「これで、お姉ちゃんの方は大丈夫だと思います」
「ご苦労様。でも、私が頼んでおいてこう言うのもなんだけど……酷い妹よね」
「あ、酷い。私だって心を痛めてるんですよ」

 アリサの言葉に頬を膨らませながら、しくしくと泣き顔を見せるフラン。
 しかし、それが嘘泣きだというのは誰の目にも明らかだった。
 アルフィンといい、フランといい――
 本当にリィンの周りには、厄介で優秀な女性ばかりが集まるとアリサは溜め息を吐く。

「人を疑うことを知らない姉で、ちょっと心配になりますけど……」

 ノエルはフランが自分のためを思って、団を裏切る可能性すらあるのに話を打ち明けてくれたと思っているだろう。
 嘘では無いが、実際には少し違う。
 言葉巧みに誘導し、姉が暴走しないように楔を打ち込んだのだ。
 ノエルは正義感が強く少し直情的なところがあるので、セドリックにトドメを刺そうとすれば、咄嗟に止めに動く可能は高い。
 リィンやフィーならともかく相手がシャーリィなら、一緒に斬り伏せられてもおかしくないとフランは考えていた。
 そんな姉の性格を理解しているからこそ、フランはアリサの提案に乗ったのだ。

「そんなお姉ちゃんだから放って置けないというか、ロイドさんのハートを射止めることが出来たのだと思いますけどね」

 似た者同士ですからと話すフランに、確かにとアリサは納得した様子を見せる。
 ノエルの恋人であるロイド・バニングスは、クロスベルの捜査官だ。
 彼がこの場にいれば、アルフィンの話を聞けば――
 セドリックのことを最後まで決して諦めたりしないだろう。
 なんとしてでも助ける方法を考えるはずだ。

「そう言えば、ロイドさんの出張が長引いてるのってアリサさんたちの仕業ですよね?」
「……そっちはエリィの仕業よ」

 さすがのアリサも警察に手を回すような真似は出来ない……とは言わないが難しい。
 それが無理なく合法的に可能なのは、政務官の立場にあるエリィくらいのものだ。
 何よりロイドの能力を誰よりも警戒しているのは、アリサではなく元特務支援課のメンバーであるエリィの方だった。
 強さと言う意味では、圧倒的にロイドよりもリィンの方が上だ。ましてや〈暁の旅団〉の戦力の前には、一捜査官など脅威にならない。
 それに現状に不満を抱く者がゼロとは言わないが、市民の不満はエリィが上手く抑えている。
 リィンも積極的に政治に関わろうとはしないため、現時点では以前のようにレジスタンスなどの反抗勢力が現れると言ったこともなかった。
 ロイドが何をしたところで、いまのクロスベルの統治が揺らぐことはない。
 しかし、エリィがロイドを警戒しているのは、そういうことではなかった。
 リィンに関することだ。

 ロイド・バニングスの最も警戒すべきところは戦闘力や、レジスタンスを率いた統率力ではない。
 そもそもレジスタンスを上手く率いることが出来ていたのはティオや警察の協力者の手腕によるところが大きく、ロイドは反抗の御旗として都合が良かったからリーダーに選ばれたに過ぎなかった。
 彼自身の能力は汎用。特に何かに秀でていると言う訳でもなく、努力家ではあるが天才的な才能を有している訳でもない。
 しかし彼には決して諦めず折れない不屈の心と、兄譲りの捜査官に最も必要と言われるもの――洞察力と観察眼が備わっていた。
 ただ〝勘〟が良いだけではない。一つ一つは点に過ぎない手掛かりでも、それを繋ぎ合わせて事件を解決へと導く力。
 普通なら迷宮入りしそうな事件も謎を解くという一点において、ロイドは特務支援課の誰よりも秀でていた。
 ロイドの導きがあったからこそ、捜査官の資格も持っていない素人の自分たちがあそこまでやれたのだとエリィは思っている。
 そのことからも団以外の人間でリィンの秘密に近付ける者がいるとしたら、それはロイドである可能性が高いとエリィは考えていた。
 アリサもロイドが警戒すべき人物だと言うのはエリィと同意見だった。
 仮にロイドがリィンの秘密に辿り着いたとして、どう判断するかはリィン次第ではあるが最悪の可能性もあり得る。
 だからエリィは、ロイドをクロスベルから遠ざけたのだろう。
 せめて地精との戦いが決着するまでは、ロイドをリィンに近付けさせないために――

