最初は帝国軍の攻撃を疑ったミュゼたちであったが、空から降り注いだ〝黒い雷〟は戦場にいるすべての者を狙った〝無差別〟攻撃だった。
 実際、被害の規模で言えば、帝国軍の方が圧倒的に大きい。
 ミュゼたちの本陣があるノーザンブリアの街近郊はノルンの結界で守られていたが、攻める側の帝国軍にはそうした備えがなかったためだ。
 とはいえ、戦場は広範囲に渡っていたため、ノーザンブリア側も被害が皆無と言う訳ではなかった。

「被害状況は?」
「視界が悪く、通信も回復していないため、まだすべての部隊と確認が取れていませんが……」
「把握できている範囲で構いません」

 それならば、とミュゼの質問に兵士の一人は答える。
 彼の話によれば、生存が確認されている部隊は本隊を含めて半数ほど。
 暁の旅団やエタニアの使節団。クロスベルからの応援部隊とは、まだ連絡がついていないとのことだった。
 五万人近くいたはずの兵士の半数以上が行方不明との報告を受け、ミュゼの表情が曇る。
 戦争をする以上は犠牲がでることは覚悟していたが、それはこんなカタチでの犠牲ではないからだ。

「生存者の確認が済み次第、怪我人の治療を最優先に――」
「……帝国軍の兵士もですが?」
「こうなってしまっては、敵も味方もありません。一人でも多くの命を救うことだけを考えて行動してください」
「了解しました」

 ミュゼの指示に従い、生存者の捜索に向かう兵士たち。
 先程まで敵であった相手を救出し、治療するなど兵士たちが戸惑いを覚えるのも無理はない。
 特にノーザンブリア出身の〈北の猟兵〉たちは複雑な思いがあるだろう。
 しかし、イシュメルガの放った黒い雷によって状況は一変した。
 砕けた大地が無数のクレーターを作り、その近くには敵味方問わず多くの死体が転がっている。
 空は暗く染まり、土煙と黒煙の舞う戦場の光景は、まさに地獄絵図と言っていい様相を見せていた。

「まさか、地精の……イシュメルガの狙いは……」

 地獄のような光景を前に、ミュゼの脳裏に一つの考えが過る。
 アルベリヒが〝黄昏〟と呼ばれる計画を実行に移そうとしていたことは分かっている。
 そして、そのために帝国に蔓延する〝呪い〟の力を高める必要があったことも――
 しかし先の内戦でリィンに巨神が倒され、呪いの力が弱まったことで地精の計画は修正を余儀なくされた。
 ノーザンブリアとの戦争を引き起こしたのも、弱まった呪いの力を再び高めることが目的であったと推察される。
 実際に十万の兵を犠牲にすることで人々の恐怖と憎しみの感情を煽り、計画は上手くいったかのように思われた。
 最後の一押しとして、始まりの地に自らを封じた大地の聖獣アルグレスをリィンたちに殺させることで、これまで抑え込まれていた〝呪い〟の力を解放し、一気に〝黄昏〟の発動に必要な条件を満たそうとしたのだろうが、ここでイシュメルガやアルベリヒにとって予期せぬ出来事が再び発生する。
 アルグレスを殺すのではなく〝喰らう〟ことで、リィンが〝真の贄〟として覚醒したのだ。

 これまで巨イナル一より漏れ出ていた〝呪い〟の力は、アルグレスとリィンの二人に流れ込んでいた。
 それが〈鬼の力〉の正体であり、巨イナル一の力の断片とも言えるものだったのだ。
 しかしリィンがアルグレスを取り込んだことで、アルグレスが抑えていた〝呪い〟もリィンに注がれることとなった。
 女神の聖獣でさえ完全に抑え込むことが出来ず、正気を失う前に自らを封じることでしか防ぐことの出来なかった呪いだ。
 普通であれば、リィンも同じ末路を辿るはずだった。
 誰しもが、イシュメルガやアルベリヒもそう考えていたのだろう。
 しかしリィンは取り込んだ〝呪い〟の力を完全に制御し、巨イナル一さえも支配下においてしまった。
 千二百年前、魔女と地精が不可能と判断したことを騎神の力に頼ることなく、自分一人の力だけで成し遂げてしまったのだ。
 アルベリヒは勿論、イシュメルガでさえ理解できない結末であったに違いない。
 千二百年にも及ぶ計画が無駄であったと嘲笑うかのように、たった一人の人間に覆られてしまったのだから――

