誑し込んできたんでしょうけど、私は誤魔化されないわよ?」

 そんな言葉には騙されないとばかりに、訝しげな視線でリィンを睨み付けるヴィータ。
 これがアリサなら不満を漏らしながらも、ツンデレな対応を見せてくれるところだが――
 さすがに相手がヴィータでは一筋縄ではいかないかと、リィンも苦笑を漏らしながら肩をすくめる。

「さて、目的も果たしたことだし、オルディスに戻るとするか」
「あ、気になっていたんですけど、どうやって帰るんですか? やっぱり来た時みたいに?」

 誤魔化すように話を切り替えるリィンに、レイフォンは気になっていたことを尋ねる。
 レイフォンの視線に気付き、何を期待されているのかを察して首を左右に振るヴィータ。

「無理よ。これだけの人数をオルディスまで転位させるほどの魔力は残っていないわ」

 そもそも行きは三人だったが、いまはアルフィンたちやオリエも加えて七人もいる。
 さすがにヴィータと言えど、これだけの人数を帝都からオルディスまで転位させるのは厳しい。
 行きの反応から、レイフォンもその辺りは察していたのだろう。だから疑問に思っていたのだ。

「そこは心配ない。――ヴァリマール」

 リィンが名を呼ぶと空間に穴のようなものが開き、そこから甲冑を纏った巨大な騎士が姿を現す。灰の騎神ヴァリマールだ。
 それを見て、こんな開けた場所をリィンが合流地点に指定した理由をヴィータは確信する。
 リィンが合流地点に指定した場所。そこは街を一望できる高台に作られた墓所だった。
 地下水路から続く経路をローゼリアに聞き、事前にリーシャに調べさせておいたのだ。

「精霊の道を開く。ヴィータ、補助を頼む」
「まあ、そのくらいなら……丁度、あっちもきたみたいだしね」

 ――精霊の道。
 いろいろと条件が揃わなければ使えない術ではあるが、一度に大人数を移動させるのであれば、これほど都合の良い術はない。
 騎神の霊力を使えば、ほとんど術者に負担はないし、いまのヴィータでも補助くらいであれば十分にこなせる。
 それに――

「飛行船?」

 ヴィータの視線を追ってレイフォンが空を見上げると、茜色の空に浮かぶ一隻の船が目に入るのだった。


  ◆


「一体どういうことだ! ここまでの接近をどうして許した!?」
「分かりません! 突然、現れたとしか――」

 同じ頃、帝都の守護を司る第一機甲師団の駐屯地は大騒ぎになっていた。
 それもそのはず。所属が明らかでない謎の飛行船が突然、帝都の上空に現れたのだ。
 先日、帝国政府があのような発表を行なったばかりだ。
 共和国の仕業ではないかと警戒する兵士たちを見て、マテウスは笑い声を上げる。
 船のカタチを見れば、あれが何処の誰が製作した船かは一目瞭然であったからだ。

「恐らくあの船に乗っておられるのは、アルフィン皇女殿下だ」
「……皇女殿下が?」

 マテウスの口からアルフィンの乗っている船だと聞いて、呆ける兵士たち。
 だが、冷静にモニターに映し出された船の姿を監察して、その話に納得する。
 カタチは少し異なるが、カレイジャスとよく似ていたからだ。

「まさか、ラインフォルトが……」
「カレイジャスの二番艦が製造されているとの話は聞いたことがない。となれば、他国で密かに建造されたものだろう」

 これも兵士の考えをマテウスは否定する。
 国内の状況をすべて把握しているとは言わないが、ラインフォルトに関しては厳しい監視の目が向けられている。
 少なくとも帝国政府や軍に内緒で、あのような船を製造することなど不可能と言って良いだろう。
 となれば、国外で製造された船だと察することが出来る。そして、カレイジャスは〈暁の旅団〉の手の内にあるのだ。
 そのこと考えると、この件をラインフォルトが主導したと断定することは出来なかった。

「暁の旅団……」

 そして、そのことは彼等も気付いたのだろう。
 アルフィンを救出するためとはいえ、このように堂々と帝都へ飛行船を差し向ける相手など限られているからだ。
 しかし、そうなると一つ大きな問題があった。
 オリヴァルトの指示でカレル離宮に軟禁されたとはいえ、アルフィンはこの国の皇女だ。
 その彼女が乗っているとなると、この国の兵士として船を攻撃することは躊躇われるのだろう。
 しかし――

