帝国の宣戦布告から始まった戦争は大陸諸国が動向を注目していたこともあり、その結果は瞬く間に世界に広がった。
 帝国軍の侵攻を阻んだクロスベルの結界を始め、神機を一撃で破壊した守護竜≠フ存在。何より各国の目を引いたのは、凡そ十万人の死者をだすことになったノーザンブリアでの戦いの結果と、それをもたらした圧倒的なまでのリィンの力だった。
 たった一人で十万の軍勢を壊滅させた怪物≠恐れ、警戒する声が上がるのは必然と言えるだろう。
 一夜明け、ここレミフェリア公国の首都アーデントでも各国による意見交換が行われ、当然のことながら当事者であるクロスベルには説明を求める声が上がっていた。
 リィンを捕らえ、法の下に裁くべきだとする意見。
 暁の旅団を解体。もしくは各国で協力して枷をつけるべきだとする主張。
 なかにはクロスベルに対して、謝罪と責任を求める的外れな要求まで飛び交う始末。
 イーグレット伯が危惧したとおりの結果となった訳だ。
 とはいえ――

(まあ、想定通りの反応ね)

 そのことをエリィが予想していなかったはずもない。
 以前のエリィなら彼等のように、十万もの兵士を殺したリィンの行為を非難していたかもしれない。
 しかし逆の立場で考えれば、戦える者は多く見積もっても二千人程度。一般人を含めても二万から三万人に届くかという小さな自治州に難癖を付け、十万もの兵を送り込んだ帝国はどうなのかと言う問題がある。リィンが介入しなければ、殺されていたのはノーザンブリアの人々かもしれないのだ。
 皆殺しにするのはやり過ぎだと言う意見もあるだろうが、そもそも十万の軍勢を相手に手心を加えろというのは無茶が過ぎる。多勢に無勢の状況で一方的に仕掛けてきた相手に対して、殺さない程度に手加減をしろと言っているのと同じだからだ。
 それに今回リィンが手を下した貴族たちは、先の内戦に貴族連合の側で参加していた者がほとんどだ。
 言ってみれば貴族としての誇りもなく、都合が悪くなったら皇家に弓を引き、あっさりと国を裏切るような連中と言える。その証拠に彼等は散々利用してきた猟兵たちに罪を被せることで責任から逃れ、証拠隠滅とノーザンブリア占領の戦功を得ることで内戦での失敗を帳消しにしようと目論んだ。生かしておいても害にしかならない連中だ。
 だから見せしめ≠ノ使うには都合が良いとリィンは考えたのだろう。
 そう、最初からリィンは力を隠すつもりがなかった。
 敢えて見せつけるような真似をしたのだと、エリィには分かっていた。

「一つ、誤解のないようにこの場ではっきりとさせておきますが、クロスベルが〈暁の旅団〉と結んでいる契約はあくまで防衛≠ノ関するもので、他のことで彼等に要求できる立場にはありません。それに、こちらへ最初に仕掛けてきたのは帝国だと理解しています。その点で言えば、クロスベルでのことは契約の範囲内と言えるでしょうね」

 ノーザンブリアでのことは、あくまで〈暁の旅団〉の都合なのでクロスベルは関知しない。
 クロスベルでの戦いについては契約の範囲内のことで、そもそもの責任は仕掛けてきた帝国にある。
 それが、クロスベル政府――エリィが用意した回答だった。
 相手が納得するしないに関わらず、そうとしか言えないのだから仕方がない。
 帝国の要請を拒否し続けてきた事実は確かにあるが、それでも最初に仕掛けてきたのは帝国の側なのだ。
 それに帝国の要請自体、クロスベルからすれば応じる応じない以前に議論の余地すらない問題だった。
 クロスベルは併合の際に自治権の承認、治安維持部隊を始めとした独自戦力の保有など、特区としての立場を認められており、国家の存亡に関わること以外では四大名門の大貴族が治める領地と同等の権利を有しているからだ。
 ノーザンブリアへの侵攻は帝国政府が決めたことで、参戦するかどうかの判断はクロスベルに委ねられている。
 帝国政府の要請を拒否したからと言って、それを理由に責められる謂れはないと言うのがクロスベルの立場だ。
 それに〈暁の旅団〉と契約を結んではいるが、彼等はクロスベルに所属する組織と言う訳ではない。
 自治州の防衛に関することならまだしも、それ以外で彼等に何かを要求したり命令できる立場になかった。
 帝国政府にせよ、この場にいる大陸諸国の要求はクロスベルからすれば的外れもいいところだと言うことだ。
 とはいえ、こんなことで各国の代表たちが素直に納得するはずがない。
 帝国軍の兵士が何万人死のうが、他国にとっては関係のないことだ。
 自業自得と思ってはいても、本気で心を痛めてるのは極一部だろう。
 それらは口実に過ぎず、彼等が警戒しているのはリィンと〈暁の旅団〉だからだ。
 しかし、

