ノーザンブリアの街から西へ八十セルジュの上空。
 幻想機動要塞から放たれた二機の神機(Type-β)を相手に、互角以上の戦いを見せるオルディーヌの姿があった。
 両端に巨大な刃のついたダブルセイバーを巧みに振り回し、すれ違い様に神機の胴体を分断するオルディーヌ。
 しかし、それで止まることなく爆散する神機を背に、味方の船へと迫るもう一体の神機との距離を一気に詰める。

「こいつで終わりだ!」

 起動者の声に応えるかのようにオルディーヌの翼が光を放ち、更に加速する。
 青白い光を放ち、収束する霊力。音速を超え、加速するオルディーヌ。
 ダブルセイバーに込められた膨大な霊力が、空気を斬り裂くかのような轟音を響かせる。

「喰らえ――デッドリーエンド!」

 十文字に放たれた剣閃が一瞬にして、もう一機の神機の身体を分断する。
 爆散すると粉々になって地上へと落下していく神機の姿を確認すると、直ぐ様〈アウロラ〉を追い掛けるクロウ。
 クロウが二体の神機を相手にしている間に、カレイジャス二番艦〈アウロラ〉は幻想機動要塞の周囲に展開する帝国軍の艦隊との戦闘に突入していた。
 パンタグリュエルに迫る大きさを誇るガルガンチュア級の軍艦が二隻に、軍用の飛空艇が三十機以上。
 一方で〈暁の旅団〉の方は最新鋭の戦闘艦とはいえ〈アウロラ〉一隻と、機甲兵が僅かに二機だけ。
 数は圧倒的に不利。普通であれば、勝利するどころか敵の守りを突破することも難しいはずだった。

「やるな。あの二人……」

 ヴィータのサポートがあるとはいえ、帝国軍の攻撃から完璧に船を守る二体の機甲兵の姿がクロウの目に留まる。
 船の甲板で互いに背を預けながら、それぞれの死角から迫る飛空艇をユウナとアッシュの機甲兵は的確に撃ち落としていく。
 息の合ったコンビネーション。それでいて正確無比な射撃。
 実戦で訓練通り――いや、それ以上の実力を発揮するなど、相当に肝が据わっていなければ出来ないことだ。
 覚悟もあり、実力も十分。素人ながらリィンに食ってかかっただけのことはあると、クロウは密かに二人の実力を認める。
 正直な話をすると多少は腕が立つからと言って、リィンが条件付きとはいえユウナとアッシュの二人を地精との戦いに関わらせるのを認めたことにクロウは違和感を覚えていたのだ。
 リィンは生粋の猟兵だ。それだけに自分たちと一般人との間に明確な線引きを設けている。
 アッシュは街の不良たちを纏め上げ、遊撃士に代わって魔獣退治も請け負っていたと言う話だが、多少荒事に慣れているというだけの〝素人〟に過ぎない。ユウナに至っては警察学校に通っていたという話ではあるが実戦経験もなく、どこにでもいる普通の少女に過ぎなかったのだ。
 裏の人間でもなければ、遊撃士ですらない。
 特務支援課の元メンバーだったティオや、執行者のレンのように実戦経験が豊富と言う訳でもない。
 一般人より多少は腕が立つと言うだけの素人の二人を、命の危険と隣り合わせの仕事に関わらせたことに疑問を持つのは当然だった。
 しかし、

(才能を見抜き……育てる力も一流ってことか)

 考えて見れば、内戦後にリィンが引き取った帝国解放戦線のメンバーも多くは非戦闘員だったことをクロウは思い出す。
 実戦経験などなく特に武術を学んでいたと言う訳でもなく、戦力にはならないと後方支援に回された者たちだ。
 しかしリィンは即戦力にならないからと切り捨てるのでなく選択肢を与え、戦場に立つ覚悟のある者には訓練を施した。
 現役の猟兵でも音を上げるような過酷な訓練だと、クロウはヴァルカンから〈暁の旅団〉で行われている訓練の内容を聞いていた。
 その訓練に耐え、覚悟を示した者だけが部隊に所属し、戦場にでることを許されるのだと――
 実際のところリィンは〈西風〉で学んだことを実践しているに過ぎない。それも自分やフィーが体験したことを、だ。

 正直なことを言えば、西風や〈赤い星座〉であってもリィンやフィーが幼少期からやっていたような過酷な訓練は行っていないし、そもそも部隊に所属するのに一流(二つ名持ち)に迫るほどの戦闘力を求めてはいない。
 戦場で命を落とすリスクは高まるが、それで命を落とすのならそれまでのこと。
 足りない実力は、実戦で磨けばいいと言うのが猟兵の世界では普通の考えだからだ。
 結局のところルトガーがリィンとフィーを戦場にださないために必要以上に条件を釣り上げた結果、訓練の内容も厳しくなって行ったというのが事の真相だった。
 それだけ二人のことを心配し、溺愛していたと言うことでもあるのだろう。

