「アリサさんたち、大丈夫でしょうか?」

 端末に向かって〝何か〟の作業を手伝いながら、仲間のことを気に掛けるフランの姿があった。
 作戦が開始されて既に三十分が経過している。
 今頃、アリサたちは岩壁に覆われた要塞中央の砦に潜入を試みている頃だろう。
 どんな罠が仕掛けられているか分からない上、先行している〈赤い星座〉のこともある。
 シャーリィを始めとした腕の立つメンバーと一緒とはいえ、フランが心配するのは分からなくもない。
 しかし、

「〈赤い星座〉は確かに脅威ですが、ギルドが認定している危険度で言えば〈暁の旅団(かれら)〉も同じか、それ以上ですから」

 リィンを抜きにしても〈暁の旅団〉の危険度は、最高ランクに位置すると遊撃士協会(ギルド)は評価していた。
 赤い星座の元部隊長にして、オーガロッソの娘でもあるシャーリィ・オルランドや、東のカルバート共和国において『伝説の凶手』と恐れられる〈銀〉までもがメンバーに加わっているのだ。
 更には帝国での内戦の引き金ともなった〈帝国解放戦線〉のメンバーをも吸収し、クロスベルの裏社会を支配するルバーチェ商会を傘下に加え、ラインフォルトグループから独立した第四開発部も協力者に引き入れ、一介の猟兵団に収まらない規模にまで組織力を拡大させている〈暁の旅団〉を遊撃士協会が警戒するのは当然の流れであった。
 更に付け加えるのであれば、大陸の外からやってきた来訪者――エタニア王国のこともある。
 何一つ詳しいことは分かっていないが、ノーザンブリアだけでなくクロスベルまでもがエタニアを国として扱い、帝国軍に対抗するために同盟を結んだという事実は、ギルドだけでなくゼムリア大陸の国々に衝撃を与えた。いずれにせよ、この戦争が終われば各国は対応を迫られることになるとティオは考えていた。
 社会に与える影響の大きさを考えれば、赤い星座よりも〈暁の旅団〉の方が遥かに危険度は高い。
 そんな彼等を心配するだけ無駄だと、ティオはフランの疑問に答える。
 それに――

「彼等のことは、私よりもあなたの方がよく理解しているのでは?」

 フランは非戦闘員とはいえ、暁の旅団のメンバーの一人なのだ。
 一方でティオは一時的に協力者になっているとはいえ、エプスタイン財団の研究者だ。
 想像や推察は出来ても、団の内情を詳しく知っている訳ではない。
 まだ一年と経っていないとはいえ、近くで彼等のことを見てきたフランの方が自分よりも詳しいはずだとティオは考えていた。

「そう言われると反論できませんが、お姉ちゃんのこともあるので……」
「ああ……」

 フランの言葉で、アルフィンの護衛として突入メンバーにノエルが参加していることをティオは思い出す。
 ノエルは特務支援課に出向していたことがあるので、ティオも彼女のことはよく知っていた。
 ロイドと同じか、それ以上に正義感が強く、頼りになる反面で不器用な女性だと言うことも――
 実際クロスベルの独立騒動の際、ノエルとは敵と味方に分かれ、衝突したこともあるのだ。
 そうしたノエルの性格を一番誰よりも理解しているのは妹のフランだ。
 心配するのも当然と、ティオは受け止める。

「まあ、釘は差しておきましたけど」

 不穏なことを口にするフランに、ティオの口からは溜め息が溢れる。
 フランがノエルのことを心配するように、ノエルがフランのことを気に掛ける理由を察したからだ。
 性格や方向性は違うが、やはり似た物姉妹なのだろうとティオは思う。

「ところで、こんなことして大丈夫なんでしょうか?」
「……私たちは船に〝異常〟がないか調べているだけです」

 アリサの言葉を、そのまま自分の言葉にしてフランの疑問に答えるティオ。
 作戦開始前にティオは、アリサに一つの頼まれごとをしていた。
 それが〈赤い星座〉が置いて行った〈ベイオウルフ号〉の調査だった。
 表向きは船に異常ないかを調べ、必要であれば飛べるように修理するというものだ。
 赤い星座に恩を売ることで交渉を有利に進めようという算段もあるのだろうが、アリサの言葉の裏をティオは理解していた。
 この機会に〈赤い星座〉の持つ情報を頂いてしまおうと考えているのだと――
 船に残されている情報など限られているだろうが、最低でもベイオウルフ号のデータは回収できる。
 この先、戦場でまみえることもあるかもしれない。
 そのために必要なデータを集めておこうと考えたのだと、アリサの考えをティオは読んでいた。
 当然、船の端末にはプロテクトがかけられているが、ティオであれば解析は不可能ではない。
 ましてやサポート役としてフランも同行しているのだ。それほど難しい作業ではなかった。
 とはいえ――