「ふむ……確かにマクダエル女史の言うことはもっともだ」

 そんななか一理あると認めた上で、納得した様子で頷く一人の老人がいた。
 カルバード共和国の代表、サミュエル・ロックスミス大統領だ。
 帝国に匹敵する東の大国。帝国を除けば、この場で最も強い発言力を持つ国だ。
 そんな国が味方をしてくれるのであれば心強いと、本来なら喜ぶところだろう。
 しかしサミュエル・ロックスミスという男が、それほど甘い男でないことをエリィは知っていた。

(敵の敵は味方とは、よく言ったものね)

 共和国にとっての最大の仮想敵国は、帝国であることに変わりは無い。
 だからこそ、いまはクロスベルに味方することで、帝国の戦争責任を追及しておきたいのだろう。
 帝国の国力を削ぐことが出来れば、共和国にとっても大きな利となるからだ。
 それにこうして戦争を仕掛けられた以上、クロスベルが再び独立を宣言するのは時間の問題。
 その時、少しでも共和国の側に引き入れたいという思惑が透けて見える。
 何より共和国は一度、リィンと戦って敗退している。そして、今回の一件。
 このなかで一番正確に〈暁の旅団〉の――リィンの力を推し量れているのは共和国だろう。
 だからこそ、敵に回すよりは互いの立場を利用し、適度に付き合っていく道を選んだのだと推察できる。
 クロスベルとしても世界を敵に回すつもりはない。共和国とも上手く付き合っていければと考えてはいた。

「閣下にそう言って頂けると、こちらとしても心強いです。ですが……よろしいのですか?」
「それは、どういう意味かね?」
「教会≠フことです」

 いま、この場に教会の関係者はいない。しかし、このまま彼等が黙っているとはエリィには思えなかった。
 慌ててトマスや教会の関係者が引き上げていったのは、教会内部に何かしらの動きがあったからだと予想できるからだ。
 基本的に各国の政治には干渉しないスタンスを教会は取っているが、何事にも例外が存在する。
 それがアーティファクトに関することであったり、異変にまつわる事件だ。
 黒の工房の一件に干渉してきているのも、アーティファクト絡みの事件であることが理由として大きい。
 しかも、女神の至宝が関わっているとなれば、教会が動かないはずがない。
 一夜明けても闇に閉ざされたままのノーザンブリアの状況や、変貌したヴァリマールの様子はエリィの耳にも届いている。当然、教会の耳にも入っているだろう。だとすれば、ノーザンブリアで起きている異変の解決と一度は断念した騎神の回収に動き出す可能性は高いとエリィは見ていた。
 ロックスミス大統領もエリィと同じ考えに至ったのだろう。
 顎に手を当て、逡巡する素振りを見せながら、おもむろに口を開く。

「異変の解決。アーティファクトの回収については、教会と各国の間で盟約が交わされているのは知ってのとおり、教会からの要請があれば国として出来る限り≠フ協力をしなければならないのは確かだ。しかし……いま異変が起きているのは、ノーザンブリアと聞いている」

 異変が起きているのが共和国内なら話は別だったろうが、いま異変が起きているのはノーザンブリアの領土だ。
 教会に協力を持ち掛けられたとしても、まさか軍を差し向ける訳にもいかない。
 そのため、他国の問題に共和国が口を挟むことはない、と伝えようとしたのだろう。
 それが、共和国に出来る最大限の譲歩なのだとエリィは理解し、

「感謝します。閣下」

 感謝の意を示すのだった。


  ◆


「すまなかった」

 そう言って、深々と頭を下げる髭面の男性。
 サラの好みにピッタリと当て嵌まるダンディな顔立ちの彼は――
 レミフェリア公国の国家元首、アルバート・フォン・バルトロメウス大公だ。

「頭をあげてください。大公閣下のお立場なら当然だと思っていますので……」

 心の底から困った様子を見せるエリィ。
 レミフェリアは小国だが大陸随一の医療先進国で、経済的にも豊かな国として知られている。
 教会や大陸諸国からの信頼も厚く、中立性を保つために通商会議の開催地に選ばれたのも必然と言えた。
 そんな国の国家元首に頭を下げられて、エリィが戸惑うのも無理はない。会議が終了後、相談したいことがあると大公に声を掛けられ彼の執務室へ案内されたのだが、そこで会議でのことを謝罪されたのだ。
 すべては戦争を仕掛けた帝国に原因があると分かっていながら、クロスベルを非難する各国の代表団を抑えられなかったことを悔やんでいるのだろう。
 実際、レミフェリア政府のなかにも〈暁の旅団〉やリィンを警戒する声があり、アルバート大公としても彼等の声を完全に無視することは出来ない事情があった。