 そもそも帝国解放戦線のメンバーは犯罪者として裁かれる前にリィンに引き取られたこともあり、他に居場所などないのだ。
 帰る故郷もない。後が無い彼等にとって、暁の旅団は終の棲家とも言える場所になっていた。
 それに復讐を果たすためなら、元より命を捨てる覚悟が出来ていた者たちばかりだ。
 もう一度やり直す機会をくれたリィンに対しての恩義もある。そんな彼等が訓練が辛いからと言って、簡単に音を上げるはずもない。
 その結果、暁の旅団の戦闘力は全盛期の〈西風〉や〈赤い星座〉にも見劣りしないほどに底上げされたと言う訳だ。
 そんな基準で設けられた条件を下に、ローゼリアが悪ノリして作った試練をユウナとアッシュの二人は乗り越えてきたのだ。
 多勢に無勢とはいえ、この程度で戦意を喪失し、本来の実力を発揮できなくなるはずもない。
 元より才能はあったのだろうが、僅か二週間で最終試練の相手となったシャロンを認めさせるほどの実力を身に付けられたのは、それだけ二人に覚悟と根性が備わっていたという証明でもあった。

「こいつは俺も……負けてられねえな」

 二人の成長に触発され、クロウは復讐に燃えていた頃の昔の自分を思い出す。
 フィーやシャーリィが限界を超えて今も成長を続けているのは、リィンの隣に並び立つことを――
 いつの日か、リィンに勝利することを諦めていないからだ。
 しかしクロウはリィンと出会い、絶対に届かないと痛感するほどの高い壁にぶち当たり、気付かない内に自分に限界を作っていた。
 最初から敵わないと自分に限界を作っている者に、それ以上の成長が見込めるはずもない。

「リィンの野郎に敵わないまでも一矢報いるくらいの覚悟は見せてやる!」
『そう。それなら〝アレ〟の相手はクロウに任せても大丈夫そうね』
「……は?」

 いつから話を聞いていたのか? 独り言に反応して、ヴィータの声がクロウの頭に響く。
 念話で直接頭に語りかけているのだと察するが、こういう時のヴィータは決まって余裕のない時だと長年の付き合いでクロウは知っていた。

「おい、一体なにが起きて……」

 クロウがヴィータに何が起きているのかと尋ねようとした、その時だった。
 アウロラの進路方向の空間が歪み、異様な気配を放つ〝黒い騎神〟が現れたのは――

「黒い騎神だと……まさか!?」

 イシュメルガ――地精の主にして、数々の悲劇を帝国にもたらした元凶。
 このタイミングで黒幕が姿を見せたことに驚きながらも、クロウは迷わず神機に向けた力を解放する。
 スピードとパワーを飛躍的に高めるオルディーネの切り札とも言える形態。
 一時的に〝金〟や〝銀〟を凌ぐ戦闘力を得られるとはいえ、この戦闘形態には弱点もあった。

「オルディーネ。どのくらい保ちそうだ?」
『全力の戦闘は、保って五分と言ったところだ』

 霊力の消耗が激しいことだ。
 神機との戦いで消耗し、オルディーネに残された霊力は半分を切っている。
 巨イナル一からの力の供給が断たれている今、霊力が尽きればオルディーネは消える恐れもある。
 それでも、今更後に引くことなど出来るはずもなかった。

「悪いな、相棒。お前の命を俺に預けてくれ」
『愚問だ。我が力は起動者と共にある』

 オルディーネの同意を得て、更に力を解放するクロウ。
 相手がイシュメルガなら、出し惜しみをして勝てる相手ではないと悟っての決断だった。
 しかし、そこに――

「なんだ?」

 オルディーネが〈アウロラ〉を追い越し、イシュメルガに迫ろうというタイミングで一隻の戦闘艦が割って入る。
 帝国軍とクロウたちの死角をつくかのように戦闘空域に現れた〝赤い〟戦闘艦。
 その姿に見覚えのある人物がいた。

「ふーん、このタイミング仕掛けてくるんだ」

 やるね、ランディ兄と〈アウロラ〉の甲板で笑みを浮かべる赤髪の少女。
 血塗れの――改め、『紅の鬼神』の名で知られる〈暁の旅団〉ナンバー2の実力者。
 シャーリィ・オルランドだった。

『シャーリィ、アンタいつの間にそこに……って、やっぱりそうなのね』
「うん、赤い星座の強襲揚陸艦〈ベイオウルフ号〉だね」

 通信越しに聞こえてくるアリサの声に、少しも隠すことなく疑問に答えるシャーリィ。
 その反応からも最初から〈赤い星座〉の介入があることを予想していたのだろう。
 言いたいことは山ほどあるが、いまは目の前の問題に集中するのが先だと考え、アリサはクロウに指示を飛ばす。