「建て前はともかく〈赤い星座〉の人たちが戻ってきたら、私たち大変なことになりません?」

 要塞から脱出するには彼等も船が必要だ。
 ここに船がある以上、こうしている間にも様子を見に戻って来ないという保証もない。
 そうなったら説明したところで、自分たちの言い分が通るとフランは思っていなかった。
 間違いなく衝突することになるだろう。

「ご安心を。何があっても、お二人のことは私が御守りしますので」

 しかし、その心配は不要だと船の周囲の偵察に出掛けていた〝メイド〟が答える。
 シャロン・クルーガー。執行者の一人にして、元ラインフォルト家のメイド。
 そして現在は、アリサの従者として共に〈暁の旅団〉に所属していた。
 今回はアリサの指示で、ティオとフランの護衛を任されたのだ。
 本当ならアリサたちに同行したかったというのが本音だが、アリサが自分を信頼して留守を任せてくれたということもシャロンは理解していた。
 この要塞を脱出するには船が必要なのは、アリサたちも同じだからだ。

「シャロンさんは、敵の襲撃があると思いますか?」

 アリサがシャロンを残した理由はフランも察していた。
 だからこそ、いま最も危惧していることをシャロンに尋ねる。
 シャロンが周囲の偵察にでていたのも、それを警戒してのことだと考えたからだ。

「〈赤い星座〉に関しては、恐らく問題ないかと思います」

 そもそも船を置いて行ったと言うことは、彼等も起こり得るリスクは想定しているはずだ。
 その上で全戦力を投入したのであれば、最初から逃げることを計算に入れていないと考えることも出来る。
 ランディ・オルランドの目的が、バルデルとの決着にあることはシャーリィの読み通りだろう。
 しかし〈赤い星座〉の目的は、恐らくそれだけではないとシャロンは考えていた。
 突入のタイミングから侵入経路の確保に至るまで、熟練の猟兵とはいえ、余りに手際が良すぎると感じたからだ。
 まるで最初から、この要塞のことを知っていたかのようだと――
 バルデルが〈赤い星座〉を自分の元へ誘き寄せるために情報を彼等に流したと考えることも出来るが、それは想像でしかない。
 元執行者の勘とでも言うべきか? 今回の一件、どうにも腑に落ちないものをシャロンは感じていた。

「なるほど……そもそも逃げる気がないか、脱出するための方法を他に用意していると考えているのですね」

 シャロンの言わんとしていることをティオは察する。
 それならば船の様子を見に戻ってくることは、ほぼないと考えて良いだろう。
 しかし、それは――

「要塞の内部構造に詳しくなければ、それほど思い切った行動は取れないはず」
「それって……」

 ティオの言葉で、フランも状況を理解した様子を見せる。
 仮にシャロンの読みが当たっているのだとすれば、赤い星座は幻想機動要塞の情報を事前に手に入れていたと言うことになる。
 暁の旅団ですら、その存在が公になるまで掴めていなかった地精の〝本拠地〟に関する情報を、だ。
 誰から、どこから情報を手に入れたかによって、状況は一変する可能性がある。
 赤い星座に情報を流したのがバルデルであればいい。そうでないのであれば――

「誰かの依頼で動いているってことですか?」

 赤い星座は猟兵団だ。そして、猟兵を動かすには報酬が必要だ。
 実際リィンも仕事を依頼してきたミュゼに対して、百億ミラもの大金を要求した。
 正直これは吹っ掛けすぎと言える金額だが、赤い星座や〈暁の旅団〉のような高位の猟兵団を雇うには最低でも数千万ミラ。
 依頼の内容によっては、億単位のミラを用意する必要がある。
 仮に〈赤い星座〉が誰かの依頼で動いているのだとすれば、船を失っても痛くないほどの報酬を受け取っていると言うことになる。
 それほどのミラを支払ってまで、赤い星座の裏にいるであろう相手が求めているもの。
 それは――

