常人では近付くことすら危うい熾烈な戦いの中――
 灰と零の戦いはリィンの予想に反し、零の優勢で進んでいた。

「ちッ――」

 それもそのはず。
 レーヴァティンを受け止められた時から感じていたことだが、明らかにゾア=ギルスティンの力は異常だった。
 不完全とはいえ、リィンも〝巨イナル一〟の力を自分のものとし、制御下に置いている。
 同じ力を宿しているはずなのに、余りにパワーやスピード。機体性能が違い過ぎる。
 普通に考えれば、ここまでの差はないはず――とリィンは考えるが、

『器の差じゃよ』

 そんなリィンの疑問に答えるかのように、コクピット内に耳慣れた少女の声が響く。
 どこか荘厳で年寄り臭い口調と裏腹に、少女の見た目をした齢九百歳を超す老練の魔女――

「この声、ローゼリアか!?」
『うむ。無事に戻ったようじゃの。随分と手こずっておるようじゃが』

 若干の嫌味を交えつつ、茶化してくる物言い。
 間違いなく声の主は、ローゼリアだとリィンは確信する。

「お前、一体――」
『ユグドラシルじゃったか? 御主等の端末を拝借しておる』
「そういうことを聞いてるんじゃ……待て、エマも一緒にいるのか?」

 ローゼリアの知り合いでユグドラシルを融通できる人物というと、真っ先にリィンの頭に過ったのはエマだった。
 というのもユグドラシルを搭載した〈ARCUS〉は現在、暁の旅団のメンバーにしか配られていない。
 数が限られているため、団員の中でも主要メンバーと極一部の精鋭に限られるというのが現状だ。
 しかも持ち出しにはアリサが厳しい制限を設けているため、貸してくれと言って外部の人間に貸すとは思えない。
 だとすれば、団員の誰か――恐らくエマあたりが一緒にいるのだろうと考えるのは自然の流れだった。

『リィンさん、ご無事で良かったです』
「エマ……悪かったな。心配を掛けたみたいで」

 リィンの予想を肯定するように、エマの声が端末から聞こえてくる。
 しかし、エマの声音から状況を察し、リィンはバツが悪そうに謝罪する。
 あれから一ヶ月近くが経過しているということは、フィーから既に話を聞いている。
 当然、皆には心配を掛けたという程度の自覚は、リィンにもあったからだ。

『良い雰囲気のところ悪いけど、私たちもいるのを忘れないでよ?』

 そんななか、どこか呆れの交じった茶化すような声が割って入る。
 ヴィータ・クロチルダ。ローゼリアのもう一人の弟子にして、幼少期を共に過ごしたエマにとって姉のような人物だ。
 そして、結社の使徒でもある。

「一応聞いておくが、お前は今回の件どこまで関わってる?」
『カンパネルラや博士のしていることを言っているのなら、私は無関係よ』
「だが、その二人の名前が真っ先に出て来たということは、ある程度状況を把握しているみたいだな」
『……相変わらず鋭いというか、嫌な男ね』

 リィンも本気でヴィータが今回の件に関わっているとは思っていない。
 カンパネルラが首謀者とも思えないし、恐らくはノバルティスの独断だろうとも分かっていた。
 しかしエマのこともあるから比較的協力的とはいえ、ヴィータは結社の人間だ。
 組織内で起きていることを、使徒の一人である彼女が何も掴んでいないとは思っていなかった。

「一つだけ疑問に答えろ。こいつは――何だ?」

 そのことをリィンは責めるつもりはない。
 しかし、目の前の敵――ゾア=ギルスティンを倒すには幾つか情報が足りないと感じていた。
 七の相克の果てに生まれた存在。この世界は異なる歴史を歩んだ最後の騎神だと言うのは理解している。
 だが逆に言えば、分かっているのはそれだけだ。ゾア=ギルスティンの力は、リィンの想像を遥かに超えていた。
 いまのヴァリマールの力は、巨神を討滅した時よりも遥かに強くなっている。
 だと言うのに、ゾア=ギルスティンはすべてにおいて現在のヴァリマールの力を凌駕していた。
 何か秘密があるのではないかと、リィンが考えるのは無理もない。
 しかし、

