「随分と紳士的じゃないか。攻撃せずに待っててくれるなんて」

 結社との交渉に割って入るでもなく、大人しく様子を窺っていた白亜の騎神にリィンは声を掛ける。
 零の騎神――ゾア=ギルスティン。この白亜の騎神のことをカンパネルラはそう呼んでいた。
 地精の計画が成就し、七の相克の先に生まれた巨イナル一を宿す存在。
 いや、巨イナル一そのものと言ってもいい究極の騎神。
 焔と大地。二つの至宝の力を宿すということは、神に等しい超常の力を秘めていると言うことだ。
 しかし――

(厄介な敵なのは間違いない。だが〝条件〟は同じだ)

 リィンも地精の計画とは異なる方法で巨イナル一を取り込み、その力を制御下に置いている。
 完全に使いこなしているとは言い難いが、巨イナル一の力を宿していると言う意味では条件は同じだ。
 それにリィンの持つ力は、巨イナル一だけではない。女神の聖獣ですら抗うことの出来なかった呪いを無効化し、その呪いごと巨イナル一の力を取り込むことが出来たのは、リィンが内に秘めたもう一つの力に理由があった。
 ――王者の法(アルス・マグナ)
 人の身で神へと至る秘技にして、錬金術に置いて最終到達点とされる奥義。
 至宝の力を打ち消し、その至宝を人間に与えた女神すらも弑逆し得る力だ。
 巨イナル一が二つの至宝の力を合わせ持つとは言え、決して見劣りする力ではない。
 いや、むしろリィンとヴァリマールの方が、単純に力では上回っていると言って良いだろう。
 なのに――

(なんだ? この得体の知れない気配は……)

 敵を前にして、リィンは胸がざわつくのを感じていた。
 ゾア=ギルスティンからは、以前に倒した巨神よりも強大な力を感じる。
 しかし、いまのリィンとヴァリマールの力であれば、決して勝てない相手ではない。
 だと言うのに、このまま無策に仕掛けるのは危険だと、リィンの勘が訴えていた。
 とはいえ、敵を前にして逃げるという選択肢はリィンにはなかった。
 この世界とは異なる歴史を歩んだ並行世界。
 カンパネルラが『廃棄世界』と呼んだ世界のように、この世界の可能性を潰させる訳には行かないからだ。

「悪いが一気に決めさせてもらう」

 そう言うと、リィンは空間に現れた黒い孔にヴァリマールの腕を突っ込む。
 そして穴から腕を引き抜いたヴァリマールの手に握られていたのは、禍々しいオーラを纏った一本の銃剣だった。
 ――アロンダイト。先の巨神との戦いで、魔剣へと進化を遂げたヴァリマールの専用武装だ。

「なんとなく出来そうな予感はあったが、ユグドラシル抜きでこんな真似が出来るようになるなんてな」

 試したことがある訳ではないが、ヴァリマールのように呼べば召喚できるという予感がリィンの中にはあった。
 巨神との戦いの中で限界までリィンの力を注がれたアロンダイトは、マクバーンの持つアング=バールと同じ〈外の理〉で作られた魔剣に近い性質を持つ武器へと進化した。
 アリサは驚いていたが、リィンはヴァリマールと同様、アロンダイトとも〝魂〟で繋がっている感覚を得ていた。
 恐らくはイオやキャプテン・リード。それにアルゼイド親子のように、アロンダイトもリィンの力の影響を受けて眷属に近い存在へと変化したのだろう。

「黒い魔剣だと――」

 アロンダイトを召喚したリィンに対抗してか、ゾア=ギルスティンも一本の剣を召喚する。
 この世の物とは思えないオーラを纏った大剣。
 恐らくはアロンダイトと同じ世界の法則から外れた魔剣なのだろうが、リィンは嫌な予感を覚える。
 恐らくはそれこそが、ゾア=ギルスティンから感じ取れる得体の知れない気配の正体なのだと察したからだ。

「その剣がなんであれ、やることは変わらない」

 だからと言って、今更この戦いを止めるという選択肢はリィンの中にはなかった。
 アロンダイトにオーバーロードを使う要領で力を込め、リィンは剣身に炎を纏わせる。

(一撃で決める――)

