「よもや、これほど腕を上げているとは……」

 想定を遥かに超えたオーレリアの実力に驚きの声を漏らすマテウス。
 騎神を元に開発された機甲兵や魔煌機兵に搭載されている操縦システムは、操縦者のイメージを動きに反映する装置が搭載されている。
 そのため操縦者自身の力量も要求される訳だが、実際には達人クラスの剣士の動きを完全に再現するには至らず、機体性能という壁が存在する。
 最新の魔煌機兵に乗っているマテウスでも、本来の〝半分〟も実力がだせれば良い方なのだ。
 性能で劣る機甲兵ならば、更に動きに制限が掛かることが推察される。
 なのにオーレリアのシュピーゲルは、マテウスを含む五機の魔煌機兵と互角に近い戦いを繰り広げていた。

「フフッ、驚かれているみたいですね。生身での戦いならこうは行かないでしょうが、動きを制限されたなかでは行動の予測も容易い。それに――」

 魔煌機兵と機甲兵の違いも結果にでていると、オーレリアは語る。
 確かに魔煌機兵の性能は機甲兵を凌駕するが、それだけに扱いが難しい。
 機体性能に振り回されている相手の攻撃など容易く回避できる。
 そう話すオーレリアにマテウスの部下たちは激昂する。

「我等が機体に振り回されているだと!?」

 マテウスが作戦のために選抜した兵士たちは、第一機甲師団のなかでも選りすぐりの精鋭たちだ。
 そもそも第一機甲師団は帝都の守りを担う部隊と言うこともあって、軍の中でも実力者が集められている。
 そのなかでも選りすぐりのエリートである自分たちが機体の性能に振り回されているなど、絶対にありえないという自信が彼等の中にはあったのだろう。
 しかし、

「この程度の挑発に乗ること自体、未熟者の証。思考を誘導されているのだろうが、その所為で動きまで単調になっている」

 恐らく自覚はないのだろうが、そのことに気付かないようでは一流に程遠い。
 マテウスの足を引っ張っているだけだと、オーレリアは激昂する兵士たちを酷評する。

(感情の抑制が出来ていない。やはり、これは……)

 軍において上の命令は絶対だが、帝国軍は無能の集まりと言う訳ではない。
 先の戦いで十万もの兵が壊滅させられたと言うのに、十分な調査も行わないまま再侵攻に踏み切ったことにオーレリアは最初から違和感を抱いていた。
 教会の介入があったとはいえ、幾らなんでも拙速すぎる。
 その教会自体、何らかの意思に動かされているのではないか? と思える節があった。
 そして、こうしてマテウス率いる魔煌機兵の部隊と対峙して、その違和感の正体を悟ったと言う訳だ。

「師よ。気付いておられるのでしょう? その機体に施された〝細工〟に」

 機体から溢れ出る禍々しいまでの瘴気。
 それがリィンたちの言っていた〝呪い〟に関係したものだとオーレリアは察する。

「やはり、見抜くか」

 オーレリアであれば気付くのは当然かと、マテウスは肯定の言葉を漏らす。
 機体にどのような仕掛けが施されているのかまではマテウスにも分からない。
 しかし魔煌機兵を始め、軍に新しく配備されたすべての兵器に〝よくない〟仕掛けがされていることには気付いていた。
 それもそのはずだ。

「師が軍の誘いに応じたのは、このことに気付いていたからなのですね?」

 オーレリアの言うように、マテウスは最初から軍がよくないものに影響されつつあると気付いていたのだからだ。
 いや、恐らくは軍だけではないとオーレリアは考える。
 政府の要職に就く者たちもまた、呪いによって思考を誘導されているのだろう。
 だとすれば――

「まさか、陛下も?」
「…………」

 マテウスは答えないが、それが答えなのだとオーレリアは察する。
 内戦の責任を押しつけられ、伯爵家が取り潰しとなった時からオーレリアのなかで違和感はあったのだ。
 国家の中枢を裏から支配するために、呪いの影響を受けにくい者たちを中央から遠ざけるのが狙いだったのだとすれば?
 となれば、バラッド候も思考を誘導され、踊らされた一人と考えるのが自然だろう。
 すべて〈黒の工房〉の工房長――アルベリヒの企みだったと言う訳だ。

