一斉に放たれた無数の銃弾によって土埃が舞う中、険しい表情を浮かべるザックスの姿があった。
 高位の魔獣と言えど、これだけの銃弾を浴びれば無事では済まない。
 即死させることは敵わずとも、傷を負わせる程度のことは出来るはずだ。
 だと言うのに――

「バカな……効いてないのか!?」

 銃弾を浴びながらも傷一つ負わず、前進を止めない〝異形の群れ〟に〈赤い星座〉の猟兵たちは戦慄する。
 彼等は確かに強い。一人一人が歴戦の遊撃士に匹敵する実力者ばかりだ。
 しかし稀に依頼で魔獣と戦うことはあっても、それが本業と言う訳ではない。
 あくまで彼等の仕事は貴族や組織の依頼で〝戦争〟を代行することにある。
 相手にするのは魔獣ではなく人。
 対人戦闘におけるプロフェッショナルが彼等――猟兵なのだ。
 故に普通の魔獣との戦いは経験があっても、このような化け物を相手にした経験は少ない。
 銃弾の効かない異形を相手にするのも、当然はじめての経験であった。
 しかし、

「効果がなくてもいい! とにかく撃ち続けろ!」

 ザックスは効果がないと分かっていながらも、団員たちに引き続き攻撃の指示をだす。
 異形との距離を保ちながら、ザックスの指示で銃弾を放ち続ける〈赤い星座〉の猟兵たち。
 一見すると無駄な足掻きに見えるが、考えがない訳ではなかった。
 確かに彼等は魔獣との戦闘経験は遊撃士に比べて浅い。
 しかし〈赤い星座〉は猟兵の中でも、最強の一角とされる超一流の戦闘集団だ。
 魔獣との戦闘経験が浅くとも、数多の戦場を渡り歩き磨き上げてきた戦いの知識と経験は決して劣るものではない。

 一定の距離を保ちながら銃弾を放ち続ける猟兵たち。
 そしてザックスが腕を上げ、合図を送った直後、素早く物陰に姿を隠す。
 その時だった。
 五十アージュほど後退したところで、異形の群れの中心で爆発が起きたのは――
 導力地雷。オーバルマインと呼ばれる罠を設置した場所まで、彼等は異形の群れを誘導していたのだ。
 しかし、

「ちッ、これでもダメか」

 いざという時のために設置していた罠も、異形の群れの進行を止めるには至らなかった。
 だが銃弾と違い、多少なりとも傷を負わせることが出来たということは、完全に無敵ではないと言うことだ。
 そこに攻略の切っ掛けがあるのではないかと、ザックスが思考を巡らせていた、その時であった。
 一筋の光が、群れの先頭を歩く異形の胸を貫いたのは――

「どうやら、これは効くみたいね」

 光の正体は、アリサの放った〝矢〟だった。
 勿論、ただの矢ではない。アーツの力を込めた光の矢だ。
 灰となって消滅する異形を観察しながら、アリサは自分の推測が当たっていたことを確信する。

「――そこです!」

 そんなアリサの攻撃に続くように、リーシャは無数の札を戦場にばらまく。
 そして――

「爆!」

 両手で印を結ぶことで、ばらまかれた呪符が起爆する。
 その直後、閃光が迸り、異形の群れは炎に包まれる。
 東方に伝わる符術。
 もしもの時のためにと隠し持っていたリーシャの奥の手の一つだった。

「やるじゃない。あれって東方のアーツよね? あんな奥の手を隠し持ってたなんて……」
「専門ではありませんが、こういうこともあるかと思って用意しておいたんです」

 アリサに褒められ、頬を染めながら少し照れ臭そうに答えるリーシャ。
 リーシャが得意とする武器は暗器の類と父より譲り受けた大剣だが、他の技が使えないと言う訳ではない。
 身体的特徴を隠し姿を偽る肉体操作や、気配すら感じ取らせない隠形術。
 銀を名乗るに至って必要な技術は、すべて亡くなった父から学んだものだ。
 どんな状況にも対応できるように――符術もその一つだった。
 そして、