「船の反応、消失しました」

 そんな兵士たちの葛藤を他所に、現れた時と同じように忽然と船は彼等の前から姿を消すのであった。


  ◆


「お兄様、ご無事でよかったです」
「久し振りだな、エリゼ」

 心配そうな表情で、瞳を潤ませながらリィンに声を掛けるエリゼ。
 そんな彼女を労るように、優しい声でエリゼの名を呼ぶリィン。
 周りのことを忘れて二人だけの世界を作るリィンとエリゼに呆れ、アルフィンはツッコミを入れる。

「わたくしの心配はなしですか?」
「そ、それは……お兄様が一緒なら万が一もないと確信していますから」

 若干慌てた様子を見せるも、リィンがいてアルフィンに万が一のことなどありえないとエリゼは反論する。
 実際それは本心から言っているのであろうことは、エリゼの表情を見れば察せられた。
 アルフィンもそう返されると何も言えない。リィンの実力は、彼女が一番信頼しているからだ。
 そうでなければ、自分の命運を託したりなどはしない。

「カレイジャスの二番艦……いつの間にこんな船を……」
「一番艦の建造が開始された頃には、既に二番艦の話があったらしい。オリヴァルトの発案で、密かに国外で建造されていたそうだ」

 カレイジャスのことは知っていても、二番艦が建造されていたなどと知らなかったのだろう。
 驚くオリエに、リィンはこの船が建造されるに至った経緯を説明する。

「俺もそのことを知ったのは、すべてが片付いた後だ。元々はギリアスに対抗するための手段の一つとして隠してあったんだろう」

 無駄になったとは言わないが、日の目を見ることのなかった船。それが、このカレイジャス二番艦だった。
 しかし、内戦後も密かに建造は進められていた。
 それもZCFのラッセル一家や、人形工房のヨルグ・ローゼンベルグの協力を得て、予定よりも早く船は完成へと至ったと言う訳だ。
 本来の歴史にはないリィンの行動が、この船の完成を早めたのだろう。

「じゃあ、帝都に用事ってもしかして……」
「ようやく完成したとの連絡を受けてな。帝都まで引き取りに来た。オリヴァルトへの報告と、アルフィンを迎えに行くついでにな」

 レイフォンの疑問に、そう答えるリィン。
 隣で話を聞いていたアルフィンは「私のことはついでですか」と落ち込んだ様子を見せる。
 本気ではないと分かっていても、乙女心は複雑なのだろう。
 とはいえ、

「お二人もご苦労様でした」
「いえ、私たちは総督の命で動いただけですから……」

 ノエルとミレイユを労うことを忘れない。
 この二人とエリゼがアルフィンのもとを離れていたのは、船の引き継ぎを済ませるためだった。
 帝国や共和国に睨みを利かせるためとはいえ、カレイジャスをクロスベルから動かせないことにはアルフィンも問題を感じていたのだ。
 ギリアス・オズボーンの時のような事件が、また起きるかもしれない。それに備えて建造を進められていたのが、この船でもあった。
 故にノエルとミレイユも最悪の事態を想定して、船を動かすための訓練は受けていたのだ。

「リィンさん、船の名前はもう決められたのですか?」
「ん? 俺が決めてもいいのか?」

 一応この船は、オリヴァルトが依頼をして建造されたものだ。
 計画自体はアルフィンに引き継がれているとはいえ、その建造費はアルノール皇家からでている。
 利用できるものはなんでも利用させてもらうつもりではいるが、この船のオーナーは実質アルフィンなのだ。
 自分が船の名前を決めてもいいのかと、リィンが疑問を口にするのも当然であった。

「はい。リィンさんに決めて頂くのが、一番だと思っています」

 そう話すアルフィンに、リィンはどう答えたものかと逡巡する。
 素直に『カレイジャスU』でも良いと思うが、それでは期待を裏切ることになってしまう。
 アルフィンが期待しているのは、きっとそういうことではないのだろうと察し、リィンはフッと頭に過った名前を口にする。

「アルセイユ型三番艦アウロラ。それが、この船の名だ」

 それはリィンの前世において、神話に登場する女神の名前。
 ――暁の女神を示す名であった。



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