「そう言ってもらえると助かるが……ロックスミス大統領には感謝せねばならんな」

 レミフェリアは今回の会議では主催国であるため、一方の肩を持つわけにもいかず困っていたのだ。
 そのため、あの程度で済んだのは共和国の助力があったからだとアルバート大公は考えていた。
 昨日の通商会議を狙った襲撃が原因で、オリヴァルトを始めとした帝国の代表団は〈暁の旅団〉に拘束されている。
 そうしたこともあって、クロスベルへの風当たりが余計に強くなったのだろう。

「共和国には共和国の思惑がありそうですが……」
「確かに……だが、だからこそ信用できる。他国のように警戒してキミたちと敵対するよりも、協力した方が共和国の利になると考えたのだろう」

 各国が警戒するなかで、冷静に自国のために何が最善かを判断して動くことができる。
 十万の軍勢を一蹴する怪物が相手でも、勝てないのであれば戦わずに利益を上げる方法を模索する。
 それこそが、ロックスミス大統領が『古狸』と称される所以だと大公は苦笑する。
 次の大統領選挙では再選が危ぶまれているという話もあるが、恐らくは今の状況を自身の選挙に利用するつもりでいるのだろう。

「共和国が明確に立場を示した以上、クロスベルの責任を追及する声は止まるだろう。他にあるとすれば――」
「リィンたち――〈暁の旅団〉に対する直接的な攻撃、或いは干渉ですか」

 クロスベルへの非難がやわらぐことは確実だが、これで解決したとは二人も思ってはいなかった。
 矛先がクロスベルへ向かなくなっただけで、根本的な問題は何一つ解決していないからだ。
 リィンが十万の軍勢を容易く壊滅させるだけの力を持ち、暁の旅団が一国の軍隊を退ける戦力を有していることに変わりは無い。
 どこかの国家に所属しているなら話は別だが、彼等は猟兵だ。
 金で雇われて動くと言うことは、どのような戦争にも介入してくる可能性があると言うことだ。
 暁の旅団を味方につけた国は心強いかもしれないが、逆もあり得る。
 そう考えると、彼等の存在はどの国にとっても脅威であることに間違いはなかった。

「迂闊に戦争を引き起こせば、彼等が介入してくるかもしれない。大国さえも敵わないかもしれないほどの戦力がだ。味方に引き込めればいいが、逆なら国が滅びかねない。そう考えると、今後は軍事力≠背景に強引な外交はやり難くなるだろう」

 暁の旅団の存在が、戦争の抑止力となると言うことだ。
 むしろ、それがリィンの狙いなのではないかとアルバート大公は考えていた。
 猟兵が戦争の抑止力となるなど、これほど皮肉な話はない。
 だが、

「敵の敵は味方と言うのは、他の国にも言えることだ。彼等を警戒し、危険視する者はすべての国にいると思っていいだろう」

 それで完全に世界から争いが消えるとは、アルバート大公も考えてはいなかった。
 今後は〈暁の旅団〉が戦火の中心になることを危惧していた。
 彼等を邪魔と考える者が、結託して排除に動く可能性が高いと言うことだ。
 世界中の悪意≠ェ、リィンに――〈暁の旅団〉へ向かうことになるだろう。

「彼等なら退屈≠キるよりは良い、と喜びそうですけど……」
「……それも計算の内と言う訳か」

 むしろ、シャーリィあたりなら喜びそうだとエリィは考える。
 リィンのことだ。そこまで考えて、この計画を実行に移したのだろう。
 もっとも――

(本当の狙いは教会≠ネのでしょうけど……)

 他は大物を釣るための餌に過ぎないと、エリィはリィンの考えを読む。
 最初から〈黒の工房〉さえも、リィンは視界に入れてすらいなかったのだろうと――
 ただ、教会を釣るのに都合が良いから敵対し、利用した。
 一番の標的は女神≠ナあることは変わっていないと考えたからだ。

「どこまで力になれるかはわからないが、我が国は中立≠維持すると約束する」
「それで十分です」

 他に望むものはないと笑みを漏らし、エリィはアルバート大公と握手を交わす。
 嘗て、鉄血宰相と呼ばれた男が宣言したように――
 彼の血を継ぐ息子によって、世界は激動の時代≠迎えようとしていた。



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