 再び戦争を引き起こしたのは、まだ〈巨イナル一〉を諦めていないからと思われていたが、既に地精の――イシュメルガの計画は完全に破綻してしまっている。
 イシュメルガも騎神である以上、巨イナル一からの力の供給が断たれている現状は後が無いはずだ。
 計画をやり直すにしても時間は残されていない。
 やぶれかぶれという線も考えられるが、ミュゼのだした答えは違っていた。

「不足した力を他から補おうとしている? そのために再び戦争を引き起こした」

 恐ろしい考えがミュゼの頭に過る。
 自らの力を高めるための〝贄〟とするために集めた兵士を皆殺しにすることが、イシュメルガの狙いだったのではないかと――
 だとすれば――

「まだ〈巨イナル力〉を諦めていない。イシュメルガの狙いは……」

 ヴァリマールではなくリィンだと、ミュゼは答えを導き出すのだった。


  ◆


「随分と派手な〝挨拶〟をかましてくれるじゃないか」

 落雷によって出来たクレーターの中心で、西の空を見上げるリィンの姿があった。
 リィンたちを中心に展開されたドーム状の結界は、咄嗟にノルンが張ったものだ。

「助かった。他の皆は無事か?」
「うん、ユグドラシルを基点に結界を展開したから〝団の皆〟は無事だと思う」

 それは即ち、ユグドラシルを所持していない〈暁の旅団〉の団員以外は、少なくない被害を受けていると言う意味だとリィンはノルンの言葉を受け取る。
 しかし戦争をしているのであれば、死人がでるのは当然のことだ。
 イシュメルガのやったことをリィンは非難するつもりはなかった。
 とはいえ、

「味方も犠牲にするとはな。いや、それが狙いか?」
「うん。黄昏のシステムを利用して、戦場で亡くなった人たちの魂を集めてるみたい」

 帝国の各地に現れた〈塩の杭〉に似た塔も装置の働きを促していると、ノルンは説明する。
 元は帝国全土に蔓延する〝呪い〟の力を集め、幻想機動要塞へと供給するシステムだったのだろう。
 しかし計画が失敗に終わったことで、黄昏にて用いるはずだった機能の一部を流用したのだ。

「〈塩の杭〉そっくりの装置ね……放って置いても大丈夫なのか?」
「うん。カタチを真似ただけみたいだから、あれそのものに〝災厄〟を引き起こす力はないよ」

 恐らくは分かり易い恐怖の対象として、塩の杭を真似たのだろうとノルンはリィンの疑問に答える。
 呪いの力を集める装置であることを考えると、ある意味で相応しい姿とも言えるからだ。
 それだけ〈塩の杭〉が引き起こした事件は、人々の心に恐怖を刻み込んだとも言える。

「とはいえ、そのままにもしておけないか。アルグレス……頼めるか?」
『心得た』

 リィンの考えを察し、首を縦に振るアルグレス。
 彼としてもイシュメルガの行いは許せるものではないのだろう。

「じゃあ、私とツァイトも手伝うね。アルグレスだけじゃ大変だろうし」

 手伝いを申し出るノルンを見て、ツァイトも仕方がないと言った表情で頷く。
 確かにアルグレスだけで、離れた場所にある四つの杭を消すには時間が掛かると判断したからだ。

「仕方ねえな。んじゃ、俺も手伝ってやるぜ」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「別にお前等のためじゃねえよ。少し思うところがあるだけだ」

 恐らくはカンパネルラのことを言っているのだろうと、リィンはマクバーンの考えを察する。
 今回の一件、直接ではなくとも結社が関与していることは状況からも明らかだ。
 間違いなく至宝絡みだとは思うが、言いたいことがあるのはリィンも同じ気持ちだった。

(この件が片付いたら一度、結社の盟主と直接話をしてみるか?)