 得体の知れない不安を覚えながらも、リィンはゾア=ギルスティンとの間合いを一気に詰める。
 レーヴァティン。嘗て、巨神を討滅して見せたリィンの切り札とも言える奥義。
 あらゆるものを灰燼と化し、神すらも弑逆しうる力。
 巨イナル一を取り込んだ今では、巨神を倒した時と比べ物にならないほどに威力を増している。
 何を企んでいようが一撃で勝負を決めてしまえば――

「なっ――」

 そう考えて放ったリィンの渾身の一撃を、ゾア=ギルスティンは黒い光を纏った魔剣で受け止めるのであった。


  ◆


「……敵の力を見誤ったか」

 同じ頃、幻想機動要塞の最奥――玉座の間で、セドリックと対峙する大男の姿があった
 シグムント・オルランド。赤い星座の副団長にして、オーガロッソの二つ名を持つ猟兵だ。
 その戦闘力はリィンの養父である猟兵王と引き分けた闘神に匹敵するほどで、名のある猟兵の中でも最強の一角と言っていい。
 そんな彼が、自身の半分ほどしか背丈のない小柄な少年に怪我を負わされ、窮地に立たされていた。

「最強の猟兵と言っても、この程度か。そう言えば二百五十年間、愚かにも〝我〟に剣を向けて騎神と共に命を落とした男も確か猟兵だったな」

 玉座からシグムントを見下ろしながら、セドリックは昔を懐かしむように荘厳な口調で語る。
 二百五十年前と言えば、帝国にとっての激動の時代。獅子戦役と呼ばれる内戦が勃発した頃だ。
 そんな大昔のことを見てきたかのように、本来であればセドリックが語れるはずがない。
 しかし、彼には確かに激動の時代の記憶があった。
 後に獅子心皇帝の二つ名で語り継がれることになる帝国中興の祖――ドライケルス・ライゼ・アルノールに討たれた男。
 皇帝の座に就くも、志半ばで命を落とした偽帝オルトロスの記憶が――
 いや、それは正確ではない。いまの彼は二人の人格と記憶が混ざり合った存在。
 偽帝オルトロスにして、ユーゲント三世の嫡子にしてエレボニア帝国の第八十七代皇帝セドリック・ライゼ・アルノールであった。

「まだ、くたばるのは早い。もう少し、我を楽しませてくれ」

 故にオルトロスの記憶だけでなく、力も十全に使いこなすことが出来る。
 槍の聖女や名だたる猛者たちを退け、帝都を恐怖に貶めた〝魔王〟の力を――

「千の武器……」
「博識ではないか。なら、これがどういうものかも分かっておろう?」

 セドリックが腕を空に掲げると、剣や槍と言った無数の武器が宙に現れる。
 そして腕を振り下ろすのと同時に、それらの武器がシグムントに迫る。
 降り注ぐ刃の雨。圧倒的なまでの物量。
 安全な場所など何処にもない状況で、シグムントが取った行動は一つだった。

「うおおおおおおおッ!」

 後ろへ下がるのではなく前へとでるシグムント。
 圧倒的な怪力で強大な戦斧を振り回し、自身に迫る武器を弾きながらセドリックとの距離を詰めていく。

「ほう、頑張るではないか」

 これには少し驚いた様子を見せるセドリック。
 猟兵の世界で名が知られているからと言って、シグムントは騎神の起動者と言う訳でもない。ただの人間だ。
 普通の人間であれば、最初の投擲で串刺しとなって命を落としている。
 なのに二度、三度と続けて放たれた武器の雨に怯むことなく、傷を負いながらもシグムントは立ち止まることなく歩みを続けていた。
 一歩ずつではあるが、確実にセドリックとの距離を詰めている。
 伝説に謳われる魔王の力を前に、ここまで抗って見せるとは思ってもいなかっただろう。
 そんなシグムントを見て笑みを浮かべながら、セドリックは騎神が持つような巨大な剣を召喚する。
 そして――

「だが、これを受け止められるかな?」

 放たれる巨大な剣。
 だが、それでもシグムントが後ろに下がることはなかった。
 大地を踏みしめるように、更に前へと足を踏み出し――

「舐めるなッ!」

 上半身を大きく仰け反りると、怒声と共に全力で戦斧を振り下ろす。
 響く轟音。セドリックの放った大剣とシグムントの戦斧が衝突することで大気が震え、大きく建物を揺らす。
 普通であれば、先にシグムントの身体の方が弾け飛んでいるはずだ。
 しかし弾かれたのは、セドリックの放った巨大な剣の方だった。