『〈赤い星座〉は無視していいわ。クロウ、あなたは目の前の敵に集中して――』
「ちッ! ああ、もう……やってやるよ!」

 横槍が入ったとはいえ、やるべきことは変わらないとクロウはイシュメルガへ意識を集中する。
 そもそも他に意識を割いて相手に出来る敵ではないと悟っていた。
 こうして対峙しているだけでも伝わってくる圧倒的な威圧感。
 ただの騎神でないことは明らかだからだ。

『ユウナ、アッシュ。あなたたちは――』

 イシュメルガの登場。そして、赤い星座の介入。
 これは帝国軍にとっても想定外のことだったのだろう。
 帝国軍の動きが鈍くなっている隙を突き、一気に突破しようとアリサが指示をだそうとした、その時だった。

「まずい! 全員、衝撃に備えなさい!」

 危険を察知したヴィータが〈アウロラ〉の周囲に展開している魔法障壁に更なる魔力を込める。
 そして、新たな障壁を〈アウロラ〉の前方に展開するヴィータ。
 連続した魔術の行使に身体をよろめかせながらも必死に耐え、限界まで魔力を注ぎ込む。
 彼女ほどの魔女がそこまで必死になる理由。それは目の前の――イシュメルガにあった。

「オルディーネ! 五分と言わず、この〝一撃〟に全力をだせ!」

 クロウもヴィータの感じ取った危険を察知し、オルディーネに檄を飛ばす。
 イシュメルガが右手に持つ黒い大剣が、禍々しい気配を放ち始めたのを察知したからだ。
 まるで、帝国に蔓延する呪いそのものかのような――圧倒的で、禍々しくも巨大な妖気。
 世界が軋み、震えるかのような力がイシュメルガの剣に集まっていくのを感じる。

「姉さん、遅くなりました」
「まったく、この放蕩娘は……この状況でも妾とエマの名を呼ばぬとは……少しは人を頼ることを覚えよ」
「エマ、それに婆様も!?」

 絶妙なタイミングで、エマとローゼリアが転位の光と共に〈アウロラ〉の甲板に現れる。
 直ぐ様、ヴィータの術にあわせて船を守る障壁を展開する二人。
 三人の魔力によって強化された障壁が、焔の如き輝きを放つ。

「デッドリーエンド!」

 と同時に、全身全霊の一撃をイシュメルガに向かって放つクロウとオルディーネ。
 だが、同じタイミングでイシュメルガの剣から放たれた黒い極光が〝戦場〟にいるすべての存在を呑み込むのであった。


  ◆


「くそッ、一体なにが……」

 突如辺りが暗くなったかと思えば、空から降り注いだ黒い光は瞬く前に戦場を呑み込んでしまったのだ。
 防御どころか回避すら間に合わず、一瞬死を覚悟したヴァルカンだったが――

「どうやら生きてるみたいだな」

 機体は損傷を受けているようだが一先ず無事であることを確認して、安堵の息を吐く。
 しかし空は暗く、土煙が酷くて周囲の状況を満足に確認できない状況にあった。
 通信を繋ぎ、カレイジャスと連絡を取ろうとするも――

「通信障害……この土煙が原因か?」

 と考えるも、すぐにそれはないとヴァルカンは首を横に振る。
 暁の旅団の機甲兵は、団員の所有する〈ユグドラシル〉と連動しているのだ。
 ユグドラシルには幾つかの機能があるが、その内の一つに距離や場所を問わず通信可能な反則染みた機能を有している。
 響きの貝殻と呼ばれるアーティファクトを解析し、理法で再現することでユグドラシルに組み込まれた機能だ。
 土煙程度で通信機能が妨害されるなど、本来であれば考えられないことだった。
 となれば――

「この現象……異界化って奴か。それも何か特別な力が働いてやがるな」

 いよいよ敵の黒幕が動き出したのだと、ヴァルカンは状況を推察する。
 このような現象を引き起こせる相手となると、すべての元凶であるイシュメルガ以外に考えられないからだ。

「ヴァルカン、生きてる?」
「スカーレットか。お前も無事で何よりだ」
「全員、無事よ。どうやら、誰かが障壁で守ってくれたみたいね」

 機体の外からスカーレットの声を聞き、仲間が無事と聞いて僅かに緊張を解くヴァルカン。
 誰かとスカーレットは言っているが、そんな真似が出来るのは〈暁の旅団〉の仲間にはエマかノルンしかいない。
 恐らくはユグドラシルに干渉して、魔法障壁を展開したのだと推察する。
 しかし、

「待て。それじゃあ、帝国の連中は……」
「いま周囲の捜索をさせてるけど、恐らくこれでは……」

 ヴァルカンの頭に過った予感を肯定するように、最悪の状況であることをスカーレットは告げるのであった。



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