「何をごちゃごちゃと喋っている!」

 会話に割り込み、オーレリアへ襲い掛かる四機の魔煌機兵。
 殺意を剥き出しにして襲い掛かってくる兵士たちを見て、オーレリアは嘆息する。
 これこそが政府や軍に蔓延する〝呪い〟の影響なのだと理解したからだ。

(再侵攻を急いだ理由がこれか)

 巨イナル一から漏れ出る呪いは、いまはリィンが完全に抑え込んでいる。
 供給が断たれたからと言って呪いの影響がすぐに失われる訳ではないが、時間の経過と共に帝国に蔓延する呪いの力は弱まっていくだろう。
 そうなれば〝正気〟に戻る者も出て来る。
 正常な判断能力を取り戻せば、ノーザンブリアへの侵攻に反対する者たちも出て来るはずだ。
 だからこそ、アルベリヒは決着を急いだのだと推察できる。

「大口を叩いた割には逃げてばかり! 閣下がでるまでもないわ!」
「いや、これでいい。師の相手は、元々私の出る幕ではないからな」
「……なに?」

 帝国兵の挑発に対してオーレリアが不敵な笑みを浮かべた、その時だった。
 帝国兵たちの後方で轟音を響かせる衝撃が走ったのは――
 マテウスの身に何かが起きたのだと悟り、慌てて引き返そうとする四機のゾルゲの前に、

「貴様――」
「お前たちの相手は私だ」

 オーレリアのシュピーゲルが立ち塞がる。
 最初から自分たちを挑発し、マテウスと引き離すのが目的だったのだと帝国兵たちは察する。
 だとすれば――

「閣下!」

 もくもくと立ち上る土煙の中にマテウスのメルギアと、もう一機――
 二本の双剣を携えし、青いシュピーゲルの姿があった。


  ◆


 青いシュピーゲルの放った双剣の連撃を、盾のように大剣を掲げることで受け止めるメルギア。
 一瞬、驚いた様子を見せるも――

「その太刀筋……クルトか」

 すぐにシュピーゲルの操縦者が息子のクルトだとマテウスは見抜く。
 若い頃のオリエを彷彿とさせる流れるような太刀筋。
 その何度も目に焼き付けた剣技を見て、気付かないはずがないからだ。
 そして――

「父上」

 クルトもまた、衰えを知らぬ父の剣技に驚きを隠せずにいた。
 マテウス・ヴァンダール。クルトが最強の剣士だと考え、目標とする人物の一人。
 完全に不意を突いた一撃を防がれたことで、未だ父に及ばないことをクルトは悟る。
 それでも――

「そこを退け。お前では、私に勝てん」
「引けません」

 逃げる訳にはいかなかった。
 剣士としての実力で、マテウスに大きく劣っていることはクルト自身も理解している。
 しかし、それでもマテウスの目的がミュゼやアルフィンにあると分かっている以上、ここで見過ごすことなど出来るはずがなかった。
 それが獅子戦役の終結から二百五十年以上――
 皇家を守護し続けてきたヴァンダールの剣士の使命だからだ。

「ここが戦場である以上、手心を加えるつもりはない。覚悟はあるのか?」
「当然です。ヴァンダールの剣士として、使命を果たすだけ。そう教えてくれたのは、あなたですよ。父上」
「……そう、だったな。ならば、これ以上の問答は不要だろう」

 マテウスの闘気が一気に膨らみ、際限なく増大していくのが機体越しにでも察せられる。
 圧倒的な威圧感。歴戦の強者のみが持つ凄み。

(これが雷神……父上の本気か。だが……)

 オーレリアとの特訓で、クルトもまた剣士としての実力を磨いていた。
 確かにまだ、マテウスやオーレリアの領域には届いていない。
 このまま鍛練を続けても辿り着けるか分からないほどの境地だ。
 しかし、それほどの達人であろうと本来の実力を発揮できない〝今〟なら勝算はある。