「な――」

 これには驚きを隠せない様子で、口を開けたまま固まるセドリック。
 そして、その隙を逃すシグムントではなかった。
 一気に加速し、セドリックとの距離を詰める。
 残り十アージュ、八、七、五、三――
 戦斧が届く間合いにまで距離を詰め、渾身の一撃を放とうとした、その時だった。

「ぐは――」

 横から殴りつけるような衝撃を受け、シグムントの巨体が跳ねるように入り口の方へ飛ばされる。

「惜しかったな。だが、卑怯とは言うまい? 使えるものはなんでも使う。それが貴様たち、猟兵のやり方であろう?」
「……騎神か」

 地面に叩き付けられ、全身に傷を負い、額から血を流しながらシグムントの眼に映ったのは一体の騎神。
 セドリックの傍らに控える〝緋の騎神〟の姿だった。
 しかし、それはありえないとシグムントは否定する。
 緋の騎神は彼の娘、シャーリィ・オルランドが起動者となったはずだからだ。
 なら、目の前の騎神は――

「……どうやら〝黒の騎神(イシュメルガ)〟というのは猿真似が得意なようだ」

 目の前の騎神は偽物だと、シグムントは見抜く。

「ほう、少しは動揺するかと思ったが……よく〝緋〟ではなく〝黒〟が偽装していると分かったな」
「あの我が儘娘が、折角手に入れた玩具を他人に譲るはずもないからな」

 ましてやリィンを裏切って、地精に味方をすることなどありえない。
 娘の性格をシグムントは誰よりも良く理解していた。
 それに――

「よく真似てはいたが、さっきの攻撃が本物なら俺は今頃生きちゃいないだろ」

 セドリックの放った千の武器が〝緋の騎神(ホンモノ)〟に劣るとシグムントは見抜いていた。
 シャーリィであれば、ただ放つのではなくタイミングをズラしたり、死角をついたりと攻撃に波を持たせるはずだ。
 しかしセドリックの放った攻撃はどれも単調で、軌道の読みやすい攻撃ばかりだった。

「何をバカな……。テスタロッサのことは嘗て起動者であった我が一番よく知っている。ましてや〈緋〉に〈黒〉が劣るなんてことは絶対にありえぬ」

 しかし、そんなシグムントの言葉をセドリックは否定する。
 いまのセドリックには、オルトロスの記憶と経験がある。
 緋の騎神の能力は、嘗て起動者であった自分が一番よく分かっているという自信が彼にはあった。
 そのセドリックから見て、黒の模倣した〝千の武器〟は本物に劣らないどころか、緋の力を上回っていたのだ。
 黒とは、ありとあらゆる色が混ざり合った色だ。
 故に黒の騎神は七体の騎神の中でも特別な存在であり、すべての騎神の能力を合わせ持つ。
 それが〝偽物〟であるはずがない。そう〝彼〟は考えていた。
 しかし――

「なら、それはお前がその〝玩具〟を使いこなせていなかっただけだ」

 そんなセドリックの言葉を否定し、シグムントは鼻で笑う。
 意思を持つとは言え、騎神が〝兵器〟であることに変わりは無い。
 どれだけ強力な武器を得ようとも、それを使いこなせないのであれば宝の持ち腐れだ。
 
「〝黒〟が騎神の中で最強と言うのなら、たった一人の人間を殺し切れていない時点でお前の実力は〝その程度〟と言うことだ」

 自分が生きているのが何よりの証拠だと挑発するシグムントを、鬼のような形相でセドリックは睨み付ける。
 シグムントが口にした言葉。それはセドリックにとって――
 いや、オルトロスにとって絶対に許すことの出来ないタブーであったからだ。

「我を……〝俺〟を見下すな!」

 激昂するセドリック。
 怒りのままにシグムントに力を向けようとするが――

「卑怯だとは言うまい。お前の言うように、これが〝猟兵(オレら)〟のやり方だ」

 一発の銃声が響くと同時に、

「な……」

 胸から血を流し、セドリックはその場に倒れるのであった。



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