「見ての通り、そいつらに物理的な攻撃はきかないわ。だから、私たちと〝協力〟しない?」

 アリサは自分たちの力を見せつけた上で、赤い星座の猟兵たちに共闘を持ち掛けるのだった。


  ◆


 同じ頃――
 要塞の地下へと潜っていたレン、キーア、アルティナの三人は、目を背けたくなるような光景に遭遇していた。
 予想通り要塞の地下には、地精の工房と思しき研究施設があった。
 リヴァイアサンを始めとする魔煌機兵の設計も、この施設で行われたのだろうと推察できる痕跡も見つかった。
 ここまではアリサの予想通りと言っていいだろう。
 しかし、

「二人とも無理しなくていいわよ。先に戻っていても……」

 レンがこんな風に珍しく気を遣う素振りを見せるのも、林立するシリンダーの中身にあった。
 巨大なシリンダーの中に収められていたのは、歪なカタチをした異形であったからだ。
 それも人間を材料にした異形の研究。
 恐らくはグノーシスによって〝化け物〟に変えられた帝国兵の姿だった。
 二人の出生の秘密を知るだけに、レンが気を遣うのも無理はない。

「ありがとう、レン。でも、大丈夫だから」
「気を遣ってもらわなくても大丈夫です。この程度のことは覚悟していましたから」

 だが、キーアとアルティナは首を横に振り、レンの提案を拒否する。
 確かに目を背けたくなるような光景だが、この程度のことは二人も覚悟を決めていたからだ。
 むしろ――

「レン。この研究って、やっぱり……」
「ええ、でも団長さんのことは気にしなくていいと思うわよ。たぶん気付いてると思うし」

 このことを知れば自分たちよりも、リィンの方がショックを受けるのではないかとキーアは心配していた。
 アルベリヒがここで何を研究していたのか? そのことに気付いたからだ。
 以前、カレル離宮で見つかったグノーシスの研究も、恐らくはアルベリヒが密かに行っていたものなのだろう。
 そして、グレイボーン連峰の地下深くで行われていたホムンクルスの研究も――
 すべては、この施設で行われている研究に繋がっていたのだと推察できる。
 そう、ここで行われていた研究。それは――

「アルス・マグナ。人の身で神へと至る研究」

 レンが答えるよりも先に、キーアやアルティナのものでもない。第三者の少女の声が響く。
 三人が一斉に振り返ると、そこにはキーアよりも更に幼く見える少女と、作業服に身を包んだふくよかな男の姿があった。

「どうやってここに……というのは、聞くまでもなさそうね」

 少女の後ろにいる男性に目を向けながら、レンはこの場に少女が現れた理由を察する。
 恐らくはアルティナもグルなのだろうと、実のところ最初から察しがついていたからだ。

「すみません。正直、黙っているのはどうかと思っていたのですが、口止めされていたので……」
「いいわよ。ずっと監視されていたのは気付いていたし、悪いのはすべて目の前の〝おばさん〟だって分かってるから」

 自分よりも幼く見える少女に対して、おばさんと呼びながら呆れた様子で睨み付けるレン。
 見た目は確かに幼く見える。しかし、目の前の少女が見た目通りの年齢ではないと言うことを知っているからだ。
 女神より幻の至宝を授けられた一族の末裔にして、千二百年に及ぶ知識と経験を継承せしクロイス家最後の錬金術師。
 ホムンクルスの身体に自らの魂と記憶を移し替えることで生きながらえたクロスベル独立事件の黒幕。
 マリアベル・クロイス。改め、いまはベル・クラウゼルと名乗っている目の前の少女のことを――
 それに、