「確かに正義感は強い方だと思いますけど……心配するほどじゃないと思いますよ? ランディさんのこともありますし」

 フランの言うように、確かにロイドはただ正義感が強いだけの捜査官ではない。
 ランディの過去を知っても受け入れるだけの度量と、多少の不正には目を瞑る柔軟さを持ち合わせている。
 しかし、

「あなたもリィンの狙いには気付いているのでしょう?」
「まあ、なんとなくですけど……」

 口で上手く説明するのは難しいが、アリサが言わんとしていることはフランも理解していた。
 クロスベルへ侵攻してきた帝国軍を全滅させる気はなかったとしても、最初からリィンは領邦軍を一人も生かして帰す気がなかった。
 リィンの一番の狙いは帝国の癌を切除することではなく、人々に〝恐怖〟を植え付けることにあったからだ。
 クロスベルやノーザンブリアへ向かうはずの悪意を自身に向けさせ――
 安易に戦争を起こさせないために恐怖を植え付けることで、自分が抑止力となろうとしたのだ。
 そのためにクロスベルタイムズにも協力を持ち掛け、帝国軍が壊滅した事実を大陸全土に広めさせた。
 この大陸から戦争がなくなることはないだろうが、少なくともクロスベルやノーザンブリアへ手をだす愚か者は減るだろう。
 それをよしとするかしないかで言えば、恐らくロイドは納得しないとエリィは考えているのだ。
 そして、それはアリサも同意見だった。

「こう言うとリィンは怒るでしょうけど、恐怖で抑え込むやり方は亡くなった〝もう一人の父親〟と変わらないものね」

 いや、リィンのことだ。そうと分かっていて、父親と同じ道を選んだのだろうとアリサは思う。
 それにやり方はどうあれ、リィンのやったことが間違っているとはアリサには言えなかった。
 クロスベルが二つの大国に挟まれ、これまでずっと厳しい立場におかれてきたのは反抗する力を持たなかったからだ。
 力だけではダメなように、力無き正義も無力であることをクロスベルの人々は思い知らされてきた。
 だからこそ、エリィもリィンのやり方を否定しないのだろう。
 何より――

(ここ数年で大陸東部の砂漠化が急速に進んでいるとの話もある。だとすれば、やはり〝あの話〟も……)

 この世界には〝時間〟が残されていない。
 このような方法をリィンが選択したのも、教会との対決を視野に入れたこと。
 普通の方法では世界が滅びるのを待つだけだと悟ってのことだと、アリサはリィンの考えを察していた。
 いっそのこと、ロイドにもそのことを話して協力を持ち掛けると言う手もあるが――

(ワジ・ヘミスフィアのこともあるし、難しそうね)

 特務支援課の元メンバーでの一人であるワジ・ヘミスフィアは教会の人間だ。
 しかも星杯騎士団に所属する守護騎士。トマスやロジーヌと立場を同じくする者だ。
 教会と事を構える可能性が高い以上、ワジのことも警戒する必要がある。
 その彼は今、ロイドと行動を共にしているとの情報がアリサの耳に入っていた。
 ワジの考えは分からないが、ロイドは教会に探りを入れるつもりでいるのだろう。
 教会に取り込まれるとも思えないが、ロイドに仲間を裏切れるとは思えない。

「皆、仲良く協力しあえたら一番いいのに……大人って面倒臭いですよね」

 フランの言うように、全員が手を取り合えたら問題はすぐ解決する。
 しかし、それが出来たら苦労しない。
 帝国を見れば分かるように一つの国の中でさえ意見は対立し、結束することが出来ていないのだ。
 そもそも家族でさえ、分かり合うのは難しい。
 政治家の家に生まれたエリィは、その政治が原因で両親が離婚し、家族は離れ離れになっているし――
 アリサも母親との仲は良好とは言えず、父親に至っては死んだと思っていたら帝国の歴史の裏で暗躍し続けてきた黒幕で、敵となって現れたのだ。
 人が人である限り、本当の意味で理解しあえる日は来ないのかもしれない。
 とはいえ、だからこそ心の底から信じられる人を大切にしたい。絆を守りたいと思うのが人でもある。