「まさか、赤い星座の目的って……要塞の制圧ですか?」

 幻想機動要塞の確保。そこに答えが行き着くのは自明の理だった。
 だとすれば、アリサの考えているように〈赤い星座〉との交渉が上手く行くとは思えない。

「アリサさんたちに早くこのことを伝えないと!」
「待って下さい。まだ憶測の域を出ない話ですから。それに――」

 正直アリサがこのことに気付いていないとは、ティオには思えなかった。
 そう考えると、ベイオウルフ号の調査を依頼してきた理由も察せられる。
 アリサが本当に探ろうとしているもの。
 それは〈赤い星座〉の背後にいる人物の特定なのだと――

「まずは頼まれた仕事を終わらせましょう。そうすれば、何か分かるはずです」

 赤い星座とやり取りをしていたのであれば、通信のログなり何かしらの痕跡が残っているはずだ。
 まずはそれを調べるのが先だと、ティオはフランに促す。

「わかりました。そう言うことなら、さっさと終わらせちゃいましょう!」

 ティオの説明に納得した様子で気合いを入れ直すと、フランは作業に戻る。
 そんな二人の様子を見守りながら――

(お嬢様。どうか、お気を付けて……)

 シャロンはアリサの身を案じるのだった。


  ◆


「また分かれ道ね。シャーリィ、どっちへ向かったか分かる?」

 アリサたちは〈赤い星座〉の足跡を追って、要塞の奥へと歩みを進めていた。
 予想通り要塞内は迷路のように道が入り組んでおり、普通に手掛かりもなしに進んでいては奥に辿り着くまでに時間が掛かりすぎてしまう。
 だから先行している〈赤い星座〉の足跡を利用することにしたのだ。
 というのもティオの読み通り、アリサは〈赤い星座〉が要塞内の情報を入手している可能性が高いと考えていた。
 そして、それは疑惑から確信へと変わったと言っていい。
 要塞内を移動する〈赤い星座〉の動きが、余りに迷いがなかったからだ。
 真っ直ぐ、要塞の奥へと向かっていることが足跡からも窺い知れる。

「ここで左右に分かれたみたい。たぶんランディ兄が向かったのは〝右〟の通路かな」

 どうやって判断しているのかは分からないが、ここまでシャーリィの勘がはずれたことはない。
 恐らくシャーリィが右と言うのであれば、ランディは右へ行ったのだろうとアリサは判断する。
 だとすれば、右のルートにバルデルが待ち構えていると考えるのが自然だろう。
 問題は――

「左のルートが、どこへ繋がっているのかが気になるわね」

 バルデルが待ち構えている方が、最奥へと繋がる正しいルートだと考えるのが自然だ。
 しかし、だとすれば左の通路の先には何があるのか?
 部隊をここで二つに分けたと言うことは、恐らく〈赤い星座〉の目的の一つがこの先にあるのだとアリサは考える。

「シャーリィ。左に向かったのって、もしかして……」
「うん。たぶん、パパだね」

 シグムント・オルランド。あのオーガロッソが、この先にいると聞いてアリサの表情が歪む。
 相手が話し合いに応じてくれればいいが、可能性としては低いと理解しているからだ。
 暁の旅団でリィンを除けば、シグムントの相手が出来そうなのはシャーリィしかいない。
 そのシャーリィとて、赤い星座の猟兵を相手にしながらシグムントに勝つのは難しいだろう。
 だとすれば、ここで戦力を分散するのは得策とは言えない。
 いっそのこと〈赤い星座〉の目的は気になるが、シグムントを無視して右へ全員で進むべきかと、アリサが考えているところに――

「アリサさん。たぶん正解は左だと思います」

 アルフィンは左が正解のルートだと、アリサに告げる。

「何か、確信があるのですか?」
「こんなことを言っても信じてもらえるか分かりませんが……この先で、あの子が……セドリックが呼んでいるような気がするのです」
「勘……ですか」

 確証があるのかと思えば、ただの勘だと告げられ、アリサは判断に迷う。
 しかし、アルフィンの言うように左が本命であった場合、最悪の結果も考えられる。
 赤い星座の目的が要塞の制圧であった場合、セドリックと衝突する可能性は高いからだ。
 セドリックがこの先にいると言うことは、恐らくアルベリヒも一緒のはずだ。
 赤い星座と地精。このまま両者が潰し合ってくれれば、それが一番楽なのだろうが――

「わかりました。全員で、左へ進みましょう」

 一瞬迷う素振りを見せるも、アリサは全員で左へ進むことを決断するのであった。



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