「リベール以来ね、お兄さん。そっちのおばさんとも繋がっているとは、予想外だったけど」
「……その言い方だと、僕の正体にも気付いているみたいだね」
「ええ、以前から疑っていたわ。ただの士官学院の卒業生が〝お爺さん〟と同等の知識を持っているのなんておかしいもの」

 ベルの後ろにいる男性の正体にもレンは気付いていた。
 トールズ士官学院の卒業生にして、アリサやラウラの先輩。
 ジョルジュ・ノーム。またの名を、鋼のゲオルグ。
 彼が地精の末裔にして〈黒の工房〉の一員だと言うことに――

「ここに転位してきたと言うことは、結界は破られたみたいね」
「ええ、リィンさんがレーヴァティンを使ったみたいですし、直撃ではなかったとはいえ、耐えられなかったみたいですわね」

 ベルの説明に、レンは「なるほど」と頷く。
 幻想機動要塞を覆う結界は強力だが、リィンの攻撃に耐えられるとは思えない。
 ましてやレーヴァティンは、リィンが持つ技の中でも最大の威力を誇る必殺の一撃だ。
 直撃でないとはいえ、結界が消滅したのは頷ける話だと納得したからだ。

「というか、それって団長さんが〝本気〟で戦うような相手がいるってことよね?」

 レンの予想では、仮にイシュメルガが相手であったとしても本気をだすまでもなくリィンが勝つと考えていた。
 そもそもの話、イシュメルガが手に入れようとしている巨イナル一の正体は〝女神の至宝〟だ。
 焔と大地。二つの至宝の力が衝突することで偶然生まれた〝鋼〟の至宝とも呼ぶべき存在だが、それでも女神が人に与えた至宝であることに変わりは無い。
 女神の至宝を消滅させるほどの力を持ったリィンに、至宝の力で敵う道理はないからだ。
 ましてや、リィンは呪いの受け皿として儀式の贄となるはずだった未来を回避し、逆に巨イナル一の力を自分のものとしてしまったのだ。
 もはや、この世界のイシュメルガが巨イナル一を手に入れる術はない。リィンと戦えば、間違いなくイシュメルガは敗北する。
 レンがそう考えるのは無理のない話であった。
 しかし、

「ええ、むしろ苦戦しているみたいですわね。ヴァリマールに原因があるようですが、リィンさんの方もまだ完全に力を使いこなしているとは言えませんから」

 ベルからリィンが苦戦していると聞いて、レンは口元に手を当てて思案する素振りを見せる。
 リィンが苦戦するほどの相手となると、戦っているのは恐らくイシュメルガではないはずだ。
 だとするなら――

「そういうこと。アルベリヒは完成させたのね?」
「ええ、偶然が重なった結果でしょうけど」

 アルベリヒは研究に失敗したのではなく完成させていた。
 いや、最初からアルベリヒは自分の計画が失敗することを予感していたのだろう。
 だからこそ、本来の計画とは別に非道な実験を繰り返すことで、予備の計画を準備していたのだ。
 本来の歴史では生まれなかったはずの存在。

「――神の器の創造。アルベリヒの目的は最初から、リィンさんにあったと言うことですわ」

 偶然生まれたリィン・クラウゼルというイレギュラー。
 アルベリヒの究極の目的は、リィンと同等の力を持った存在を自らの手で生み出すことにあった。
 だが、普通の人間では〝外〟と深く繋がれば、精神だけでなく肉体もカタチを保つことが出来ず異形化してしまう。
 グノーシスを服用した人間が悪魔のような姿になってしまうのは、取り込んだ力と上手く適合できないためだ。
 だが、極稀に〝外側〟と繋がっても異形化することなく完全に適合する人間が現れることがある。
 それがマクバーンであり、リィンのような存在だった。

