「はあはあ……」

 人形兵器の襲撃で混乱する街の中、人目を避けるように路地裏を進む男の姿があった。
 真っ先にヴァレリーに噛みついたノーザンブリアの議員の一人だ。

「そんなに息を切らせて、何処へ行くつもり? なんなら案内(エスコート)してあげましょうか?」

 路地を曲がったところで前方から女性と思しき人影に声をかけられ、足を止める議員。
 そして、薄暗い路地に太陽の光が差し込み、進行方向に立ち塞がる人影を照らし出す。
 その人影の正体に気付き、驚きに目を瞠るノーザンブリアの議員。

「お前は……サラ・バレスタイン!?」

 そう、議員の前に立ち塞がったのはサラだった。
 ノーザンブリアの人々にとっては、恩人にして英雄とも呼べるバレスタイン大佐の娘だ。
 ノーザンブリアの人間であれば、サラのことを知っていても不思議ではない。
 ましてや、男はノーザンブリアを代表する議員の一人だ。当然、北の猟兵についても詳しいと考えていいだろう。
 しかし、

「――ひっ!」

 顔を見るなり、逃げる理由にはならない。
 踵を返し、元来た道を走り去ろうとする男の足下にサラの放った銃弾が命中する。
 焼け焦げた臭いと黒い煙を上げる石畳を見て、その場に議員は尻から崩れ落ちる。

「逃がすと思う? 今度はあてるわよ」

 冗談などではなく本気だと悟ったのだろう。
 サラの放つ殺気に耐えきれず、まるで許しを乞うように額を床に付け、丸くなる議員の男。
 この反応からして、サラに殺されるかもしれないと思い至るだけの心当たりがあるのだろう。

「ゆ、許してくれ! ノーザンブリアのためを思って連中≠ニ取り引きをしただけで、最初から彼等を売るつもりではなかったんだ!」

 彼等――というのは、北の猟兵のことで間違いないだろう。
 会議の話を聞いていた訳ではないが、取り引きの内容もサラには最初から予想が出来ていた。
 リィンにはとぼけて見せたが、自分の父親が考えそうなことくらい想像できる。
 バレスタイン大佐が誰よりもノーザンブリアを愛し、誰よりも後悔≠オていたことを知っているからだ。
 それでも――

「知っていることを、すべて話なさい」

 真実が知りたい。
 どこか悲しげな表情で銃口を向けながら、サラは脅える男を詰問するのだった。


  ◆


「よく殺さなかったな」
「……やっぱり、隠れて見てたのね」

 気絶した男を引き摺って、船へと連れて行こうとしたところで物陰から声をかけられ、溜め息を溢すサラ。
 ただの勘ではあるが、リィンが隠れて様子を窺っていることに気付いていたのだろう。

「覗き見なんて趣味が悪いわよ」
「そう言うな。手柄は譲ってやっただろ?」
「……やっぱり、最初からそのつもりでこの男≠逃がしたのね」

 幾ら人形兵器の襲撃を受けて混乱しているとはいえ、リィンが何も手を打っていなかったとは思えない。
 そもそもラクシャがいて、現場から走り去る男に気付かなかったと考えるのは不自然だ。
 そう考えると、敢えて逃がしたと考えるのは自然だろう。
 恐らくリィンの狙いは――

「いつから気付いていたの? 結社と繋がっている裏切り者がいると――」

 密かに結社と通じていた裏切り者をあぶりだすつもりで、こんな芝居を打ったのだとサラは考える。
 実際、会議の席でノーザンブリアの議員団を挑発したのは、そうした狙いがあったことは事実だった。

「ヴァレリーを結社の強化猟兵が追っていた時点で、ノーザンブリアの議会が結社と通じていることは推察できたからな」
「そっちはブラフで……父さ……大佐が黒幕かもしれないとは考えなかったの?」
「バレスタイン大佐のことは親父から話を聞いてるが、他人に任せたりしないで自分でやるだろ。第一、元軍人の大佐が大公家の人間に危害を加えるとは思えないしな」
「でも、大公家の関係者はノーザンブリアでは……」
「悪魔の一族と呼ばれてると言うのは聞いてる。ああ、確かにそう言う意味では大佐が一番の被害者と言えなくもないか。レミフェリアに亡命した大公の尻拭いをさせられた訳だしな」