『あなたも知っているとおり――七の相克の果てに生まれた最後の騎神にして、究極の一。それが、そいつの正体よ』

 ヴィータの答えは変わらなかった。
 いや、正確には彼女もそれ以上のことは何も知らないからだ。
 今回のことは、すべてノバルティスが計画したことで、盟主の指示で動いていた訳ではない。
 さすがのヴィータでも、同じ使徒だからと言ってノバルティスの動向を完全に把握している訳ではなかった。
 当然、計画の内容を詳しくは知らないし、組織内で手に入る以上の情報は知りようがないというのが本音だった。
 ただ――

『さっき婆様も言っていたけど、あなたが苦戦している理由なら察しが付くわ』
「……そういや、器の差とか言ってたな。どういうこと――くッ!」

 ローゼリアの口にした言葉の意味を尋ねようとした、その時だった。
 ヴァリマールの攻撃を避け、空に飛び上がったゾア=ギルスティンが背の翼を広げ、光を帯びた弾幕を放ったのだ。
 光の雨が地上目掛けて降り注ぎ、リィンは咄嗟に〈七耀の盾(スヴェル)〉を発動する。
 物理攻撃に対しては意味がないが、霊力や魔力と言ったカタチを持たない力を無効化する――
 リィンが持つ技の中でも、魔法と言った特異な力に対して絶対の防御能力を持つ最強の防御壁だ。
 リィンの予想通りゾア=ギルスティンの攻撃はスヴェルに阻まれて、ヴァリマールに届いてはいなかった。
 しかし、状況が好転した訳ではない。
 ゾア=ギルスティンの攻撃はヴァリマールに届いていないが、同じことはヴァリマールにも言えるからだ。
 レーヴァティンが通用しなかった以上、いまのリィンにゾア=ギルスティン倒せる攻撃手段はない。
 ラグナロクも強力な技だが、あれは範囲殲滅を目的とした技で単体の攻撃力ではレーヴァティンに劣るからだ。

『詳しい話はエマとヴィータに聞け。その間、時間は〝妾たち〟が稼いでやる!』

 ローゼリアの言葉にリィンが疑問を抱いた、その時だった。
 空中に転位陣が展開されたかと思うと、ゾア=ギルスティンの背後に翼を持つ四つ足の獣が迫る。
 翼を持つ灼獣――焔の至宝を守護する聖獣の一体にして、ローゼリアの真の姿。
 不意を突くように襲い掛かると、そのままゾア=ギルスティン諸共、地表へ落下していく。
 それに――

「あいつ、なんて無茶を――」

 ローゼリアだけではなかった。
 転位陣から、もう一体――蒼い鎧を纏った騎士がローゼリアの後を追うように現れる。

「あれはオルディーネ……クロウか」

 ゾア=ギルスティンには及ばないだろうが、クロウとオルディーネの実力は本物だ。
 それに真の力を解放したローゼリアが一緒なら時間を稼ぐくらいは出来るかもしれない。
 だが、長くは保たないだろうと言うことは、ゾア=ギルスティンと武器を交えたリィンが一番よく理解していた。
 故に――

「早速だが、話を聞かせてくれるか?」

 状況を打破するための一手を求め、リィンは二人の魔女に助言を求めるのであった。


  ◆


「なるほどな……〝器〟というのは、そういうことか」

 ローゼリアが器の差と言った意味を知り、難しい表情を浮かべるリィン。
 無理もない。原因はリィンにではなくヴァリマールにあると、エマとヴィータの二人に説明されたからだ。
 確かにリィンは〈巨イナル一〉の力を手に入れ、制御下に置くことに成功した。
 しかし、それはあくまでリィン自身が手に入れた力に過ぎない。
 あくまでヴァリマールは七体の騎神の一体に過ぎず、すべての騎神の力を取り込み〝究極の一〟となったゾア=ギルスティンとは異なると言うことだ。
 どれだけ強大な力でも使いこなせなければ意味がない。
 ヴァリマールがゾア=ギルスティンに勝てない理由。
 それは騎神一体の力では、巨イナル一の力を受け止めきれないからだと言うのがエマとヴィータの話だった。