 だからこそ、アルベリヒはリィンを参考にすることで、自らの手で造り出そうとしたのだろう。
 外と繋がりながらも、完全に適合できる究極の肉体――神の器を。
 それこそが、自分たちの主にしてイシュメルガの求める最強の起動者になると信じて。
 だとすればリィンが戦っている相手は、アルベリヒの実験によって新たな肉体を与えられた〝外〟の存在と言うことになる。

「団長さんと同等の力を持った相手なんて、想像もしたくないわね……」

 それは即ち、リィン以外には誰にも止められないということだ。
 ベルは偶然が重なった結果と言っているが、アルベリヒの執念が導き出した結果とも言えるだろう。

「そっちは団長さんに任せるしかないわね。それで、お兄さんがここにいる理由を聞かせてくれるかしら?」

 ベルの目的は察しが付く。
 彼女の目的は、真理の究明。錬金術において到達点の一つとされるアルス・マグナに自らの力で辿り着くことだ。
 だからこそ結社の誘いを蹴ってリィンに協力する道を選んだ訳だが、偶然とはいえ、アルベリヒは神の器を創造することに成功した。
 ベルでさえ、キーアのようなホムンクルスを作り出すことは難しいと言うのにだ。
 キーアもそう言う意味では、クロイス家の知識と教団の妄執によって偶然生まれた奇跡の産物と言えるだろう。
 だからこそ、ベルはアルベリヒの研究成果を回収するつもりで、このタイミングで姿を見せたのだ。
 いや、彼女のことだ。最初からアルベリヒの企みに気付いていたのかもしれない。
 失敗したところで自身の懐は痛まないし、成功すれば研究成果を掠め取ればいいだけの話だからだ。
 そのためにジョルジュも仲間に引き入れたのだろう。しかし、そうすると一つだけ分からないことがある。

「正直に答えなさい。あなたの目的は何?」

 どこからともなく取り出した大鎌を構え、レンはもう一度ジョルジュに尋ねる。
 アルベリヒを裏切ってベルの側についたと言うことは、相応の理由があると言うことだ。
 それが恐らく、このタイミングでベルと共に姿を現した理由なのだとレンには察しが付いていた。
 納得の行く理由ならいい。しかし、そうでない時は――

「その鎌で、僕を殺す気かい?」
「必要なら、そうするわ」

 少しの躊躇いもなくジョルジュの問いに答えるレン。
 ここにエステルがいれば止めたであろうが、レンにも譲れない覚悟があった。
 一度は手放し、諦めそうになったからこそ分かること。
 大切な人を――家族を守るためなら、自らの手を汚すことを躊躇うつもりはない。
 例え、世界を敵に回すことになったとしても、リィンがそうであるように――
 それが、エステルやヨシュアにも話していないレン・ブライトの覚悟だった。

「罰は受けるつもりだ。でも、まだ殺される訳にはいかないからね。キミたちも見ていくといい」

 そう言うと、ジョルジュは近くにあった端末を操作しはじめる。
 キティの異名を持つレンにも見劣りしない速度と正確さで端末のキーを叩き、

「これが、僕が一族を……組織を裏切った理由だよ」

 最後の操作を終えたところで床が開き、施設の中央にシリンダーが迫り上がってくる。
 異形と化した帝国兵が入っているシリンダーと同じもののようだが、なかに収められている人間には大きな違いがあった。
 他のものと違い異形化することなく、元の人間のカタチを保っていたからだ。
 顔の造形や雰囲気から言って、ホムンクルスではなく生きた人間なのは間違いないだろう。

「え……」

 だが、何よりもレンを驚かせたのは、シリンダーに収められた人物の顔にあった。
 話したことや直接の面識がある訳ではない。
 しかし、人伝ではあるが彼女のことはレンもよく知っていたからだ。

「ごめんよ……トワ。キミをこんな目に遭わせてしまって……」

 トールズ士官学院の卒業生にして、ジョルジュのクラスメイトであった少女。
 ――トワ・ハーシェル。
 それが、棺に見立てた機械の中で眠る少女の名前であった。



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