 バルムント大公を恨む理由は大佐にもあると、サラは言いたいのだろう。
 それに騎神の起動者に選ばれていることから察するに、地精との繋がりは明白だろう。
 だが、

「大公の縁者とはいえ、成人もしていない少女に恨み言をぶつけるほど小物なのか? お前の義理の父親は?」

 バレスタイン大佐が、実際に英雄と讃えられるほどの傑物であることは疑うべくもない。
 それほどの人物が大公本人が相手ならともかく、ただ血が繋がっていると言うだけで十六の少女を追い回すというのは奇妙な話だ。
 なら、他に黒幕がいると考える方が自然だろう。
 悪魔の一族。その肩書きを利用したい連中が他にいると言うことだ。

「そいつから話を聞いたなら、もう分かってるんだろ? クロスベルでさえ、いまだに帝国への併合に納得していない者は大勢いる。そうした連中は〈暁の旅団(オレたち)〉のことを快く思っていないし、恨んでさえいるだろう。同じことはノーザンブリアにも言える。帝国に降伏し、併合を促したところで反発する者は当然でてくるだろう」
「だから、生贄が必要だったと……」
「怒りの矛先をノーザンブリア議会(じぶんたち)≠ノ向けさせないためにな。負の遺産を清算すると言う意味でも、悪魔の一族と自分たちが蔑んできた連中に押しつけるのが、こいつらにとって一番都合が良かったんだろ」

 自分たちの保身もあったのだろうが、彼等なりにノーザンブリアのことを考えての計画だったのだろう。
 むしろ、いつかこうなることが分かっていたからこそ、大公家の縁者を放置していたとも考えられる。
 しかし、

「大佐と〈北の猟兵〉は議会の計画に賛同しなかった。だからハリアスクを占拠したのね」
「そういうことだ。ヴァレリーやその家族の代わりに、すべての咎を被るつもりなんだろ」
「あの人らしいわね……」

 自身を庇って死んだ父親のことを思い出しながら、悲しげな表情でサラはそう呟く。
 バレスタイン大佐がハリアスクを占拠した理由。
 そして、ヴァレリーが大佐を止めて欲しいと言った理由。
 リィンの話を聞けば、納得の行く話ではあったからだ。

「それで、これからどうするつもり?」

 ノーザンブリアの議会が結社と通じていて、ヴァレリーを狙っていたことはこれで確定した。
 その理由も今、こうしてはっきりとした訳だが、既に大佐たちは行動を起こしてしまっている。
 大義名分を得た帝国の侵攻を止めることは出来ないだろう。
 それに議会が結社と繋がっていると言うことは、結社と帝国政府。
 いや、黒の工房は密かに手を組んでいるという可能性が高くなった。
 組織の総意とは限らないが、この件に結社の人間が関わっていると考えるのが自然だろう。

「意外と冷静だな。話を聞けば、すぐに飛び出して行くものと思っていたが」
「そこまでバカじゃないわよ。あたし一人の力で、帝国軍を止められると考えるほど自惚れてはいないわ」

 サラも腕には自信があるが、だからと言って万を超す軍勢を一人で止められるとは思っていなかった。
 数の暴力の前には、個の力で出来ることなど高が知れている。
 そんな非常識な真似が出来るのは、文字通りの人智を越えた怪物くらいだろう。
 そう、例えば――

「アンタなら別でしょうけどね」

 リィンなら、もしかしたらとサラは思う。
 実際、リィンはシャーリィと二人でだが、クロスベルを共和国の侵攻から守ったことがある。
 騎神の力を使えば、帝国軍とも互角以上に戦えるのではないかと考えたのだろう。

「お前が俺を褒めるなんて珍しいな」
「……長い付き合いだもの。悔しいけど、アンタの実力は認めているつもりよ」
「なら、俺がこういう時、なんて言うかは理解してるんだろ?」

 猟兵は自分の命を安売りしない。
 それは即ち、対価もなしに人助けをすることなどありえないと言うことだ。
 ルトガーが大佐には世話になったからと言って、帝国軍と一戦交えるほどの義理はリィンにはない。
 それに自分たちの計画に都合が良いから助ける方向で動いてはいたが、本来であればノーザンブリアを救う理由もないのだ。

「だが、まあ……お前次第では、帝国軍の相手は引き受けてやってもいい」
「……何が望み?」

 手柄を譲ったなどと言っているが、最初から今の状況を作るのが狙いだったのだろうとサラはリィンの思惑を察する。
 とはいえ、この状況を打破するには、リィンの力を借りるしかないと言うことも理解していた。
 どんな無理難題を要求されるかは分からないが、それでも父親や故郷のためにと腹を括るサラ。
 覚悟を決め、真剣な表情で言葉を待つサラに――