「皆、臆病なのよ。大人になるほど、失うのが怖くなっていくのだと思うわ」

 いまなら母の気持ちが少しは分かる気がする。
 そんな風にアリサは考える。

「そう考えると、団長さんって凄いですよね」
「……どう言う意味?」
「アリサさんやエリィさんみたいに綺麗な女性を二人も恋人にして、普通なら上手く行くはずがないって思うじゃないですか」

 しかし実際には、既に二人も恋人がいるのにリィンに好意を寄せる女性は後を絶たない。
 そんなリィンに嫉妬している団員は少なくないが、それでも団長なら仕方がないと半ば呆れながらも祝福しているのだ。
 暁の旅団はそれで上手くいっている。
 フランが凄いと言うのも、アリサには分かる気がした。
 ただ普通ではないと言うよりは――

「逆ね。リィンの場合は、こっちの方が自然なのよ」
「……自然?」
「別にハーレムが作りたい訳じゃなくて、これがリィンの〝家族の在り方〟と言うだけなんだと思うわ」

 それが分かっているから、みんなリィンの心を繋ぎ止めるために〝家族〟となることを受け入れた。
 勿論、独占欲がない訳じゃない。しかし、恋人である前に家族であると言う認識が前提にある。
 だからアリサとエリィは仲が良いし、他の女性たちも自分の気持ちに蓋をして諦めたりしないのだ。
 傍から見れば、歪な関係に見えるだろう。
 しかし、そもそも猟兵団に身を置くような人間が、社会で言うところの〝普通〟であるはずがない。
 暗い過去を背負い、社会に爪弾きにされ、それでも前を向いて生きようとする人々にとっては――
 リィンの作る家族――暁の旅団という居場所は心地が良く、命に代えても守りたい寄る辺となっていた。

「自分を偽って生きることが普通だと言うなら、私は普通でないことを選ぶわ」

 敵に対して容赦がないかと思えば、身内には甘く自分には厳しい。
 誤解されやすく敵を作りやすい彼だからこそ、傍にいて支えてあげたい。
 いつからか、そんな風にリィンのことを愛しく感じるようになっていた。
 家族ごっこと揶揄する者もいるだろうが、別にそれでもいい。
 これが母とは違う。自分の見つけた家族の在り方なのだと、いまなら胸を張って言える自信がアリサにはあった。

「うーん」
「……まだ何かあるの」
「いえ、納得はしました。でもそれって、私にもまだ〝チャンス〟が残ってるってことですよね?」

 そう言えばそう言う子だった、とフランの爆弾発言に頭痛を覚えるアリサ。
 ノエルの苦労が分かるようだと溜め息を吐き、

「放って置くと十人やそこらで済まないかも知れないわね……」

 無自覚に女性を惚れさせるリィンの誑し振りに、何かしらの対策は必要だと思い始めるのだった。


  ◆


「なんか、また面倒な事が起きそうな予感がする」

 最後の一機を斬り伏せながらも、納得の行かない表情を見せるリィン。
 日頃の行いが原因なのだが、こういう時の自分の勘がよく当たることを知っているからこその反応だった。

『――リィン』

 ヴァリマールに名を呼ばれ、何かを察して表情を引き締めるリィン。
 リヴァイアサンは一機残らず破壊したが、場に張り詰める重苦しい空気は晴れるどころか緊張さを増していく。
 まるで怨嗟の声が聞こえてきそうなほどの瘴気が、幻想機動要塞の周囲には満ちていた。
 戦場で集めた魂だけではなく、国中から〈杭〉を通じて負の想念が集められているかのようだ。

「わかってる。はやくアリサたちと合流したいが――」

 そうも行きそうにないな、と愚痴を溢しながらリィンは咄嗟に回避の行動を取る。
 空から黒い雷が降り注ぎ、ヴァリマールを襲ったからだ。

「上か」

 雷を回避しながらリィンは〈オーバーロード〉を発動すると、ヴァリマールの左腕をライフルの形状に変化させる。
 ヴァリマールの纏う炎が生き物のように蠢き、高められた霊力が銃身へと集められていく。
 そして――

「いい加減、隠れてないで姿を見せろ――イシュメルガ!」

 黒い雷に対抗するかのように、リィンは空に向かって白い閃光を解き放つのだった。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.