 相手が応じるかは分からないが、互いに不干渉を約束しておいて今回のこれだ。
 カンパネルラではなく、組織のトップと話をする必要があるとリィンは考える。
 それで話が決裂するようなら、結社と敵対する可能性は十分にあるからだ。

「杭は全部で四つだったか。最後の一つは……」
「私たちに任せて欲しい。兄上」

 杭の話をしていると、背後から声を掛けられてリィンは振り返る。
 視線を向けた先には、フィーに肩を借りて起き上がるラウラの姿があった。

「起きたか。身体の調子はどうだ?」
「……以前とは、まるで違う。身体の底から溢れてくる力。やはり、これは……」
「俺の眷属となった影響だな。人間を辞めた気分はどうだ?」

 確認を取らず一方的に盟約を押しつけ、自身の眷属としたのだ。
 非難されるのを覚悟の上で、敢えてリィンは隠すことなく真実を告げる。
 しかし、

「兄上、試すような真似は止めてくれ。命を落としかけたのは私が弱かったからだ。なのに命を救われて、非難するような恥知らずな真似が出来るはずもない」

 ラウラはそんなリィンの考えを察して、悪いのは自分だと答える。
 力を得るためとはいえ、人間を辞めることに躊躇いがあったことは確かだ。
 勿論そうした道を選んだフィーを非難するつもりはない。
 しかし剣士としての矜持が、安易に力を得ることに抵抗を覚えたのも事実だった。
 強さを求めるのであれば、まずは自身の剣の限界を突き詰めたい。そういう考えが、頭のどこかにあったからだ。

「ラウラの言うとおりだ。これは我々の弱さが招いた結果だ。感謝こそすれ、そなたに怒りをぶつけるのは間違いだろう」

 それに娘を救ってくれて感謝している、と身体を起こしながらヴィクターは二人の会話に割って入る。
 親子揃って命を落とすところだったことを考えれば、リィンの行いを非難する気にはなれなかったのだろう。
 むしろ、自分自身の弱さにヴィクターは怒りを覚えていた。
 いまになって思えば帝国最強の剣士ともてはやされ、驕りがあったのかもしれないと考える。

「そう言うんじゃないかと思っていたが……」

 似た物親子だなと、リィンは若干呆れた様子で溜め息を吐く。
 とはいえ、ラウラとヴィクターなら、そういうだろうと言うことは分かっていた。

「まあ、眷属になったからと言って特に行動を縛るつもりもないし、好きにしてくれて構わない」

 俺と敵対しない限りはな、と言うリィンに対してラウラとヴィクターは苦笑を漏らす。
 そのつもりはないが、その時は助けた相手であっても容赦しないというのは、リィンの性格からもよく分かるからだ。

「それで、任せても構わないのか?」
「ん……私もラウラたちと一緒にいくから」
「なら、任せる」

 フィーも一緒なら問題ないだろうと、リィンは残りの一つをラウラたちに任せることを決める。
 ノルンの言うように放って置いても危険はないのだろうが、死者を弄ぶ装置をリィンはそのままにしておくつもりはなかった。
 イシュメルガは不足した霊力を集めた人間の魂で補うつもりでいるのだろう。
 戦場で命を奪うことを否定するつもりはないが、魂を集めるために戦争を引き越したのだとすれば話は別だ。
 それに――

「そんなに俺との決着がつけたいのなら、その誘いに乗ってやる」

 猟兵にも流儀はある。
 猟兵が絶対にやってはいけないことの一つ。それが〝裏切り〟だ。
 自らの怒りを体現するかのように、リィンは相棒の名を叫ぶ。

「来い! ヴァリマール!」

 起動者の呼び掛けに応え、深い眠りから目を覚ます灰の騎神。
 空へと向かって立ち上る白い光が、太陽の如き輝きを放ち――
 闇に覆われた大地を明るく照らし出すのであった。



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