「俺のものになれ。サラ・バレスタイン」

 リィンはそう告げるのであった。


  ◆


「ようやく目が覚めたみたいね」
「シェラくん? ここは……」

 シェラザードに声をかけられ、ゆっくりと身体を起こすオリヴァルト。
 そして周囲を見渡し、困惑した様子を見せる。
 しかし――

「ここはカレイジャス二番艦〈アウロラ〉の医務室よ」
「カレイジャス……そうか、僕は爆発の余波で気を失って……」

 シェラザードの話を聞き、ようやく自分の身に何があったかを思い出すオリヴァルト。
 トマスの張った結界で命は助かったとはいえ、リヴァイアサンの放った攻撃に最も近い位置にいたために爆発の余波を防ぎ切れなかったのだろう。
 いや、防ぎ切れなかったのは、あの攻撃がリィンではなくオリヴァルトを狙ったものだったからと言うのも理由として大きかった。
 そして、そのことにオリヴァルト自身、気が付いているのだろう。

「利用価値があるうちは簡単に切り捨てたりしないと思っていたが、どうやら僕が甘かったみたいだ」

 いつかは切り捨てられる可能性は考慮していた。
 しかし、まだ自分には利用価値がある。そう、オリヴァルトは考えていたのだろう。
 それだけに、まさかこのような強硬手段にでてくるとは思ってもいなかった様子が見て取れる。

「他の皆は?」
「全員、無事よ。アンタを襲った魔煌機兵は、リィン団長が破壊したそうよ」
「……そうか、さすがだね」

 会場にいた者は全員無事と聞いて、安堵の表情を浮かべるオリヴァルト。
 各国の代表に何かあれば、混乱は必至だ。帝国政府が〈黒の工房〉との関係を否定しても、自分たちの国の代表を殺された国は納得しないだろう。
 それこそ、周辺諸国が手を組んで帝国へ攻め入ると言った最悪の事態も考えられる。
 いや、むしろアルベリヒの狙いはそこにあったのかもしれないとオリヴァルトは考えていた。
 仮に各国の代表者が無事であったとしてもオリヴァルトが死ねば、通商会議の開催国であるレミフェリアや共和国の陰謀に仕立てることも出来るからだ。

「最悪の事態は回避できたと言うことか。リィンくんには感謝しないといけないね」
「それは、どうかしら?」
「……どういうことだい?」
「帝国軍が侵攻を開始したそうよ。ノーザンブリアとクロスベルへ向けて」
「なっ……!」

 ノーザンブリアだけでなくクロスベルにも軍を差し向けたと聞いて、驚きの声を上げるオリヴァルト。
 その反応を見て、クロスベルの一件にはオリヴァルトは関与していないのだとシェラザードは確信する。
 だとすると、アルベリヒは最初からこのタイミングでオリヴァルトを切り捨てるつもりだったのだろう。

「リィンくんは?」
「ブリッジで、今後の対応について姫殿下たちと話をしてるわ」
「なら、僕も……」
「待ちなさい。行ってどうするつもり?」
「何を……」
「アンタ、自分の置かれている立場をちゃんと理解してるの?」

 シェラザードにそう言われて、ハッと我に返るオリヴァルト。
 内戦時と違い、現在のオリヴァルトはエレボニア帝国の宰相という立場にいる。
 謂わば今回の襲撃事件において、容疑者の一人に疑われてもおかしくない状況にあると言うことだ。
 ましてや、帝国軍はこの騒ぎに乗じてノーザンブリアやクロスベルへの侵攻を開始するという暴挙にでている。

「少なくとも、いまのアンタに出来ることは何もないわ」

 シェラザードはオリヴァルトに現実を突きつける。
 酷な言い方かとは思うが、いまのオリヴァルトはリィンたちにとって敵国の宰相でしかない。
 シェラザードがオリヴァルトの傍に居るのも、リィンから監視を頼まれたと言うのが理由にあった。

「それは、リィンくんの指示かい?」
「否定しないわ。でも、アンタのためを思って言ってるのよ」

 強い口調で、オリヴァルトを説得するシェラザード。
 どこか悲しげな表情を浮かべる彼女を見て、オリヴァルトは降参と言った様子で溜め息を溢すのであった。



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