「だが、どうする?」

 既にアルベリヒの計画は破綻している。
 いまから儀式をやり直すような時間はないし、リィンも今更クロウたちと争うつもりはなかった。
 いっそのこと騎神抜きで殺りあってみるかと、バカげたことを口にするリィンにエマとヴィータは呆れる。
 とはいえ、それも一つの選択肢としてなくはないのが、リィンの非常識なところだと二人は理解していた。
 マクバーンも真の力を解放すれば、恐らく騎神と対等以上に戦えるだろう。
 そのマクバーンに勝ったと言うことは、既にリィンの力は騎神を凌駕していると言うことになる。
 やってみなければ分からないが、もしかしたらゾア=ギルスティンにも勝てるかもしれない。
 そう思わせる力がリィンにはあった。
 しかし、

『やめておきなさい。仮に倒せたとしても、それだとイシュメルガまでは殺しきれないわ』

 確かにゾア=ギルスティンを破壊することは、リィンでも可能かもしれない。
 しかし騎神は破壊されても巨イナル一が存在する限りは、いずれ復活する。
 それは即ち、器だけを壊しても意味がないと言うことを意味していた。
 イシュメルガを完全に消し去るには、騎神からイシュメルガの精神を引き摺りだす必要がある。
 だからアリアンロードも、最初は地精の計画を利用するつもりでいたのだろう。
 七の相克に参加すれば、いずれ最後の一体となった時にイシュメルガの〝本体〟が姿を現すと考えて――

「なら、どうするつもりだ?」

 ヴィータの言い分は理解できる。しかし、ゾア=ギルスティンを倒せないのでは意味がない。
 取り敢えず目の前の脅威を取り除くと言う意味では、リィンの案もない訳では無かった。
 勿論リスクはある。ヴァリマール抜きで戦って勝てるという確証はリィン自身にもないからだ。

『あなたは理解していなくとも、ヴァリマールは理解しているみたいよ?』
「……何?」

 ヴィータの言うように、ヴァリマールの様子がどこかおかしいことにリィンは今更ながらに気付く。

『リィン――』

 言葉にしなくともヴァリマールの考えは、リィンにも察することが出来た。

「悪かったな。これは〝俺たち〟の戦いだった」

 自分の力だけで決着をつけようなどと、口にするべきではなかったとリィンはヴァリマールに謝罪する。
 付き合いが長いとは言えないが、それでも数多の戦いを共に潜り抜けてきた相棒にして戦友だ。
 力不足を一番痛感しているのは、ヴァリマール自身だと言うことは察せられる。
 自分も昔はそうだったから、リィンにはよく分かるのだろう。
 頼りにされない無力さは知っていたはずなのに――

「方法があるなら教えてくれ」

 恐らくヴァリマールは、これまでもリィンの期待に応えるために覚醒を繰り返してきたのだろう。
 しかし、いずれ限界が訪れることにヴァリマール自身も気が付いていた。
 だからこそ、ゾア=ギルスティンを前にした時、覚悟を決めたのだ。
 例え、自分が自分でなくなったとしても〝究極の一〟を超える〝最強の騎神〟となるために――

『呪いに打ち勝ち、巨イナル一を御したリィンさんなら出来るはずです』

 ――巨イナル黄昏。
 唯一無二にして、最強の騎神を錬成するために必要な儀式。
 大地の眷属たる地精によるものではなく、焔の眷属たる魔女の手によって――
 物語の終焉を告げる最初にして最後の儀式が執り行われようとしていた。



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