「いきます!」
「来い! お前の覚悟と実力を示してみよ!」


  ◆


 当初の予想とは裏腹に、クルトとマテウスの戦いは拮抗していた。

「……なるほど、そういうことか」

 幾ら剣士としての実力に差があろうと、機体の性能を超える動きが出来る訳ではない。
 いまのマテウスは本来の実力の半分も発揮できていない。
 クルトが最大限にシュピーゲルの性能を引き出すことが出来れば、実力差を埋めることは可能と言う訳だ。
 いや、それでも――

「何か、細工があるな?」

 メルギアの性能はシュピーゲルを凌駕する。
 幾らクルトがシュピーゲルの性能を発揮しようと、普通ならメルギアに敵うはずがないのだ。
 しかし互角に戦えていると言うことは、クルトのシュピーゲルは普通のシュピーゲルではないと言うこと。
 少なくともメルギアに匹敵する性能を有していると言うことになる。
 この短期間で、そのような改造を施せる技術者など限られている。

「そうか……G・シュミット博士……」

 ――G・シュミット。
 帝国随一の頭脳と謳われる導力工学者にして、エプスタイン博士の三高弟の一人。
 暁の旅団がルーレで博士に接触し、博士を〝連れ去った〟という報告はマテウスの耳にも届いていた。
 だが、実際には博士の方から同行を求めたのだろうということはマテウスも察していた。
 知識を求めることに貪欲な人物だ。
 暁の旅団が保有する未知の技術。そして、いまだ解明されていない騎神の力。
 シュミット博士が興味を持つのは当然と言える。
 それに――

(あの老人のことだ。政府や軍の動向がおかしいことに気付いていたはず……)

 戦争ともなれば遅かれ早かれ、シュミット博士も招集されていたはずだ。
 しかしG・シュミットという人物は、政府の要請に素直に応じる人物ではない。
 彼が優先するのは、あくまで自身の研究。
 拘束され、行動を制限される前に身を隠したのだろうとマテウスは博士の考えを察する。

「まったく困った老人だ……」

 博士が機甲兵の改造に携わったという証拠はないが、ほぼ間違いないとマテウスは確信していた。
 とはいえ、それを責めるつもりはマテウスにはなかった。
 むしろ、博士の思惑を察して仲間に引き込んだ〈暁の旅団〉の度量を褒めるべきだろう。
 ある程度、情報が流出することも覚悟した上で、それ以上のメリットがあると考えたに違いないからだ。

「いや、それよりも……」

 クルトの変化にもマテウスは気付いていた。
 力の差を理解しながらも、あらゆる手を尽くして勝ちを得ようとする執念。
 それは剣士と言うよりも、猟兵の在り方に近いと感じたからだ。
 となれば、クルトに影響を与えた人物は察しが付く。

「リィン・クラウゼル。噂以上に底知れぬ人物のようだ」

 クルトに影響を与えた人物として、リィンの評価を更に上げるマテウス。
 しかし、それだけに敵に回せば厄介な人物だと再認識する。
 ただ強いだけの相手なら、まだ対処のしようはある。
 しかし人心掌握に長け、〝将〟としての資質も兼ね備えた相手ともなれば話は別だからだ。

「帝国にとって、この上ない脅威となるやもしれぬ」

 だからこそ、本来であれば敵に回すべきではなかったのだろうと思うが、動き出した時計の針は戻せない。
 なら、帝国の〝未来〟のために自身に出来ることを為すだけだと、マテウスは覚悟を決める。

「お前を〝敵〟と認めよう。故に――」

 先程までとは打って変わった力強い動きで、シュピーゲルの双剣を弾き返すメルギア。
 マテウスの動きの変化に驚きながら場に張り詰める濃密な殺気に気付き、クルトは警戒するように距離を取る。

「ここから先は殺す気で来るがよい。でなければ――」

 死ぬのはお前だ――クルト。
 親子の情を完全に消し去り、一人の剣士としてクルトに本気の殺気を放つマテウス。
 それが、父と子の死闘の始まりを告げる合図となるのだった。



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